「セレブ・デ・トマト」というレストラン(通販も行っているようだ)には「トマトジュースの最高峰」と謳っているものがあり、そのお値段、なんと1本(830ml)15,000円、しかも限定300本ですってよ、奥さん。
ワインだってこの値段のものを買うとしたらジャンプフロム清水ステージなのに、たかがトマトジュースにねえ……、と思って気がついた。
ワインについて私が覚えているのは、田崎真也やら川島なお美やらのおかげで第何次かのブームになり、高級ワインの名前も一般市民に少しづつ浸透し始めたということ。90年代後半の話だ。それ以前なら、一部の好事家を除いては「たかがワインに数千円も出せねえよ」と鼻で笑われたかもしれない。
(余談だが、刑事コロンボの「別れのワイン」ではソムリエのことを「葡萄酒の給仕係」と言っているらしい。私はこの映画を観ているのだが、そこまでは覚えていなかった。この時代にソムリエという言葉は完全に外国語だったのだろう)
今のトマトジュースも、もしかしたらワインと同じ道を辿っている最中なのかもしれない。少なくとも上記レストラン(を運営している会社)はそういう意図のもと、商売を行っているのだと思う。彼らの考えとしては、「たかがトマトジュースに……」と考えている連中をなくすことではなく、「この値段もアリだな」と思う人間を増やせられればいいのだ。
今現在にしたって「たかがワインに……」と考えている人はやっぱり山ほどいるのだと思う。だがその一方で、「'98のルフレーヴ、ピュリニーのレ・ピュセルが13,000円」という話を聴いてすぐさま「安いね」と思う人もいて、そう思う人の数がビジネス上の想定需要を超えていれば問題がないし、色々な「仕掛け」(ここ最近に限るなら、『神の雫』、LVMH のキャンペーン等々)が成功して、その裾野は少しづつ広がっている。
もともとブームに簡単に乗ってしまうような日本人のこと、「アリ」の声が大きくなれば、みんな普通のことのように感じてしまい、挙げ句の果てには「うちも一本買ってみようかしら」という人も出かねない。上に挙げたジュースに限っても、当面のところそういう人間が三百人とちょっとばかりいればOK なのである。
よく言われる話だが、江戸時代にマグロは大衆魚で、トロなんか捨てていたらしい。その頃の江戸っ子が今の世の中を見たら、「おゥ? たかがトロ二貫に10,000円? バカ言っちゃいけねェよ、お兄ィさん。これだから田舎者はしょうがねェなァ」と鼻で笑うに違いない。さて、どちらが田舎者なのか。近い将来、「たかがトマトジュースに……」と発言したことで、私が笑われるときが来るかもしれないのだ。