図書館の書架にぽんと置いてあったのをたまたま見つけ、そういやこれ話題になっていたよなということを思い出し、その安直なタイトルの本を手にとってカウンターにまで持って行った。

まず、この一見ストレートにストレートを上塗りしたようなタイトルがどれほどの意味を持つのか、田中角栄という人間をリアルタイムで知らない僕には最終的に判断できないかもしれない、というおそれはあったが、しかしまた慎重に考えてみるに、おそらくこの天才というのは、われわれがその単語について簡単に思い浮かべがちなイメージとはまったく別種の相当なメタファーなりアナロジーなりを内包する言葉であろうから(なんといっても彼は「作家」なんだから!)、読了後にきっと味わえるはずの意外性をたのしみにすることも可能だ、と思い直してページを開くと、その行間のスペースの広さや文字のフォントの大きさに驚かされる羽目になった。

都の百条委員会に呼び出しを食らったときだったか、マスコミの前で威勢のいいことをぶちまけてそれから車に乗り込んでいこうという場面でのその後姿や歩く恰好のあまりにも年老いた様子を、おそらくは彼が若い頃からずっと嘲笑してきたであろう存在に彼自身がなってしまったのだという皮肉な思いで眺めたが、あの印象の強さのためか、これはもしや口述筆記による「角さん」の追憶記かと思って奥付あたりをぱらぱらと調べると、
この作品は現実の人物・事件・団体等を素材にしておりますが、すべては筆者によるフィクションであることをお断りしておきます。
という但し書きがあって、やはり小説なのかと再認識した。
ほんとうは、小説でもエッセイでもドキュメンタリーでもジャンルはなんでもよいのだが、しかし実際の人物を描くというとき、そこに含まれる真実味がどの程度のものなのか、というのはその対象人物をほとんど知らない読者にとってはとても重要な問題なのは間違いない。
小説というのは非常に自由な表現藝術なので、いかように描くこともできる。高橋源一郎はその初期作品において伊藤整や金子光晴という名前のキャラクターを登場させ、(これまた「おそらく」となってしまうのだが)実在の人物がしなかったであろう振る舞いをさせたりした。
また小島信夫は、その小説に「保坂和志という小説家」という人物を登場させ、これはいかにも当人と思えるような言動をさせるのだが、保坂自身によれば「そんなことやっていない/していないのに」みたいなこともあるという。というかそもそも小島信夫の作品には、一人称で書かれ始めたのに「小島信夫という作家」が登場することもあり、三人称に移ったのか、はたまた「わたし」とは別の人物なのか判然としない、と読者が混乱を来すものもあるのだが、石原慎太郎は十中八九そんな「文学的」なことは考えていないだろうから、そうなるとフィクションという言葉を頭の片隅に置きつつ、かの人物のいわば人物伝を、小説の形で読むのだなと自分に言い聞かせた。

しかしそうなると僕としては、ますますどう読み、どう感じてよいのかがわからなくなった。この「小説」に描かれているうち、はじめの五分の一ほどは田中が東京に出てくるまでの話なのだが、面白いのはここだけだった。彼の生い立ちや家族、そして淡い恋愛感情などがたぶん虚実綯い交ぜで書かれているのだろうが、その真偽などはどうでもよく、それなりに面白い。それは、その立志伝の一過程が、現在となってはなかなか想像しにくいことによるものであり、その想像のしづらさは、日本人の生育環境や経済環境というものが表面的にはより画一的になったことに由来するものだろう。

けれどもそのあとの五分の四は政治家になってからの記述が主で、事実が、そのときの田中の感慨(という体)をもって描写されていくのだが、ここに物足りなさを感じた。というより、なにかの弁明のようにも感じられてしまい、それが石原の弁明なのか、あるいは最後のページに三十も挙げられている参考文献に依拠したものなのかはわからないのだが、これまたわかってもわからなくても、そのいづれにしても面白くない。はあ、そういうものなのかなあという感想で終わってしまうのだ。

ある政治的に困難な状況や重要な課題に直面したときだけをピックアップして、そのときの人間模様を大胆に描くというのであれば、これはこれで面白さはあったはずだろう。しかし回顧録みたいな体裁なものだからどうしても記述は淡白なものとなっており、物足りなさだけが残る。
それではドキュメンタリーとしての興味深さはあるのかというと、たぶん事実に即しているのであろうということくらいは判断できるのだが、それにしては記述量が圧倒的に不足しており、やはりこちらでも不足感が残る。結局、どっちつかずなのだ。

200ページの本文に対する15ページのあとがきには、本人もわざわざ「長い後書き」と題しているのだが、このなかに出てくる石原の田中との対話は魅力的だった。石原がまっこうから田中の金権政治批判をしていたとき、テニスのクラブハウスで彼とたまたま出会ってしまうのだが、そのときのやりとりに石原は特に強い印象を持ちつづけているようで、その昂奮を隠していない。
”これは何という人だろうか”と思わぬ訳にはいかなかった。私にとってあれは他人との関わりに関して生まれて初めての、そして恐らくたった一度の経験だったろう。
一礼して別れ、仲間たちと食堂で合流した後も、私はたった今味わった出来事の余韻を何度となく嚙みしめていたものだった。

(214p)
本文にこのような種類のものがまったくないかといえば嘘になる。たとえば毛沢東と対話する場面などにほんのちょっと人間の面白さというものが描かれているようにも感じるのだが、しかしそれにしたって分量がすくなく、あっという間に印象が過ぎ去ってしまう。

文体についてすこし言及すれば、石原節みたいなものは随所に感じられた。
たとえば、「○○についての調査はなかった」というようなことを言う場合、石原は「○○についての調査はありはしなかった」とよく書く。「いなかった」を「いはしなかった」と書くし、「~していて、」というところを「~してい、」と書く。これはたぶん彼のこだわりなんだろう。
余談だが、「味わう」という言葉の使役形を「味わわす」とはっきり表記しているのを見たのは、彼の文章(本書ではないけれど)が初めてだった。これは音だけを聴いていると、「あじわわせる」なのか「あじあわせる」なのかがいまいちわからなく、発話者もそこらへんを曖昧に認識しているということが多いのだが、文章でそのようにはっきりと書いているのを見ることもなかった。おそらくその理由は、「苦労を味わわす」と書いて自分でも不確かな思いをするよりは、「苦労させる」と別の表現を遣ったほうがよいとした文筆家のほうが多いからではないか、と愚察する。
話を戻すと、上記のような石原の文体は読者に引っ掛かりを与えることも少なくないだろう。悪文という人もいるかもしれない。その指摘を間違いとは思わないまでも、しかし僕自身はあまり悪くは受け取らなかった。この直前にライトノベルをたまたま読んでいて、その引っ掛かりのあまりのなさに物足りなさを感じていたということもある。
現在ネットにあふれている文章のほとんどが引っ掛かりのなさに注力されており、僕はそういう文章を好まない。書かれている内容も陳腐なうえにその書かれ方も陳腐であれば、なにも残らない。おそらく数年以内には、AIがそういう文章をわれわれに提供するようになる。なので、わざわざ人間が書く必要がないのだ。

数行で終わらせるつもりだった感想は、結局まとまらない。
しかし、「長い後書き」のなかに、「田中角栄という未曾有の天才」とか「田中角栄という天才の人生」などという箇所を見つけ、「相当なメタファーなりアナロジーなり」はおそらくないということを確認することはできた。
繰り返しになるが、参考文献の量は多いようだ。その「まとめ」を簡単に読めるという点以外でこの本の興味深い箇所を強いて探すとするならば、「三番クン」という名前で登場する女性と青年田中との恋愛未満のようなエピソードに、石原慎太郎という人間がそれなりの重きを置いているというところかもしれない。
あのように無神経で傲慢で、愚かしい言動に事欠かない人物も、わりあい純粋なものを信じているふしが見られるのである。もちろんこれを指差して嘲笑する気はない。ただ、純粋なものを信じる人間が必ずしもやさしく心のこもった行動をするわけではない、という新たな例証――けっして新奇なものではないが――がわれわれの知識にくわわるのみである。