2018年2月24日は忘れられない日となった。正確には忘れられない夜となった。

あの夜、少なくない人たちが彼女たちの最高のパフォーマンスを観ていた。彼女たちの一挙手一投足に釘付けとなり、一瞬一瞬を見逃さないよう全身すべてを目にしていたはずだ。
その人たちの多くは、彼女たちを応援していた。応援しているつもりだった。けれども僕は、その応援という言葉に一種の虚しさを覚えながらPCのモニターを凝視していた。
彼女たちの4年間について、僕たちはいったいなにを知っているのだろうか。その疑念を頭からどうしても払拭できないのだった。
4年間、そこにはきっと”われわれの知らない物語”があったに違いない。彼女たちがそれぞれに抱えていた孤独や悔しさや辛さを僕たちは知らない。それにもかかわらず、最後の最後の瞬間が近づいたことによって勝手に感動を覚え、大きな熱狂の流れにタダ乗りしていただけではないか。
僕はきちんとしたファンであったのだろうか。ほんとうに短い期間を、ただミーハー的に騒いでいただけなのではないか。それを応援だなんて、僕には口が裂けても言えない。

「感動をありがとう」なんて言葉が、やっぱりその夜も飛び交っていたようだった。考えすぎなのかもしれないが、そのような言葉は、彼女たちの偉大な達成を矮小化させるような気がする。僕たちはけっして対等の位置に立っていないから。
ついつい勘違いしてしまいがちだが、彼女たちは僕らの思っているよりもっと高いところにいる。なにもできない僕――「応援している」ことがなにかの役に立っているはずだ、なんてことを自分で思えるほどおこがましくはなっていない、幸いにも――に対して、彼女たちはただただいろいろなものを与えてくれた。その「いろいろ」なもののなかに、「感動」はない。感動というのは、僕のなかに生起されるものであって、彼女たちが直接与えてくれたものではない。
その自己発生的なものについてありがとうと言うことは的外れというか、力点がむしろ「感動した自分」にあるようでいて気に食わない。どうしても言いたいのであれば、ただ「感動した」でいいではないか。
だが、そんなふうに思いながらも、やっぱり彼女たちに感謝の念がないわけがない。彼女たちの存在がどれほど毎日に輝きを与えてくれたことか。繰り返しになってしまうが、それはけっして長い期間ではなく、いまから振り返れば、ほんのちょっとのあいだのことだった。彼女たちになにか伝えることができるのであれば、やはりそれは「ありがとう」という言葉しかないのかもしれない。

そして、すべては終わった。あの昂揚はほとんど去りつつあり、いまはさみしい思いにひたすら沈み込んでいる。
さようならが上手ではない僕は、心のなかにぽっかりと穴が開いたのをたしかに感じていて、ふと思い浮かんだメロディなどを口ずさんでは胸苦しい思いにとらわれ、そんなことを日がな繰り返している。
彼女たちがあれほど昂奮やたのしさ、幸福感を与えてくれたというのに、僕は子どものようにめそめそしている。たぶんその「さみしさ」も僕の心のなかに生起したもので、彼女たちが直接与えたものではない。

彼女たちの名前はアイドルネッサンス。活動期間は2014年5月4日から2018年2月24日のたった4年間。
その最後の日は忘れられない日となった。正確には忘れられない夜となった。
そのとき、おそらく多くの日本人はまったく別のものに熱狂し、感動していたのだろう(むしろ僕はそれを知らない)が、そのほぼ同時刻に日本の片隅で、すばらしいアイドルグループがその歴史に幕を下ろしていたのだ。
『君の知らない物語』 - アイドルネッサンス
それは、まったくもって君の知らない物語なのかもしれない。
でも、知らない人たちは知らない人たちでもしかしたら幸せなのだと考えることもできる、こんなにも苦しい思いをせずに済むのだから。僕は僕で、「誰かの存在を特別に思っていたことに、あとから気づく」なんていう経験をまたできるとはまさか思っていなかった。間違いなく彼女たちは僕にとって特別な存在になっていて、彼女たちがもういないのだという現実にいまだに戸惑っている。
なお、僕がこの歌でいちばん好きな歌詞はここだ。
強がる私は臆病で
興味がないようなふりをしてた
だけど
胸を刺す痛みは増してく
ああそうか 好きになるって
こういう事なんだね
思えば彼女たちのカバーした数々の歌が、いろいろなことに共鳴している。上掲MVにしたって、まるで彼女たちの未来を予見していたかのようだし、彼女たちのオリジナル曲『前髪』(小出祐介による作詞作曲)には、
失った魔法のこと 消えてしまった光のこと
愛おしく思っても 何もあきらめないで
とか、
きこえなくなった音 もう会えなくなった子のこと
さみしく思っても 何もあきらめないで
なんていう歌詞まである。
実際に小出自身が、ナタリーの対談(ちなみに、この対談そのものがすばらしい内容となっている)において、アイドルを辞めたあとの彼女たちに「意味が出てくる曲になってくれればいい」という思いで同曲をつくったと語っている。ということは反対に、この対談の段階、すなわちはじめてのオリジナル曲を製作していた段階ですでに彼は、彼女たちのアイドルとしての存在の「向こう側」を意識していたということになる。
ずっとカバーだけを唄っていたグループがはじめてオリジナル曲をつくることになった、というのは明らかに上位ステージにあがったということで、終わりどころか、まさにこれから勢いをつけていくところだというのに、彼はその先の先、つまりアイドルとしての結末のその先を想像していたことになるのだ。
実をいえば僕も、ずっとつづいていくアイドルネッサンスというものがなかなか想像できなかった。消極的な意味においてすぐに売れなくなって終わるだろうなんていう予測ではけっしてない。それとはまったく反対の、こんなに最高のものがずっとつづいていくなんてことはとうてい想像できない、という自己防衛的な感慨だ。そんな「備え」をしていたはずなのに、そしてほぼひと月前には偉そうなことを言っていたのに、いま、僕はみっともないほどにおたおたしている。

もう繰り言はやめよう。
どうあれ、彼女たちのパフォーマンスや歌の一部は形を残すことになったのだ。それはつまり、後世の人間が、この時代を振り返ってすばらしいグループがあったということに絶対に気づくはずだということを意味する。評判が評判を呼び、ちょっとしたブームにさえなるかもしれない。当事者たちや熱烈なファンにとってはずいぶんとバカにしたブームで、なんにせよ、なにもかもが遅すぎるのだ。
しかしそれでも僕は、その最後の夜のことをやっぱり思い出す。現場にはいなかったけれども、PCのモニターを凝視して一曲一曲を、胸を詰まらせて視聴したことを思い出す。日本の片隅で、すばらしいアイドルグループがその歴史に幕を下ろしていた夜のことを。