とはいえ、わからないでもない

2010年03月

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今日ラジオで聴いた曲。

Baby featuring Ludacris / Justin Bieber

初めて聴くのになんだか懐かしい曲。「ベイビ・ベイビ・ベイビー」のメロディに、The Ronettes の"Be My Baby"がカブる。

Be My Baby / The Ronettes

しかし、再生回数が尋常じゃないな。オーバー5,000万って……。

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枯れ竹の国道に落ちる石拾い
鶯や沢の音わたる石拾い
三日月やおぼろに光る鍬振るう

なんだか単調だなあ。季語もないし。

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もう一度見直してみたけど、『BILLY BAT』の第3巻はひどいね。他の二巻に較べて確実に落ちる。
この第3巻だけ独立しているマンガだと見なすと(内容はほぼ独立している)、とうてい読めたもんじゃない。ちょっとしたシーン、たとえば少年時代の勘兵衛が戻ってくるシーンなどの構成はさすが浦沢と思うが、そんな「マンガ教室的」な読み方をしたい読者などごく少数で、退屈という評価が一番妥当だろう。
あと、絵柄の問題かもしれないが、アクションシーンがあまり迫力がない。忍者という設定に無理があるのは百も承知だが、白土三平の劇画にヤラれちゃっている私としては、相原コージの『ムジナ』を除き、容易には忍者漫画を認められない。きれいで柔らかいタッチの浦沢はスマートなアクションシーンにとどめるべきではなかったか。
『ベルセルク』みたいに回収不能漫画で終わるのに100万ペリカ。
こんな風に一部で貶されようと、それでも売れて売れていずれ実写映画化となるのかもしれない。西原理恵子が描いていたので冗談かもしれないが、浦沢は『あしたのジョー』のリメイクにも乗り気だとか。ほんとかよ。

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浦沢直樹の話を書いていてふと気づいたのだが、心ある人なら絶対に読むべき漫画のひとつとして、業田良家の『自虐の詩』がある。映画にもなったようだが観ていない。いかに良くできていようと原作を超えることはまず不可能だと思う。
「心ある人」という語句の解説をする。

注意
以下のような人は、「心ある人」ではありません:
  • 人が真剣に作ったものに真剣に向き合うことができない人
  • なにをとっても自分が一番だと思っている人
  • 「泣ける映画」とか「泣ける小説」などのコピーに考えなしに飛びつける人
  • 漫画を、紙に印刷されただけのただの記号の集合体だと考えている人
  • 「漫画って楽しめればいいんだよ」となにも考えずに発言できる人
上記のような人物であれば、読む必要はないだろう。趣味・嗜好の相違という問題はあらゆるところにあり、漫画においてもそれは同じこと。万人が楽しめる作品などありはしないのだ。
だから、「承太郎様最高!」とか「サスケ萌え!」みたいなレベルで楽しめる人は、それはそれで幸せというもの。もちろんこれは皮肉ではない。

内容の解説は特にしない(解説することに意味がない)が、読み始めたら必ず上下巻を読破することを薦める。そうすれば、ひとりの人間(それが劇中人物であっても)が幸福を実感する瞬間に、必ず読者は立ち会える。
このことだけは確実に約束できる。
「感動した!」とか「泣いた!」などの感想には至らなくてもいい。これはリアリティの問題であり、「泣きながら漫画を描いたことがある」人間の魂の重さの問題であるのだ。

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漫画界の食わせ者として私が個人的に要注意人物に指定しているのは、浦沢直樹である。
この人の作品は中だるみが物凄い。『MONSTER』、『20世紀少年』、『PLUTO』、すべて途中で挫折した。しかも、いずれの作品も、連載当初はすこぶるつきの傑作の予感があったというのにもかかわらず、だ。
『BILLY BAT』が連載され、その単行本が店頭に並んでいるのは知っていた。だが、「いつもの浦沢直樹だろ? どうせ」という思いが強く、買おうという気を起こさなかった。
ところが今日、久々に行った書店にたまたま試読用の冊子が置いてあり、読んでみると、まず絵が凝っている。初期手塚やディズニー作品を思わせる絵柄の作中作、「ビリーバット」がのっけから始まり、こういう手法が好きな読者は浦沢ファンでなかろうと、ノックダウンされてしまう。
それを読んだ私は「ふ、ふん。別にこんなことたいしたことないんだからね」と早くもツンデレモード。
そして、作者名「浦沢直樹」の下に、「ストーリー共同制作」という文字と「長崎尚志」という文字が。この人の名前はかつて辛口の西原理恵子が褒めていたこともあって記憶していた。「こりゃあひょっとしてひょっとするかも・・・」と思い、矢も楯も堪らず一挙に三巻購入。
で、先程バババっと読んだわけだが、なんつうか、おんなじ匂いがしますなあ。というより、先に進めば進むほど、駄作の予感に包まれてくる。
伏線を拡げるのは構わないが、三巻進んで、ほぼなにも解明していないというのはちょっと読者置き去りのように感じる。この大風呂敷、ちゃんと畳んで終われるんだろうな? (「大風呂敷」については、島本和彦『新・吼えろペン』を参照あれ)
もちろん、個々のエピソードなり描写なりは迫力があり、素晴らしい。私ごときが評価するまでもないが、まず漫画界で第一級の職人技と言えよう。特に2巻における黒人の花嫁と白人の花婿が抱き合うところには鳥肌が立った。
ただし、こんなに表現力があり、かつ技術もある漫画家が、あのトンガリ顔しか描けない福本伸行作品を、一作として超えることができないとはどういうわけだろうか。
ここに、漫画家に必要なのは技術以上に魂なのだという公式が成り立つ。
浦沢は、たとえば業田良家の『自虐の詩』など読んだことがあるのだろうか。業田が違う作品で書いていたように、「泣きながら漫画を描いたことがある」のだろうか。そのような思いがなければ、ただの人気作家ということで終わってしまう。「人気があれば(売れれば?)それでいい」と浦沢なら言いそうなのだが。


なお、Wikipedia によれば、長崎尚志は『20世紀少年』のプロット共同制作者、また『PLUTO』のプロデューサーだったみたい。なんだよ、結局前科者かよ。それに、漫画のプロデューサーってどういうことだ?

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現在(3/21 1:36)、外では物凄い雷雨。山間地特有の天気なのかもしれないが、古い家なので雨漏りが心配。さて、雷が鳴ると春遠からじというのが私の個人的印象だったが、どうやらここでもそのセオリーは通用しそう。
どこかで「遠雷春近し」という語句を見聞きした記憶があるのだが、「遠雷」というのは夏の季語だそうだから、おそらく私がふと思いついた言葉なのだろう。
雷とともに生暖かい風雨が夜を鳴らしたあとの翌日は、その前日に満開になったばかりの桜の花びらが散って道路の側溝に流れていくという、非ロマンチックな情景はこれまで何度も見てきた。しかし、「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」という歌が喚起させるような、大きな野に桜の樹がでんと立っていてそこから柔らかい風に吹かれてひらひらと花びらが散っているイメージは、残念ながらお目にかかったことがない。

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ヤマザキマリの『テルマエ・ロマエ』が大賞を受賞したそう。
とある記事には「時代考証が正確!」と褒めてあったが、あんまり読む気はしないなあ。だが『バクマン』に取らせなかったことだけは評価できる。良識のある人は、「あれは『ジャンプ』の悪ノリでしかない」とちゃんとわかっているのだろう。よかったよかった。
来年はぜひ『リリエンタール』がノミネートされることを期待。
一応、「ジャンプ」は日本で一番売れている週刊誌ではあるが、『リリエンタール』の意味を理解していない読者がほとんどであろうと思う(だから今や打ち切りの危機に瀕しているわけだが)。マンガ大賞にノミネートされることによって権威づけがなされれば、逆輸入の状態で読者に受け容れられることになる。つまり、自分で価値判断ができない読者たちが「あ、これを面白いと思っていいんだ」と、こぞってコミックを買うことになる。あるいは、「ジャンプなんて読まねーよ、アホらし」という辛口マンガ好きたちが興味を持つことになる。私としては後者に期待。
引っ越してから本を読む時間がまったくなく、せいぜい頑張ったところで、マンガの読み直しくらいしかできていない。「読むまで死ねるか」をどんどん書いていきたいのだが、まとめる時間がない。
備忘のために、以下にタイトルだけ記載しておく。

小田扉『ともお』
柴田ヨクサル『ハチワンダイバー』
石川雅之『もやしもん』
竹富健治『鈴木先生』

・・・などなど。小説は山ほどあるが、調べるのに時間がかかるのでたぶんやらない。

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今週の「少年ジャンプ」で、『リリエンタール』の掲載順が最後になってしまった。なにかせねばならない。
といってもなにもできないのだが、集英社にアンケートでも出すことにするか。葦原大介のような才能の持主を早々と舞台から立ち去らせてしまうのはもったいない。終わらせるべき漫画ならほかにまだたくさんあるだろうに。『こち亀』とか『NARUTO』とか。数年前、コンビニで立ち読みをしていたら、若い男がふたり入ってきて漫画雑誌のコーナーの前で立ち止まった。
「お、ジャンプ出てんじゃん。ちょっと読もうぜ」とひとりの男が言ったが、連れの男は、「いいよ、もう」と応えた。「なんで?」と訊くと、
「ジョジョ終わったから、もう読む気しねーんだわ」
それを立ち聞きしていた私は、「なるほどな」と思った。『ワンピース』はコミックスで追っかけているし、そのとき、「必ず読みたい漫画」が三つほどしかなかったはずだ。つまらんつまらん、と言いながら読んでいた気がする。
ところが、そのときに較べて、今の連載はなかなか頑張っている。特に、『スケットダンス』『めだかボックス』、そして『リリエンタール』の三作品は、少年誌ではありえないクオリティを保っている。あ、もちろん『ワンピース』は別にしてね。『ワンピース』は、ソーテルヌのシャトー・ディケムのようにその長期連載(熟成?)を考慮すれば「特別1級」である。
・・・ちょっと面白そうだから、手元にある「ジャンプ」連載漫画を格付けしてみるか。

『詭弁学派、四ッ谷先輩の怪談。』(新連載) ⇒ B
『NARUTO』 ⇒ D
『BLEACH』 ⇒ D
『べるぜバブ』 ⇒ E
『LOCK ON!』 ⇒ E
『REBORN!』 ⇒ D
『PSYREN』 ⇒ C
『ぬらりひょんの孫』 ⇒ B
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』 ⇒ E
『バクマン。』 ⇒ D
『いぬまるだしっ』 ⇒ E
『めだかボックス』 ⇒ A
『SKET DANCE』 ⇒ A
『トリコ』 ⇒ B
『HUNTER×HUNTER』 ⇒ B
『銀魂』 ⇒ B
『黒子のバスケ』 ⇒ E
『保健室の死神』 ⇒ B
『賢い犬リリエンタール』 ⇒ A
『ピューと吹く! ジャガー』 ⇒ E
『ワンピース』 ⇒ 特A

A: 名作。レベルが高い。
B: 名作とは言えないが、個人的に観るべきところはあるように感じる。
C: 好みではないが、作者自体を応援している。
D: 本音としてはすぐに終わっていい漫画だが、「ジャンプ」的には必要な漫画。これらがあることによって、新人漫画が連載される余地が生まれる。
E: 『レベルE』は面白い漫画だったが、これら「レベルE」漫画はすぐに終わってもらって結構。一定の水準を満たしていない。
思えば、『スケットダンス』も一時期終わるかと危ぶまれたが、アンケートによる根強い応援によって復活し、それどころか安定した位置を確保することに成功した、と聞いている。
『リリエンタール』もぜひ同じ道を歩んでほしい。これからしばらくのあいだ、集中的に『リリエンタール』応援記事を記載していくことにする。
もし読まれて、いくらかなりと関心を動かされた方は、「少年ジャンプ」に付いているアンケートを集英社に送り、また、出たばかりの第1巻を購入されたい。

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ちょっと本気で俳句を勉強しなければならなくなってきた気がする。周囲で俳句の話題がつづいたこともあろう。
ある方より教わった句。
淋しさにまた銅羅打つや鹿火屋守  原石鼎
鹿火屋は「かびや」と読み、田畑を荒らす鹿・猪を監視するための不寝番の小屋である由。そこに籠もり時おり銅鑼を鳴らし獣を追い払うのが、鹿火屋守(かびやもり)。近隣の百姓が持ち回ったらしい。秋の季語。

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