今月九日、大阪能楽会館に行ってきた。

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柳家三三の独演会だった。

写真のように能の舞台でマイクなしでしゃべる。それがそもそものスタイルのはずであって、耳をそばだてて聴くというのは僕は新鮮でよかったけれど、高齢者としてはどうだったのか。能の発声と落語の発声はまた別のはずで、はたして三三の声は会場の隅にまで届いていたのだろうか。

お客さんの中には和装の方も幾人か見えた。すごく艶やかな道行(みちゆき)をまとっている方もいて、見ていて気持ちよかった。道行なんて言葉、はじめて知りましたよ。
もうひとり、客席の方で赤いきれいなセーターを着ている女性が目につくと思ったら、くまざわあかねさん(落語作家)だった。おお、と少し驚いたら、その隣にいるのはなんと夫の小佐田定雄さん(落語作家)じゃないか。まさかの生小佐田を見ることができると思わなかったので、ひとり、ふへへへと笑っていた。


さて。演目は、

  1. 一目上がり
  2. 富久
  3. 粗忽の釘

めでたい噺にまつわるマクラがいくつかあった。誰かの襲名披露などで前座が『寿限無』などを演ったりすると、「お、こいつはわかっているネ」と覚えがめでたくなり二ツ目昇進が早くなる、というフリのあと、二代目林家三平の襲名披露では、前座が『短命』を演ったのですが、と言って客席爆笑。
他にめでたいものとしては、狸・狐ものも「化ける」が「芸が化ける」に通ずるからやはりめでたい、他にもありまして……ということで『一目上がり』。これは初めて聴いた。「ひと目づつ上がっていく、という咄なのでこれもめでたいものとされます」とは三三からの説明。
いかにも前座さん向けの噺という感じで、僕はこういうのはなかなか苦手。くすぐりが古いというのか、聞き手はもちろんだが演者自身も「笑えるもの」と感じていないのではないか。

つづいて、『富久』。はじめに富くじの話があって、『宿屋の富』か『富久』だろうと思っていたのだが、後者。僕はこの噺ではあまり笑ったことがなく、反対に三三はどういうふうに演るのか興味があった。旦那をしくじった幇間の久蔵が、旦那のところで火事があったということで真冬の江戸を駆けるシーン、ここをどう演じるのか……と思っていたらここは省略されていた。あら。
僕が聴いた志ん生のものは、酔っ払っても愛嬌のある久蔵を演じていたが、三三は酒乱になっていて少しイヤな人間になっていた。もっとも、旦那をしくじったのも酒がもとなんだからそこはきちんと根拠のある人間像なんだけれど。
多くの噺家で『富久』を聴いたことがないからわからないのだが、富が当たったところで久蔵が腰を抜かすところなんか『宿屋の富』っぽいところがあって、志ん生ものよりよっぽど工夫されている。だが、久蔵がなけなしの一分を取り出して富くじを買うと言っていかにも人生を擲った大博打という態度を見せるところで、くじを売る方が「久さん、それは重いよ」と言う、この「重い」という表現。また、買った富の札を水天宮様の神棚に入れるところで、絶対に当たるというような意味で久蔵の遣った「鉄板」という表現。これらにものすごい違和感を覚えた。
柳家、といってもよくは知らないけれど、小さんだとか小三治だとかを聴くという場合に、マクラや地の言葉では現代語は出てくる場合があっても中身ではいっさい出てこないというのはなんとなく暗黙のルールになっていて、そこらへんは立川とは厳然と異なる部分だと思うのだが、さて、「重い」や「鉄板」という僕が現代風に感じた表現は、はたして江戸風なのか。
そういう些細なところに拘泥していた僕だけれども、他のお客さんはもっと正直というか、後ろ側にすわっていた僕からは白河夜船が幾艘も眺められた。眠ると、首が少し落ちるので、かえって前が見やすくなってよかったけれど。
上方の明るく笑いの絶えない噺に較べて『富久』は笑いが少なく、大阪のお客さんが退屈するのも仕方ないという気はする。かといってこの噺に意味がないかというとそういうわけでもなく、東京風の粋なところが感じられればいいのだと思ったけれど、それも上の表現についての引っかかりから、僕はあまり感じられなかったというのが率直なところ。

仲入り後のマクラでこんな一節があった。
電車は、停車しているあいだは起きているものだけれども、動き出すと寝てしまう、落語会もおんなじで、幕が下りていればお客さんは起きているものだけれど、噺家が出てきてしゃべりだせば寝てしまう。いや、あたしは無理やり起こすなんて無体なことはいたしませんが。
これは、前席『富久』のことを自虐的に触れたのではないかと僕は感じた。で、始まったのが『粗忽の釘』。上方でいえば『宿替え』。僕の頭には枝雀の『宿替え』がこびりついていて、逆に『粗忽の釘』はむかし志ん朝のものを数回聴いたくらい。柳家がどう演じるのか知らなかったが、だいぶ『宿替え』っぽさは感じられた。
いろいろと演劇的な表現も多く見られて工夫していたし、お客さんも大ウケ。有終の美ということで、よい印象のまま終えられてなんだかこっちが安心した。


全体の印象として、わがままで生意気なことを言わせてもらえば(ただ、きちんと金を払って足を運んでいるのだからそう言う資格はあると思う)、少し「理」が勝ちすぎている感じがあった。落語を演じていることがたのしくてたのしくて仕方ない、というよりは少し分別がつきすぎている印象があって、それはたとえば『一目上がり』の説明の立派さ(嫌味ではなく)にも見られた。噺家は理窟っぽくなくたっていいと思うんだよなあ。これはもちろん好みだけれども、いくら基礎の部分では理窟で噺を構成構築していっても、最後の最後、つまりお客さんに見える部分にはなんとなく愛嬌があった方がよいと僕は考えている。三三は生意気だとかそういうことはまったく感じなく、むしろ勉強熱心ないい噺家だとは思うんだが、この大笑いできなかった、あるいは東京の風を感じられなかった虚しさを説明するには、やはり彼の「理屈っぽさ」に理由を求めてしまう。
まだ芸歴二十数年だとかで、今後もっと躍進することだろうから、その一皮むけたところをまた観たい。十年後くらいかな。


終演後、会場の入口に演目が貼りだされてあって、僕は『一目上がり』以外は知っていたので(その『一目上がり』についても三三自身が言及した)見る必要はなかったけれども、東京噺だからおそらく知らない人も多かったと見えて、みんながそこに集まっていた。が、その筆できちんと書かれた演題をメモするのではなく、ほとんどの人たちがスマホやらタブレットやらで撮影していたのだが、なんだか時代ですなあ……。旧弊な僕から見ると、たいそう野暮ったかったざんす。