先月終わりに実家に帰った際、例によって家のなかで本を読んだりテレビを観たりしながら、だらだらと父と話していた。
僕はそのとき加藤陽子の本を読んでいたので、リットン調査団の記述を目にし、「リットンって人も、あんがいイギリス本国じゃ知られていないのかもね」などと父に言うと、あの「少年よ、大志を抱け」で知られるクラーク博士が実際は数ヶ月しか札幌にいなかったということを教えてくれて、あの人もたしか本国ではそんなに有名じゃなかったはず、と言った。
Wikipediaで調べてみるとたしかにクラークは8ヶ月しか日本に滞在していなかった、という記述が見られたが、アメリカ本国での受け取られ方についてまでは確認できなかった。ただ、マサチューセッツの地元の人に、「ここ出身のアメリカ人がかつて、8ヶ月間だけだが日本で教鞭を執った結果、札幌に銅像まで建てられているんですよ」なんてことを知ったらびっくりするのではないか。
 ついでにリットン卿についてWikiってみると、こちらには
実は本国ではあまり知られていない。むしろ、小説『ポンペイ最後の日』で有名な作家エドワード・ブルワー=リットンの孫であることと、夫人がウィンストン・チャーチルのかつての恋人パメラ (Pamela Chichele-Plowden) であったことで知られている。
の記述が見られ、 つまりおじいちゃんと奥さんのほうがイギリスでは有名よ、ということになる。

さきほど、そんな話をしていた父に、ネットを介してNHK-FMの『歌謡スクランブル』(2016/10/13と10/14)の音源をもらった。「想い出のフォーク・アルバム」と題したそれは、父の世代としては懐かしく、また僕個人もなんとなく知っている曲が多かったのだが、そのなかで新谷のり子の『フランシーヌの場合』があり、この曲については今年の頭ごろ、NHK木曜時代劇『ちかえもん』のなかでパロディとして唄われていたことによって知り、そのとき少し調べたのであった(余談だが、今年観たドラマのベストは『ちかえもん』になるだろう)。 
ごくごく簡単に言ってしまうと、1969年3月30日、ベトナム戦争やナイジェリア内戦への抗議としてパリで女性が焼身自殺したそのことを唄っているのだが、フランシーヌという名前は日本では歌となって有名になったものの(しかし現在でもその名前の記憶が若い人たちにまで受け継がれているかというとかなり疑問)、本国ではほとんど記憶されていないようだ。

かように、異国の地で――ときには奇妙な経緯によって――記憶されている人物たちが、本国ではほとんど忘れ去られている、ということは意外に多いのかもしれない。
先日観に行った維新派の舞台『アマハラ』でも、サイパンで一代で財を成した(そして一日でその財を失ったとおぼしき)山口百次郎の話などがあったが、 こういう人たちも、(僕の勉強不足も当然あるだろうが)それほど日本国内では知られていないように思う。
それを「数奇」といえば数奇なのかもしれないけれど、反対に、人間は一つ所ばかりにいつづけるわけでもない、ということの証左であるのかもしれない。
生まれた地にとどまりつづけることもあれば、さまざまな事情から新天地を目指して流転をつづけることを厭わない人たちもいるということ。どちらがいい/悪いという話ではないが、考えてみれば僕自身は、どちらかといえば後者に属するほうだということに書いていて気づいた。だから、括弧つきの「伝統」を墨守しようとする人たちに対してなんとなく違和感を覚えるのだろう。