大晦日の深夜はテレビもつけずに、ブログを書いたあとは本を読んでいた。スティーヴン・キングの『シャイニング』。そしてたぶん、年明けの瞬間は風呂に入っていたように思う。
『シャイニング』を読み終え、すぐに思いついたのはやはり映画との比較である。実はこの比較についてはWikipediaが詳しく、興味深い記述がいくつか見られるのだが、今回はここから、キング自身はキューブリックの映画作品について批判的だった、という内容だけを引用しておく。

小説は、前半は掛け値なしに素晴しい。主人公の父親、というよりこのジャック自身も僕の考えでは主人公のひとりなのだが、彼が高校教師という職を失い、冬季は閉鎖するホテルの管理人に就職しなければならなかった経緯が遡って語られ、そこではアルコール依存がよりひどくなっていく様子と、そこで起こった警告とも思える不思議なできごとなどが触れられる。その一方で、現在進行形としてジャックはホテルのメンテナンスに携わり、そこでスズメバチの巣と格闘する羽目になるのだが、このスズメバチがジャック家族に襲いかかる災厄のメタファーとして機能している。これらのエピソードのひとつひとつがたいへん映画的であり、これらの描写をもとに映画をつくるのは実に容易いのではないかと思わせてくれるほどだ。
物語は、ジャックだけでなく妻のウェンディの視点でも描かれるし、息子のダニーの視点からも描かれる。面白いのは、彼らは互いを愛すべき対象として認識しているのだが、同時に距離も感じているという点。家族が「絆」を確認するための単純な装置に堕しておらず、それどころか、トラブルの根源のようにも見えるのが非常に現実的に感じられた。
また、ダニーが「かがやき(the shining)」という超能力を持っていることが、この三人の関係をより複雑にしている。ダニーはその「かがやき」によって、子どもながらも両親の思考のぼんやりとした輪郭くらいは把握している。ウェンディはそんなダニーを愛しながらも、その能力の不気味さに少し怯え、またダニーとジャックとの仲の良さに嫉妬している。ジャックといえば、ダニーは寵愛の対象ではあるのだが、自身をアルコールから遠ざけたウェンディに疎ましさを覚えているし、さらに、ジャックはその父親に、ウェンディはその母親に対してトラウマを持っている。この同性の親に対するコンプレックスの図式は後年の『11/22/63』にも見られたので、もしかしたらキング自身の体験に拠るものなのかもしれない。
これらを総じて登場人物の複雑な性格を端的にあらわすことは難しいし、あまり意味はない。大切なのは、キングがそれだけの紙数(文庫本一冊分ほど)を割いてホラー部分ではなく、人物の内面を描いたということなのだ。
ストーリーの後半は、ダニーの予知夢や、ジャックやウェンディの直感が伝えてくれていたように、ホテルのなかに「なにものか」がある/いるということが段々とわかってきて、それが最終的には形をとる。実際に文章中でも、ホテルそのものが幽霊となっているという説明がなされる。ホテルは、ジャックに憑依して最終的には能力者のダニーをその内部に取り込もうという意図を持っているのだ、と。それを知ったジャック・ダニー・ウェンディの運命やいかに、というところなのだが結末までは書かないでおこう(ほとんど書いてしまっているけれど)。

全体の感想を書く前に、キューブリックの『シャイニング』に話題を移す。
十年ほど前に観た映画なので、記憶を頼りに簡単に要約すれば、映画版では、狂ってしまったジャックがダニーとウェンディを襲うという設定になっている。その有名な(と僕が勝手に思っている)シーンが以下だ。アマチュアの物書きでもあるジャックがタイプライターに日がな一日かじりついていったいなにを書いているんだろう、とウェンディが覗いてみると、ある文章だけが延々と打たれただけの紙・紙・紙を見つける。
「All work and no play makes Jack a dull boy.」という文章に対して、「仕事のしすぎでジャックは頭がおかしくなってしまった」というような字幕が出ていたのではないか。
ジャックが狂気に侵蝕されていくために、やはり不気味なホテルの存在は重要で、グロテスクな場面がフラッシュバック的手法によって描かれるシーンはいくつか存在するが、「ホテルそのものが幽霊である」というよりは、「ホテルに幽霊がいる」といったほうが近い描き方であり、それに感化されるような形で、ジャックの頭も文字通り「おかしくなってしまった」ととらえるほうがより自然だ。
その描き方の差異が、まさにキングの批判のポイントだったらしい。原作者の意図がきちんと反映されていない、ということなのだろう。


話はまた変る。
このあいだ弟とスカイプで怖いホラーとそうでないホラーについて、話したことがあった。弟は三津田信三の小説を例に挙げ、きちんとミステリー的結構は満足させつつも、最終的には怪奇現象の存在する余地を残しているところがよい、と指摘。僕も小説『少年十字軍』で、極めて現実的に描写されながら、やはり最終的には「奇蹟」の存在する余地を残した皆川博子の鮮やかな手並みを思い出し、それに同意した。
一般的に、怪談などにおいて動機や理由や結末が不明な話のほうがより記憶に残るし、恐怖心も残ったままになる。おそらく全景が見渡せないことへの不安が恐怖心と直結しているのだろうと思われる。
ホラー映画について考えてみても、主人公たちの恐怖に観客が最高潮に同調するのは、恐怖の対象を完全にとらえることができない時点であろう。反対に言えば、画面内に「なにか」がつねに――しかもはっきりと――映っていれば、それはホラーではなくなってしまう。そこから先はアクションの領域なのだ。真っ暗な部屋と完全に照明の行き届いた部屋とのどちらを怖がるか、ということからもこれらは理解できよう。

なにが言いたいのかというと、キングの『シャイニング』はきちんと伏線が回収され、しっかりと秩序立った物語になっている。それはとても丁寧な仕事と言えるし、クリエーターとしては重要な姿勢だといえよう。しかしその一方で、われわれ読者の感じた恐怖の輪郭線もはっきりととらえられるようになり、当初、測りようもないように思われた不安の形が案外小さいものだったことに気づいてしまう。人間がわからないものに対して抱いてしまう期待・想定・憶測は思いのほか大きく、その実体が明らかになったときには、その反動でどうしても過小評価に落ち着いてしまうのだ。簡単にいえば、「なあんだ」ということ。
具体的にいえば、「ホテルの幽霊」という存在がまだ明らかになっていない時点で、ダニーたちが不気味にも不穏にも感じていたエレベーターや消火ホースなどは、ついにホテルがその正体を隠さないようになってしまえば、ダニーたちの逃亡を妨げる役割を担ったいくつかの装置のひとつに成り下がってしまう。それは、なんだか非常にもったいないことのようにも思えた。
これに反して、キューブリックの『シャイニング』はジャックの狂気にフォーカスしている。この狂気というものは、それ自身は形・姿が見えないものなので、「ジャックが狂ってしまった」とわかったのちも、それがジャックの行動に及ぼす影響・範囲・程度はいったいどれほどのものなのか、ということまではしかとわからない。そのため、視聴者は一定の恐怖心を抱いたままでいられる。そうなれば、ジャックが斧を持って怒鳴り叫んでいるところだけではなく、げらげらと笑っているシーンにも怯えることになる。判然としないがゆえに恐怖を多く見積もってしまうのだ。

ただこれは、あくまでも恐怖にスポットを当てて考えた場合であって、小説『シャイニング』は、特にジャックのホテルにやってくるまでの過去だけをとっても充分に読み応えがある。
また、上にちらと書いたのだが、アルコールの深みに嵌まってしまうというまさにそのときに起こった「不思議なできごと」というのは、物語内では(僕が憶えている限りでは、の話だが)回収されておらず、もし、ホテルの幽霊という存在がなければ、このエピソードはもっと輝き、また重要なものとなったに違いない。そして、キングについて語るときのいつもの繰り返しになってしまうのかもしれないが、相変わらずの固有名詞や事物の描写が徹底していて、われわれの鼻先には冬山に閉ざされた豪奢なホテルが突きつけられることとなる。個人的には、小説では非常に重要な人物となるホテルのコック、ハローランが登場する場面はなぜだかすばらしいことが多かったように感じられた。バカンスをとっていたものの、ダニーの「かがやき」の声を聴いて急遽ホテルに戻ろうとハローランは飛行機に乗るのだが、このとき隣の席にすわった婦人とのやりとりが僕にはものすごく感動的だった。わづか数ページのことで、とりわけびっくりするようなことが描かれているわけでもないのに。

ただ面白い/面白くないというだけでなく(実際に面白かったのだが)、人に恐怖を感じさせるものの正体(のようなもの)について考えるいいきっかけとなった。三十数年ぶりに出版されたという、この続篇『ドクター・スリープ』は当然気になっている。
最後に、深町眞理子の訳は風格があってとてもよかった。金銭登録機(おそらくレジキャッシャーと思われる)という古臭い訳語がいくつか見受けられたものの、1978年翻訳だと思えば仕方のないことだろう。 
なお、文庫の奥付の直前に書かれた以下の文章が気に入った。
*本作には差別的表現ととられかねない箇所があります。これは、作者が描いた人間の心に巣くう悪意や憎悪を、原文のニュアンスに忠実に映し出した訳出の結果であり、もとより差別を助長する意図はありません。読者諸賢が本作を注意深い態度でお読みくださるよう、お願いいたします。
文春文庫編集部