ひさしぶりにキーボードを打ってみると、攻撃的で品の悪い文章がディスプレイに並び、それはそれで個人的にたのしいのだが、それも途中ですこし停滞してしまった。そこで、スパークリングワインの栓を抜き、やや大ぶりのグラスに注いだ。2013年のものとは思えないほどの熟成感が気持ちを昂揚させる。シェリー香に、アップルサイダーのニュアンス。じゃあシェリーやアップルサイダーを飲めばいいじゃないか、なんていう自分への意地悪もまた愉し。いい感じだ。悪態づいた文章はそのまま下書き保存をし、なにか気の利いた音楽を聴きたくなってくる。バックグラウンドにふさわしいインストなんかも悪くはないのだろうが、そうじゃなくて、一緒に唄いたくなる気分。きのう観た『はじまりのうた』のマーク・ラファロ、キーラ・ナイトレイのふたりが、それぞれの片耳に片方ずつのイヤホンをつけながら街を歩き、ときにダンスをする、あの感じ。あれって、スティーヴィー・ワンダーの『For Once In My Life』がかかっていたよね。そりゃあ盛り上がるよな。
ついでに、今年観たMVのなかで最良のものを。
もし気に入ったのならメイキング動画も本編と同様にすばらしいということを知るべきだ。
せっかくなので、日本の楽曲で今年のトップ3を挙げると、SPANK HAPPY『夏の天才』、平賀さち枝とホームカミングス『カントリーロード』、さとうもか『melt summer』という、どれひとつとしてYouTube上に動画がないか、あったとしても不完全っていうね。まあSpotifyとかApple Musicなんていうサブスクリプションサーヴィスのほうにあるんですかね、よくわからんけど。
外国のもので3つ挙げると、Louis Cole『Things』、Adam Levine『Lost Stars』、Natalia Lafourcade 『Soledad y El Mar』で、こちらは全部YouTube上で観られる。
ここに挙げたすべての音楽は、多幸感とともにせつなさを与えてくれる。それはきっと、今年がいろいろなものとさようならを言わなければならない年だったからだろう。平成最後だとかいう、クソみたいなフレーズは見飽きたし聞き飽きている。もし元号なんてものに一抹でも寂しさや悲しさを感じるというのなら、それはとても非文学的で、非音楽的な感覚だ。僕は、文学や音楽が与えてくれる輝きが、気に入ったアルコールにうまい具合に混ざって昇華される瞬間が好きだ。ひとりにやにやし、何度も何度も繰り返してもそのたびに涙が出てくるような、そんな思いに耽られる。いまでは先に眠気がやって来てしまうので強かに酔っ払うなんてことはないけれども、それでも、夢見心地になるのはけっこう簡単なことで、そしてそれは必ず終わりをともなう。幻滅や失望ではないものの、痛みや傷が残り、だがそれがあるからこそ、また憧憬の灯火が心にともる。さようなら、2018年。僕の大好きなラジオ番組の来シーズンは永遠にやって来ないけれども、それでも、どうにかこうにかやっていくつもりだ。誰も見ていないところで、とびっきりのステップを踏みつつ。