弟に薦められて読んだ。
ワイオミング州というアメリカでも大自然と保守的な価値観や文化がいまだ残っている地域――いわゆる「男の世界」とエルクやムースやプロングホーンといったわれわれ日本人にはなかなか訊き馴染みのない動物たちとが同居する場所――が舞台で、主人公はそこの猟区管理官。ハンターたちの違法な行為を取り締まる仕事である。
……などと丁寧に書いていくのも面倒。そんな世界において主人公はいったいどういう人物でどういう振る舞いをするのかというと、自己を貫き、愛すべき家族を守るという、言ってみりゃただそれだけ。これを、都市部に住む人間が見れば「ほう」と目新しいものに出会うような感覚になれるのかもしれないが、現にそういう「古い世界」に住んでいる者からすりゃあ、日頃、見慣れ耳慣れているようなことが多い。エルクやムースやプロングホーンの代わりにいるのが、イノシシ、シカ、カモシカ、タヌキ、イタチ、ハクビシン、アライグマ、アナグマ、キツネ、ヘビ、サギ、ウズラ、キジ……等々なだけで。
「自己を通して家族を守る」といった正義漢にはついぞお目にかかったことがないが、こっちは「カウボーイ」の概念を持ち出してくりゃ事足りる。なんというか、この主人公の人物像じたいが古く保守的なものである、というその皮肉な構造みたいなのを作者が理解して書いているのかどうか、そこは気になるところ。
こういうのって、都会の人がいわゆる「スローライフ」をたのしむのと似たようなものを感じる。ビジネス田舎暮らし、農業コスプレ、等々。まあ人間なにをしようと他人にとやかく言われる筋合いなんてないんだけれども、間違っても「ホンモノ」とか言ってなにかを批判する材料に使わないでくれよなって思う。
けれども本書が決定的に魅力に欠けるいちばんの理由は、主人公のマヌケ具合だった。はじめから彼についての凡庸とか真面目などという形容詞はいくつか出てくるのだが、そういう人間が、我慢に我慢を重ねて最後に爆発するってのは非常に既視感あふれるパターン。ただ、「不器用」なんて言葉をまるで美徳みたいに扱う風潮のある日本ならともかく、こういうのがアメリカの作品で見られることについてはちょっと驚いた。合目的的あるいは合理的に振る舞うことをスマート(文字通り賢いということだが)とし、それを最上とするお国柄だと思っていたもので。ドナルド・トランプですら、ディールなどと言ってさも賢くやり手のように見せたがっているくらいなものだから。
主人公の判断の遅れによって、狡猾に振る舞うキャラクターにいいように利用され、結果、家族がめちゃくちゃ重いダメージを受けるっていう、このラストのどこに救いを見出せるというのか。ルメートル作品のようにあらかじめ悲劇が待ち受けているということが運命づけられているものならともかく、本作は、そこまでシリアスな結末が必要だとは思えない。となると、幼い娘のトラウマや妻の一生消えないであろう心の傷を作者自身がそれほど重いものだとは考えていないということなのかもしれない。ちょっと考えにくいが、もしそうだとしたら、それこそ「男の世界」の感覚ではないか、なんて首を傾げたくなったのだ。