もう日付が変わってしまったから二日前の夜ということになる。電気カーペットをつけ、なおかつファンヒーターを動かして猫と一緒に寝そべったまま眠ってしまい、夢を見た。

巨大な駐車場を抱えたガソリンスタンドの敷地内。そのなかに離れて建てられた二棟のアパートの住人のひとりとして、僕はそこにいた。アパートは見るからに安作りで薄っぺらではあったものの、都会だからという理由でそれほど安くもない家賃を払うことになる、ということはわかっていた。つまり、僕はいまの僕ではない別の誰かになっていた。奇妙なことではあるが、僕はそのなかで「私」という一人称をつかっていた。
あるとき管理人に私たち住人が呼び集められ、外でいろいろな注意事項を聞かされていた。住人の一部には子どもの頃からそこに住んでいると言う人だっていたが、同時期に一斉にそこに入居した人たちも多く、私もそこに含まれていた。管理人の説明は、おもに新たな住人であるわれわれに対して説明をしているらしかった。ゴミを出す日とか、買い物をするのなら近くのスーパーならどこそこがあってとか、町内会がどうしたこうしたとか。たとえば、大雨の降った次の日のアパート周りの掃除は、いままでは管理人が善意でやっていたが、これからは住人自身で当番制でやってほしいということだった。はじめ管理人は、「元からいた人たち」を優遇するために「遠くから来た人たち」である私たちにそれをやらせようとした。「遠くから来た人たち」という表現が私たちのことを指しているということはすぐにわかった。ヨソモノであるし、部外者であるおまえらがすこし割を食ったっていいという理窟はわからないではなかったが、私は「それはおかしい、もともとの住人も含めて交代制にすべきだがかまわないか?」と提案すると、禿頭の管理人は「それでもかまわない」と応じた。覚醒した現在なら、その管理人のモデルが誰なのかは判然としているが、夢のなかでは当然ながら、それはわからなかった。
管理人の説明が終わると、われわれはそこで散会した。
住人のなかには一人暮らしの学生から、老夫婦、4~5人の家族などもいた。ブルーの制服を着た背の低い女の子が近くにやってきて、私の袖を引っ張った。高校生のようだったが、知らない顔だし、周りから変な誤解を受けても嫌なので、私は彼女を振り払い、住人のなかで同年代らしい男の集団が近くの書店へ歩き出したのを見て、急いでそれを追いかけた。女の子はかなしい顔をしていた。

5~6人の男たちとで書店の雑誌コーナーあたりをゆっくりと歩き回りながら、「おれはカメラが好きだ」とか「機械に興味がある」「車買いたい」などという彼らの自己紹介のようなつぶやきを聞いた。私は変に昂奮していた。彼らと話すのは初めてで互いに緊張し合ってはいたが、ここで新しい生活がはじまり、新しい関係を築いていくのだということがはっきりと知れたからだと思う。私は希望を持っているらしかった。どきどきしていた。
 
突然、音が鳴った。ファンヒーターの連続運転が3時間を超えたので、注意喚起のメロディが鳴ったのだ。目を醒まし、「運転延長」のボタンを押した。そばで猫二匹が、相似形に逆「く」の字の体勢で寝ていた。僕はすぐそこにあった夢が、もやいを解かれた小舟のようにゆっくりとではあるが此岸から確実に離れていっていることを名残惜しく感じていた。その瞬間、僕はさきほどの女の子が誰だったのかを思い出した。思い出せたような気分になった。
彼女は僕に伝えることがあった。「別の世界でわたしたちはお互いに会ったことがある」彼女が伝えたかったのはそのことだったのだ。
われわれは、寝るたびにいつも夢の世界に入り込み、そこでの生を生きている。起きればその世界のことは忘れ去ってしまい、次に寝るときにはまた別の世界にジャンプしてしまう。そこでは僕の飼っている犬や、僕の妹もいたのだろう。現実には僕は犬を飼ったことがないし妹もいないが、夢のなかで僕の袖を引っ張った女子高生は、かつて妹だったことがあるような気がした。理窟ではなく、唐突にそのことが諒解できたのだった。
僕は例のアパートにそれなりの目的をもって住もうとしていたに違いない。土地関係の交渉をしなければならなかったような気もする。そこで新しい友だちをつくり、新しい人間関係によろこび、苦しみ、それなりの時間を過ごすこともできたのかもしれない。
そのとき、妹であったかもしれない彼女ともう会えなくなってしまったことにようやく気づき、かなしく感じられた。
毎夜、僕の魂はいろいろな世界での<僕>や<私>を生きている。現実ではもう会えなくなってしまった魂とも、もしかしたらそこで出逢うことができるのかもしれない。
僕はこのことをメモしておいた。