とはいえ、わからないでもない

2010年02月

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数年前、鎌倉の円覚寺で見た歌。たぶんそこの住職が作ったのだと思う。
掌にきらきらと射す陽の光 もったいなくてもったいなくて
よく寺の門前近くには、「今月の歌」みたいにして仏教に絡んだ標語みたいなものを掲げていて、これもきっとそういうものだったように思う。かなりうろ覚えだが、ものすごく感動したことだけは覚えている。
この歌を覚えている人間は、日本に何人いるのだろうか、と気になった。


(以下追記)
と書いておきながら、ふと口ずさんでみたらどうも下のような気がした。
きらきらと秋の陽射しを掌に受けて もったいなくてもったいなくて
最初の歌は、掌を「てのひら」と読むつもりだったが、下は「て」と読むはず。記憶とはいいかげんなものだが、面白いので最初の歌も載せておく。

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#4の答え。12. 『十字街頭』(小島信夫/学研『小島信夫・庄野潤三集』より)
13. 『天使』(佐藤亜紀/文春文庫)
14. 『深夜特急』(沢木耕太郎/新潮文庫)



12.
保坂和志のおかげで小島信夫の文庫復刊がここ最近つづいている。残念ながらこの作品はまだ未文庫のよう。
小島信夫の凄さは、一言で片付けられないのだが、たとえば引用した文章の最後の部分、「いや、そういうてはいかん」によくあらわれている。
ミステリーなどのエンターテイメント系と比して、純文学の特徴のひとつとしてこの「読みにくさ」があるのではないか、と考えている。「読みにくさ」は「引っかかり」と言い換えてもよい。
この文章においても、一番はじめから「これは面白いぞ」まではすらすらと読める。ちゃんとした流れがあるからである。ところが、この「いや、そいういてはいかん」のひとことによって読者はいったん詰まる。そしてこの瞬間、ブログやツイッターなどとはまったく異なる言語世界が広がる。
小島信夫が見ていた世界というのはこの「引っかかり」によって成立していたかもしれない、と言えるほど、我々が通常に感じている世界とは異なる。
「つまらない」から純文学なのではない。異世界を覗ける。それが純文学なのだ。

13.
読書家であれば、「翻訳文学のような格調の高さ」をまず感じるのかもしれない。私はそれほど本を読んでいないので、単純に親しみにくさを感じた。
この小説において厭味なところはたくさんあるのだが、一番強く感じるのは、「完全に突き放された世界」であり、それが同時にこの小説の魅力になっている。
たとえば、多くの小説は主人公に感情移入をできるように描かれる。主人公にシンパシーを感じさせることもできれば、作者の伎倆が不足して、それに失敗することもある。
ところが、この小説の中では、どこにどうやって主人公に感情移入させていいのかわからないというほどすべてが無機質に描写される。無機質という表現が間違っているのなら「いっさいの情感を込めずに」ということになるのかもしれない。そして、いわゆる「人物を描けていない」という批判もまったく当たらないのである。どちらかといえば「人物の感情以外を描く」という方が近いのかもしれない。これはものすごい技術であると思う。
一部の例外はあるとして、作者の感情の集積がいい小説を生むわけではない、というのは最近なんとなく私が感じていること。できるなら、冷静に事実を集積させ、その先に「なにか」を生むこと、それがすぐれた小説なのではないか。
だが、『天使』に私はその「なにか」を感じられることがなかった。あくまでも事実の集積で終わった観がある。おそらくそれが佐藤の目的そのままなのだろうが、不遜ながら私としては「惜しい」と感じてしまった。なお、それでも凡百の小説の上位にある小説ではある。

14.
小説ではないのかもしれない。かといってドキュメンタリーと定義してしまうには、いい意味で物語性に満ち溢れている。やはりこれは極上の青春小説なのだろう。
私の若い頃は、インドへ行く人間はみんなこれを読んだはずだが、このあいだ若い人間に訊いたら「(小説の)名前を聞いたこともありません」という返事が。時代が変わったのかもしれない。
旅行記であるのに叙情的であり、希望と高揚感がある。そして、いま読んでなお、新鮮な驚きと、「旅をする」という行為に特別な意味を与え続けている小説である。

【関連記事】

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12.
皆の衆、わしは明朝五時ひとりで托鉢に出かけて行くが、二度とここへは帰ってこんつもりや。握飯一つもたず、草鞋ばきで杖一つだけを頼りに出かけるのやが、普通なら皆の衆、ここに残っている老若男女、残留三百人が大晦日の朝あの橋のこっち側に整列してわしを拝んでそれから歌をうたうなかをわしの姿がずーと椎茸を栽培しとるあの畑をまがって、このごろ出来たばっかしの高速道路のかげにかくれるまで、見送ってくれるのやが、今度という今度は、わしは送ってもらわず、何でもない日に出かけ、もう帰ってこんつもりなんや。今度は、わしが帰ってくるか、帰ってこんか、皆の衆は考えることもないわ。これは面白いぞ。いや、そういうてはいかん。

13.
寒くて、それに空腹だった。父親が戻るのを待つ間のことだ。一間しかない部屋では水差しに氷が張った。服を着たまま毛布を被って震えていると、鎖を引きずるように重い足音が、踊り場ごとに途絶えながら上がって来る。鍵を手探り、鍵穴に差し込んで回すのが判る。扉が軋みながら開くと、片手に楽器のケースとずだ袋を下げ、片手に蝋燭を持った父親が現れる。
父親はストーヴに火を入れる。袋から酒壜と、どこかの屋敷で出た下がりものの包みを取り出す。ジェルジュはそれで漸く空腹を満たす。父親は酒壜の封を切ってブリキのコップに注ぎ、ヴァイオリンを取り出し、草臥れきった両手を軽くもみ合わせると、弾き始める。
文句を言う者はなかった。倒壊寸前の建物の大半は倉庫に使われ、残りは空き家だった。ここで眠るのは彼らだけだ。父親は巧みという以上の弾き手だった。飲んだ方が数等いいと言う者もいた。ジェルジュに判るのは、顎当ても肩当てもなしで頬に挟んだ楽器を、父親が愛撫するように弓で撫でたかと思えば、鞭で打つように叩いたり、引っ掛って動かないのを引き離そうとするようにぎしぎし鳴らしたりすることだった。それは歌というより、叫びや呻きに似ていた。空っぽの暗闇に何かを囁くようだった。咽喉が潰れるまで絶叫するように聞えることも、すすり泣きながら訴えかけるようなこともあった。手を休めるとコップに注いだ火酒を呷り、また弾き始める。そのまま酔い潰れて眠るまで、ジェルジュは寝台の上で、膝を抱えて聞いていた。

14.
ある朝、目を覚ました時、これはもうぐずぐずしてはいられない、と思ってしまったのだ。
私はインドのデリーにいて、これから南下してゴアに行こうか、北上してカシミールに向かおうか迷っていた。
ゴアにはヒッピーたちの楽園があると聞かされていた。それがどのような種類の楽園なのかは定かでなかったが、少なくとも、輝くばかりのゴアの海沿いの土地では、デリーやカルカッタの何分の一かの金で楽に暮らすことができるという話に嘘はないようだった。
一方、カシミールはインドの高級避暑地であり、ゴアのような安上がりの生活は期待できないが、なによりも、雪を頂いたヒマラヤの高峰群を間近に望むことができるというだけで心ひかれるところのある土地だった。
〈黄金のゴアにしようか、それとも白いカシミールにしようか……〉
私は迷いながら、しかしいつまでもその迷いを宙吊りにしたままデリーにとどまり、その日その日を無為に過ごしていた。
日本を出てから半年になろうとしていた。
アパートの部屋を整理し、机の引き出しに転がっている一円硬貨までをかき集め、千五百ドルのトラベラーズ・チェックと四百ドルの現金を作ると、私は仕事のすべてを放擲して旅に出かけた。
私にとって、千九百ドルという金はかなりの大金に思えたが、実際に使いはじめると減るのは速かった。たとえどんなに貧しくつましい旅をしていても、腹が空けば何かを口に入れ、夜になればどこかに泊まらなくてはならないのだ。しだいに薄くなっていくトラベラーズ・チェックを、一枚、また一枚と切るたびに、果たして俺はあとどれくらい旅を続けられるのだろうか、と不安を覚えるようになっていた。
しかし、私がその朝、もうぐずぐずしてはいられないと思ったのは、必ずしも金が理由ではなかった。


【関連記事】

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半年ほど前、弟が「ねえ、『ざっくり』ってのが流行ってるらしいんだけど知ってる?」と訊いてきた。そのときはなにを言っているのかわからなかったのだが、それからしばらくして職場で一部の人間が「ざっくり言って〜」と連発することに気づき、なるほどそういうことかと思った。
私が知っている(慣れ親しんでいる)「ざっくり」は、
  1. 髪をおおまかに切るときの形容
  2. 目の粗いセーターの形容
において用いられ、両者とも女性ファッション誌でよく目にしたような憶えがある。
この2つの用法を見ても、「粗い」「おおざっぱである」「無造作に」などの意味が読み取れるため、「ざっくり言って」という表現が「大まかに言って」とか「まとめて言っちゃうと」の意味だということはすぐ理解できたが、それにしても、今まで「ざっくり」がこれほど用いられている時期はなかったのではないかと思う。流行語にはならないレベルでの流行り言葉というのは結構多く、以前どこかで書いたかもしれないが、「〜のくだり」「ハードルを上げる」「上から目線」というのは、流行語どころか市民権を得ているといえるか。その前で言うと、「ありえない」というのがあったがあれは今どうなったのか。こうして見ると、すべて「お笑い関係」発なのがよくわかる。
ということで、ざっくりという言葉を忌避してきた私だったが、このほど『坂の上の雲』を読んでいて驚いた。
総司令部の作戦は巧緻すぎる。クロパトキンをだまそうとしても、そうそう敵が乗るものではない。作戦というものはもっとザックリしたものでなければならない
(第七巻 82P: 太字は引用者による)
これは乃木軍参謀の津野田是重大尉の台詞で、当然、津野田が上記の通り発言したわけはないと思うから、「ザックリ」というのは(日露戦争当時にその言葉が遣われていたかどうかは別にして)作者司馬の言葉に違いない。司馬が「ザックリ」という言葉に特別な意味を持たせているようには見えないので、そうすると彼の周囲の言語環境においては、「ザックリ」は日常語であったことが伺える。
たまたま私が、司馬の用法における「ざっくり」を見聞きしてこなかっただけなのかもしれないが、『坂の上の雲』が書かれた1970年前後においてはまだ一般的であった「ざっくり = おおまか」用法が、一時廃れ、ファッション関係でしか流通していなかったのが、このほど復活した、と見ることはできまいか(これと似たようなのですぐ思いつくのが「ほっこり」。京都の旅行関係とか、カフェ関係でよく目にするようになったなあと思っていたら、いつのまにか標準語的扱いに。ただし、現在遣われる「ほっこり」は誤用ではないか、という説があり結構面倒そう)。
なお、司馬は大阪出身なので、関西では一般的に流通していたのかもしれない。
ま、上記推察はざっくりとしたものだが。

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