午前六時。インターネットの天気予報。奈良市。快晴。一日中、快晴。数時間の軽作業。
観終えていなかったDVD。3/3。準備。宿泊用の下着。予約の確認。地図の印刷。時計。走り書きのチェックリスト。ふたつのカバン。眼鏡。メール。十二時半。出発。
慣れた道。慣れない道。経験。カーナビの指示。じりじりとした陽射し。エアコン。灼けていく右腕。24号線。直進。標識の文字。「奈良」。寝不足。カーステレオ。ヴォリューム。音楽。音楽。音楽。
旧型のナビ。一瞬のずれ。通過。左折。右折。Uターン。混乱。再検索。新たなルート。渋滞。ずれ。また、混乱。時計。予定時刻。混雑している街中。人力車。着物。鹿。観光客。様々な人たち。一方通行。再検索。迂回路。大回り。二回目の「県庁前」。多くの車。右折。狭い道。多くの通行人。興福寺。猿沢池。通行人の視線。右折。右折。右折。
駐車場。自動扉。受付。チェックイン。ふたつの指輪。黒メガネ。黒スーツ。部屋の説明。6つのベッド。電子キー。道案内。地図。タイムリミット。ふたたび猿沢池。目抜き通り。商店街。汗。人混み。観光客。スピードの違う歩み。人の壁。焦燥。汗。
近鉄線。切符。改札機。ホーム。急行。過ぎてしまった予定時刻。窓の外。平城宮跡。鉄骨の設営。小さな歓声。
待ち合わせ。書かれなかった掲示板。つかわれなかった公衆電話。ストール。眼鏡。人見知り。顔合わせ。仮りの名前。


いったいに、芯/真/心のない書き手は物事の核心に迫ることができず、いつもその周辺をぐるぐると巡るだけで終わってしまう。さもなにかがあるような見せかけに苦心したり、韜晦を意図したまわりくどい表現に専心したりするが、実のところそこにはほとんどなにもない。僕もまた、そうだ。

今月の半ばあたりに、維新派の最終公演を観に行った。誘ってくれた方があったからで、チケットはその方が用意してくださった。僕は他人の話を聞かない子だが、その方はきくこさんという。
前回、二年前に維新派を観に行ったときには、その一回性に衝撃を受けたことをよく憶えている。通常の舞台演劇でも、繰り返しのない、という意味で一回性を感じることは多々あるが、野外公演だとそれ以上に「そのときだけ」の特別さが存在する、ということを知った。
だから僕は今回も、前回以上に舞台に辿り着くまでのことをなるべく記憶しておくように意識しておいた。記録ではなく、あくまでも記憶にとどめたが。
まずはくどくどしいエクスキューズを並べ立てることになるのだが、今回の最終公演を観るにあたり、今公演にたいへん関わりの深い作品を含んだ<三部作>のDVDをほぼ一夜漬けの状態で鑑賞した。それぞれ、『nostalgia』『呼吸機械』『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき』で、特に最後の『台湾の~』を再構成したものが、今回の『アマハラ』ということになっている。僕が『台湾の~』を観終えたのは、『アマハラ』の始まるたった6時間前だった。
「予習」のための鑑賞だったが、かえってそのせいで記憶が混乱していることは否めない。もともと物覚えのあまりよろしくない僕の脳味噌は、『台湾の~』『アマハラ』だけでなく、『nostalgia』『呼吸機械』をも一緒くたにして小さなスペースに放り込んで保管を試みたために、いまではそれぞれの細部が分かちがたくくっついてしまって、扱いに手を焼いている状態だ。
芝居がはねたのち家に帰って来てからパンフレットを読み、それから、DVD BOXの特別附録である「解説書」に気づいてそれも読むことで、僕が観劇中に覚えた率直な疑問というものは若干ながら解消された部分もあった。
また、観劇後、幸運にも劇団員の方と少しだけお話しする機会があって(きくこさんのお知り合いだった)、そのときに質問していくらか判然とした部分もあった。
しかし、今回の記事において、これらはあえて「知らないこと」とすることにした。前者をあまりにも参考にしてしまうと、ソース至上主義に陥ってしまうというか、僕の主観を枉げてまで公式の記述に沿おうとしてしまうし、後者の場合は、軽く酔った状態(そのときはすでにふたりで一本のワインを空にしていた)で伺った話をもって、賢しらに事情を知っている風を装うのはいかにも野暮天だし、だいいちそのお話はあくまでも相手の厚意があってのものであるからして、吹聴すべきではないと考える。
けっきょく僕は、いくばくかの資料を参照するにとどめて、箸にも棒にも掛からぬような茫とした感想を書き散らすのみだ。


待ち合わせをした近鉄線の大和西大寺駅から歩いて20分ほど。道々に立つガードマンや張り紙が会場の場所を教えてくれる。平城宮跡というのはだだっ広い場所で、感覚で言えば公園みたいなものなのだが、あまりにも大きく立派すぎてかえってちゃちに感じられてしまう大極殿(高野山の大塔にも似たようなものを感じた)以外には、高い建物どころか背の高い木すらもあまりないのでかなり遠くまで見渡せることができた。
がやがやとした音を頼りにして、大極殿を左に少しだけ進めば、たくさんの鉄骨の足場で囲まれた維新派の会場が見えてくる。

会場内は、特設された飲食の屋台が円状に配置されていて、紙芝居をやっているところやバンド演奏用のステージもその並びにあった。そして中央にはサーカス用の高いブランコがあり、異国情調のあふれるこの空間のいい意味でのいかがわしさの印象を決定づけていた。
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それぞれに軽くアルコールを口にして円内をぷらぷらと周っているうちに開場時間となり、われわれは早々と席に向かった。
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実際はこれほど暗くないのだが、太陽に露出を合わせるとこんな感じになってしまう。かといって、廃船のステージのほうに露出を合わせると、ちょっとあけすけなくらいに明るくなってしまうので、今回は暗めで。向こう正面に見えるのはたぶん生駒山。
開演時間は日没――太陽がちょうど生駒山にかかって沈んでいく――の時間に設定され、そこから逆算して開場時間が設定されたのだろうと思う。観客は席に着くと同時に「うわあ」と感嘆の声を隠さず、思い思いにカメラやスマートフォンにこの光景をおさめていた。
そして、午後5時15分ちょっとすぎに、なんの合図もなく下手から人物が出てきた。
廃船の骨組み。光線。白塗りの男の子。白の帽子。白の半ズボン。白のスニーカー。沈んでいく太陽。落ちていく光量。誰かの咳払い。山の稜線。深呼吸。物語の始まり。


舞台は廃船のイメージで設計されている、というのは事前に知っていたことだった。
船という言葉はノアの箱舟をすぐさま連想させるし、「アマハラ」というタイトルからは(もしそれが「天の原」という解釈をしてもよいのなら)やはり容易に「遣唐使」を想像させる。
また、『台湾の~』で、それから『アマハラ』でも、「バランガイ」というフィリピンの島々の最小の生活単位をあらわす言葉を説明する場面があった。ダバオ(ドゥテルテのニュースで僕はこの地名を知った)でマニラ麻をつくっている日本人と、その妻(原地出身)は、このバランガイという言葉はもともと「小さな舟」を意味する、と言うのである。
僕の目の前にあった廃船には、これらのイメージの残滓がきっとそこここにあるはずだった。大小にかかわらず、かつては人やモノや、希望を内包していたもの。
骨組みだけとなった船で、(維新派ではある意味「スタンダード」な登場人物ではあるのだろうが)白塗りの子どもたち、あるいは大人たちが縦横に移動していると、どうしても現世に引きずられたままでいる魂たちが戯れている情景のように見えてしまう。この世に念を残している、というほどではない、うつつと幻のあわいにあるものたちの戯れ。
そして、いわば「遊び場」の舞台となっている廃船ですら、いろいろな意味や象徴を担ってきた船そのものの残骸なのかもしれず、場そのものが非現実性を帯びているように感じられた。

帰って来てからはじめて読んだパンフレットには、脚本家でもあり演出家でもある故・松本雄吉(以下、「作者」と表記する)は、今回のコンセプトを廃船にしたその理由をあまり説明していなかった、と書かれていた。ただ、いくつかの証言をもとに、「海のない奈良のど真ん中に大きな船があるという、シュールレアレスティックなビジュアルの面白さ」や、平城京を「海の向こうからやってきた様々なモノが、最後にたどり着く港のような存在の場所」ととらえること、が作者のなかにあったのではないか、と推察されている。
その部分を読んでいて、「海のないところにある船」の超現実性は、実は東日本大震災の大津波のときにもあった、ということが思い出された。
あの陸に乗り上げてしまった大きな船の姿はもちろん、とうてい面白おかしくとらえられるものではなく、その反対に、いままでふつうに存在していたものがあるときを境にまったくその姿を変えてしまうということを、現代に生きるわれわれが戦慄とともにまざまざと見せつけられた瞬間のひとつだった。
それが作者の予期していた舞台のイメージにリンクしているかどうかはわからないのだが、僕の記憶のなかで編集(ある意味において改竄)が起こり、「巨大な変化によって打ち捨てられてしまったもの」の印象も付与されることとなってしまった。

ここで、今回の公演だけでなく、DVDの<三部作>を観ていて感じられた維新派の音楽性について、少し書いておきたい。
これは前回(『透視図』)の観劇の際にはあまり感じられなかったことで、その理由を考えるに、おそらくは初めて観たものについて驚いてしまい、まずは役者の言葉と表情と芝居の構成をとらえるのに必死だったからだと思う。ヒップホップで言うところの、リリックとフロウに気を取られ、トラックにまで意識が向かなかったということになるのだろう。『透視図』の場合でいえば、エンディングのときになってやっと音楽が生演奏されているということに気づいたほどである。
生意気にも上に「音楽性」と書いたのは、実際に背景に流れている音楽そのものだけでなく、役者たちの踏み鳴らすステップや、ダンスの動きなど(今回は役者が木片をリズミカルに叩いて音を出している場面もあった)が重層的に構成されていることに意識的になったからであって、これも<三部作>を観ていて気づいたことなのだが、変拍子同士のぶつかり合いが異化と調和を生み出し、(こういう言葉を専門外のさらに外にある人間が気軽に用いてよいとは思わないのだが)ポリリズムとなって観客に意識下の快感を与えているのだと思う。

さらに管見/独断/決めつけを開陳すれば、維新派の作品を何本かまとめて観て、作者はあまり言葉を信用していなかったのではないか、ということが強く感じられた。より正確に言えば、「言葉を信用していない」というより、「『言葉だけ』という状態を信用していない」というか。
僕のような初心者が一般的な演劇というものを思い浮かべるとき、ある程度のリアリティを備えた舞台の上に立った役者が、表情をともなってセリフを発することによって物語が進んでいく。観客席側からすれば、表現の理解の手がかりとして舞台上にあるのは、だいたいにおいて役者の表情とセリフのみということになり、だからときには、素舞台と呼ばれるような舞台装置のまったくない空間で、役者の演技のみで成り立たしめる演劇も存在するのだろう。つまりそれほど、言葉というかセリフというものは演劇において重要なのである。
しかし、維新派にあるセリフ(?)というのは、単語とかキーワードを羅列/連呼することが多く、「一般的な舞台」に較べれば、いわゆる文章になっているものは比較的少ない(もちろん、ないわけではない)。これはおそらく意味を極限まで剥ぎ取ろうとしているからだろう。
たとえば、「今朝は、えろう冷えたなあ」「ええ、ほんとに」「寒くて起きたわ」「今年いちばんでしたね」という会話がけさ実際にあったのだが、これをふたりの人間が演じると、老人とそれよりは若い人間が、地元の言葉と標準語を介して、おそらくは秋の深まった頃にコミュニケーションしている、という情報が即座に得られる。それからすぐに、なぜふたりの用いている言葉が違うのか、なぜ年齢差がある人間が話しているのか、などの疑問もすぐに増え、十秒にも満たないやりとりが聴き手に与える情報は意外に多い。
これを「寒い朝」「寒い朝」「寒い朝」「寒い朝」と4回連呼すればどうなるのか。できるだけ無機質に、「サムイアサ」「サムイアサ」「サムイアサ」「サムイアサ」と繰り返すだけであれば、聴き手には、「寒い朝」が存在している、ということ以外はなかなか伝わらない。
より多くの情報を与えることこそがいい芝居、という観点に立てば、この「4回連呼ヴァージョン」はよろしくないということになるのだろうが、より多くの情報を与えることだけがいい芝居というわけではない、という観点に立てば、これも「アリ」ということになる。
それでは、なぜ意味を剥ぎ取ってしまおうとするのだろうか。前述したように、作者が「言葉だけ」という状態をそれほど信用していないからではないか。この場合の「言葉だけ」というのは「セリフだけ」というのに近い。セリフの文章を解体し、言葉を最小の単位にまで分解してしまって、単語というよりもっと音に漸近させ、それを発声させる。
ならば、表現は比例して貧弱になるのだろうか。否。役者には動きがある。これは『nostalgia』の最初、グラウンドで少年たちがスポーツをしているらしきダンスを注視するとわかりやすいのだが、われわれが日常生活(この場合はスポーツだが)で行なっている動きをやはり分解し、ときに抽象化、ときに過剰化、ときに戯画化して再構成していた。そして多人数で、異なるリズムによってこの再構成が行われるものだから、あちこちでまた拍子のずれと調和が生じ、観るものを飽きさせないようになっていた。
リズムといえば、『台湾の~』(かあるいは『nostalgia』かもしれない)にはあって、『アマハラ』にもあったと思うのだが、年号を連続して発声していく場合、「1931、1932、1933、1934……」とやっていけば、いちばん観客にわかりやすい。「イチキュウサンイチ、イチキュウサンニィ、イチキュウサンサン、イチキュウサンヨン……」という要領である。
しかしこれを、わざと「01、93、11、93、21、93、31、93、41……」という区切り方で連呼する場面があって、これが聴いていて非常に気持がよかった。「ゼロイチ、キュウサン、イチイチ、キュウサン、ニィイチ、キュウサン、サンイチ、キュウサン、ヨンイチ……」といった按配で、この「キュウサン」へ再帰していくのリズムのよさが快感を生み出すのだろう。
非常に興味深いことだが、いったん意図的に意味を失わされた言葉たちが、役者たちのある意味機械的なダンスとリズムに乗って、無機質に発声され繰り返されていくことによって、当初持っていた意味以上の価値や感覚を観客に与えることになる。何度も繰り返しになるが、作者が「言葉だけを信用しない」と書いたのは、役者の表情とセリフとだけに頼っていないということだ。音楽やダンスは、ときにセリフ以上に雄弁になる。

もう少しついでに言うと、すべての登場人物たちに施されている「白塗り」も演者の性・年齢・表情を剥いでいる。だからというわけではないが、『台湾の~』でのM4(シーン4みたいなもの)の「おかえり」の情景には特別な衝撃を受けた。このシーンでは、(僕にとってはということだが)珍しく女性が髪をほどいておろしている人もあったのだ(もともとショートカットの人はそのまま)。はじめは、あれ? こんなところに女性がいっぱい、どこに隠れていたのだろうか、と素直に思ったのだが、観ていくうちに、反対に、いつも「白塗りの少年」を演じているのはこの人たち(の一部)なのかもしれない、ということに気づき、ふだんは鬘をかぶって髪型を隠していることにも気づいた(たぶん)。
しかしこの「おかえり」の衝撃は、その外観のみにとどまらない。ここで11人の女性に唄われる歌詞が非常にすばらしかったのだ。
以下は、『台湾の~』の動画を何度も何度も繰り返して、なんとか聴き取れた部分のみを書き起こしてみたもの。
(前略)
冬よか春、春よか夏、夏よか秋、秋よか冬
椿やよ、桜やよ、菖蒲やよ、紅葉やよ
梅よか桃、桃よか藤、藤よか菊、菊よか萩
水仙よ、躑躅やよ、向日葵よ、楓やよ
芽吹きの春、伸びきる夏、色づく秋、枯れる冬
芽吹いて、芽吹いて(おうよ)、開いて、伸びて(おうさ)、色づき、色褪せ、枯れて、散る(おうさ)
ちょと来い、ちょと来い(ピー、ピー、ピー)
ちょと来い、ちょと来い、ちょと来い、ちょと来い(ピー、ピー、ピー、ピー)
ちょと来い、ちょと来い

緑は、金銀(おうよ)、赤なら、錆色(おうさ)
色づき、色褪せ、枯れて、散る(おうさ)
冬よか春、春よか夏、夏よか秋、秋よか冬
ちょと来い、ちょと来い(ピー、ピー、ピー)
ちょと来い、ちょと来い、ちょと来い、ちょと来い(ピー、ピー、ピー、ピー)
ちょと来い、ちょと来い(ピー、ピー、ピー、ピー)

ちょと来い、ちょと来い(ピー、ピー、ピー、ピー)、ちょと来い、ちょと来い

お・か・え・り、お・か・え・り、お・か・え・り、お・か・え・り
おかえり、おかえり、おかえり、おかえり、おかえり、おかえり、おかえり、おかえり
お・か・え・り、お・か・え・り、お・か・え・り、お・か・え・り

小魚じゃ、小魚じゃ、網もて来い、掬たろかい
うじょうじょおる、うじょうじょおる、掬たろかい、網もて来い
うじょうじょおる、うじょうじょおる、小魚じゃ、小魚じゃ
取て食おか、飼うたろかい、金魚鉢で、飼うたろかい
尾びれ見してみ、背びれ見してみ、銀の鱗や、割れてみせまい
血の管見せいま、血の管見せいま、ぷくぷくしとる、どくどくしとるね
どこまで行たんね、川行てきたんか、川行てきたんか、岬の灯台
地球の裏側、地球の裏側、えらいとこ行たね、地球の裏側
天と地、逆さまや、上と下、逆さまや
右左、あべこべや、昼と夜、逆さまや
桃源郷、桃源郷、銀の川、銀の川
水が銀、黄昏や、白銀や、流れが銀
縁も銀、石も銀、花も銀、埠頭も銀
そら眩しい、白銀や、白銀や、そら眩しい
ラプラタ川、銀の川、ブラジルや、ラプラタ川
楽土やねえ、桃源郷、桃源郷、楽土やねえ
(後略)
少し長めの註記をつけておくと、上の歌詞、いくつかの部分は自分でも全然納得していなくて、「緑は、金銀、赤なら、錆色」なんていうところは、おそらく正しくない。あと、「割れてみせまい」とか「血の管見せいま」の部分もきちんと方言を理解できていないから、これまた全然不正確だろう。意味合いとしては、小魚に対して「血管見せてみい」みたいなことなんだろうと思うが。
劇団の方とお話しする機会があったと先に書いたが、一点だけその内容をここに記しておくと、この「おかえり」の文章は中上健次の『千年の愉楽』からの引用(あるいはそれに依拠している)とのことだった。となると、新宮弁だろうか。

話は逸れるかもしれないが、こういう聞き取り・書き起こしを試みると、人間の認識機能というものが、細部の情報は不正確ながら全体としては大まかにとらえることにいかに長けているかということがよくわかる。僕も意識的に聴いてみるまでは、「なんか『椿やよ~』とか『すくたろかい』とかの方言があって、そのハーモニーがとてもきれいな歌」くらいな説明しか人にできなかったのだが(実際そのように説明していた)、その「方言」なり「ハーモニー」なりがどのように構成されているか、なんてことは一回聴いたのみの時点では、ほとんど把握できていなかった。といって、その素晴らしさとか見事さなんていうものはきちんと認識できていたのである。
『アマハラ』を観終えたとき、近くの人が「すばらしかったねえ! よくわからへんかったけど」みたいな感想を言い合っていたが、たぶんそれは正しい表現なんだとも思う。「よくわからへん」のは細部についてのことであって、全体としては感動したり感激したりしている、という体験はありうるからだ。
細部の記録/記憶に拘泥するより、全体の把握に努めることによってしか見えてこないものがあるし、たぶん多くの人は無意識のうちに後者の行為を選択しているのだと思う(あくまで「直感だけど」の前置きをつけて書けば、性質的に前者のようなタイプ、つまり細部にこだわりつづけてしまうために全体を把握できないという人も少なからずいるだろうとも思う)。
また、維新派の表現も、そういう点を十全に理解したうえで構築されているように感じる。名詞を次々に挙げていくような場面も、その個々にとらわれているうちは単語としての微弱な力しか感じることができないが、流れが見えてくれば、その言葉遊びの遊戯性や詩的飛躍に身を任せることができる。

詩という言葉でさらに脱線をしていくと、およそ舞台というものの優れた部分に、生身の人間が詩的言語を発しているのを聴くことができる、というのがある。歌もまあそうなのだが、あれは音楽というものの上に乗っかっている部分があるから少し別で、もっとシンプルに、朗々と詩を言葉に乗せていくというのを聴ける愉しみというものは、僕にとって小さくない。
『台湾の~』のタイトルにもなっていて、『アマハラ』でも用いられていたこの少し長い文章は、ウルグアイ出身のフランス人、ジュール・シュペルヴィエルの詩に基いている(以下、DVD BOXに附属していた「解説書」に拠る)。
灰色の支那の牛が
家畜小屋に寝ころんで
背のびをする
するとこの同じ瞬間に
ウルグヮイの牛が
誰か動いたかと思って
ふりかえって後ろを見る。
この双方の牛の上を
昼となく夜となく
翔びつづけ
音も立てずに
地球のまわりを廻り
しかもいつになっても
とどまりもしなければ
とまりもしない鳥が飛ぶ。


堀口大學訳
こういう詩が、あるいは詩的な長めの文章が、人の声帯を経て、しかもその波を生で感じられるという体験は、もはや現在ではほとんどなくなっているのではなかろうか。
以前、はてなブログに嫌いな人間がいたのだけれど、そいつがいつか自分のブログの記事に野田秀樹『半神』の一説をそのまま引用していたことがあって、そのときだけは少し嬉しくなってしまったことを思い出す。
補足として、講談や落語の一部にも(一般の人にとっては詩的ではないかもしれないが)朗々と語る部分が見られ、『寿限無』は言うに及ばず、ぱっと思いつく限りでも、志ん朝なら『大工調べ』で因業大家に棟梁(とうりゅう、と読みたい)が啖呵を切るところ、『黄金餅』の所名尽くし、枝雀でいえば『高津の富』で二番籤が当たると信じて疑わない男の「籤が当たったらどうするつもりか」を長々と繰り返し語るところや、『愛宕山』の冒頭、ふたりの幇間(たいこもち、と読みたい)が京都の旦那と女子衆を引き連れて愛宕山にのぼり行くことになった経緯の部分、などが挙げられる。ここらは実に何度聴いても気持がよいが、この快感の裏には、「朗々と語る」という行為のなかに潜む呪術性があるのだと思う。

「おかえり」に話を戻すと、いままではその言葉についてだけ書いてきたが、そのときに掛け合い、ときに重なり合うリズムも絶妙で、発声するときの姿勢もやはり不自然に固定化された独特のポーズであったりして、これはいい意味で言うのだが、「この世のものではない」感じが言葉の意味を二重、三重に増幅させている。

「この世のものではない」で、また寄り道。
『台湾の~』、『アマハラ』でともにM7に位置する「ワタシハ声、ハラマイ、ハラマイ」に出てくる、つばの広い帽子をかぶり、決してその面がこちらに見えない女性たちは、まさにその「この世のものではない」感じがよく出ていて、しかもそのしゃべる言葉のうち、ほとんどというか、まったくわからない部分があるために、ほんとうに呪術をかけられているんじゃないか、と思えるくらいのインパクトがあった。しかしそのインパクトの反面、言葉というか音の柔らかさ・リズムのよさ、奇妙な振り付けの持つある種の宗教的儀礼の要素みたいなものがあるために、総体としてヒーリング・ミュージックを聴いているようで(やはりいい意味で?)眠りそうになってしまったことは正直に書いておく。

寄り道から『アマハラ』公演での「おかえり」に戻る。
開場後、指定の席にすわって観客全員に配られていたA4のプリントに書かれた章タイトルを眺めていたら、その「おかえり」がエンディング(M10)に配置されていたのに気づき、ガーン!と頭を殴られたような気分になった。ほんの数時間前に観たばかりだからこそ、「おお、あれがエンディングにつかわれるのか! どうつかわれるか、めちゃくちゃたのしみ!」と昂奮したのだ。
だが、あっさりとその結果を書いてしまうと、「おかえり」はエンディングではつかわれなかった。あるいは、つかわれていたのかもしれないが、歌詞がだいぶ改変されていたと思う。
期待がものすごく大きかったぶん、実はこのことにかなり驚き、くわえてショックを受けたので、実際のエンディングがどうだったのか、ということをはっきりとは記憶していないのである。
いまとなってみれば最悪の鑑賞の仕方なのだが、そろそろエンディングだということがわかっていたので、「あれ、ここでそろそろ『おかえり』が来るはずなんだけど……ほら、いまのって『おかえり』の最初のほうのフレーズだったと思うんだけど……つづかないなあ」というような、その時点で流れている言葉をそのまま受け止めることをせず、正誤をチェックするようなやり方で観ていたのだ。
そのような最低最悪の態度で『アマハラ』を正確に判断することはできないのだが、ただ最後、みなが集合してそれぞれが発していた言葉は、ごく広い言い方をすれば「挨拶」のようにも聞えていた。別れの挨拶。悼みの挨拶。おはよう、さようなら、などという単純なものではない、もっと多義的で深い意味が込められた心のやりとりとしての、挨拶。

『台湾の~』と『アマハラ』の大きな違いは、1945年の終戦を象徴する原爆投下以後も、前者は南洋に移住していった人たちがどうなったのかを描くのに対して(シーンとしてもM12「1945-2000」というのがきちんと用意されている)、後者はそこを大胆にカットしてスリムになっていた。物語の広がりを最小限におさえることで、イメージが散漫になってしまうことを避けたのかもしれない。ここは好みではあるのだろうが、しかし僕はいささか伏線回収不足の印象を受けてしまった。原爆投下がまるですべてを終わらせてしまったような、そんな唐突な感覚を持ってしまったのである。
けれどもその前の、おそらくM9「しまのかたち……」はものすごい迫力があった。音響が爆音で、それが戦争に突入してしまった物語の最高潮を激しく駆り立てていた。具体的に言えば、ベースの重低音が観客席に波動となって届いていて、比喩ではなく、現実に僕の胸のあたりをドン、ドン、ドン、と撃っていた。これは『台湾の~』でも同様だったのかもしれないが、あらためてDVDなどではなく、ライブを観に来ていてよかった、と痛感したところでもあった。
ほんとうに瑣末な部分を一点。たぶんこれも「しまのかたち……」だったと思うのだが、少年たちが集まってごっこ遊びをするような体でそれぞれがジェスチャーをし、「もみの形」とか「雪の形」とか「星の形」などと言い合っていて、ある少年が何気なくとった「雲の形」のセリフとそのポーズを、違う少年が「きのこの形(のように見える)」と指摘するところがある。その場面ではなにも起こらずそれだけでさっと流されてしまうのだが、その後戦争がどんどんと激化していき、前述したようについには原爆投下にまで至って、この瞬間を目の当たりにしたときにある少年が「きのこの形」と言って、それが先刻のごっこ遊びでの何気ない一言と符合する。これを『台湾の~』ではじめて観たときはとても感銘を受けたもので、無邪気な子どもたちがときおり真理を言い当てたり、未来を予言してしまう怖ろしさを克明に描いているように思えたのだ。
しかし『アマハラ』の僕が観た公演では、この少年が打たれたように「きのこの形」とつぶやく部分が、爆音に隠れてしまっていて、これがほんとうにもったいなかった。違う公演では音響の調整によってうまく声が拾われていればいいな、と思う。

で、最後の「挨拶」のように感じた部分(もちろんそれだけではなかったと思う)についてなのだが、僕にはやや感傷的に響いたというのが正直なところ。これも比較になってしまうのだが(そして比較というのは最悪の手法だとも思っているのだが)、『台湾の~』のエンディング「漁火」の映像があまりにも美しかったために、また、(どうしてもしつこくなってしまうが)「おかえり」への期待が大きすぎたために、ことさらそう感じたのかもしれない。特に「漁火」は、照明は舞台に十本ほど立っているだけの電灯の明かりのみをほぼメインに据えて、ほとんど言葉に頼らず、セリフがあってもかなり感情を排したそれでしかなくて、コミカルにも映ってしまう静謐な振り付けが叙情的な音楽と波の打ち寄せる音のなかで延々とつづくという、この情景全体の美しさは甘やかですらあった。この言葉だけを頼らない表現に、この劇団のユニークさが特にあると感じた。
あるいは、ほとんど「にわか」と言って差し支えない僕は、四十六年という維新派の歴史をほとんど知らないために、挨拶の意味合いを深く受け取れなかったのかもしれない。
しかし全体としてはやはりすばらしい出来であって、公演が終わったいまであればネタバレしても構わないだろうから書くが、たとえば終わり近くで、舞台の奥、つまり廃船の船首側のさらに向こうに見える平城宮跡の茫々たる草地をライトアップし、黄金の波のように見せる演出などは、心に焼きついた。


芝居については、だいたいここらへんまでにしておく。まだまだ思い出すことや、気づいたことがこれからも出てくるであろうが、ひとまずはここまで。しばらくしてから『アマハラ』のDVD(オフィシャルにはまだ出るというアナウンスは出ていないみたいだが、たぶんあるんじゃないか)を観てから、「ああ、すげえ見当違いのことを言って(書いて)いたなあ」とひとり赤面する日が来るのだろうが、それはすぐにというわけじゃない。

上に書いたところまでも余談たっぷりだが、以下には、余談にもならない単なる思いつきや気づきをいくつか。

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まず、このタイトルの「アマハラ」という文字は、なんとなくダクソフォンのタングの組み合わせでつくられているのかな、と思った。
ダクソフォンおよびタングの説明は、音楽担当の内橋和久にインタビューしたCINRAの記事(一緒に観劇したきくこさんに教えてもらった)やYouTube上にある動画を参照してほしい。以下は同記事にある「タング」の画像。
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よくよく見るとロゴのものとは違うんだけど、まあ思いつきなんで。

また、僕がまだ維新派という存在を全然知らないとき、『nostalgia』の予告篇らしきものをYouTube上で観て、ショーン・タンの『アライバル』という絵本がすぐに喚起された。
両者とも移民を扱っているし、『nostalgia』では<彼>と呼ばれる4mほどの巨大なスーツ姿の人形が登場し、『アライバル』では、異国の地に移民してきた主人公たちよりずっと大きな存在物がいるということが描かれている。
ちなみに、『nostalgia』の初演は2007年で、『アライバル』の刊行は2011年だが、『アライバル』も掛け値なしに傑作と呼べる絵本である。

近鉄線に乗って大和西大寺駅を目指しているとき、車窓から平城宮跡に維新派の舞台が立っているのが見え、「おお」と思った。と、僕の近くに立っていたおじさんも、離れて席にすわっているとおぼしき連れ合いに、「おい、見てみろ、あそこ」とでも言うかのように少し昂奮気味にジェスチャーしていて、それがちょっと好もしく、なんとなく連帯感を覚えた。


 繰り返しになるが、記事中では推定や疑問にとどまっているところについて、パンフレットやDVD BOXに附属している「解説書」によってすでに僕にとっては明らかになっている部分もある。また、個人的に教えてもらったことも理解の大きな助けとなっている。
しかし全体として記事に書いたのは、あくまでも(連続三本視聴の後の)『アマハラ』公演鑑賞の感想であって、かなり混乱し、しかもごちゃごちゃとしたわりには中身のない、つまりは前回のものと同じように誰の役にも立たない、「感じたこと、思ったこと」という辞書的定義を出ない「感想」という言葉にふさわしい文章でしかない。あるいは、それ以下。

終演。屋台村。テンプラリーニョ。ワインボトル。ふたつの紙コップ。プルーン&クリームチーズ。生ハム&いちじく。唐揚げ(大)。バンド演奏。地獄でダンス。双子。落とし物。車椅子。ホイッスル。投げ銭。鍋。カメラ。紙芝居。子どもたち。眠そうな顔。楽しそうな顔。昂奮している顔。台湾ラーメン。モンゴルパン。ガパオ。アボカドパスタ。タコス。赤ワイン。白ワイン。グラス。空のボトル。空の缶。箸。つまようじ。ゴミ。ゴミ箱。木の机。サーカス。ブランコ。指笛。写真。フラッシュ。
奈良駅。商店街。コンビニ。猿沢池。ホテル。6人部屋。二階のベッド。共用シャワー。二人組の外国人女性。ランニング姿の中年男性。テーブル。ひげそり。歯ブラシ。歯磨き粉。ハサミ。石鹸。シャンプー。鍵。時計。着替え。熱いシャワー。タオル。スリッパ。カーペット。清潔な布団。寝言。文庫本。消灯。浅い夢。そこはどこですか? そこはいつですか?