• 大蔵が本丸の軍事総督に任命されるところから始まる

  • 大蔵は、洋式の軍事調練も学んできたはずだし、日光口の戦いでも善戦、彼岸獅子で包囲突破、そしてなにより着ている服がかっこいいもんね

  • 大蔵は頼母の不在に気づき、藩内の恭順派への弾圧モードを感づかされる

  • 秋月悌次郎は藩内の穏健派だったのかな(もともと頼母と仲よかったし)、八重に頼母が城を逐われたことを報せる

  • 八重、秋月とともに息子を連れた頼母に追いつく

  • 八重が「お逃げになんのがし?」と問うたとき、頼母はすぐには応じなかった

  • ついで、「なじょしてお殿様は頼母様を追い出すんだし」と問うたときに、頼母は「出すぎたことを申すな!」と叱った

  • これは、頼母がまだ容保を主として仰いでいるということをあらわすものであり、容保の意向を推し量ろうとするな、それだけで不敬であるぞ、と戒めたわけだ

  • 私ははっきりと憶えているが、頼母はかつて覚馬にも同様のことを発言していて、それは、覚馬が洋学所かなにかについて容保に建白書かなにかを提出するとかなんとか言っていて(全然はっきりと憶えてねえ!)、そのことについて「出すぎたことを!」と叱責していた

  • 容保を疑う、ということは会津全体を疑うことであり、ひいては、会津に属していてそこから逃れることなど考えもつかない会津藩士およびその家族のアイデンティティーを疑う行為である

  • だから、本来なら不敬とかうんぬんの前に八重の発言は「ありえない」というのが私の感想なのだが、ここはまあ、ドラマとして、八重の心情に重きを置いた脚本となったのだろう

  • 頼母が去り、秋月から頼母が逐われた事情を聞く八重

  • その八重が、恭順策について反射的に「そんな弱腰な!」と否定するところがリアルで面白い

  • で、秋月が「恭順を唱えることの方が、今はむしろ勇気が要んだ」

  • 頼母は会津を出るのだが、「その後、函館戦争に身を投じる」というナレーションがあって、土方とか榎本、そして松平定敬らと一緒になるのだなあ、と感慨を覚える

  • 八重たち女性陣が握り飯を作っているところに竹子たちが戻って来たとの報、喜んで照姫の許へ行くのだが……

  • この前半の場面で、視聴者は知っていても八重が知らないこと(頼母の恭順策主張、頼母の妻子らの自害、竹子の死亡)が、つぎつぎと八重に知らされる

  • 竹子の母が、八重に竹子の最後の言葉を伝えるとき、それを聞く八重の画面向こう側で登勢(大蔵の妻)がいわゆる「ボケ」の状態できれいに涙を落としているのだが、ピントの合っている八重は呆然としつつも落涙しておらず、それはその直後の「戦だがら、立ち止まっではいらんねえ」の台詞にもあらわれている

  • そこへ、砲声

  • 落ちてくるときにヒューッという高音がして、まるで鏑矢のようだ、と書こうと思って、「あれ、鏑矢って高音だと思っていたけど、本当のところはどうなんだろう?」と思い、YouTube を当たると、「上賀茂神社 武射神事 2012」というのが見つかり、その音を聴くと、思いもしないような音で、無理やり表記するのであれば、「ポゥーッ」

  • であるからして、「鏑矢のよう」というのは間違いね

  • 話を戻すと、ヒューッという高音からして今までの大砲と違う、と八重は判断、尚之助も上野戦争で用いられたアームストロング砲だろうと言う

  • アームストロング砲! 実は『日本近代史』にアームストロングについて少し触れた記述があって、そこをちょうど読んだところだったので、奇妙な符合を感じた

  • 1871年(明4)、欧米に派遣された岩倉使節団のうち、副使のひとり大久保利通が、イギリスの工場を視察し、その様子を日本にいる西郷隆盛および吉井友実に手紙にて伝えた

  • 孫引きになるが以下に引用する



「回覧中〔八月ニ九日~一〇月九日〕は段々珍しき見物いたし候。首府ごとに製作場ならざるはなく、そのうち、なかでも盛大なるはリバプール造船所、マンチェスター木綿器械場、グラスゴー製鉄所、グリノック白糖器械、エヂンボロ紙漉器械所、ニューカッスル製鉄所(これはアームストロング氏の建つる所、アームストロング小銃大砲発明の人にして今に存在、同人の案内を以て見るを得)、(以下略)」



坂野潤治『日本近代史』 114p)






  • 薩摩の大久保にとってみれば、「ほら西郷さぁ、あの強か大砲ば作った人ったい」という気持ちだったろう

  • 一方、その最新兵器の威力をまざまざと味わわされている八重たちは、射撃距離を増やすために火薬量を増やして迎撃するが、それがために砲兵たちの位置を悟られた、ということで八重はその場を離れさせられる

  • その際、父の権八は八重に「(幼年兵を率いた八重の指揮について)山本家の名に恥じぬ働きであったと聞く。よくやった」と、淡々と伝えるが、彼は八重の着ている服が三郎のものだと気づいていたのだろうか、などということを考え、そしてこの時点では、三郎のみならず覚馬の生死も定かではないために、「山本家」という言葉が、権八の口調があっさりと聞こえれば聞こえるほど、重く感じられた

  • お殿様の目の前で、八重が咄嗟の機転を利かせて焼玉押さえを実践する

  • そして八重は、女性陣、そして幼年兵を集めて焼玉押さえの講義をし、みなで実施しようというのだが、この話、『八重の桜』が始まってすぐぐらいに、たしかNHK の番宣で少し触れていたことがあった

  • そのときに見た以上に今はリアリティをもって、彼女たちの心境を思い量ってしまうのだが、なんとも辛いものがある

  • 八重はお殿様にも呼ばれ、砲弾の講義を行う

  • そして八重は、幼い頃に容保に救われた話をして、これまた長い長い伏線を回収

  • 八重が容保に進言したことから、城内では、敵の銃弾を拾い集め、それを鋳直して銃弾を作ることになる

  • 二葉、登勢らと談笑しながら銃弾を作る八重を、遠くから眺める権八

  • このカットが面白く、木製の階段と地表とにできた三角形の隙間から権八が覗き見ている感じでもある

  • そして、今度は違う角度からの権八のアップに移るのだが、撮影方法による空間の広さの演出もあるけれど、実際にこのシーンは広く感じるよなあ

  • 八重が鉄砲を学んだことは間違いでなかったかもしれない、と述懐する権八には、「死亡フラグ」という名の死相が見えた

  • 権八の「闇の中でも小さな穴がひとつ開けば、光がひと筋差し込んでくる」という台詞に、子どもの頃の八重が角場*1で鉄砲で射抜かれた的を掲げて月の光を覗いていたシーンが重ねられるのだが、この伏線もすごくないか?

  • 権八と母の遠くからの視線にやっと気づく八重だが、権八は頷くだけで、直接なにかを言うことはしない

  • これまで何度も話に上がっていた小田山からの新政府軍の砲撃はものすごく、そこを奪還しなければならん、ということが砂まみれの地図(リアル!)上で駒を動かしながら決定される

  • 出撃隊の指揮は官兵衛が執ることになる

  • 八重の後ろでは決死の覚悟を歌う兵士たちがいたが、ネット上で見たところ、戦死した出撃隊隊士の懐からは、「八月二十九日*2戦死」という文字と、自分の法号が書かれた紙片が見つかった、というエピソードがあった

  • 官兵衛、容保より刀と酒を賜り、感極まって泣くのだが……このときの獅童の演技についてはなにも言わないでおきます

  • このとき酒を飲み過ぎて官兵衛、早暁の奇襲を実施することができない……って、これってほんとかよ! と思ったけど、どうも本当にあったことらしい

  • 官兵衛の「いっけね、遅刻遅刻~、てへぺろ☆」はもうどうしようもないが、ただ、もし官兵衛が起きられてこの奇襲を一時的に成功させたといったって、おそらく、絶対的な兵力差・火力差を埋めることはできなかったのではないかと思う

  • それにしても、この長命寺の戦いっていうのも、ずいぶんと人が死んだようで、出撃隊を構成するそれぞれの隊の隊長クラスが大勢討ち死にしたようだ

  • 京都では、なんとかして大垣屋が岩倉具視に「管見」を渡すと、その岩倉、休養している覚馬の許へ訪れ、覚馬の見識を絶讃する

  • 城内の士気が下がっていないことを示すために鶴ヶ城内では凧揚げをし、その揚がった凧を、どこかの百姓家で匿ってもらっているユキたちが見る

  • 城内で凧揚げを見ている山川家で、おそらく初めて「咲」の名前が呼ばれたが、この咲を調べてみると、人の生というものは、ときに本当に奇妙なことになるのだな、と思った(詳しくは書かない)

  • そしてついに、鶴ヶ城総攻撃が始まり、2000発とも言われる砲弾が撃ち込まれ始め、女性陣は決死の焼玉押さえを始める

  • そして、八重たちの近くに落ちた砲弾を登勢が駆け寄って濡れ布団で押さえ込み、八重たちに向かって「大丈夫」というように頷いたところで爆発

  • このちょっと安心させてから「ドーン!」っていうのはジャパニーズホラー的な演出で、実際に(本当は登勢が焼玉押さえの失敗で死ぬということは知っていたのに)「おぉっ!」と驚いた

  • 度重なる砲撃のために崩れ落ちた天井から、砲弾を受けぼろぼろになっている鶴ヶ城が見えたところで、今回はおしまい

  • 次回予告で、秋月が走りながら白旗を振っているところを見ているだけで、もう目頭が……

  • まあ、次回がすぐやってくるので書いてしまうが、ちょっと前に中村半次郎(のちの桐野利秋)のことを調べていたときに、その中村が鶴ヶ城開城の際に受け取りの代表をしたということを知った

  • そのお城受け取りのとき、中村は「男泣きに泣いた」そうで、なんだかわかるなあ

  • 中村が泣いたという記述で、司馬遼太郎坂の上の雲』のクライマックスシーン、日本海海戦を思い出した

  • 実は私、かのNHK の3年越しのドラマを第3部だけ見逃しているままなので、ドラマではどう描かれたかわからないのだが、小説内では、日本海海戦東郷平八郎バルチック艦隊を破り、敵の旗艦が白旗を上げていても、まだ砲撃中止の合図を出さず、傍にいた者が泣きながら「長官、武士の情けです!」と叫んだというエピソードを思い出した

  • ……と思ったのだが、本当にそうかと思っていま調べてみると、だいぶ私の記憶と小説の記述は異なっていて、まず、東郷を止めようとしたのは主人公のひとり秋山真之であって、憤怒の表情であったようなのだが、東郷が撃ち方をやめないのもそれなりの理由があって、その部分についてはわりあい淡々と描写されていた

  • それなら勘違いだったか、となおパラパラとページを捲っていると以下の記述が目に止まった



(降伏した第3太平洋艦隊の司令長官ネボガトフらが、日本の連合艦隊の旗艦である三笠にやってくる場面で)

礼服姿のネボガトフ少将とその幕僚たちが三笠の舷側の舷梯をのぼってくるときの情景を、上甲板にいた砲術長の安保清種少佐が生涯わすれられぬ印象として記憶している。

「その悄然たる姿をみて、気の毒というか、涙のにじみ出るのを禁じえなかった。さても戦いとは勝つか死ぬか二つのほかはないと思った」



坂の上の雲(八)』(263p)






  • たぶん私はこの場面と秋山の発言をごっちゃにしていたらしいが、敗者に対する勝者の視線という意味では、幾許かの共通点はあろう

  • まあ、話は戻って、次回の鶴ヶ城の開城がどのように描かれるのかが非常にたのしみである

  • オープニングの終わりの部分、八重が花吹雪の中を駆け、そこからいろいろな人たちの姿が重ね映しされ、それにつれて暗雲が晴れ、広い野原、多くの子どもたちが桃色の傘を順に広げていくシーンがあって、あそこが音楽も含めてものすごく好きなんだけど、もう少しであのシーンが象徴する時代になるのだなあ、とそれを待ち焦がれております

  • なんてことを考えていて、たまたまたNHK による『八重の桜』の公式サイト*3を見ていたら、こんな動画があった

  • 私は、こんな動画を実際の放送で見たことがなかったが、もうこれを観ているだけで、胸が詰まる感じだし、そんな中でも「おいおい、いったい何人が死んだんだよ!」とも言いたくなったし、しかも、これからも八重たちの辛い日々はつづくのね、と多少げんなりし、そして最後に、おお、オダギリジョーってそういえばいたなあ、と思い出しましたよ

  • そして、きょう土曜日の23:40の『タイムスクープハンター』では、『八重の桜』とのコラボレーションということで、鶴ヶ城籠城戦の内部をスクープするという!

  • 「八重の桜」と「タイムスクープハンター」2つの番組が夢のコラボ! - 『八重の桜』公式サイト

  • というわけで、2日連続で「鶴ヶ城開城」のシーンが描かれるということで、興味のある方はぜひ!(私もたぶん観ます)



*1:いつも「かくば」って言っているけれど、どういう字なんだろうと思ってやっと調べた。


*2:出撃当日。


*3:あまちゃん』のサイトと較べればあまり閲覧もされていないのかもしれないが、かなりよくできていると思う。