突然だが、「人生、宇宙、すべての答え」はなんであろうか? 
「なにを言ってるの? 答えなんてあるわけないじゃないか」という人がほとんどだろう。
しかし、答えはある。今回採り上げる『銀河ヒッチハイク・ガイド』の中に。そして、驚くべきことにGoogle でも調べられる
「そりゃあ、Google だったらほとんどのことを調べられるよ」と言う人があるかもしれない。そういうことではない。Google の検索ボックスの中に数式を入れると、電卓機能として計算してくれるのだが、そこに「人生、宇宙、すべての答え」と入力して、[Google 検索]ボタンを押すと、ちゃんと答えが出てくるのだ。
さて、ここで私は、そういう風に検索することを絶対にお奨めしない。なぜならその「答え」は、そんな風な解答の探し方そのものを嘲笑う「答え」になっているからだ。
私がここに書いている意味は、Wikipedia あたりを見れば、わかるかもしれない。しかしそんな風にして「わかった気」になったところで、この小説に書いてあることの百万分の一も理解していないことになると思う。
と書いたって、この小説は観念小説ではないし、ましてや哲学書なんかではない。SF の舞台を使って、ドタバタのスラップスティックをやっているコメディ小説だ。たとえばこんな風な。
星図にも載っていない辺鄙な宙域のはるか奥地、銀河の西の渦状腕の地味な端っこに、なんのへんてつもない小さな黄色い太陽がある。
この太陽のまわりを、だいたい一億五千万キロメートルの距離をおいて、まったくぱっとしない小さな青緑色の惑星が回っている。この惑星に住むサルの子孫はあきれるほど遅れていて、いまだにデジタル時計をいかした発明だと思っているほどだ。(中略)
そんなこんなのある木曜日のこと。たまには人に親切にしようよ楽しいよ、と言ったばかりにひとりの男が木に釘付けにされてから二千年近く経ったその日、リクマンズワースの小さな喫茶店に座っていたひとりの若い娘が、いままでずっとなにがまちがっていたのかふいに気がついた。そしてやっと、世界を善にして幸福な場所にする方法を思いついた。今度の方法は確実で、きっとうまくいくはずだったし、だれかがなにかに釘付けにされる心配もなかった。
ところが悲しいことに、電話をかけてそのことを人に伝えるひまもなく、恐ろしくも無意味な災厄が襲ってきて、彼女の思いつきは永遠に失われてしまった。
これは、その若い娘の物語ではない。
その恐ろしくも無意味な災厄と、その後のてんまつの物語だ。

(冒頭)
1979年の作品だということを考慮しても、ほとんど古ぼけておらず新鮮なままだ。イメージしやすいのであれば、モンティ・パイソン、カート・ヴォネガットの初期作品、などを思い浮かべてみてはいかがだろうか。
繰り返しになってしまうが、Google で調べて「はい、おしまい」としてしまうのは、実にもったいない小説だ。なお、シリーズは第5作まであり、特に最終作については毀誉褒貶があるみたいだが、一応最終巻までの通読をお奨めしておく。最終巻の結末は実も蓋もないが、それでもやはり見ておいてよかったと思わせるラストだった。
なお、映画版もあるがこれが予想外によい。そちらから入門するのもいいかもしれない。