月100時間の残業で心身を病んだ、というSE(元?)の人の記事をたまたま見て、なるほどなあと思った。共感も反感もない、というのが感想。
僕は季節労働者みたいなものなので、キツイときはキツイけれど、休めるときはまあ休める。といっても、連休は一年に一回か二回くらいで、冬は週一回取れている休みも、夏になるとかなり難しく、週に半休ということになる。
きょうはやっと丸一日の休みがとれてじゅうぶんに休養しているのだが、 これも二ヶ月半ぶり。自営業なので誰に文句を言うこともできない。ということで、そもそも「残業」という感覚がない。八時間を基本としていないからだ。
あと、そのSEの人との大きな違いは、収入。残業代が月20万円出たなんていうことが書かれてあって、「ほっほう」と思いましたよ。いいですなー。

じゃあ自営業と雇われのどっちがラクかというと、どうとも言えない。宮仕えの面倒臭さはなんとなく僕にもわかるし、それがイヤで(といっても特別にイヤな経験をしたことはない)自営業を選んだのだが、こっちはこっちで財布を全部管理・運用していかなきゃならんという別の気苦労がある。人間関係だって経済的困窮だってどっちも自殺の原因になるのだから、どちらが特別にキツいということもないのだろう。

で、その人は100時間ということについて書かれていたのだが、それはひとつの目安にしか過ぎず、もちろん100時間未満でも「まいってしまう」人だっているだろうし、100時間以上働いたって「ぜんぜん大丈夫だもんねー」って人もいるのだろう。
僕と同商売でも、ここ二ヶ月くらいを15時間~20時間/日で働いていた人もいたりして、もちろんその人にも休みはないし、残業代もない。尊敬はしないけれど、すごいなとは思う。

ある落語家(今年でキャリア20年ほど)がラジオ番組で、師匠に入門したときの話をしていた。話し相手は中田カウス。最初は入門を認めなかった師匠だが、何度も何度も頼みに行き、しまいには家の前で土下座をして「入門させてください、お願いします!」と言って、やっと許されたという。それを聞いてカウス、「そら、ええことやね。そやで、いまどき土下座をして入門を頼んで、また許されるなんて、『古臭い』言われるかもしれんけど、実にええ世界やと僕は思うわ」 という主旨の発言をしていて、「お、中田カウス、ちょっとうさんくさい影がちらつく男だけれど、こればっかりはいいこと言うな」と思った。
当世風であれば、やれブラックだとかパワハラだとかの観点に立って、「あな、なんという時代錯誤な世界よな」と見てしまいがちであるが、 すべてを一律に断ずるのもほんとはおかしい話。芸事の世界は、世事一般の常識がすべて通ずるところではない、と僕なんかは思っている。

僕はアルバイトという雇用形態を選択して、いわば保険をかけながらブラック業界たる飲食にどっぷりと浸かっていたが、かなり楽しかった。朝から晩まで働いていたって、残業代なくたって、あれ売れこれ売れと急き立てられたって、あまり苦痛ではなかった。要求されることが多かったからこそいろいろな知識や技術を身につけることができたし、キツい上下関係があったからこそ、そこを生き延びる術を身につけることができた。もしあれが、やさしく素敵な大勢の大人たちに囲まれて至れり尽くせりの世界だったら、僕はいまよりもっと怠惰な人間になっていただろう。
もちろん、その場所ではやはり大勢の人間たちが脱落してもいった。自ら追い詰めてしまったあげく不眠症に陥り、致命的な遅刻を繰り返す社員もいた。当時の僕は彼のことを理解することができず、「こんだけ働いてるんだから、家に帰ったらすぐ寝たらいいじゃん」とアドバイスをしたが、「それが寝れないんです。ずっと布団のなかで目をつぶってるんですが、寝れなくて、それで気づくと朝になっていて時計みると遅刻してるんです」
彼の周りのほとんどが僕みたいに鈍感な人間だったので、「すこし休んだら?」みたいなアドバイスを誰もしてやることがなかった。そういう状況も彼を追い込んでいたのだと思う。
いづれにせよ彼は休職し、半年ほどしてから、シェフが違う店舗であらためて雇い、違うスタッフとともに一緒に働かせることによって、そこではうまくやれていたようだ。当時の生き残っていた僕らは若すぎて、他人に残酷すぎた。シェフはいまの僕くらいの年齢だったけれど、そのくらいにならないと、もう少し冷静に状況が判断できなかったのかもしれない。

ともかくも、どんな状況でもやっていける人間とそうでない人間とがいて、その分かれ目は一概には言えないってことだ。他人には自分の苦労は理解できないし、その逆もまた真なり。自分の危機は自分で判断するよりほかなく、誰かの救済の手を待っているようじゃ現代では生き延びていけないし、たぶんずっと昔からそうだったのだと思う。
現在苦しんでいる人にとってはなんの参考にもならない結論だけど、そもそもそういう意図もない。