今回のタイムスクープハンター大河ドラマ『八重の桜』とのコラボ、ということで私も期待して鑑賞。この番組、過去に2回ぐらい観て、そのどちらも面白かったのだが、なんとなく観る機会を得ないまま、今日までやってきた。

なので、毎回観ている人なら、「ああ、いつものやつね」というところにヘンに引っかかったりすることもあるかもしれない。




  • まず、タイムスクープハンターは、いつものごとく要潤演じる沢嶋雄一

  • この沢嶋、未来人という設定(?)なので奇抜な恰好をしているのだが、要潤だから全然ヘンに見えない

  • で、彼が慶應4年8月28日の会津にやってきた、というところから始まるが、これは旧暦であって、グレゴリオ暦に直すと、1868年10月13日

  • われらが鶴ヶ城内では、会津の(おそらく)武家の娘たちが血だらけの負傷兵たちを看護している

  • このシーンで面白かったのは、この娘たちが実に色も柄も様々な着物を着ていたということで、それを襷掛けしているのだが、その袖などのはだけ具合がリアルで興味深く感じられた

  • で、『八重』の前回の「自慢の娘」を慌てて確認してみると、こちらの女性陣の着物は、たしかに人それぞれによって色・柄は別々なのだが、全体として、ある種の統一性が感じられるようになっていた

  • また、『八重』でも襷掛けはしているのだが、みながみな、まるで誰かが後ろからきちんと時間をかけてしっかりと結んだようになっていて、袖のたるみなどもほとんどない

  • つまり、全体的にきれいすぎるのだ

  • 翻って『TSH(タイムスクープハンター)』の方では、いかにも着物が邪魔そう、といったところがリアルに感じられるのだが、もしかしたら振袖を着ている人間が多い、という設定上の差異かもしれない

  • 『TSH』は、(おそらく)基本的に時代考証に基いており、リアリティに徹しているため、登場する人物たちの風俗がものすごくためになる

  • マスカラがばっちり決まったアイドルもいなければ、ファンデーションを塗りたくった女優さんもいなく、私としては安心して、しかも興味津々で観ていられる

  • また、今やいろいろな番組で用いられ、そのほとんどを邪魔にしか感じられないテロップ(字幕)だが、この番組においては、非常に役に立つ

  • というのも、ここでしゃべられる言葉はほぼ現地語であり、また、ほぼ「当時」の言葉遣い(とされているもの)だからだ

  • ところへ、新たに負傷兵が運ばれ、その受け渡しをやっている最中に新政府軍の攻撃が始まり、沢島も爆風から身を躱しながらのリポート

  • で、砲撃とともに女性たちが「焼玉押さえ」を実践しようとするのだが、この場面で、「ああ、当時の砲撃ってこういう感じだったのか」とやっと得心がいった

  • 『八重』の撮影の仕方だと、どうしても砲弾が地面に着地するか否かという段階で炸裂するという印象を持っていた

  • だから、八重が一度焼玉押さえを実行したときも、偶然成功したんだね、というふうにしか感じられなかった

  • 『TSH』の方では、砲弾が飛んできて地面をころころと転がり、そこへふとんを抱えた女性の決死隊が押さえにかかって、そして水桶で水をひっかけていて、これが実際の「焼玉押さえ」の状況だったのだろう

  • 八重が説明していたとおり、信管部分を濡らしてさえしまえば、砲弾の内部にある火薬に引火させないようにできる、というのがこの「焼玉押さえ」の肝要なのだろうが、まあ危険なことに変わりはない

  • あと、この番組の常連なら当たり前なんだろうけれど、手撮りのドキュメンタリー風な撮影が臨場感を湧き立てていて、よろしいなあ

  • ここで、新政府軍の大砲はアームストロング砲と紹介される

  • 女性たちは、まったくのすっぴんというわけでなく、ほんのりと白粉を塗っているみたい

  • 死傷者が外に搬送されていくのだが、遺骸にかけられた白い布が血だらけになっていたのが怖いほどリアル

  • 負傷兵たちがじゅうぶんな恢復を望めないのは食料が足りないせいもある、とのことで、紗重と美芳という女子(おなご)が城下を食料調達を決意

  • さっそくその旨を近くにいた藩士に伝え、鉄砲を貸してくれと頼むが、そこへ大砲が撃ち込まれ、その藩士が消火しようとするが失敗して爆死

  • その死体がモザイクをかけられて映されているのが、リアリティを増幅させている

  • 紗重と美芳のふたりは男ものの着物に着替え、そこに千鶴、多喜、恵津子という女子も調達に参加

  • 彼女たちは鉄砲の扱いを心得ていたという設定なのだが、実際にそういう女性は、八重以外にもいたらしい

  • さあ行くぞ、というところで、杏ちゃん演じる古橋というタイムスクープ社の社員とやりとりがあって、ここでの沢嶋の「大きな歴史のもとに生きた名もなき人々の記録」という台詞が引っかかった

  • この番組の主旨はわかっていると思うし、そして沢嶋の言いたいことも理解しているだろう上であえて書くが、この紗重たち5人に限らず、私もあなたも、そしてほとんどの人間が「名もなき人々」なのだ

  • だからといって私たちはこの日常を「名もなき人々」のひとりとして自覚し生きているのだろうか、と自問すると、ほとんどが「No」と自答するのではなかろうか

  • 時間や距離、そして、文化、人種、言語などが異なれば、簡単に他者を「名もなき人々」というカテゴリーで括ってしまいそうになるけれども、沢嶋がもし本当に、この5人(のちにひとり加わる)の女性たちがたしかにこの時代に生きていたんだ、ということを記録したいのであれば、「名もなき人々」なんていう言葉を軽々に用いるべきじゃないよね

  • だから私はあえて(フィクションだということは重々承知で)紗重、美芳、千鶴、多喜、恵津子の名を上に記した

  • そういえば、杏ちゃんは次回の朝ドラの主人公に決まっていて、たのしみであります

  • さて、食料調達のために夜間からの出立となったが、赤外線モードというか、緊迫感あふれる撮影に、これまたドキドキ

  • 彼女たちが手にしているのは、おそらく龕灯(がんどう)

  • 旧幕軍と新政府軍との交戦地に足を踏み入れると、激しい砲撃の音があり、この映像が湾岸戦争の映像を想起させた

  • やっとのことで城下に家屋に入り、芋などをゲット、どうやって持って帰るのかなあと思っていたら、風呂敷で包んで肩から掛けていて、「あ、なるほどねえ」と思った

  • それにしても、この野菜を見つけるシーンなど、彼女たちが喜ぶところが、なんだか本当のドキュメンタリーを観ているような気分になってきて、こちらまで嬉しくなってしまう

  • おそらくこの感情移入のしやすさは、先に指摘した演出方法によるものだと思うのだが、その他に、正しい時代考証に裏打ちされた衣装・風俗を身につけた演者たちの、必ずしも器用とはいえない演技のせいのようにも思う

  • そして、ついに新政府軍に見つかった彼女たちも、銃撃戦を始める

  • この応酬が、撃っては隠れ撃っては隠れ、を繰り返すもので、『八重』よりリアルに感じられた(ただし、『八重』のそれは軍隊としての銃撃戦だからおのずから性格が異なる)

  • ここで、美芳の姉が生きているかもしれないという情報を美芳の幼馴染、正之助から得、みなで救出するために家に帰ると、姉の志乃は生きているのだが……

  • で、出たー! 眉なしお歯黒のリアル既婚者描写!

  • いやいやいや、こういう実際の風俗描写というのがワタクシにはなによりのご馳走でして

  • たしかに綾瀬はるか長谷川京子市川実日子白羽ゆり芦名星、の人たちがみんなお歯黒眉なし(引眉と言うみたい)だと、映像的にちょっと困るところがあるかもしれないが、しかしやったらやったで面白いと思うんだけどなあ

  • しかし、握り飯をみんなで食べているところなんか見ていると、配役された女優たちが、演出上化粧をしていないせいかかなり幼く見え、それがこの当時の本当の状況をリアルに再現しているようで、ものすごくいい

  • そこへ敵兵があらわれ、その敵兵を後から駆けつけた正之助が射殺

  • そうしたら、その正之助もすぐに射殺され、紗重たちは新政府軍に囲まれ、絶体絶命のピンチ

  • そのピンチの中、紗重が、敵軍の足元に不発弾として落ちている四斤山砲弾*1を見つけ、それを射撃すればうまく爆発を誘導できると提案し、実行、成功する

  • ここではじめて、「八重」の名前が登場(詳細は、『八重』「自慢の娘」の回にあったとおり)

  • 沢嶋の紹介の仕方は、「彼女たちは、武器に詳しい八重という名前の女性に教わっていた」という非常にあっさりとしたもので、思わずニヤリとした視聴者は多かったんでねえの?

  • うーむ、コラボっていってもここでちょっと言及しただけ*2っていうのが、なんとも奥ゆかしくて、私は好きだなあ

  • 戦いを終え、正之助の遺体に布を掛け、彼女たちは食料を抱えて城に戻る

  • と同時に杏ちゃんから連絡が入り、「もう新政府軍の攻撃が始まる」という

  • 沢嶋が彼女たちに別れを告げようとすると、女子のひとりが鶴ヶ城から揚がる凧を見つける(実話らしい)

  • 凧を揚げることによって、新政府軍を驚かし、まだまだ会津は健在なりと示したようで、それを見た彼女たちも「会津はまだ戦える」とうなづき合う

  • いやあ、不思議なことにこの場面が泣けたなあ

  • 「未来」を知っている者、「結末」を知っている者の目からすれば、まだ戦えるわけなんてないんだけど、けれども、当時は実際にそう思った人は少なくなかったのではないかなあ

  • 『八重』では、ユキも城外から凧揚げを見て、脳天気なくらいに「会津はまだ大丈夫だ」って言っていたけれど、あの心境も今となっては理解できる

  • で、ちょっと脱線するけれど、ユキを演じる剛力彩芽の役どころっていうのは、ただもうとにかく明るければいいということなんじゃなかろうか

  • 物語はじめは少し抜けているくらいに明るい八重だったが、その彼女も段々と戦火に身も心も侵されて行って、明るくいられなくなってしまった

  • それに代わって物語を少しでも明るくさせる存在、というのがユキ(=剛力彩芽)に与えられた使命だと思う

  • だから彼女は、空気が読めないくらいに、無神経なまでに明るく前向きでいればいいのかな、と考えることにし、剛力への評価はかなり上がった(というか、上げることにした)

  • そうなると、官兵衛演じる獅童の演技も、私は器用じゃないなあと思ったが、官兵衛という人物がまさにその不器用さがウリなわけであって、アップにしたら思わず渡辺哲に見えた獅童が、会津・容保を守れなかったことを涙ながらに「情けねえ」と言った瞬間は、たしかに佐川官兵衛という人の愚直さを見事にあらわしていたのではないか、と思うことにした

  • そうして、やがて大敗することになる城に戻る彼女たちの背を映しつづけるところで、沢嶋の撮影は終了

  • けれども、この6人がみな無事で行き抜いたということが字幕で書かれ、フィクションながらもほっと胸をなでおろした

  • いやあ、地味な番組だとは思うが、よくできていて、しかもそれが『八重』の方とストーリー上で交錯しているものだから、よけいに面白く感じられた

  • こういう面白い番組を地道につづけていってほしいものです

明日こそ、『八重の桜』を観るぞ!




*1:前回の『八重』の「八重の桜 紀行」で説明があった。


*2:もちろん、鶴ヶ城開城というタイムリーな話題には違いないんだけど。