とはいえ、わからないでもない

2013年01月

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最近ちょっと気になったふたつのこと。

※理由があって、この記事中の振り仮名は、いつものように縮小させておりません。



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北方謙三水滸伝十六巻』より


上は、北方『水滸伝』の登場人物一覧の一部だが、この中で孫立(そんりつ)という男がいる。拡大すると、以下のように記載されている。括弧内は、渾名*1




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渾名は、病尉遅。

「病」というのは、たしか肌の色が黄色かったため。楊雄(ようゆう)という男も登場するのだが、この男の渾名も「病関索(びょうかんさく)」。やはり黄色かったため、だったはず。関索は、『三国志演義』に登場する関羽の三男、だが、伝説上の人物ということになっている。

で、孫立に戻るのだが、この「病尉遅」をなんと読むか、というのが問題。

いやいや、当該部分に読み仮名振っているでしょ、という賢明なツッコミもあろう。私も今までこの振り仮名をアテにして読んできた。すなわち、「びょう・うつち」と。

先に、「尉遅」の説明をしておくと、これは唐の時代の豪傑の名前。姓名併せて「尉遅敬徳」というらしい。孫立は、その姓にあやかっているというわけ。

この「大尉」などの「尉」という字の読みを、「い」以外に知らなかった私は、振り仮名のまま、ずっと「うつち」と読んでいた。

ところが、北方版水滸伝を再読している際、この「尉遅」ってどういう人間だったのだろうとWikipedia を見てびっくり。「うっち けいとく」だったのである(Wikipedia)。

だって、「うつち」って書いてあるじゃん、とすぐさま思ったのだが、それを言うなら、「びょううつち(Byou-Utsuchi)」でなく「びよううつち(Biyou-Utsuchi ≒ 美容鬱地)」でなければならない(どうでもいいけれども、ローマ字が不安)。

しかし、「病」は「びょうき」の「びょう」だから、と振り仮名の文字のサイズはまったく気にしなかったのだ。その結果、「病」はルビを気にせず「びょう」と読み、「尉」は読めないから、そのまま振り仮名を丸読み(?)して「うつ」と読んだ、ということになるのだが、私はこのやりとりで初めて、ルビに小文字がない、ということを発見した(いまさら*2)。

たとえば、




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この盧俊義のことは、迷わずに「ぎょっきりん・ろしゅんぎ(Gyokkirin-Rosyungi)」と読んできた。「ぎよつきりん・ろしゆんぎ(Giyotsukirin-Roshiyungi ≒ 義代津麒麟・濾紙油 'n' 義)」ではなく。

多くの場合、振り仮名は読みのちょっとした参考までにしか注意を向けないのかもしれないが、たとえば日本語を勉強している外国人などは、たとえば鉄管という文字に「てつかん」とルビが振ってあると、「てっかん」ではなく、そのまま「てつかん」と読んでしまうおそれがあろう。まあ、たぶん日本語を教える側はそんなことに気づいているだろうから、ローマ字を振って、すなわち「Tekkan」とでもして、「はい、これは『テッカン』と読むんですよー」と教えるのかもしれない。ただ、その場合でも、「センセイ、ナンデ『テツカン』トヨマナインデスカ?」という質問があったときにきちんとした説明ができる教師はいるのだろうか。なんらかの法則があるのなら、私も教えてほしいくらい。

あ。念のためだが、「尉」という字、さすがに一文字では「うっ」とは読まない、ということくらいはわかります。おそらく「うつ」だろう。で、「ts」→「ch」とタ(ta)行がつづくから促音になるのでは、と推察するのだが、専門的なところはよくわからない。Wikipedia には、いちおうきちんとしたことが記載されているようだが、特に「発音」のところはまったく理解できず……。

ともかく、ルビというのは読みをそのまま表記しているわけではない、ということに驚いたのであった。



もうひとつ。






国道508号線 / BEGIN




最近、ラジオでこの曲を聴いて、それ以来ずっと聴いているのだが、歌詞に琉球言葉(という言い方が正しいのだろうか)が遣われていて面白い。




青年(しぇいねん)ぐわぁーのくしぇがガムから食べよった

女彼(じょのか)もいないのにガムをば後で噛めよ

昼ごはん抜きは体にだめさいが

昼ご飯抜きはまーったく親不幸よ

国頭街道(くにがみかいどう)が一号線 一号線やたんやー

一号線から58

58はゴーハーチ

白いトラックにが積んで行こう

トゥシビー シーミー 旧正月(きゅうそーぐゎち)

走るぜ508号線 国道508号線よ

妹が先に結婚もしただはずよ

あれはまた何処の寿司屋にがいるのかね?

沖縄(うちなー)が嫌になってブラジルに行ったのに

古典民謡の先生になって帰って来よった

国頭街道が一号線 一号線やたんやー

一号線から58

58はゴーハーチ

白いトラックをが待ってるぜ

家族 親戚 県人会(けんじんくゎぁい)

走るぜ508号線 国道508号線よ

国頭街道が一号線 一号線やたんやー

一号線から58

58はゴーハーチ

白いトラックにが積んで行こう

トゥシビー シーミー 旧正月

走るぜ508号線 国道508号線よ

白いトラックをが待ってるぜ

家族 親戚 県人会

走るぜ508号線 国道508号線よ




この中で、絶対に耳だけでは聞き取れなかったのが「旧正月」で、上に引いたように、「きゅうそーぐゎち」と読んでいる。

「月」を「ぐゎち」と読むのは、たとえば、「月山」を古くは*3「グワツサン」と書き、そして(「ツ」を促音として)読んだのと同源なのであろう。




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月山 - 参照画像




また、「県人会」の「けんじんくゎぁい」という読みも、「会」という字を「クワイ」と書き、読んでいたものと同源だと思う。




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会合 - 参照画像




そういう意味では、琉球言葉には、まだ日本語の古い形が残っているようで、興味深い。

しかし、この歌詞。文字で読んでも半分くらいは意味がわからない。

以上、最近気になったふたつの言葉について、でした。



*1:水滸伝』の梁山泊の百八人にはそれぞれ渾名がついている。


*2:いや、もしかしたら、この小説に限ってルビに小文字がないのかもしれないけど。


*3:といっても戦時中くらいだろうから(根拠なし)、そんなに古くもないのか?



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とあるところで、"Das Boot" が取り上げられていたので、興味が湧き、YouTube で聴いていた。

ああ、知ってる知ってる。なんか聴いたことがありますよ。

で、流していたら、妙な部分が耳についた。






Das Boot




1:20あたりの部分で、字幕(?)では、「1、2、3、techno」と出ているのだが、これがどう聴いても「ワン、ツー、スリー、適当」に聞こえる。

すでに有名なネタなのかもしれません。ま、どうでもいいことですが(テキトー)。



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会田なにがしの作品がとある美術館で展示され、それが性差別だとか児童ポルノに抵触するということが問題になっているみたいなのだが、その問題の中心となっている作品に、手足を切断された全裸の女子高生が首輪をつけられているというのがある。

この作品は、もうずっと前からあるものだし、私も数年前に書店に並んだ彼の作品集で見たことがあった。



ふたつ言いたいことがある。

ひとつは、ツイッターにも書いたのだが、センセーショナルであれば芸術的表現である、という考え方がもう古いと思う。

私は美術史などに関してはまったく詳しくないが、穏当なもの・美しいものが芸術の場を支配していたところに、(本当はもっと複雑なんだろうけど、あえて簡便に表現すれば)「エロ・グロ」がやってきて、それがある種の昂奮をもって受け容れられた、という流れはなんとなくわかるが、そういうものにももう飽きてきたんだよねえ、というのが率直な感想。

人間は、見たことのないものに対して興味があるから、たとえば極端な性表現、あるいはグロテスク表現に対して反応を示してしまうけれども、それは社会全体が性や死を隠したり、あるいは、個人がそれらから遠ざかってしまったから、とも言える。

たとえば先の大戦中の戦場で、日本兵たちに会田の女子高生切腹の絵を見せたら、兵士たちは激怒するのではないか。また、その人たちに見せられるものでもない、と作者自身も思うのではないか。

いまの時代、いまの日本にしか通じないものを描いている、という意味で(本当はもっと違う作品もあるのかもしれないけれど*1)会田作品は、同人的な価値しか持っていない、というのが私の感想。みなに通用するものだとはハナから思っていないけど。

そうそう。こういうセンセーショナルさだけで脚光を浴びるというのであれば、根本敬の漫画作品だって同じでしょう。

もうひとつ言いたいこと。

この人間を犬扱いする表現の古さ。これ、もともとは中国史にあるもので、前漢の高祖劉邦の死後、その皇后が、他の夫人に対して同じような処断をしている(具体的な描写については酸鼻を極めるので、個々の判断でWikipedia を参照してください)。『史記』にも記録が残っていて、「人豚」。

会田はこの「史実」に発想を得て、当該作品を描いたのかもしれない。そうなれば、「『歴史的事実』を現代風に解釈する」という「モノマネ」や「パクリ」を正当化できるフレーズがつかえるからだ。

けれどもねえ、この「人豚」という表現、すでに永井豪原作の『バイオレンスジャック』で登場しているのだ。興味のある人は「バイオレンスジャック 人犬」で画像検索してみてください(きわめて不快な映像なので気をつけて)。

すでにマンガが表現してしまっていることを、現代美術が追っかけているというこの状況をこそ、誰か批難してほしいと思う。

なにが「現代」なのでしょうか。



*1:といったって、ずいぶん前から有名な『紐育空爆之圖』だって、「パロディ」という範疇を超えているものでもないと思っている。



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26日は大阪の京橋に行き、横浜からやってきた弟と「第111回 上方落語をきく会」を観てきた。以下に、簡単に感想を記すが、落語家の名前はすべて敬称略。




桂治門『つる』


開口一番に、「すぐ済みますので」。

この一言でお客さんもどっと笑ったので、これだけでも彼の役割は果たしたのではないかと思う。

『つる』は、聴いている側からすれば、他愛のない話なのだが、この他愛のない話を「しょーもな」と思わせないのが噺家の仕事。

話の内容を知らない人は、鶴がなぜ「つる」というのかという謂れを最初は「ふんふん」と興味深く聴いていくのだろうが、段々とその理由(というか「こじつけ」)が明らかになっていき、さらにその「こじつけ」を間違えて人に教えるという、書いているだけでやっぱりあほらしい噺だと思えてくるのだが、この場合の「あほらしい」はいい意味での「あほらしい」であって、「毎度ばかばかしい一席を」などという場合の「ばかばかしい」と同義。「ためになるとはよう言わんが、まあおもろいで」というところか。

治門は、トップバッターだったので緊張もしたかもしれないが、マクラもきちんと笑わせていたし、本編もきちんとダレさせないよう、つまり主人公のアホに可愛気を感じさせながら噺を終えていた。





笑福亭たま『あこがれの人間国宝』


以前テレビで一回だけ観たことがあって、そのときの印象から見なくてもよい(本音を言えば見たくない)と思っていたのだが、実際に演じているところを見ると、ショート落語には首を傾げるところもないではないものの、本題のギャグはお客さんにもウケていたし、私も、クライマックス(?)の死んだ人形浄瑠璃のお師匠さんに人間国宝の認定証を受け取らせるため、人形遣いの弟子ふたりが師匠の両脇を支え、死体がまるで生きているかのように躍らせるという部分には、「おお」と目を瞠った。ばからしいながらも*1、死体が踊っているように見えたのである。

死体を躍らせるというのは、『算段の平兵衛』や『らくだ』などにも見える仕掛けで、新作(だと思うんだけど)の中に、そういう古典の「流れ」みたいなものをちらと取り入れているところに、笑福亭たまという噺家の「なにか」が感じられた。それがなんだということは今すぐには言えないし、おそらくこれからずっとあとになってみないとわからないことだと思う。

とにかく、お客さんは大盛り上がりで、私個人の好みとはかけ離れてはいるが、そういう笑いがあってもいいのだ、と思うきっかけになった(詳細は後述)。





桂吉弥『書割盗人』


私の大好きな噺のひとつ。以前にブログに書いていたと思っていたのだが、調べたところ書いていないらしい。おそらく下書きの山の中に埋もれてしまっている。

貧乏な男が裏長屋に引っ越してきて、一間(ひとま)の壁という壁に白い紙を貼りつけた。そこへ絵の上手な知り合いを呼び、いろいろなものを描いてくれという。話を聞けば「つもり」の人生で生きているとのこと。

「こう見えてもなあ。子どもの頃は結構なうちやったんやで。親父も商売がうまくいっていて、蔵も何軒も立っていて、そこへいろんな人が金を借りに来る。あっちでいくら、こっちでいくらと、証文も取らずに金を貸していたんやが、やがて事業がひとつ失敗してからや、いろいろと商売が傾いていって、あっちでひとつこっちでひとつと、どんどんこけよる。そんときになって金を返してもらおうゆうても、証文もあらへんがな。わてら子どもは、よくゆうとりましたがな、『ああ、あのときひとつでも証文を取っておいたら……』って」

「そうかあ。そら結構不憫な身の上なんやなあ」

「……ゆうつもりで、生きとるんや」

「なんや、それが『つもり』かい! しかしなんちゅう長い『つもり』や」

とまあ、うろ憶えながらこんなやりとり。

という理窟から、ここの借主は、壁に桐の箪笥だの床の間だの戸棚の戸から少しはみでた鯛のしっぽだの猫だの長押の上にかかった槍だの札束がごっそりと入った金庫だのを、その絵心のある知人に書いてもらう。

つまりは、それらのものがある「つもり」で生きればラクということ。

そこへ近眼の盗人が昼間覗きに来て、鍵のかかっていないことを確認する(そりゃあ、盗まれるものもないから当然なのだが)。「こら不用心な家や。よっしゃ、夜になったらいっちょ盗みに来たろ」ということで、真夜中にやってくる。

はじめは「あれ、タンスの鐶(かん)に手がかからん」などとやきもきしているのだが、やがてそのうちの「仕掛け」に気がつく。

「なんやこれ。全部、絵かいな。……いやあ、こらあずいぶんと洒落たあるがな

このセリフに私は、落語そのものの本質を観る(聴く)思いがする。

落語の世界というのは、つまるところは想像のものでしかなく、話者が話す風景や登場人物などは、すべて観客の頭の中にだけ存在するものである。それを、(悪い意味での)「あほらし」とか「つまらん」と断じてしまえば、ただそれだけのものであり、実に頼りないものとも言える。

しかし、いったん「洒落ている」と観てしまえば、ここからは(決して大袈裟ではなく)世界が無限に広がる。中年のおっさんがひとりでしゃべっているだけの舞台上に、純情な乙女を見出し、そのはかない命が散ったことを本気で悲しみ、涙を催すことができるのである。

ちょっとした遊び心を、「馬鹿らしい」と見るか、それとも「面白い」と見るかが落語鑑賞の別れ道、とこの噺自体が聴衆に語りかけているような気がする。

この『書割盗人』に登場する盗人は、「洒落たある」と判じて、「よっしゃ、わいも盗人のはしくれや。この家にあるものを、全部盗った『つもり』で帰ったろ」と盗む「つもり」を始める。洒落が真骨頂に至る瞬間である。

所詮は紙に書かれたものであるが、もともとは「わいのものや」と、借主は起きだし、壁にかかっている槍をしごき、「えいっ」と突いた「つもり」。これを「やあっ」と避けた「つもり」で応酬する盗人。私の知っているバージョンでは、「もう一度」と再び突いた「つもり」に、今度は盗人、腹を押さえて「ぎゃーっと、刺されたつもりー」というところでサゲ。

ただし、このサゲはいまいちわかりにくいと判じたのか、今回の吉弥は、ふたりに相撲を取らせて、「盗るものがないから、相撲を取ったんじゃい」というサゲにしていた。

吉弥は大好きなので、笑福亭たまとの好対照もあり、ものすごくよかった。時事的なくすぐりは、ファンサービスのためにひとつだけ取り入れていたが*2、それ以外はきっちりと古典。にこにこしながらの楽しい落語、これぞ大阪落語という感じですなあ。生吉弥を観て、ますますファンになりました。





笑福亭三喬『饅頭こわい』


マクラで「十人十色」の話があって、「あ、こりゃ『饅頭こわい』だな」と思ったら、はたしてそのとおり。聴いていて「途中の怪談話は、じっくり聴かせるには面白いけど、ちょっとダレるかもなあ」と要らぬ心配をしていたら、そこの部分はあっさりとカット。しかし、『饅頭こわい』のような、会場のお客の9割5分は知っているという噺を、どうやって笑わせるのかと思っていたら、やっぱり三喬はすごい。

ギャグをこれでもかこれでもか、と差し込み、それにアドリブらしきものも取り入れ、観衆を飽きさせない。「饅頭をこわい」と言って逃げ出すみっちゃんの家はどこやったっけ、ということになると、「みっちゃんのうち? 裏長屋や、知らんか? あいつ金あるわりにはしぶちんやさかいにな、家のもの、全部壁の紙に描いてあるっちゅう変わった家や」と、直前の吉弥の『書割盗人』の話も取り入れていた。もちろん、お客さん爆笑。

策を弄してみごと大量の饅頭を食べることのできたみっちゃんだが、その食べるシーンがものすごく上手で、和菓子の嫌いな私ですら、思わず「ごくっ」と唾を飲み込むほど。隣のお客さんは「ああ……」とか「うぅ……」などと呻いていた。たまらなかったのだろう。

あまりにも美味しそうに幾種類かの饅頭を食べ分けていた三喬に、私は拍手を送りたかったのだが、そこでヘンに芸を止めてしまっても無粋だと思ってよしたのだが、やっぱり拍手を送っておけばよかった、と今になって後悔している。

容貌はとぼけた感じ(失礼)の三喬だが、口跡は良く、よくよく聴けばものすごく流暢。しかしそれを「よ、名人芸」といかにも思わせないところにこそ、彼の一番の才能を感じる(それほど彼の高座を観たわけでもないのだが)。油断させておいて、近くでバサッと斬られる感じ。もちろん、斬られた方は病みつき。おそらくこれはお師匠(後述の笑福亭松喬)の血ではないか、と。弟は、「こんな人がいたんだ!」と驚いていた。





桂春團治『子ほめ』


上方落語四天王の一人で、現在、唯一高座に上がる四天王でもある(たぶん米朝はもう噺をしていないはず)。

ろれつが回らない、というか、少々滑舌が悪いのは、おそらく入れ歯の問題なのではあろうが、そんなことにまったく関係なく堂々と演じていた。出囃子で袖から出てきたときには、「ああ、ずいぶんとご高齢なんだな、やっぱり」とは思ったものの、いったん始まれば、アホな男はアホな男に、番頭はしっかりと番頭に見えるから不思議だ。前々から思っていたが、声はけっこうドスが効いていて、迫力がある。だから、「このアホウ」と言うとなんとなく怖みもあるのだが、そんなところが華麗と評される春團治の意外な一面。始まって羽織をパッと脱ぐ芸は、声こそ上がらなかったものの、おそらくお客の8割は、心の中で「おお、春團治の羽織芸や!」と感嘆の声を漏らしていたと思う。

その証拠に、春團治が終わって仲入りなのだが、休憩中に前の座席のおばちゃんふたりが、「あれはいい着物やからねえ、パッと脱げるんと違う?」などと談じていた。

落語を何度も聴いたことがある人なら、『子ほめ』の噺の内容もじゅうぶん承知しているから、春團治がギャグを言う前(いわゆる「前フリ」のとき)に、すでにお客が笑い始めていて、ここらへんは、大師匠、生きる上方落語のシンボルに対するご愛嬌と言えよう。そのお客さんの心が私にも伝わり、あたたかい気持ちになれた。私自身も、それから後に弟も同じ感想を漏らしていたが、あのお年で手を細かく振って歩いている様は、可愛らしくもあった。

一番脂の乗っていた時期というのはおそらく過ぎているのだろうけど、妙な先入観や世辞を抜きにして、きれいな芸を見させてもらいました。





米團治『掛け取り』


今回、もっとも想定外だったのが、この米團治。いやいやいや、お見逸れいたしました。たった一晩の一席でファンになりました。

マクラはお定まりの米朝のネタで、これは以前に何回か聴いていたものだが、それでもやっぱり笑えた。米團治というと、吉弥がマクラで「ボンボンのスポポン」と茶化していて、気のいいだけの若旦那などと思っていたのだが、さにあらず、実に雰囲気のいい、そして華のある若旦那なのだなあ、と感じ入った。

この『掛け取り』という噺は初めてだったのだが、大晦日の借金取りを追い返すために、掛け取り(借金取り)の好きなものを話に取り込む、というもの。要は地口遊びで、小林旭の『自動車ショー歌』みたいなもの。






自動車ショー歌 / 小林旭




一番の歌詞だけを挙げておくと、




あの娘をペットにしたくって

ニッサンするのは パッカード

骨のずいまで シボレー

あとでひじてつ クラウン

ジャガジャガのむのも フォドフォド

ここらで止めても いいコロナ




こんな感じの地口を、得意なクラシック音楽のネタを用いて仕上げていた。具体的に言えば、クラシック音楽の作曲家でしゃれのめした。

モーッツァルト(=もうちょっと)だけ、待ってくれへんか」

バッハ(バカ)なことを言うな!」

てな具合に。

この他にも、「芝居好きの醤油屋」に対しては、歌舞伎仕立てで応対するのだが、この大仰なやりとりを大仰に演じていたのがよかった。テレビで桂南光が、「芝居の噺はうまく演じ過ぎてもいけない」と言っていたのだが、そのとおりなんだと思う。過剰にデフォルメ化した方が観ている方にも伝わりやすいし、第一、面白い。

この「芝居仕立て」の中でも噺家の名前を読み込んだ口上を言っていて、すべてを聞き取れたわけではないが、おそらく今会の出演者全員の名前が入っていたのではないか、と推測する。

とにかく、非常に楽しく、また、米團治の個性なのかもしれないが、非常に大らかな芸であって、感動した。独演会も観に行きたいくらい。





笑福亭松喬『網船』


そしていよいよ大トリ。香盤順で言えば春團治が大トリなのだろうが、今回は松喬でなくてはならないわけがあった。

出囃子が鳴り、下手から松喬が出てきたときには息を呑んだ。私がテレビや写真で知っていたのとはまったく異なり、頬骨が浮き出るほどに痩せ細っていた。

「待ってました!」と客席から声がかかる。その他にも声はひとつかふたつ。他の出演者以上に、拍手の音は大きかった。

実は、昨年の「上方落語をきく会」にも出演予定だった松喬は、直前でがんが見つかり、入院が余儀なくされた。入院どころか、一時はそのまま帰らぬ人になる可能性もあったという。

私はこの話を、ここ1、2ヶ月のABC ラジオで、都合3回ほど聴いていたので、松喬が淡々とその経緯を説明している間も、わりあいに平静を保っていられた。

去年のまさにこの時期、病室のベッドに横たわりながらラジオで「上方落語をきく会」を聴いていると、むかむかして仕方なかったこと。自分がなぜあの場所に立っていられないのか、とやるせない思いをしたこと。そして、長い闘病生活を経て復帰して、高座に上がってお客さんに拍手をもらうたびにみるみる回復しているということ(これは医者も認めることらしい)。

しかし、「今日、やっと帰ってこれました」と言ったところで大きく拍手が沸き起こると、私にも大きくこみ上げるものがあり、前が見えなくなった。

『網船』は古い噺で、松喬いわく「三木助師匠が演じていたという記録はあるのですが」、それ以降誰もやっていない様子。おそらくこの三木助というのは、2代目桂三木助(「芝浜の三木助」の先代)だと思う。特別な根拠はないが。

その古い誰もやらなくなった噺を小佐田定雄と協力して今回復活させたとのこと。私などは、初心者のくせに古典好みのところがあるから、こういう試みは実に嬉しい。

(やはりそれほど高座を観たわけでもないのだが)松喬は、とぼけた味わいの中にしっかりとした実力を感じさせてくれる素晴らしい噺家。弟子の三喬は、とぼけてはいるがときおりビシっとした鋭さのようなもの(もちろんいい意味)を感じさせるが、松喬は最後までそこを見せないような大らかさが感じられる。最後の最後まで「松喬ワールド」に包み込まれてしまう感じ。

特別誰ということもないのだが、人情噺をやって「どうだ!」と見せるやり方よりも、松喬のようにお客を笑わせることに徹して「いかにも」な名人芸を見せないという方がよっぽど粋なように思う。いや、上方だから「粋(すい)」か。

この『網船』の中に、親旦那、若旦那、それと野太鼓の3人を舟に乗せた船頭が、わざと舟を大きく揺らす場面があるのだが、ここでひとつ大きな笑いの仕掛けがあった。具体的なことは書かないけれども、観ている方にうまく勘違いさせて、笑いを導いていた。これは松喬自身のアイデアなんだろうか。一瞬「あれ?」と思ったお客さんも、すぐ理解できて大笑い。この噺自体も、のんびりとしたいい内容だった。

声に少し張りが失われているようにも感じられたが、これからも、もっと観客から元気をもらって、長生きをしていい芸を見せてほしいと思った。





まとめ


初の落語会だった。会場は、年輩の方々が多く、鶴光のマクラじゃないが、「高齢化社会でんなあ」と思った。

緞帳が上がるまでは、観客席にすわっているこちらが緊張していたのだが、いったん始まると、話に没頭できた。生で観る落語はやっぱり全然違う。

テレビカメラを通すと、観ている側は少し冷静になってしまう。たとえば、それがビデオ録画されているものならば、平気で一時停止できるし、あるいは、「また明日見よ」ということで停止してしまうこともできる。

けれども、生の舞台というのは、演者だけでなく、観客も緊張しながら話の内容を追う。その空気感が、ちょっとした笑いを、大きなものに変えてしまう。

だから、テレビで見ていれば「あ、誰も笑わなかったな、今のギャグ」と思えるものでも、実際の会場では、あちらこちらでちらほらと笑っている場合も多いのではないかと思った。で、実際の会場では、その「ちらほら笑い」が重要で、そういうものの積み重ねが観客自身の感想に直結するのだ。

落語会は初めてだったが、演劇は何度も観に行ったことがあるので、そこらへんの具合というのは、すぐに理解できた。あ、これは笑わなければ損だな、と。

批評家然とした態度で鑑賞するつもりも、もちろんなかったが、最初の方では私もどこかしら肩に力が入っていたと思う。しかし、すぐにリラックスして観ることに決めた。つまり、説明セリフなどでは大きく頷き、ギャグの場面では、少しでも面白いと思ったら遠慮せずに笑い、そして「見事」と思ったら拍手をすることにした。

なお、私はテレビなどに向かっても「うんうん」と頷くタイプではない。還暦を過ぎた母が最近、無意識に「うんうん」とテレビに返事をするようになって、帰省してそれを見るたびに「ほら、また頷いている」とツッコむことはあるが、私自身はしない。

けれども、観劇の際には意識的にそうする場合もある。大きな会場で行われるマルチ商法のサクラか(『ナニワ金融道』参照のこと)、っていうくらいに他の観客に対してマインドコントロールを図ってもいるのだ。その目的はただひとつで、「この面白い舞台を、一緒に愉しみましょう!」。

舞台っていうのは役者と観客とで作っていくものだから、キャッチコピー的な意味ではなく、本当に観客の協力が作品の質を左右する。「ザ・内輪」は大っ嫌いだが(そしてそれは往々にして舞台演劇に生じるのだが)、面白いものに対しては、観客も大いに反応すべきだ。その昂奮が役者に伝わり、彼らの演技とそのテンションは、その場で一層に向上する。

そのかわり、つまらない(というか、下品な)舞台だったら、大きく首を傾げたりしたこともあった。「つまんねーなー」という態度を身体中をつかって表現する。まあ、退席した方がいい場合はそうしたこともあるが。

これは余談になるが、桂枝雀の『愛宕山』(CD)で、太鼓もちの一八が山にのぼって行くときに、だんだんとキツくなってきて、その顎の上がる様子を演じている部分で、たったひとりのお客さんがでっかい音で拍手を送っているのがその音源に入っていて、その拍手の大きさ、長さから、「おれは通だから、この枝雀のうまさがわかるんだ!」というアピールのように感じられ、それがいやでいやで仕方なかった。

しかし、今となっては、その心情も少しは理解できるように思う。その「大きなひとり拍手」の観客は、自分が「落語通」だということを周りに知らしめたいのではなく、「ほら、枝雀さんのこの芸! これに拍手を送らなくちゃ! ほら! ほら!」と言いたかったのではないか。ファンであればあるほど、演者に拍手を送りたいし、その拍手を会場全体で共有したいと思っているものなのだと思う。

いや、それにしたって、長くて諦めの悪い拍手なんだけれどね。

そういう意味で、この「上方落語をきく会」は、演者に温かい非常によい会だったと思う。だからこそ、演者も(ラジオの生放送があるゆえ時間的制約はあるものの)のびのびと演じることができたのだろう。

上で少し触れたように、私は笑福亭たまを特に好きだとは思っていなかったし、高座後にも特別好きになったわけでもなかった。

しかし、彼の大袈裟なアクションが多くのお客さんを笑わせていたのもたしかだった。だから、私の好みとは別に、彼のことをすごいなと感じた。芸人はお客を笑わせてなんぼ。笑わせない芸というのもあるが、笑わせれば、少なくともそれは芸だ。そう考えると、過去の映像を観る限りでは、私にはまったく尊敬のできない林家三平という落語家も、実際には寄席中を明るくした立派な芸人だったんだろうな、と思えた。そういうふうに思えたのも、生の落語を観たからである。

CD で落語を聴くのは楽しいし、これからもそれが基本となっていくのだろうが、今後は、機会があれば、生の落語会に足を運んでいきたい。好きな噺家をもっと好きになれるのはもちろんだが、そうでない噺家のことを気に入る可能性も出てくる。私は、好きなものをあまり増やさないようにする生活を選んでいるので、そればっかりは痛し痒しでもあるのだが、やっぱり、愉しみでもあるのだ。




*1:これもいい意味。


*2:壁に暦を書いてもらうときに、「そこにはな、ABC ラジオのカレンダーを描いて、『土曜も全開』(吉弥と桑原征平の出演するラジオ番組)の11月を開いておいて」というギャグ。「吉弥と桑原征平を書いておいて。……え? ふたりとも知らんの? 吉弥は男前や。市川海老蔵に似とる。海老蔵を描いておいて。桑原征平? 猿一匹描いておけばええわ」にお客さん爆笑。



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そうそう。

たぶん以前にも書いたと思うのだが、NHK の朝ドラの過去3回(おひさま、カーネーション、梅ちゃん先生)は、みんな戦争に触れている。

そしてその三作とも、劇中の終戦直後に「ああ、これで明日からやっと自由になれる」みたいなセリフがあったとぼんやりとだが記憶している。だが、あまりにもぼんやり過ぎるので、過去に記事を書いている『カーネーション』だけに照準を絞る。

当該作品へのリアルタイムでの感想を以下に(恥ずかしながらも自分で)引用する。




糸子とその周りの人間だけなぜか舞台の時代背景にそぐわない行動と考えを持っているからで、まるで「あと二年か三年かすれば戦争は終わるで」と確信しているタイムトラベラーのように見える






糸子も、糸子の周りの人間も、誰一人として戦争に躍起になってはいない。幼馴染の家族のように戦争を恐怖しているか、あるいは糸子のように鈍感でいるかのどちらかだ






国防婦人会という団体が糸子の目下の敵として悪役のように描かれているが、それは町内に三人しかいないように表現されていて、すなわち、町内に三人しか戦争を推進している者がいないように表現しているということになるのだが、これは非常に卑怯なやり方であり、事実とはまったく異なるのではないか




これらを読みながら、思い出した。

『カーネーション』では、主人公の糸子は、「戦争なんてなにが面白いんじゃ」とつぶやく人間なのだが、そうつぶやかせる背景には、NHK の考えが仄見えたのだ。




なぜ、そんなに糸子だけでなく町内全体が戦争と無縁のように見えるのかというと、それは簡単なことだ。戦争があとニ、三年で終結し、物語はつづくからだ。現段階で戦争を推進する立場を取っていようものならば、戦後にその責任を追及されるおそれがある。それを回避するために、あらかじめ戦争への鈍感さを表現せざるを得ない、というのがNHK の配慮なのだろうが、配慮はただの配慮であり、事実ではない。

私は当時の日本人に戦争責任があるとかないとかそういう話をしたいのではなく、ただ単純に「当時の人間はこういうふうに思っていなかっただろう」と感じる




まあ、そういうNHK の配慮はこの際、置いておくとして、このドラマの、終戦直後の「はァー、これで戦争が終わった」という安堵感および希望に充ち満ちているさまの奇妙さといったらこの上ない。

1945年8月15日に敗戦の報を聞いたとき、「よっしゃ、これから日本はどんどんと復興して東京オリンピック開催して新幹線走らせて、高度経済成長をするぞっ!」と思った人間がいたというのだろうか。

私はこのシーン(いわゆる玉音放送を聴く場面)を他の多くのドラマで見たが、一番リアルに感じたのは、「ただただ呆然とした」という描き方で、子どもならいざしらず、大の大人は、「敗戦」という事実を知って、これからどうなるのだろうか、と不安や恐怖にうち震えたのではないか、と思う。

たとえば、現在日本の領空を跋扈している中国の戦闘機が急激に日本に攻めてきて、あっという間に東京が占領されたとしよう(話をすごく単純化しているので、いろいろとリアリティはないのだろうが)。

そのときに、「ああ、これで中国との諍いはもうなくなるんだな。安心して中国とのビジネスに没頭できるぞ!」と喜ぶ人間がいるか、ということだ。これからどうなってしまうんだろう、と誰もが不安に陥るのではないか。



なぜこんな古いドラマの瑕疵をあげつらうのか。

きょうニュースで、被災地の仮設住宅でネズミが大発生して大変なことになっているというのを読み、あの日からもう2年近くになろうというのに一番悲惨な状況にいる少なくない人たちはいまだに光明が見えないまま生活をしている、ということを私が忘れていた、ということに気づかされた。

それでその恥ずかしさのあまり、『おひさま』『カーネーション』『梅ちゃん先生』で描かれた、あの「明日は希望に満ちているっ!」という単純で考えなしの演出を思い出し、それをくそみそに貶すことによって己の情の無さを棚に上げようと試みているのだ。

思えばあれがターニングポイントだったんだね、という瞬間は誰の人生にもあろうが、しかしそれはほとんどの場合、リアルタイムに感じることではないと思う。

それを過ぎ、短くない時間が流れ、ある種の好転があった後、その瞬間を思い出すのがターニングポイントなのではないか。

そういうターニングポイントをリアルタイムに感じられると盲信している人たちが、「『がんばろう、日本』と言うことで東北の人たちが元気になれる」と目をきらきらと輝かせているのだと思う。無邪気さは罪ではないが、それだけでは誰も救えない。……と、冷笑するだけの態度もまた、誰も救えないのだが。



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現実逃避はつづくのだ。

ニコニコ動画桂枝雀の落語(『宿屋の仇討ち』)を観ていたとき、「枝雀の(演じる)武士は、武士らしくないんだよなあ」みたいなコメントが流れてきて、「枝雀はいいんだよ、これで」と脊髄反射をもって画面につぶやいたのだが、しかしよくよく考えてみると、この現在に生きている日本人(ひいては世界中の人たち)のうち、本当の「武士らしさ」を知っている人間はいるのだろうか、ということに思い当たる。

「武士らしさ」を史料などで研究している人(専門家、アマチュアに限らず)は、「これこれこういう態度は武士らしい。これこれこういう態度は武士からぬ」と言うことくらいはできそうだが、実際に目の当たりしたわけではないので、信憑性という観点に立てば、その言っていることは100% 信頼しうるものではない。

海外に出たこともないのに、書籍の情報だけをもとにして「アメリカ人(あるいは他の国の人)は、○○なところがある」みたいなことを言っている人は、はたして信用されるだろうか。せめて、「○○なところがあるらしい」で言葉を終えるべきだ*1



で、それとはちょっと異なるのだが、ここ十年くらいだろうか、「サムライ」という言葉をやけに目に、そして耳にするような気がする。

もともと三島由紀夫の著作『若きサムライのために』(私は未読)やその行動などで、一部の保守系の人たちからはそういう表現が支持されていたのかもしれないが、それとは別に、この「サムライ」という言葉のなんと安っぽいことよ。

「サムライジャパン」ってなんかあったよな、と調べてみると、ありました。野球の日本代表のことみたいですね。




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サムライ・ジャパンのみなさん




これは過去のメンバーらしい。



脱線。

「サムライジャパン」で検索すると、日本野球機構オフィシャルサイトの過去のメンバー表が出てくる。




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赤枠で囲った背番号の数字が、私には年齢の欄に見えて、「ずいぶんと高齢な方々が指導するんだなあ」と少し驚いた。脱線終わり。



あと、「サムライブルー」というサッカー日本代表もありました。

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サムライ・ブルーのみなさん

「サムライブルー」で画像検索して一番頭に出てきたのを持ってきため、これも古いメンバーだと思う。



「サムライ」って言葉には、カタカナで表記されていることからもわかるように、多分に外国向けのアピールが込められているのだと思う。つまり、外国の価値観に寄り添った言葉だということ。そういうのって「カッコイイ」と言えるのだろうか?

外国人が「Cool!」とか言うのは理解できないでもないけれど、それは「フジヤマ、ゲイシャ、ハラキリ」の文脈での「Cool!」なのであって、その価値観の延長線上には、「みんなカラテやっていて、クロオビマスターで、メガネかけていて、カメラ持っていて、アニメ好きで、コニチハ、アリガト、サヨナラ」の世界があるんじゃないのかな。いや、さすがに古いか。

外国人に訴えかけたいのなら、別に「サムライ」じゃなくてもいいのだ。もっと彼らのハートをつかむ言葉はある。ニンジャだ。




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”ニンジャ”・ジャパンのみなさん




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”ニンジャ”・ブルーのみなさん

「『ニンジャ・ジャパン』『ニンジャ・ブルー』はふざけすぎだろう、さすがに」と思うかもしれないが、けれどもサムライだってその同列にある言葉だと思う。

ここで結局、最初の問い(に似たような問い)に戻る。誰が本物のサムライを見たことがあるというのだろうか。観念上ではなく、実際に生きているサムライを、だ。

そういう想像上の言葉を用いることは、私は奇妙に感じてしまうのだ。もうどうせだったら、「ユニコーン・ジャパン」とか「ドラゴン・ブルー」などで構わない。でも、それらの意味は、「一角獣日本」であり、「龍青」である。前者はなにかの学名(Ikkakuju Nippon)みたいだし、後者はドラマなどで出てくる中国マフィアの名前(「わかりました、ホシは龍青会の人間です!」)っぽい。

この奇妙さ・おかしさは、いわゆる「中二病(=厨二病)」の感覚と同じ。だから、「中二病」をあまり笑ってはいけないのだ(結論がそれか)。



*1:そもそも大雑把なくくり方でしゃべる人の信憑性は低い。



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本当はやらなきゃいけない事務仕事(一年間分)が山積していて、遊んでいる場合じゃないのだが、そういうときに限って違うことを考えてしまう(現実逃避)。



今週の日曜で第3回目を迎えた大河ドラマ『八重の桜』だが、これが案に相違して面白い。

放映が始まる前は、「なんだよー。綾瀬はるかかよー。別に好みじゃねーよー」くらいにしか思っていなかったのだが、いざ始まってみると、メインの俳優に西島秀俊長谷川博己がいて、このちょっと地味なふたりがいい感じなのである。

長谷川は、最近『鈴木先生』のドラマ版および映画版で鈴木先生を演じているようで(私は未見)、私はその演技を『運命の人』でちらと観ただけで、その際、特に惹かれるところもなかったのだが、ただ、顔が好きなので、もうそれだけでいいのである。

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鈴木先生役の長谷川



西島秀俊は、NHK の「神聖喜劇ふたたび 作家・大西巨人の闘い」('08)という特集で大西巨人へのインタビューをしていて、そのとき、「あ、この人は『神聖喜劇』を読んでいて、それで本当に大西巨人を尊敬しているんだな」と感じられたので、それ以来、好き。

演技については、私はそれほど器用な役者とは思っていないのだが、まあ顔も好みだし、いいのである。




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山本覚馬を演じる西島




この上記画像で、ネットが話題沸騰したようだが、これ、実際に見たら、「うひょー」ならぬ「ウホッ」となります(意味がわからない人は別に気にしなくていいです)。

「結局、ふたりとも顔かい!」ってことになってしまうのだが、私はどうも細面(ほそおもて)の優男(やさおとこ)というのが好みらしい。別に優男でなくてもいいのだが、細い身体じゃなきゃいやです。



他にも、現時点では、柳沢慎吾、稲森いずみ、玉鉄あたりが興味のあるところ。

柳沢慎吾は、珍しく(?)明るくない役柄で、今のところは覚馬に対して旧弊依然の考えを押しつける上役。稲森いずみは、テレビドラマでは観たことがないのだが舞台『法王庁の避妊法』('03)がよかったので、それ以来好きになっている。舞台から10年も経っているというのに、私の中ではそのきれいさはほとんど変わっていない。玉山鉄二は、どこか面白い役を演じることが多く、それは彼の演技力のせいなのか、あるいはその役柄が面白いせいなのかは判然とはしないのだが、とにかく出演しているのを見つけると、「お、玉鉄だ」と注目してしまうのである。どうでもいいけど、役名の山川大蔵(やまかわ・おおくら)って、どっちも苗字みたいな名前だな!(っていう、さまぁーずのツッコミが昔あった)

奥田瑛二(佐久間象山)、小栗旬(吉田松陰)、生瀬勝久勝海舟)らは、別にいい。いつおどおり。

奥田瑛二は、雰囲気先行。小栗は元気一本。生瀬は、舞台『こどもの一生』('98あたり)以来、「これは」と思ったことがない。反対に、そう思わせてしまうくらいに、『こどもの一生』のときの演技がすごかったわけだが。あと、ここ数年、引っ張りだこの古田新太も、私の中では『こどもの一生』のときが最高。それ以外は、「期待されている古田新太」を演じているだけのように見えてしまう。生瀬も同じ。ふたりとも器用な役者だとは思うが。

ま、総じれば、「好み」の一言に収斂する。ここらへんのことを、口角泡飛ばして議論するつもりもない。



ドラマに話を戻すと、役者が好みということだけでなく、演出が非常に凝っているところが気に入った。

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NHK のサイトより

上記映像は、覚馬が同輩に侮辱されたところ。このシーンの直前、覚馬は、すれ違いの折りに同輩にわざと傘をぶつけられ、傘を落とす。

そこで口論となり、その場を去ろうとする同輩を駆けて追いかけるのだが、その背をつかもうとするシーンがスローモーションになり、観ていて鳥肌が立った。

通常、大河ドラマなんていうのは「歴史モノというよりドラマだから」みたいな見方をしていれば充分、と思っていたので、あまり緊張せずに観ていたのだが、このシーンで、頭をがんと殴られたような気になった。

私はこの山本覚馬という人がどのような運命をたどるのかは知らないのだが、このスローモーションの場面で、「あれ、もしかしたらこれから斬り合いが始まって、覚馬は死んでしまうのかな」と思わされた。まあストーリーの流れ上、覚馬が斬り合いで負けるというようなことはなさそうだったが、「もしかしたら」と少しでも予感を感じさせることが重要なのだと思う。

八重(綾瀬はるか)だって、新島襄の奥さんだということくらいを知っていれば、「ああ、じゃあ幕末を生き延びて明治で活躍するんだな」というくらいにはわかるのだが、だからといって戊辰戦争のシーンで、「はいはい大丈夫大丈夫、八重死なないから。八重は無敵だから」と思わせてしまっては、演出としては失敗である。あくまでも、生きるか死ぬかわからぬぎりぎりの状況というものを創出するのが、演出の役目なのだ。

覚馬が愚弄した同輩の背をつかみ、相手も傘を落とす。土砂降りの雨の中、三人(相手はふたり組)は、動きやすいように草履を脱ぎ、刀の柄に手をやり、鯉口をまさに切らんとしながら、じりじりと間合いを詰める。まるで藤沢周平の小説を読んでいるみたいだ!

結局、三人はそこで抜刀することなく、道場へ行き、模擬の槍を使って試合を行うのだが(覚馬勝利)、その道場で諸肌を脱いだのが上の上の画像、というわけ。

しかし、これだけ筋肉があれば、いつか『シグルイ』が実写化されたときに、藤木源之助役ができると思う。私の中では、北方水滸の浪子燕青の方がより似合うと思うのだが、なかなか共感を得られることはないだろうから、この話題についてはもう触れない。

演出もそうなのだが、映像も本当にきれい。

覚馬が、簗瀬三左衛門(たぶん)から意見書を取り下げられるところ、このシーンの陰影が実に見事だった。簗瀬役の人(すみません、知りません)、西郷頼母(西田敏行)、萱野権兵衛(柳沢)らが、すべて顔の右側(画面の左側)だけ外光に照らされて、また、それに向かっている覚馬は、顔の左側、すなわち画面の右側だけが照らされているのが、なんともいえない迫力を作り出していた。ヘンな褒め方になるが、映画みたいなのだ。

ここで上役に向かって気を吐く西島秀俊を観て、「うわあ、いい役をもらってよかったなあ!」と親戚のおじさんみたいな感慨を持った。

くわえて、全体的に会津弁が聴いていて心地よい。

時代的にはまったく異なるが、私は井上ひさしの『吉里吉里人』*1を思い出してしまう。あれを読んでいるあいだは、実際に「なぜ?」を「なじょして?(なぜ?)」と言っていたが*2、このドラマをずっと観ていけば、「ありがとなし」とか「ごめんなんしょ」などという言葉が出てくるかもしれない(けれども、やっぱり一度文字にしていかないと、すっと口に出せないのが、方言)。

会津弁なのかどうかわからないけど、映画『フラガール』で富司純子の「~くんちぇー」という語尾がやけに印象に残っている。この「くんちぇ」が丁寧になると、「くなんしょ」になるらしい。そういえば、『八重の桜』劇中にも「まあまあ、あがってくなんしょ(=上にあがってくださいな)」という言葉が出ていたような気もする。

綾瀬はるかの会津弁もかわいらしい感じで、少し見直しました。まあ、会津弁(≒福島弁?)では唐橋ユミさんが有名だが、あの「サンデーモーニング」での動画、もう見つかりませんな。



だらだらと書いたが、本当に今のところは面白い。あとは、くだらない役者(特にアイドル枠)が出てきて、くだらない演技をしなければいいだけだと思う。あれをやられるとどうにも興ざめ。

別にアイドルだからということが悪いのではない。私は、どんな役者でもいい演技ができる可能性を持っていると考えているから、あとは演出の引き上げ方次第なのだと思う。演出がきちんと引き締め、ドラマの持っている緊張感を落とさないようにすれば、観ている側も愉しめると思うのだが、易きに流れて、「ほーら、○○ちゃんが出演しているよー、こっちは××くんだー」という「紅白流」になってしまえば、たぶん観なくなるだろうと思う。

この3回までの緊張感のまま、最終回まで行ってほしいものです。




*1:この小説は本当に素晴らしい。日本語、特に方言というものをこういう風に書けるのか、と当時の誰もが驚いたに違いない。


*2:同じようなことを、『神聖喜劇』読書中にも体験。



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桂吉弥のCD(レンタルで申し訳ないが)を聴いていると、だいたいマクラが、「桂吉弥、ええ、またの名を、徒然亭草原(つれづれてい・そうげん)と申します」となっていて、NHK の朝ドラ『ちりとてちん』('07-'08)出演時の役名を名乗る。まあ、これがウケるウケる。

私は、吉弥を知ったのはラジオや「生活笑百科」からだったので、CD を聴いたときにはまだ『ちりとてちん』を観ていなかったため、そのくすぐりがそれほどまでにウケる理由がよくわからなかった(その後ドラマを観て納得)。それで、そのギャグの後にこんなくだりがつづくことがある。

「よく『見てまっせ』とか『面白いでんなあ』と言われて、ありがたいこっちゃな、思うわけですけれども、このあいだ、大阪の街あるいとったら、おばちゃんがこっち見つけて、『あら~、吉弥さんやないの! いっつも見てるわよ、あの、面白いわねえ、ほんま。ほら、あの、ち、ち、そうや、ちちんぷいぷい!』。『ちりとてちん』やっちゅうに」

ちちんぷいぷい』っていうのは、MBS でやっている夕方のテレビ番組なのだが、「ち」つながりでお客さんが間違っているというギャグ。

しかし実は、吉弥は現在その『ちちんぷいぷい』にレギュラーで出演している。実際にそのテレビ番組をじっくりと観たことはないのだが、調べると2009年から出演しているらしい。このマクラをしゃべっていたときには冗談で、「誰が『ちちんぷいぷい』に出てるっちゅうねん」と笑えたわけだったのだが、それがやがて嘘から出たまこと、本当の話になってしまったという話*1

古典落語をやっていれば、その内容にあまり変化はないのかもしれないけれど*2、マクラが百年一日ではお客さんにも飽きられてしまうだろうから、より時事的なものを取り入れていくのだろう。それを100% 愉しめるのが、客席にすわったお客の特権。

が、来る土曜日、やっとこさ私も落語会に行くことになった。恥ずかしながらこのブログにも「落語」のカテゴリーを設けておきながら、なんと「生落語」は初体験なのであります。上方落語をきく会。

その出演者の中には、桂吉弥もいて、今から愉しみでならない。

本当は、昨年の同会にもチケットを申し込もうとしたのが、吉弥出演の会がすぐに売り切れてしまっていて、断腸の思い。そこで、生放送をするというのでPC でABC ラジオを聴いていると、演目が「東の旅の発端」。小気味良い口跡に鳥肌の立つ思いで、こりゃ録音しておいて正解だったと、「後の愉しみに」と聴くのを中断し夕食を取ったのだが、その後、PC 上で録音できているはずの音源がまったく見つからず、30分ほどして、どうやら失敗だったという結論に至る。せめて、ああ、せめて生放送のまま聴いておけば! とまさに後悔先に立たず。ここらへんのことは去年もどこかで書いたか。

横浜からは弟がやってきてふたりで見に行く。ということで、今週の土曜は久しぶりに大阪ぶらぶら。



*1:ということから、このCD が録音されたのは、2007年10月から2009年4月までの間ということが自然とわかる。


*2:志らくのツイートを見ていると、噺を毎回進化させていこうとすごく苦心している模様。そういう「変化」を追っかけるのも落語ファンの愉しみなのかも。



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