タイトルの「賞味期限」は、「鰻」ではなく、「鰻の話」にかかっている。

土用の丑の日だからって、
  • あのさあ、むかしおれ、「土用の丑の日」っていっつも土曜日のことだと思ってたんだよね
  • 知ってる? 「土用の丑に鰻を食べる」って平賀源内が考えた広告なんだよね
  • ひつまぶしって、あれ、どうしてもひまつぶしって言っちゃうよね
なんていう話はもう聞き飽きましたよ。

落語に『後生鰻』という噺があって、僕はこれを志ん生で聴いている。

信心深い旦那が鰻屋の前を通ると、鰻屋の主人が鰻をさばこうとしている。
殺生はよしなさいということで、生きている鰻をいくらか出して買い取り、「おいおまえ、今度はつかまるんじゃないよ」と鰻に言い聞かせて、そばの川に放る。「ああ、いい功徳をした」
翌日も翌日も旦那が鰻を買ってくれるもんだから、鰻屋は商売そっちのけで、旦那を待ってふっかけるだけの毎日になった。
そのうち、 旦那がしばらく来なくなり、旦那を当てにして仕入れもなんにもしていなかった鰻屋はたいへん困った。
そこへ、 ひさしぶりに旦那が店の前を通った。
おいおい、旦那だよ。うなぎうなぎ、え、ない? それじゃあなんでもいいよ、ほら、そこに赤んぼうがいるだろう、それでいいよ。
ということで、旦那に見せつけるように赤んぼうをさばこうとする。
「おいおい、なにをしてんだい!」
旦那は慌てて赤んぼうを取り上げて、取り決め以上の金を払う。「まったく人のやることじゃないね。おい坊や、今度はつかまるんじゃないよ」とそばの川に放る。「ああ、いい功徳をした」

このナンセンス具合が面白くて、聴くたびにゲラゲラ笑ってしまうのだが、これを嫌がる人もいるらしい。まあ、赤んぼうを死なすということにリアリティを感じてしまえばイヤなんだろうけれど。
ところがある本の中で、談志もこれを後味が悪いということで演らないということを書いていたので、へえ、談志みたいな人間がねえ、と少し驚いた。

鰻の噺であれば、『鰻の幇間』も面白い。騙されに騙されつづけた幇間が最終的に騙した相手のことを、「もう一度あいつに会いたいねえ。しみじみ語り合いてえや」と感服したように言うのがいい。 
とまあ、鰻の話であっちへ行ったりこっちへ行ったりとせわしない。この記事がどこへ行くかって?
「前へ回って鰻にきいてくれ」