いやなにがってこんな情報ゼロ人間の目にすら飛び込んできたここ数日の「安室ちゃん」情報ですよ。
同い年の彼女が早々に引退を決めてしまうということにショックを受けた、なんてことはまったくなくて「へー、そうなんだー」と思っただけだが、といって彼女の「すばらしい功績(?)」だとか「憧れとなる徹底したスタイル(?)」を貶めるなんてつもりもまったくない。気になるのは、(?)をつけた「功績」やら「徹底したスタイル」なんてものを褒めそやしている連中はほんとうにずっと長いあいだ彼女を追いかけ憧れつづけてきたのかなってこと。世の中には尊敬すべきほんとうの意味でのファンという人たちは大勢いて、新作を出せばシングル・アルバムに限らず購入し、ライブへ行って、ツアーを追っかけ、その都度グッズを購入し、家へ帰ってきても「あー、安室ちゃん、やっぱすごいわー」と独りごとを言うっていう、そういう人たちが言うのならわかるし、納得もする。けれども、「どーこーへでーもー」とか「キャンニュセレブレイー」とか「スイースイーナインティーンブルーウーウー」みたいなところで止まっているやつ(なんて言ったって僕自身がここに含まれる)も一緒になって騒いじゃいませんか、ってこと。え? ツイッターチェックしてますよって? YouTubeで新作毎回チェックしてますよって? おめー、一銭もつかわねーくせに偉そうにファンとか抜かすなよバカヤロー、なんてわたくしはお上品にも思ってしまいますのよ、おほほほほ。

すっごく不確かな記憶なので相手さんの選手の名前を伏せておくけれど、何年か前のなんらかの代表選考会のとき、ある選手の選考がかなり危うく「もう代表には選ばれないかな?」なんて思っていたのが、競っていた相手の演技が思いのほか低く評価されたため、結果、代表に選ばれたというときのその瞬間、観客席ででっかいフラッグというか幟というか垂れ幕というか、とにかくそのなにがしかを一所懸命ひろげて、いまにも大声で泣かんばかりの形相の女性ファンたちがいたのが目に映った。そこにはバーンとでっかい手書き風の文字で「高橋大輔」と書かれてあった。
あーあ、そんなことしちゃったら代表になれなかった○○選手やその家族やファンの人たちがかわいそーじゃん、もうちょっと高橋ファンも気を遣えばいいのに……と思わないでもなかったが、けれども高橋ファンたちの気持ちを考えてみたら「そんな『相手選手の気持ち』なんて考えてられっかい! わしらは大輔命なんじゃ! 大輔が代表に選ばれたのを心から喜んどるんじゃ!」と思うのは当然であるということにすぐに気づき、それこそが誠のファンの姿勢かもしれないと思い直したのである。
なんにしたって、現地に足を運ぶファンというのがいちばん「正しい」のである。相手選手に野次を飛ばすとかSNSで本人宛てにクソリプを飛ばしまくるとか、そういった非道徳的な行為に手を染めない限りは、彼女らの行動はそれぞれに価値を有する。「武士の情け」でそのとき垂れ幕を広げなかった人もいたかもしれないし、相手選手のことなんぞ一向に構わずきゃーきゃーと絶叫した人もいたかもしれない。仕事を休んで、宿泊するホテルを予約して、電車代・飛行機代を捻出して、観客席――もちろんその競技会場の入場料だって払っているのだ――にすわっているその彼女たちの反応は、みなそれぞれに意味を持っている。そういう意味で「正しい」のだ。
反対に、「いやあ、ファンも相手方の気持ちを汲み取るべきだよなあ、すくなくともおれ/わたしだったらそうする」なんて一歩引いたいかにも冷静な意見を、テレビやスマホの画面の向こう側で偉そうに抜かすやつらのことは無視してよい。彼ら/彼女らの意見はただのノイズでしかない。彼ら/彼女らは永遠に現場に行かない。それなのに、ときどき自身を「ファンだ」なんて自称する。すげーあつかましい。そういうやつらがいま、「安室ちゃん、お疲れ様でした」みたいなことをFBとかツイッターとかインスタで投稿してるんじゃない? さすがにここ最近では目立たないと思うけれど(でも確実にいるはず)、安室奈美恵が引退するってのが決まったというニュースが報じられたとき、ヤフコメで「昔の曲はよく聴いていましたが、最近のはあまり聴いていませんでした……。けれども、ほんとうにお疲れ様でした」みたいな謎のコメントがちょくちょく見られて、さすがヤフコメと笑いが止まらなかった記憶がある。そういう人たちの自己認識も、あんがい高い確率で「ファン」だったりして。
(余談だが、ヤフコメでは誰かの訃報のときでも「まったく知らない方ですが……ご冥福をお祈りします」みたいなコメントが載ることもちょくちょくあって、このなんにでもコメントせずにはいられない種族こそヤフコメ民だよなあ、と文字から溢れ出てくるその素朴性を微笑ましく眺めること頻にして繁。この場合の「素朴」という言葉に込めたせっかくの悪意のニュアンスも、「不器用」という言葉を褒め言葉だと受け取ってしまう人たちには通用しないので、まあ通用しないんだろうなあ。それはそれでいいんだけど)

そんなことを考えていると、毎年毎年、5次元だか7次元だかというカフェに集まって村上春樹のノーベル賞受賞のニュースを待っている人たちのことがなんかかわいらしく思えてきた。以前、村上春樹に質問しようみたいな企画があったとき、村上自身が賞レースの候補として見られることに「馬じゃないんだから」辟易していると発言している。当然、コアなファンであればその発言を承知しているのだろうが、それでも彼ら/彼女らは5次元だか7次元だかに集まってしまう(文字だけを読めばなんかものすごいSFみたいだ!)。村上発言を聴いた直後くらいは、「おいおい、御本尊がそう言ってるんだから、あんたたちもすこし理解してやれよ」なんて思っていたものだが、いまじゃ受け止め方が180度変ってしまった。薄暗い店内で、マヌケなマスコミ(この話題でいちばんマヌケなプレイヤーはマスコミだと断言できる)に「今年もだめでしたね?」と訊かれ、静かに照れた感じで「はい……また来年に期待します」なんてぼそっとつぶやく感じが、男女問わず、なんか愛らしく思えてきた。いやーいいよ、あれこそファンって気がする。ちなみに、ボブ・ディラン、カズオ・イシグロと来て、村上春樹はいづれ受賞するんだと確信するようになった。ノーベル賞には程遠いよ、なんて思っていたのだが、なんとノーベル賞のほうが近づいてきた、というのが僕の印象。これはけっして悪い意味ばかりではなく。
なお、このあいだ、村上ラジオが放送されて、きっと5次元だか7次元だかに集まってファンたちが聴いているに違いないとニュースをすこし探してみたら、やはり集まっていたみたいだ。映像や画像は見ることができなかったが、小さな新興宗教(この場合まったく悪意はない)の小さな集会みたいなものを想像し、なんだかすこしだけ嬉しかった。

「安室ちゃん」問題に戻る。
活躍して注目を浴びるってんならわかるけれど、引退が決まってから盛り上がるってのもどうなのよって思う。最盛期と較べりゃすこしは落ち着いたのかもしれないがそれでも安室奈美恵なんて最前線で活躍していたほうだと思うんだけど、アイドルなんかでも解散が決まると似たような問題が起こる。今年、アイドルネッサンスというアイドルグループの解散が発表されたとき、彼女たちとは無関係の音楽プロデューサーがすこしきつめのツイートをしたことが話題になった。本人がのちに謝罪しているくらいなのでほじくり返すつもりはないのだが、「解散を残念がる前に、できる”応援”はあったのだ」という自称「ファン」に自問を促すような内容に僕は100%同意で、そういう意味で僕はファンではないということも強く意識させられた(アイルネに関して盤はすべて入手しているけれど、それでも「ファンである」なんてそんな傲慢なことはもともと思ってもいなかったけれど)。
最近じゃ、音楽でも映像でも、けっこうなものがけっこうな割合で無料で鑑賞できる。それはそれでほんとうにすばらしいことなんだけど、いっぽうで、なにかに対する感覚が相当に麻痺してしまっているのだとも思う。「なにか」なんてもったいをつけずに言えば、正当な対価ということだ。ついこのあいだまでマンガを無料で読めるところがあった、なんてことは僕は例のブロッキングの問題としてニュースで知ったくらいなんだけど、そういうところに入り浸っていて、かつ自称「マンガ好き」の人たち(ここが重要)は、それと同じこと、つまり表現者自身が認めていないタダ読みやタダ聴きみたいなことを、自分がやっている仕事に対してされても平気でいられるのだろうか。僕はイヤだけどね。
闇市でモノを買うな、たとい餓死してでも、とそういうことじゃない。技術的に可能であれば、それに手を出してしまうのが人間。けれども、自分がそのつづきを見たいというものであれば、やはりどこかで応援しなければならないというのも、事実として存在するのだ。観念ではなく、事実。
たまたまだが、僕のいま気に入っているアイドルグループのリーダーが興味深いことを言っていた。長いリリースイベントがようやく終わったという段で次のリリースイベントを発表したとき、苦笑い(※たぶん、「またか……」とか「もう次?」みたいなことだと思う)という反応もあるのだという。それについて、「それぞれの想いがあると思うのでどうこういうものじゃないとは思う」ときちんと前置きしたうえで、「次が約束されてる事ほど安心するものはないと私は思ってます、この活動をするにあたって」とコメントしていた。これ、ほんとうのことなんだよな。ファンにとっても、またアイドル自身ひいてはクリエイターたち自身にとっても、次があるというのはほんとうにすばらしいことなんだよ。たとえいまは気づかないとしても、次がない、というときになって気づくはず。そのときになって泣いたって遅いのよ、ほんとうは。いちばんいいのは、17歳のリーダー(!)にこういうことを言わせないことだけど、まあ人間はなにか痛い目を見ないと気づかないということがいっぱいあるから。
いちおう註記しておくけれど、上に書いた「こういうことを言わせない」っていうのは、アイドルに不用意にブログなんかに書かせてはいけない、ということではもちろんなく、ファンなら苦笑しない、あるいはスタッフなり運営なりがすげー頑張ってメンバー自身に要らぬ心配をかけさせないってことだから。というよりむしろ、17歳がこれほど気を遣いつつ、世の中の実相をきちんと見極め、なおかつエンターテインメントに従事しているっていうこの事実に驚愕してくれよ、諸君。ときどき大企業の広報がクソみたいなSNS発信で炎上するけれど、いい年こいて頭が腐ってんじゃねえのかって思う。結局は脳味噌のできの違いってことになるんだろうけれど、すこしはアイドル界隈を注視して勉強しやがれって思います、ほんとに。
基本的にアイドルは活動期間が短いものだけど、ミュージシャンならもうちょっとスパンが長い。だからってけっこう気を抜いてしまうこともある。そりゃそうだよ。みんながみんな上記のような尊敬すべきファンたれなんて思わない。だったらせめて、「ずっとトップを走っていましたね、(ほんとうはしていないくせに)応援していましたよ」みたいな感動のタダ乗りはやめろよと思う。現代ほど、口をつぐむというマナーが求められている時代もないのだ。