去年の夏くらいからだったか、首相官邸前で反原発の運動が盛んだった。何万人だかが集まってツイッターやらフェイスブックやらが盛り上がったらしい。東京の話なので、よく知らないけれど。

今はどうなっているのだろうか。

私は、考えとしては原発には反対であるが、あのようにSNS を利用して集まってデモをするというファッション的なスタイルが気に入らなかった。指一本すら動かしていない私が言うのもなんだが、あれはただのブームに過ぎなかったのではないか。

行動というものは、一過性のものであってはならず、つづけてこそのものであるべきだと私は考えており、「だからといって動かないのはもっと悪い」というアジテーションによって焚きつけられあたふたと腰を上げることにも極めて懐疑的だ。私には、たとえば継続的に10年、20年、あるいは30年と活動している反原発運動家(もちろん彼らは東日本大震災以前から活動していた)たちと同じ活動を行う覚悟がない。

で、あの「大飯原発再稼働反対運動」(ほかになんて呼べばいいのだろうか)で、なにが残ったのかなあと、皮肉ではなく、考えていた。

坂本龍一? ああ、そうだった。



「再稼働反対!」のシュプレヒコールをサンプリングして、楽曲をつくったんだっけ。

本当に皮肉や嫌味ではなく、この曲を聴いて、20年後、30年後、少なくない人たちは胸を熱くするのかもしれない(私はまた違った感慨を持つだろうけれど)。

坂本龍一以外の人たちはなにをしたのだろうか。

ツイートした?(で、たくさんの「お気に入り」にしてもらった?) フェイスブックでメッセージをポストした?(で、たくさんの「いいね!」してもらった?) それともブログに書いた?(で、たくさんのコメントをもらった?)

詩にした人はいるのだろうか。俳句は? 短歌は?



私が上記の連想に至ったのは、『新・百人一首』に何作か学生運動の歌が載っていたからだ。




血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする(昭36)  岸上大作*1




永田和宏の解説によれば、彼は実際に60年安保闘争に参加し、そこで頭部を殴打され出血したという。

かなりヒロイックなイメージで詠まれた歌だと思う。「無援」の言葉が、当然のように樺美智子の死を連想させる(私ですら)。解説にも書いてあるが、この歌の詠まれた同年6月15日には、東大生の樺美智子は機動隊との衝突で死んでいる。

ただ、私にはこの歌から流れこんでくるようなナルシシズムが、少しきつい。




一隊をみおろす 夜の構内に三〇〇〇の髪戦(そよ)ぎてやまぬ(昭44)  福島泰樹




歌集『バリケード・一九六六年二月』(すごいタイトル)に収められた作品。解説によればやはり60年代の学生運動が背景にあるとのこと。

これはものすごいと思った。「三千」の髪が「そよぐ」のではなく、この歌では「三〇〇〇」の髪が「戦ぐ」必要があるのだ。

妙な連想に思われるかもしれないが、私は北方『水滸伝』で夜襲をかける直前の梁山泊軍の息を止めている様子が思い浮かんだ。兵も馬もみなが枚(ばい)を噛んでいる様子が。

学生運動のもたらしたもの、というのは私にはなにもわからない。ただ、結局はあさま山荘事件に帰結してしまった、と私の両親などはある種の挫折感を持ったらしい。そういう人は決して少なくないのではないか。それと同時に、「あれはおれ/わたしの青春だった!」という人も多いだろう。

ただ、それだけでは「思い出のアルバム」の中の1ページにしかならない。個人のアルバムであるから、個人の思い出で完結してしまう(それはそれで悪くないのかもしれないが)。

その一方で、上記のような歌を詠む人間がいる。個人の「思い出」が藝術に昇華している。

熱くホットになっているものに触れようとするのは、人の性だろう。けれども、藝術家は一歩引いて、もう少しだけクールになって、創作活動にその熱さを活かしてほしい。彼らは、現実社会に対して冷淡であってもいい、と私は考えている*2




催涙ガス避けんと密かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり(昭55)  道浦母都子(みちうら・もとこ)  




こちらは70年安保。催涙ガスにはレモンが有効と当時言われていたらしい*3。ちなみにこの歌が収められた歌集のタイトルは『無援の抒情』というらしい。ここにも「無援」だ。

「レモンが不意に匂う」というイメージが艶かしい。また、運動に身を投じる一個の「同志」から、ひとりの「女」に戻る一瞬を感じさせもし、そして、熱狂に浸っている心身を不意に呼び覚まされる一瞬をも感じさせる。

この冷静さ、俯瞰、観察が、詩をかたちづくる。それが単なるツイートやブログエントリとは違うところなのだろう。



*1:作品に直接関係があることではないが、作者は、昭和35年、21歳の若さで失恋を理由に自殺している。


*2:私の好きな人たちは、だいたい人道的ではあるけれど、もっと根本の原則的な話として、創作家であるからといって倫理的である必要はない、ということ。


*3:ただし、Wikipedia によれば、効果は不明らしい。でしょうね。