9.
親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校にいる時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りることは出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。小使に負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼をして二階位から飛び降りて腰を抜かす奴があるかといったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。

10.
一時少し前、私は黒い表紙のペンギンのペーパーバックと、上にレシートをホチキスで留めた「CVS ファーマシー」の白い小さな紙袋を手に、会社のあるビルのロビーに入ると、エスカレーターの方向へ曲がった。エスカレーターは、私のオフィスがある中二階に通じていた。並んで身を起こし、中間の重みを支える支柱も桁もなく自立してフロアを結ぶ、二つの積分記号(∫)だ。よく晴れた日には、今日のように、複雑に交錯するロビーの巨大な大理石やガラスが、束の間、さらに勾配の急な光のエスカレーターを作り出した。真ん中より少し上で本物と交差した光のエスカレーターは、ブラシ地の金属のサイド・パネルに当たって細かい針を散らしたように輝き、かすかにでこぼこしながら上っていく黒いゴムの手すりの一本一本に細長いハイライトをつけ、それがまるでうねりながら回転するLP の縁に置かれたラジアン角の光沢のように見えた。(1)



(1) 回転する物体の縁に当たった光が、その場所で静止しているように見えるのは美しい。プロペラや卓上ファンのようなものでさえ、回転する羽根がぼんやりと輪郭を失う中で、常にある一定の場所が光っている。これは一枚一枚の羽根のカーブが回転の途中で一瞬光を受け、すぐに次の羽根にそれを引き渡すために、そんな風に見えるのだ。

11.
本土の船着場とダヴンホール島を行き来するあいだ、いつも一瞬だけ、船着場も島も見えなくなる瞬間があった。その瞬間には、霧に包まれて水上に浮かぶ彼の船以外、もはや何ひとつ存在しなかった。空から太陽がなくなっても、国と名のるものがすべて消滅してしまっても、何も変わりはしなかったことだろう。この仕事にありついた当時、マークはまだこの瞬間の存在に気づいていなかった。ジーノ老人を手伝って、観光客を乗せて本土と島を日に三往復するのが彼の仕事だった。老人は彼が来た七週間後に死んだ。マークは老人の商売を受け継いで、初めて一人で船を出した。そしてその瞬間に入り込んだのだった。霧深い甲板に立ち、何も知らぬ顔の旅行者たちに囲まれて、彼はもう少しで口に出しかけた - 僕は宇宙のどこにいるのだ? と。やがてダヴンホール島の輪郭が、灰色の空間の中に現れた。その後の日々、この瞬間は船着場から島のあいだのいかなる地点でも起こりうることがわかった。まん中あたりで起きることもあれば、島に着く寸前のこともあった。そんなとき島は突如ぬっと目の前に姿を現わし、川べりの土手に船をぶつけてしまうのではないかと思えるほどだった。時には最後の最後までその瞬間は訪れず、今日はもう起こらないのだろうと思うこともあった。その瞬間が来ると、彼はいつも恐れと侘しさに襲われた。彼は船上の観光客を見回した。彼らはみんな揃って予定表と睨めっこをしている - いかなる予定表も無意味であるこの瞬間、いつか別の時間、どこか別の場所の時計から盗んできた死海文書と同じくらい無意味であるこの瞬間に。それはこの瞬間に先立つ場かもしれないし、あるいは来たるべき瞬間の場かもしれない。いずれにせよこの瞬間の場所ではない。いまこの瞬間に属する場ではないのだ。

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