旦那「師匠、今日はおれとお前とのふたりっきりだ。久しぶりにだらだらとしゃべろうじゃねェか」

幇間「そりゃあもちろんですとも、時間ならたっぷりとあります。で、なにを話しやしょう。あたしだったら、なんでもございですからね、気にせずお話しなさいな」

「言うね。それじゃあ、先(せん)に読んだ小説の話でもするから、聞いてくれ」

「え? 小説って、あの、読む?」

「食う小説があるかい?」

「いや、その、旦那、あたしはちょいと用事を思い出しまして……」

「おい、いやだぜ師匠。いま『時間ならたっぷりとある』と言ったばかりじゃねェか」

「へへへ、あたしは本はどうも苦手で」

「とにかく今日はじっくりと聞いてもらうからな」

「諦めることにしなきゃなりませんかな」

「ところで、さきに説明しておかなくちゃなんねェな。なんでふたりでしゃべっているかってこと」

「え? ふたり以外に誰がいます?」

「まァ、師匠はそういう設定でいてくれ」

「なんだかわかりませんが」

「最近な、時間がなくてひとつのことをじっくりと考えて書けなくなったてェことがある」

「誰がです?」

「これ書いてるやつだよ。で、そいつはもともとまとめてじっくりと書くのが苦手でな。どちらかというとだらだらと垂れ流しでしゃべる方が性に合ってる」

「あたしも、だらだら組ですな」

「うるさいよ。……だから、いっそふたりでしゃべり合いをさせて書いたら、まとまっていなくても、途中で終わってもいいんじゃないかと考えた。で、それを思いついたときに古今亭志ん朝の『鰻の幇間』を聴いてたもんだから、旦那と幇間という設定になった、とこういうわけだ」

「よくわからないんですが、つまり、毎日きちんとしたものを記事にするのが面倒だから、適当な会話体で済ませて茶を濁そうってことですか?」

「なんだい、お前ェの方がよくわかってやがる」

「へへ、あたしは万事心得ております」

「よし、それじゃあ先々月の末あたりから話題にしようと思ってた小説のことをダシにするんだが、とりあえず、この書き出しを読んでくれ」




光で、目が覚めた。

右側から白い光が射していて、中沢が窓を開けて少し身を乗り出すのが黒い影で見えた。白くて強い光だったから、一瞬、朝になったのかと思ってしまった。たぶん、京都南インター・チェンジの入り口で、窓の外では、金属の四角い箱の縁に光が反射していた。中沢はその箱の中ほどから小さな紙を取り出し、少しも見ないままそれをズボンのポケットに入れた。わたしは座席に深くもたれたまま、その作業を眺めていた。いつ眠ったのか覚えてないけど、ずっと頭を垂れて寝ていたみたいで、首の左側にシートベルトが食い込んで、ちょっと痛かった。触ってみると耳の下から斜めに跡がついていた。その跡を撫でながら、小学校のときから知っている人が、こうしてお父さんがするような車の運転や高速道路の乗り降りをなんのためらいもなくしているのを見るのは、妙な感じがするもんやな、と思った。




「なるほど、読みました」

「どう思う?」

「へ?」

「どう思う?」

「へ?」

「だから、この文章読んでどう思うかって、訊いてんだよ」

「あ、そういう……しかしなんですな、小説の書き出しクイズってのも、このブログじゃ初めてなんじゃないですか?」

「おい師匠、ごまかすなよ。それに、そういうメタなことを言っちゃあいけない」

「へへ、談志師匠みたいでしょ」

「談志か。おれはね、師匠、談志みたいなことはやりたくねェんだ。志ん朝みたいにさらっと粋にやりてェ」

「ははは、それでも談志師匠、お亡くなりになっちまったから、今頃はあの世で志ん朝師匠と一緒におしゃべりしているところですよ」

「あァ、そうだな。一緒に枝雀もいるかもしれねェな」

「そうですよ。それに志ん生師匠、馬生師匠もいらっしゃるでしょう」

「おお、そうだ。ううん、なんだかそっちの方が楽しそうじゃねェか。よし、これからみんなでふぐ喰って地獄へと景気よくあすびに行こうじゃねェか」

「旦那、それじゃ『地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)』だ」

「あれな、おれは生きているうちに本物の『地獄八景』を聴くとは思っていなかったぜ。元はG2プロデュースで松尾貴史とか三上市朗とかが出るってのを十年ばかし前に聞いていて、『ああ、上方の噺か。観る気しねェな』なんて思ってたのがおれの浅はかさ。実に惜しいことをした」

「それが今じゃ米朝師匠のを何度も聴くっていうくらいに成長したわけですからね」

「成長って言うな。でも本当だぜ。枝雀も食わず嫌いだったが、聴いてびっくり、そこから上方落語に一気に傾いて行った」

「なんですか、旦那。落語の話に傾いて来たみたいですけど?」

「おっとそうだった。ただでさえ、このやりとりは小っちゃい「ェ」だとか「ァ」を遣うから時間がかかって、その割には話は進まないからなァ」

「(旦那はメタな話が好きだなァ)」

「なんだって?」

「いえなんでもないです」

「メタ好きで悪かったな」

「聞こえてるじゃないですか。カッコの中まで読まないでくださいよ。ありゃァあたしの心の声なんですから」

「まァとにかく、小説の話に戻ろうか」

「旦那」

「なんだ?」

「旦那の前ですが、申し訳ありません。他のものなら構わないんですが、小説の話をするのだけは勘弁してもらいたい」

「……ふうん、言ったね」

「申し訳ありません。他のものなら構わないんですがね」

「あァそうかい。でもね、師匠、ひとつだけ聞かせてくれ。お前はね、おれが頼むと必ず、『旦那、他のものなら構わないですけれど、それだけは勘弁してもらいたい』って言うけど、いったいなんだったら、やってくれるんだい?」

「そりゃあ、うまいものを食えって言われりゃあ食いますし、うまい酒を飲めって言われりゃ飲みます」

「そりゃあ、『酢豆腐』のクスグリだよ。CD『志ん朝復活-色は匂へと散りぬるを』に『酢豆腐』と『鰻の幇間』が一緒に収録してあるからって、そのことに気づく人間がどれくらいいるってんだい」

「あァたは気づいてくれた」

「……ってさっきから落語の話ばかりだね。ま、いいや。初回ということで。じゃあ上の小説の作者は誰かって話題で裏を返そう。それから、つづけて馴染みになってもらえればいい」

「お、うまくまとめましたね。……ところで旦那、このやりとり、ちゃんとつづくんですかね?」

「そこらへんはわからねェな、これを書いているやつが船を漕ぎでもすりゃあ話は別だろうが」

「へ? それはどういうこってす?」

「船頭(せんど)はつづくよどこまでも」

「おあとがよろしいことで……」