とはいえ、わからないでもない

2012年08月

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今日は「二百十日」で、午前中は快晴であったが、午後からは不安定な大気に注意せよという天気予報が出ていた。

事務所の入り口附近はまるで蜘蛛の巣の展示場みたいになっているのだが、その中で小型のカナブンがまだ囚われの身であることに気づいていないかのように、ゆっくりと手足を動かしていた。




蜘蛛の巣にカナブン 二百十日なり  活蛙






なんでも、今日までは残暑見舞いが出せる*1とかで、今年の夏はせっかく新しい万年筆のインクを買ったことだし、いま慌ててハガキを探している。ま、仕事から帰ってきてから書くことになると思いますが。



*1:別にはっきりと決められているマナーではないようだが。



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YouTube を起動したら、以下の動画が「おすすめ動画」としてリストアップされていた。






文七元結 / 古今亭志ん朝




古今亭志ん朝の『文七元結』。数ある落語の中でも、そして数ある演者の中でも最高峰の一席だと思う。

1時間20分という超大作だが、映画だと思えば、慣れていない方でも観られないことはないだろう。早晩削除されてしまう可能性が大なので、ちょっとでも興味のある方はご覧ください。損はしないと思います。

マクラからして実に興味深い。志ん朝なりの「名人論」で、いわく「(一部を除いて)もう名人というものは出ないのではないか」。これを名人たる志ん朝が言っているところが面白い。もちろん志ん朝は己を名人とはとらえていないのだろうが、しかしそこに辿り着けるはずだという自負や矜持を持っていたのではないか。その自分に発破をかける意味合いもあったと思う。特にそのあとにつづく噺が『文七元結』とあっては。

登場人物は多く、長兵衛、その妻、佐野槌(さのづち)のお内儀(かみ)、長兵衛の娘であるお久、文七、近江屋の旦那、その番頭の7人。細かい事を言えば、佐野槌からの使いと酒屋もちょい役で出ている。

とにかくこの7人が見事に演じ分けられていて、そのいちいちが魅力的だ。佐野槌の内儀の所作の美しいこと。お久のいじらしさ。文七の一途。近江屋主人の優しさ。番頭の滑稽さ。そして長兵衛夫妻のこれぞ「江戸っ子の夫婦」というやりとり。

「花は桜木、人は武士」という言葉が、『尿瓶の花活け』という噺に出てきたが、私は、幻想としての江戸っ子をもって、「人は江戸っ子」と換言したい。もちろん実際の江戸っ子がこういう情に厚い人間だったかはわからないし、他の地方の人間がそうではなかった、とも思えない。しかし、東京落語が伝えつづけてきた「江戸っ子像」は、人間のひとつのモデルとしてこれからも残していってよいのではないか。照れ屋、口先ばかり、短気・短慮・癇性、情に厚い、そして、金離れがよい。このスタイルに、私はずっと憧れをもって生きてきたし、これからもそれは変わらないだろう。憧憬は憧憬で終わるのみで、実践にはまったく至っていないのが情けないが。

また、こういう人情噺は、とかく「泣ける」というポイントに力が置かれがちだと思うが、志ん朝のものは、他の作品と同様に笑えるようになっている。だからこそ、ちょっとした言葉にぐっと来るし、観客は自然と泣いている。最後の場面なんて泣いたり笑ったりで忙しいほどだ。私の一番のお気に入りのギャグは、「佐野槌か!」。みんな10分前にぐすぐすと鼻を鳴らしていたとは思えないくらいに、どっと笑う。「伊勢谷の番頭さんにお礼を言わなくちゃいけないね」



私はまったく国粋主義者とかではないけれど、けれども、日本語を知っていて本当によかったなあと、この噺を聴くとそう思える。日本文化(が言い過ぎだとすれば、江戸文化)の粋(すい)とはこういうものなのだと思う。

この噺なんて難しいところなんてほとんどないと思うけれども、馴染みのない人には少しとっつきにくいのかもしれない。

たとえば、酒屋で切手を求めるところとか。その「切手」の意味は、少し調べればわかるし、聴いているだけでだいたい想像もつくのだが、初回にはなかなかその意味がわからないかもしれない。

だからといって、落語は難しい、つまらない、と早々に結論づけないでほしい。何事も初回でわかるわけではない。桂米朝も(人形浄瑠璃の方の)文楽を評して、一見じゃわからないと言っている。



上記サイトでの米朝の発言を引用しておく。




若い人には殊に太夫の語る浄瑠璃の文句の意味がわからんということで敬遠されてるらしい。でもね、あれはもともと全部、わかろうとするようなもんやないんやで。でも、聴いているうちになんとなしにわかってくる。文楽というものは、ほんまに緻密(ちみつ)で繊細な芸なんです。そのことは一度見ただけでは、わからんやろなあ。




保坂和志も書いているが、音楽は何回も何回も繰り返して聴く。それでは、小説は? 私は、「落語は?」も加えたい。一回読んだり、聴いたり観たりしただけで、そのすべてを理解できるだろうか。そのすべての面白さを味わい尽くせるだろうか。

なにも『文七元結』から入門しなくてもよいと思うが、落語だけ難しいということはない。すべての藝術は簡単ではないのだから。



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溜まっていたビデオを観る。

春風亭小柳枝の『文七元結(ぶんしちもっとい)』。「日本の話芸」で8/3放映された。

うーむ。小柳枝は丁寧にしゃべっていて好感は持てるのだが、面白みがいまいち足りない気がする。あと、この噺は私が特に思い入れのあるので、小柳枝のものはあまり高い評価ができなかった。

私がそもそも落語を本格的に好きになったのは、十数年前、深夜番組で古今亭志ん朝の『文七元結』を観て感激のあまり涙を流したことがきっかけなのだ。

それに較べてしまうと、ちょっと省略部分が多いし、演出があっさりとしていた。そういうのがわかっていて観る分には悪くはないのだが……この口演で初めて知るにはもったいのない噺である。



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昨日は朝4時に起きてなんじゃかじゃをやっていて6時ちょっと前に出勤して、そうしたらなぜかお客が6組もやってきて、そんなに来たら仕事ができぬという状況に陥り、けれどもまあそのほとんどが仕事に絡む内容で、一部ありがたいお話もあり、まあ嬉しいには嬉しいのだが、当然昼休みという名の昼寝をすることができず、そればかりかカップラーメンにお湯注いで3分待つ間も仕事仕事って感じになりそのまま午後へ突入、残った仕事をこなしこなしやっていけばいつの間にか夜の帳が「さらさら」ではなく「バリバリ」という音を立てて下りていて、私の顔は強張り、それでも気張り、威張り、尿(いばり)を漏らしつつ、血を吐き吐きウキウキ帰宅すれば時計は21時半を示していた。

うひゃー。なにかを口にせねば、とねばねば納豆を冷蔵庫に求めるも、なし。梨もなし。菓子もなし。とりあえず困ったときのカップラーメンをラップを口ずさみながら作り、すすり、前後不覚の昏倒をするかのごとく、眠る。おそらくこれが23時。

真夜中、起床。別に目覚まし時計が鳴ったわけではなく、ネコたちが暴れたわけではないが、起床。パッと目が覚めるというやつ。

仕事が残っている!

つまり、この感覚が私の眠りを浅いものにし、意識下で私を刺戟しつづけたのであろう。PC の時計を見れば、午前2時半。ともかく飛び起きていろいろごちゃごちゃしたものに手をつけ、あれこれをやれほれと片付けていく。

そのまま朝。仕事。今日は会議の資料を作らねばならないから、当然昼休みは削減の方向で。すっと溺れるかのように眠りに落ち、半時間でこちらの世界に帰ってくる。頭は起きているのか。いや、起こさねばならぬ。半分眠りつつ資料を作ってあとは会議に向かうだけ。これが19時あたりで、車上で小三治の『湯屋番』を聴いてげらげらと笑う。ひさしぶりにげらげらした気がする。

会議が終わり、とにもかくにも、眠らないように車を運転しながら歌でも歌おうとするが、考えてみればこういうときに「そら」で歌える歌がないことに気づく。これは重要な問題だ。私には大切なときに歌える歌がないのだ!

帰宅。ネコ2匹が迎える。そういえば、帰りの山道でヘッドライトに浮かび上がった野良猫がいたが、あれがうちのモモにそっくりで、胸が苦しくなった。うちにモモがいることに胸を撫で下ろしたが(脱出した可能性も考えていた)、けれどもモモとそっくりのネコが外で、暑いときはまだいいが、これから秋・冬という季節に生き延びていけるのだろうかと考えると、哀しみを覚える。

世界中の野良猫に、祝福と幸運を!



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レイモンド・チャンドラーフィリップ・マーロウとか、あるいは村上春樹の小説にでてくる「僕」など、少しウェット感のあるハードボイルドの主人公たちは、世界中から取り残されて孤独と戦っていて、それでいて自足しているように見え、ひどく羨ましかった。

彼らは、自分たちが生きている世界で自分の居場所を声高に主張せず、「自分の存在を周りに認めさせようと努力することにまったくの価値なんてないんだ」と諦観あるいは達観の域に達しているかのように見えた。

けれども。

私はそれらの小説に深く耽溺し、そういう彼らのスタイルに憧れを持ちつつも、ひとつだけ解せぬ部分があった。

すなわち、「あなたの『自分が相手にどう思われていようとどうだっていいんだ』という主張と、その文章(=主張)を小説にまでして衆人の目に晒す態度とは、矛盾してはいないか?」と。

小説内人物(特に主人公)の考えと作者の考えは基本的には別物であるということを踏まえてもなお、私はそれらは一致していると見ている*1。作者は、主人公の振る舞いを通して自らの美学なり思想なりを小説内で体現したいと考えているはずだ。そうでなければ、どうして小説を書く価値なんてあるだろうか*2。どうして多くの人から共感をもって読まれるのだろうか。

きっと作者たちは、自分たちの書いた文章が広く読まれることにたまらない幸福を感じていたはずだ。「私は不幸だ」と書きつつ、その文章が生み出す幸福にひたっていたはずだ。

私は、このブログで事あるごとに「どうかほうっておいてくれ」と書いているけれど、実際に世界中の誰からも無視されてしまったら、困る。大困りである。

また、「(自分の書いたりツイートしたりした文章について)こんなことを書いても/言っても、意味ないけど」という文章をよく見かけるけど、そう表現している人たちは本当は「意味がない」とは思っていない。そして、それを読んでいる人間も、意味がないなんて思っていない。「意味がないなんて、そんなことないよ」とほんとうは声をかけたくもなるが、その忠告やら励ましのコメントをすることがなかなか難しくて控えている場合も多い。



私はなにを言いたいのか。ただツッコミをしたいだけなのか。

違う。

「世界」という言葉を「自分を取り巻く環境」と定義すれば、世界に向かって私やあなたがなにかしら表現していることは、なにがしかの価値を生んでいる。ときには「くそだな」というリアクションを受け取ることもあるが、「ふうん」とか「へえ」とか「すごいなあ」とかそういうレスポンスを生むこともある。これはネット上だけでなく、実生活でも同じことだ。

ひどい状況に陥ってどうしようもないと感じ、そのことを誰かにしゃべったり、あるいはこうやって文章にしてネット上にアップすることは、不条理な世界へのささやかな抵抗になりうる。

誰かが話を聞いてくれたり、不満を読んでくれたりしていると考えることは、ちょっとした充足感を生む。それで「不幸な世界」がひっくり返って「世界はバラ色!」となるほどのものではないが、それでも、「とりあえずはがんばってみるか」と思えるくらいの値打ちはある。

たとえ100対0の圧倒的な負け試合であっても、小さいけれど価値のある1点を返しているのと同じだ。私たちのスコアは0点じゃない。そこが重要なのだと思う。



*1:あえてまったく一致しないように書かれている小説もあるが。


*2:こういうことを書くと保坂和志なんかは、「感傷的な読み方だ」と批判するだろうけれど。



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絶対見つからないだろうなあと思っていた曲。



この曲、小学校の給食の時間に放送委員が流していたもので、全然有名じゃないんだろうなあと思っていたら、かなり売れた曲だったみたい。ちなみに76年発売のよう。

しかし! 驚くのはまだ早い!

これを歌っているのが、なんと……エレカシ宮本浩次だったのだ! Wikipedia によれば、子どもの頃、児童合唱団に在籍していたそうな。




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こんな僕デス よろしくたのみます





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非常に気にかかっていた案件を近所のおじさんに話してみたら、「まあ、それでもええやないか。それほど怒ることでもないやろ」というふうに諭されて少しハッとした。

なるほど、さすがに私より年齢を倍以上重ねているだけあって、物事の見方が寛容である。私は「ものすごく」という副詞がつくくらいの神経質なタイプだが、そういう細かーい見方ばかりしていると、たしかに他人と摩擦を起こしやすい。

そうではなくて、もっと大局的な視点に立って物事をとらえ、いちいちの些少なことにかかずらうことなく、ただ目的を達成すればよいのだ、とそのおじさんは考えているのだろう。まさに「達観」という言葉がふさわしい。




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ところがだ。こういう言葉を普段口にしている人が、いざ会議になって発言するのを聴いていると、びっくりするほどにキレて、「そこは言ってはいけないのでは」という領域にまでずかずかと侵犯し、場を凍りつかせてしまうことがこれまでに多々あったということを、私はふと思いだす。




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齢七十を超えて猶勢い盛んなりとでも言えば聞こえはよいが、いくつになっても達観はできないものなのかもしれない、と思うことで却って私は冷静になったのだった。



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一昨日、ちょっと離れた場所で行われていた地蔵盆へ顔を出してきた。地蔵盆というのは近畿地方でさかんなお祭りらしく、関東出身の私はまったく知らなかった。といっても、うちはほぼ完全に近い無宗教家族であったので、世間でいう「お盆」というものがどういうものなのかを知ったのは去年の話だし、墓参りも10年の単位で行っていない(そもそも墓がどこにあるか知らない)。

その場所で、あるご高齢の女性に話しかけられた。あとで年を訊けば(自分で言ってくれたのだが)85歳。

その方が、ちょっと前に私の作ったトマトを食べたのだという。話をよく聴けば、私がその方の知り合いの方にトマトを差し上げたことがあり、その人からお裾分けということでその女性にトマトが渡ったらしい。

「わたしもね、むかァし、トマトを作ってたんよ。まだ(ビニールハウスの)ビニールの出始めたときでね。知り合いの方に(ビニールを)譲ってもろうて作ったんやけど、そらきれいなトマトができて、あの頃は値ェがよかったから、だいーぶ稼がしてもろたわ。あのうち(と振り返って自分の住んでいる家を指さし)は、トマトときゅうりで建てたようなもんよ」

「そうですか、昔はトマトももっと高かったんでしょうね」

「そうやわ。でもあんた、あんたのところのトマトをいただいたけれども、だいぶうまいこと作ってたで」

「僕のトマトがですか?」

「そうーや。形もきれいやったし、実も赤うて」

「そりゃありがとうございます。本職の方に言ってもらって嬉しいです」

「もう引退しましたんやで。昔の話や。でもあんたンところのトマトを食べてて、なんか昔ィ思い出してなあ。その時代が懐かしいて、恋しいて、涙でてきたんよ」

と言って、その人は涙を浮かべた。聞いている私まで、なぜだかわからぬ涙がこぼれた。



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一年ほど前のある記事がなぜか最近人気があるようで、アクセス数が増加しています。

うーん、あんまりよくない傾向だなあと思っていたら、案の定きょうコメントがついていまして、「くそだな」の4文字が。

当然というか、名前も名乗っておらず、上記4文字以外にはなにも書かれていない。

むかしある人が言っていました。批判されるということ、けなされるということが、有名になったことの証だと。

たしかに、ある種の検索キーワードで引っかかるくらいにはなったからこそ、そのような一見で文句だけを書き残していく人もでてきたわけです。誰も訪れないようなブログでしたらそういうこともなかった*1

であるから、これは「公開設定」にしている以上、避けがたい「おまけ」なのかなと思い、仕方のないことだと諦めることにしました。



ま、今回のコメント内容は便所の落書きレベルで、ここは便所じゃないので削除しましたが。



*1:かといって、それほど多数のアクセスがあるわけではありませんが。



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