とはいえ、わからないでもない

2011年08月

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というわけで、八月ももう末。

書こう書こうと思っていた残暑見舞いもいまだ手つかず。どころか、メールも満足に送ることができていない。

考えてみると、手紙って重い。いまの時代じゃ、重すぎると言っても過言じゃない。メールだって長文は嫌われるしね。



でも手紙は、やっぱりときどき送りたくなる。いやいや、ときどきどころか、ほんとはいつも手紙を書いていたい。

でも、重いから、相手の負担になりたくないから、なにかにこじつけて、書く。返事なんていらないよという風をよそおって、書く。そのくせ、返事をもらえたら飛び上がるくらい嬉しいのだけれど、とぶつぶつ呟きながら、書く。



ということで、なんとか一通を八月中に、夏中にしたためることができた。



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近所の農家さんにまくわうりをいただいた。マッカウリなどとも称するが、Wikipedia によればその歴史は古いようだ。

直売所などでよく目にはしていたが、食べるのは初めて。

香りはメロンやスイカの系統。ただし、味はあまりしない。香りで期待すると、かなり肩透かしを食らうことになるが、昔は水分補給のために口にしたのではないかと考えれば、これもありがたい味と言えるのかもしれない。




冷やしもて香をわたらせよまくわうり  活蛙




「○○もて」はここらの方言で「○○しながら」の意。




追記


「まくわうり」という文字を見ていたら、「まくわ(瓜)を売る人」という風にも読めたので、面白いと感じられた。

もしかしたら江戸時代くらいでは、天秤棒で瓜を売り歩いていた者もいたかもしれない。

みなが草鞋で威勢良く歩くために砂埃の舞い上がる江戸市中において「瓜ィよぉー、瓜ッ!」などという売り声が響いていた、と想像して一句。




瓜ひさぐ声の一段と伸び上がる  活蛙






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「ウェブ屋」っていい意味?


最近、ネットでウェブ関係の仕事をしている人が自らのことを「ウェブ屋」と称しているのを見て、なんだか奇妙な感じを覚えた。「〇〇屋」というのは、どちらかといえばその職種を蔑む表現のように思っていたのだが、そうでもないのだろうか。

私が実際に聞いたことがあって、いま即座に思い出せるのは「ヤクザ屋」と「百姓屋」。どちらも、もちろんいい意味では遣われていなかった。

あと、相原コージの『なにがオモロイの?』という漫画に江川達也(『東京物語』とか『たるるーとくん』の作者)が寄せたコメントにこのようなものがあった。




新しいものへの挑戦は必要なことだ。

先駆者の遺産をくって安全に生きている漫画家は、

漫画家ではなく漫画屋だ。

この本における作者相原コージは、漫画家である。

常にリスクの高い挑戦をしていって欲しい。

ただし、漫画屋は売れるが、漫画家は売れない。

悲しい現実がある。

(漫画家兼漫画屋・江川達也




これも、「漫画屋」にいい意味を込めてはいない。



それでは、「ウェブ屋」と自称している人たちのほとんどは、「愚僧」とか「不肖」のように、「しょせんつまらん商売ですよ」とへりくだった表現を意図しているのだろうか。周囲にその業界の人がいないので、真相はわからない。





将棋屋


昔の話。

働いていたレストランに当時将棋の名人だった(はず。現名人でもある)森内俊之がお客さんでやってきたことがあった。

普通のテーブル席が満席だったので、バーカウンターにすわってもらったのだが、私以外のスタッフ全員は、彼のことを棋士、ましてや名人であることなど気づいていなかった。

バーには、ちゃらちゃらした恰好だけのスタッフが仕事をしていて、失礼なことをしなければいいと思っていたが、かといって私は私でテーブル席での接客があったので、ずっと見張っているわけにもいかなかった。

ひそひそ話やじろじろ見たりすることをおそれ、他のスタッフたちには彼が名代の将棋指しであることを教えなかった。



しばらく経ち、バーに入っていたスタッフが私に声を掛けてきた。彼は私の後輩だった。

「〇〇さん(私のこと)、あのカウンターの人、将棋屋ですよ」と彼は、森内とその連れている方(どちらかというと、そのお連れの人が森内を連れてきた、という風情であったが)との会話を聴いていたのだろう、自慢気に私に報告した。

「将棋屋ァ?」

私は無性に腹が立った。たぶんその店で働いていたあいだ、それほど腹を立てたことはなかったと思う。

急いでそのスタッフを人のいないところに呼び出し、叱った。「いいか。間違っても、『将棋屋』なんて言い方はするな。ちゃんと『棋士』と言え。わかったな」

それ以上はなにも言わないでおいたが、腹の中では罵詈雑言の雨嵐。

「そういうお前はなんだ。ただの『グラス磨き屋』じゃねえか。それとも『フランスかぶれ屋』か? 仕事もできねえくせにカッコだけは一人前にしやがって。ジタン(フランスのタバコ)吸ってりゃ仕事できてるつもりか? はァ? 蓮っ葉な口のきき方をして大人のマネをしているただのクソガキのくせに!」




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今年の名人戦において

右が森内。左の羽生にケーキを食べているのを睨まれています




棋士に限ったことではないが、他の職業に対して敬意を持っていないサービスマンというのは意外と多い。

そのくせ顔はにこにこと笑っていて、さも「お客様は神様でござい」という表情をしている。騙される人は多いかもね。



その晩の森内名人は、「将棋屋」という不快な呼称を(おそらくは)耳にすることなく、カウンター席で静かにステーキを平らげ、誰にも気づかれることもなく静かに帰られた。意外に背の高い方だったという印象のみ残っている。




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だいぶ前のこと。ちょっと気に入っていた女の子がいて話していたんだけど、その子が、彼氏と一緒にどこかへ出かけて行ったときにその場所についての感動なんかをまったく表現しないので喧嘩になる、というようなことを言っていた。

それを聞いて私は、そりゃ喧嘩になるんじゃないの、と言った。でも、彼女に言わせると、なにも感じていないんじゃなくて実際には感じてはいるんだけど、別に言わなくてもいいと思っているし、それを無理に言おうとすると嘘っぽくなるから言わない、ということで、それを聞いたときに私は、なにも言わないからってなにも感じていないわけではない、ということを初めて知った。



たしか村上春樹のエッセイだったと思うけど、村上龍と対談したとき、春樹が「自分の作品がすべての読者に感動してもらえなくてもそれは仕方のないことだ」というような内容を言ったら、龍が「春樹さんはすげえな。おれは読んだ人間全員に感動してもらいたい」というようなことを言った、みたいなことが書いてあったように記憶している。

私としては龍の意見に与する。自分が感動したものは、なるべくならすべての人たちに感動してもらいたいと思う。

桂枝雀の『高津の富』をびっくりするようなかわいい女の子と一緒に聴く機会があったとして、その子が「これ、面白い?」とこちらに尋ねてきたら、「ま、好みの問題だからね」などと潔くは引き下がらないで、「なんでこの良さがわかんねーの?」と長々と説明を始めることになる気がする。

別に価値観の強要をしたいわけではない。そうじゃなくて、共有できないことが悲しいのだ。



なんてことをだらだらと思い出したり考えたりしていたら、ちょうどウォークマンからbird の『Dear my friend』が流れた。

bird は結構格好良くてトンガった感じの曲が多くて、私もそれらの曲は好きなのだが、でも、bird と言ったらこれが一番好き。

と思って、動画を貼り付けようと思ったら、YouTube にこの曲はアップロードされていないようだ。

なので、歌詞だけでも掲載しておく。




久しぶり。元気ですか? どうしてますか?

こちらは相変わらずな感じです。

でも東京は今日、とても気持ちいい日で

夕焼けが頬を紅く染めました。



あなたにこの気持ち

届いたらいいな

写真と一緒にメロディーを

言葉よりうまく

伝わるといいけど



ハミングしながら少しエクスプレッション

ぐっとふくらませてイマジネーション

なんて素敵なんでしょうコミュニケーション

お便りを待っています



投げてはね 受けとめる 気持ちのキャッチボール

たまにはダメな時もあるけれど

でもあなたは大切な友達だから

遠回りしてももっと知りたいよ



きっと同じ風景

ならんで見てても

感じ方は人それぞれで

違うということが

魅力的なことも



あなたの感覚にトランスレーション

時には難しいカンバセーション

ひとりじゃつまらないコミュニケーション

広がっていけたらいいね



伝わるといいな

あなたの感覚にトランスレーション

時には難しいカンバセーション

ひとりじゃつまらないコミュニケーション

広がっていけたらいいね

これからもどうぞよろしく

これからもどうぞよろしく!




太字のところを聴くと、いつも救われたような気分になれる。



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毎日引きこもるのに忙しいので、たまには、と近くの温泉に行ったが、そもそも温泉が好きではない。

純然な好みの問題なのだろうが、わざわざ遠くに行ってまで風呂に入っても、という思いがある。



施設はだいぶ古びていて、あちこちには蜘蛛の巣が張ってあった。露天風呂へとつづく入り口に置かれた泥よけは裸足には痛かったし、露天風呂はたいていの露天風呂と同様、ぬるくてたいして気持ち良くもなかった。

人がいたらいたで面白くもないが、まったく人がいないというのもどこか興が覚めるものだし、風呂上がりの待合い用にあった畳敷きのスペースはどことなく掃除が行き届いていない感じがあった。そこのガラスサッシの向こうに流れている、人によっては「雄大」と称するであろう渓谷も、もともとはうちの近くを流れている川の下流であるわけだし、施設内のあちこちに貼られた「バーベキューのコンロ貸し出します」のチラシに書かれた「紙コップ 30円」の文字がやけに目について、憂わしい。



ひとつだけ。

ふと露天風呂の脇に設置された塩ビ管が目に入った。VP40とあるので、おそらく内径40mm ということ。……これが、向うからこう繋がってきて、で、……あ、なるほど、ここで25mm に落として、このエルボに継いでいるんだー、ふうん。塩ビ管って、こういう温泉にも使えるんだ。

そのことだけが、少し面白く感じられた。



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昨夜、晩くに作業から帰ってくるとき、山の向うの方で何度もピカッ、ピカッと光っていた。




いなびかり静寂のみが響きわたる*1  活蛙




そのとき、先日、若い知人と話していてなんとなく気になっていた「親友」の定義に思い当たった。

「一緒に仕事をしたことがある」

これって結構重要な気がする。

これがちょっと昔になれば、「一緒に戦争で戦ったことがある」とそういうことになるのかもしれない。カート・ヴォネガットも、「戦友」のバーナード・オヘアのことを小説でもエッセイでも事あるごとによく言及する。



仕事の、それこそ戦場のような忙しさ(仕事の種類にもよるが)の中で、ときには作業を分担し、ときには作業を奪い合い、腹を立て、アドバイスをし、羨み、妬み、賞賛し、信頼し、そういう複雑な関係のうちに醸成されていくのが親友の本質というものなのではないか。

最悪の状況の中でどのように振る舞うのかを見届けないことには、相手を信頼できるはずもないと私は考えている。

親友でなくても、信頼のできる先輩や上司(私にはこちらの方が多い)も、働いている姿を見ないことには評価のしようがない。

だから、最近働いていない私は、信頼の置ける友達ができるはずもない、とこういう論法になっている。なるほどね、謎が解けたぜ。



先日、AM ラジオで「米朝よもやま噺」というのが放送されていて、弟子のざこばがしゃべっていたことだが、上岡龍太郎が結婚式でこのようなことを言っていたという。




昔は、結婚をするときは「ふたりでどんな苦労も乗り越えていこうね」と約束したものだ。いろいろなことがたいへんだったし、それだからこそ、ちょっとした苦労を乗り越えただけで幸せになれた。

ところが、いまはそうじゃない。「ふたりでずっと幸せにいようね」と約束して結婚する。

幸せだから結婚するという理窟だから、もし苦労することがあると、「ああもうだめだ」といって別れてしまう。




友達についても、同様のことが言えるかもしれない。



*1:「静寂」=「しじま」



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天神山


今日も今日とて桂枝雀で、『天神山』を聴いていた。

かなりめちゃくちゃな話。春の日和のいい時分、「変ちきの源助」がおまるに弁当、しびんに酒を入れて、花見ならぬ「墓見」で一杯としゃれこむ。

寺で女のものとおぼしき墓石の前で、その墓石に話しかけながら酒を飲み、弁当を食べる。さて帰るという段になってこんもりと土が盛り上がっているのに気づき、卒塔婆で掘ってみると中からしゃれこうべ*1が出てくる。

変わり者の源助はそれを気に入り持ち帰ると、その深夜に若い女の幽霊が訪ね来る。聞けば、成仏できなかった身だが源助のおかげで晴れて浮かぶことができる。ついては、源助がやもめなのを知って、その女房になりたい、とこう申し出る。源助は「それもしゃれている」とさっそく杯を交わし、幽霊を女房にする。

翌日、同じ長屋で源助の隣に棲んでいる「胴乱の安兵衛」という男が、源助の話を聞いて自分も幽霊を嫁にもらおうと天神山に詣でる。

そこで、河内出身の狐取りと出会い、不幸にも彼に捕まってしまった女狐を二円払って逃がしてやる。さて帰るかと安兵衛が帰途に就くと、逃げたはずの女狐が藪の中からあらわれ、頭に枯れ草を乗せて二十二、三の美しい女に化ける。

噺はここまでで、あとは説明になる。(以下耳コピ)




安兵衛のあとから追いかけて行って、押しかけ女房。安兵衛も狐ということは知らずに、これと所帯を持ちます。

子どもが生まれます。男の子。童子という名前をつけまして、まことに丸々と肥えた元気のええ子どもでございます。これと三年のあいだ、まことに幸せに暮らしましたが、ふとしたことから狐ということがあらわれまして、もうここにはいられん。安兵衛の留守に、寝ている子どもによぉく言い聞かせて姿を消します。

障子へ書き残しました歌一首。

「恋しくば訪ね来てみよ南なる天神山の森の中まで」

お芝居でやります蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)『葛の葉の子別れ』。

ある春の日のお話しでございます




めちゃくちゃなストーリーのおかげで前半はげらげら笑いっぱなしなのだが、最後の語りの部分、特に「ある春の日のお話しでございます」という非常にきれいな終わり方を初めて聴いたとき、鳥肌が立った。





夏の終わりの始まり


ここ数日は天候が思わしくなく、夜寝る際にも毛布をしっかりと抱いて寝るくらいになった。気づくと夏がもう終わりかけているのだ。

夏というものは、梅雨が晴れたときの「いよぉ、夏だぞ」という頭の部分と、今のような気温の低下に「あれ、もう終わりかいな」というおしりの部分をもってその全体を感じるところがある。少なくとも私の場合は。

夏のシーズン真っ最中を感じるということは、海に行ったり山に行ったりあるいは花火を見に行ったりなどというその季節に沿うたイベントものに参加しない私には、まるっきりないことであって、その行く姿を、芭蕉にとっての「近江の人」に当たる人物がいるわけでもない私は、ただぼうっと、それでもやはり少しもの悲しい思いで送るだけなのである。

いろいろあったようで、友人が訪ねてきてくれたこと以外はほとんどなにもなかったように思える今年の夏だが、それでも「ある夏の日のお話しでございます」というきれいな終わり方がふさわしいような物語が、ないでもなかったようにも感じる。

今日は、そんなことをちらちらと思い出しながら、遅めの残暑見舞いをしたためることにでもしようかと思う。




*1:噺の中では、「しゃりこうべ」。余談だが、「しゃりこうべ」という音を聞いて、「舎利」(=骨)+こうべ(=頭)という言葉の意味が理解できた。



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ボルへス。名前は知っているけど、未読作家。なにから読んだらいいのかしら。やっぱり(装幀のカッコイイ)『伝奇集』?



伝奇集 (岩波文庫)

伝奇集 (岩波文庫)



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イントロダクション


ベルトラン・ピカールはスイス人の精神科医。

その祖父、オーギュスト・ピカールは1931年、自らが作った気球で人類初の成層圏到達を達成。

その父、ジャック・ピカールは1960年、世界一深い10,900メートルの深海に到達。

その家系に育ったベルトランは、普通の精神科医でいることに満足したのだろうか。

否。

彼はハンググライダーのヨーロッパチャンピオンとなり、1999年にはブライアン・ジョーンズとともに史上初の気球による世界一周無着陸飛行を成功させる。

そして上記は、今回の話のイントロダクションにすぎない。





ソーラーインパルス


彼は、気球で世界一周を行ったときに、液化プロパンガスを大量に消費するという「明らかに時代遅れな冒険スタイル」(本人談)を反省し、次に世界一周を行う際には、いっさい化石燃料を使用しないということを誓った。

その彼が「ソーラーインパルス」というプロジェクトを立ち上げ、いろいろな紆余曲折を経たあと、2010年7月8日に太陽エネルギーのみによる26時間の連続飛行という偉業を成し遂げる。もちろん世界初であるが、重要なのは9時間の夜間飛行を行っているということ。太陽電池の充電と発電をうまく利用し夜間も飛行できるということは、理論上、半永久的に飛行をつづけられるということを意味し、これはものすごいことである。





現代の冒険


ベルトラン・ピカールは、プロジェクトを成功させたあと、テレビのインタビューで興味深いことを言っていた。




現代の冒険とは、再び月面に立つことではなく、もっと別の不可能に挑戦することです。

たとえば、石油への依存をやめるとか、環境問題を解決するとかいったことです。

それが経済的な利益に反するようであれば、誰もあとにはつづかないでしょう。

現代の冒険は、政治・経済・科学が絡んだ非常に現実的な行為になっています。

それでも、夢を持ち続けなければ、実現しないんです。






なにも宇宙に飛び出さなくても、冒険はあるということ。

大江健三郎の小説ではないが)おそらくわれわれの日常生活のうちにも冒険は眠っているのだ。




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