とはいえ、わからないでもない

2013年07月

編集

虫の知らせか、もう2ヶ月以上聴いていなかった朝のラジオ番組をつけると、「訃報です。昨日、上方落語家の笑福亭松喬さんが亡くなられました」

笑福亭松喬については、1月に行った「上方落語をきく会」についての記事に書いた。



末期がんになり、そこから「奇蹟」といわれる復活を遂げ、みごと高座に復帰していた松喬だが、6月の高座を最後に体調を崩し、そのまま亡くなったという。

番組では、「笑福亭の真髄を伝える芸を一番有していた」と紹介されていたが、私は、6代目笑福亭松鶴をはじめ笑福亭の落語をあまり聴いたことがないので、その「笑福亭の真髄」が指しているものがどういうものかはわからないし、松喬じたいの噺もほんの数えるほどしか見聴きしていないのだが、その数少ない視聴においても、名人芸だなあと思わせるものを持っていた。

番組では、復帰してからゲストとしてやってきたときのトークが再放送されていたが、その中での言葉が(リアルタイムで聴いたときも同じように感じたが)印象的だった。

「奇蹟は起きやしまへん。これはもうハッキリと言うときます。けれども、奇蹟を起こすことはできるんです」

この言葉だけをとらえ、そして、その経緯を知らずにただただ結果だけを知った人のうちには、「なんや、奇蹟なんてやっぱり起こらへんのや」と思う人もあるかもしれない。たぶん、そういうことを簡単に思ってしまうのは、若く、まだ苦労をしたことがない人たちだろう。

しかし、私はそうは思わない。

医者に見せたときには、「早く会いたい人に会っておきなさい」と言われたほどの末期の肝臓がん。それを治療することを選択し、そして病床においても稽古を怠ることをしなかった松喬。彼が、前年に無念の休演を余儀なくされた「上方落語をきく会」に、その翌年に出演しただけでなく、そこで新ネタを披露し、それだけにとどまらず、その後、一門会や独演会を意欲的に開催したことは、じゅうぶんに奇蹟だと思う。

享年62。ほんとうに残念だ。



落語『地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)』では、地獄の目抜き通りに寄席があって、そこには歴代の名人たちが毎日高座に上がっている、というくすぐりがある。

米朝の噺では、新入りの亡者が出演者の札に「米朝」の文字を見つけ、「あれ? 桂米朝はまだ死んでないはずじゃ?」と訝ると、古株の亡者が、「よう見てみなはれ。下に小さく『近日来演』の文字があるやろ」と言う。それに新入りが納得し、「あ、なァるほど、もうすぐ死ぬというのを知らんと、今頃、落語してるんやろなあ」と笑う、というギャグが私は大好きなのだが、本当にそんな寄席があればいいと思う。

雑談に興じる寄席の楽屋では。

枝雀「それにしても、うちの師匠(米朝)はまだ来はらないのカナ? 『来る来る』言うてだいぶになるけど、来はって、『おお、枝雀、久しぶりやないかいな。元気しとったか?』言うたら、『おい、米朝。お前さん、なに言うてんねん。ここ地獄では、死んだ者順に序列が決まってんのや。あんさんは、わたしの弟子扱いになるんやで』と一発洒落をかましたろう思てますのや」

談志「おうおう、やってやれ。米朝さんも目ェ白黒させるぜ」

志ん朝「そうなると、談志兄さんも、あたしの弟子ってことになりますよ」

談志「そこはまあ、アレだ。いいってことにしといてくれよ」

枝雀「けれども、うちの師匠やったら、『おお、さよか』ってすぐに納得しそうや」

そんな冗談で興じる中を、新入りの松喬がおっかなびっくり楽屋を訪れます。入り口に立って、松喬、声をかける。「あのう、すんまへん」

そんとき楽屋の端の方にすわって圓生と話していた6代目松鶴が、声に気づいて、立ち上がって迎える。「おお、よう来たな、鶴三(かくざ: 松喬の前名)。待っとんたんや」

他の連中も、いったん話を止めます。談志が「なんだ、笑福亭か。うちの志らく談春も早く死ねばいいのに」と言いまして、8代目文楽の隣にいた志ん生が「冗談言っちゃいけねェ」と言い、馬生・志ん朝が笑い、まだまだ大勢の人間がいる楽屋では雑談が再開されます。わーわーわーわー、やかましゅう言うて盛り上がります、この連中の陽ォ気なこと。



編集

さて、いよいよです。




  • 新政府軍の総攻撃開始2日目から今回のドラマは始まる

  • 八重の父、権八は、城下への食料調達の決死隊に加わることになるが、この導入部分に、前日の「タイムスクープハンター」を観ている視聴者は、(不謹慎だが)思わずにやり

  • そこへ、オープニング前からいきなりの訃報ですよ(登勢)

  • 容保ほか、家老を中心に重立った者たちがほぼ全員が出席している軍議において、平馬が米沢藩より来た恭順を促す手紙を読み上げる

  • 大蔵が、冬まで持ちこたえれば戦局が変わると発言するのだが、その会議の場さえ、敵の砲撃によって危うくなるほどの状況に、出席者のほとんど、そしておそらく大蔵までもが、もはや冬まで持ちこたえられない、ということを知っていたはずだろう

  • 唇を噛み締める大蔵

  • 会議が終わり、その大蔵がひとりで城内の廊下を歩いているところへ、登勢の訃報を報せに八重が駆け寄る

  • このときの大蔵の表情に、思わず「うわっ」と声を出してしまった

  • 目が血走っていて、「お登勢様が」との八重の言葉に、より大きく見開いたその様子はまさに鬼の形相

  • 八重とともに大蔵が登勢のところへ駆けつけると、二葉が「ご立派な最期でした」と言い、二葉の母(秋吉久美子)が口を押さえ、父の兵衛(山本圭)が、「登勢の仇を!」と憤然と外へ出ようとするのだが、みながみな、登勢とは血が繋がってはおらず、それを思うと、余計に泣けてくる

  • 思い出されるのは、登勢が嫁いだばかりの頃、特に秋吉久美子が、大蔵のいない山川家に彼女が早く馴染めるよう気遣いをするやりとりがあった

  • その登勢が、大蔵がずっと留守にしていたあいだも、山川家の人間に本当の血の繋がった家族のように扱われていた、という描写なんだろうなあ

  • そこへ、健次郎もやってきて口にするのが「姉上!」で、実際には「義姉上!」なんだろうけれど、これもやっぱり実の家族のように慕われていた、ってことなんだろうなあ(じゃあ、登勢がいびられていたら、健次郎も「義姉上」と呼ばなかったのかというと、そういうわけではないのだろうけれど)

  • しかしその健次郎は、城外への出撃に失敗し敗走してきたところで、それを大蔵に詰問されたときの表情は、上官に対して返答を間違えれば殺されるかもしれないと怯える部下のそれであって、勝地涼はいい役者だと思った

  • 大蔵は、その健次郎の顔を躊躇することなくいきなり張り、倒れた彼の胸ぐらをつかみ、なぜ討死しなかった、なじょして帰ってきた、女でさえ命を落としているのに、と声を枯らして怒鳴りつけ、屋内から外へと引きずって行き、いまここで腹を切れと命じつける

  • これまで実に屈託のない笑顔をわれわれに見せつづけてきたあの大蔵が、実の弟に対し、生きて帰ってきたことを喜ばずに反対に切腹を命ずるというこの行動が、まさに戦争の狂気というものをあらわしている

  • ベトナム戦争を扱ったティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』の中で、たしかある兵士が、ふだんは実に気のいい優しい人間なのに、行軍の最中かなにかで見つけた家畜の牛を理由もなく射殺するシーンがあって、そこがものすごく印象に残っているのだが、それに匹敵するくらいに、この大蔵の場面は印象的

  • 大蔵が怒っている対象は、新政府軍による理不尽な会津への総攻撃であり、登勢の落命であり、つまるところそれをどうすることもできない己への歯痒さに集約されるのだが、そのやり場のない憤怒が一番近しいものへと向けられてしまうというのは、この籠城戦が城内の人間に及ぼしたものは結束だとか忍耐だとかいうきれいごとでだけでは決してなかった、ということを示唆する本当に重要なシーンだと思う

  • 怯える健次郎の前にすわり、「なにをしている(早く腹を切れ)」と言い放つ大蔵の峻烈な表情はやはり鬼神が取り憑いたようで、それを見た健次郎は決然と刀を抜き、そこへ叫びながら母と姉の二葉が飛びかかり、砲撃の衝撃で倒れた兵衛も、遠くから大声で怒鳴って健次郎を制止しようとするこのシーンが描くのは、絶望そのもの

  • それを遠くから、容保が涙を呑み込んで見ており、そこで重大な決意をしたのだと思われる

  • 夜遅くになっても、砲撃は止まない

  • 城壁(?)のうちより外を伺う八重と尚之助だが、尚之助がしゃべっていると、どうにも浮世離れしているというか、戦争の真っ最中にある人間の言葉ではないように聞える

  • でも、それが尚之助の人間らしさというか、まさに文字通りの「人間らしさ」を失わない彼の性格をあらわしているのだろうと思う

  • 会津は強い、と尚之助が言い、「そんなら尚之助様もすっかりお国(会津)の人だ」と八重が言うと、「んだなし」と笑ってこたえる尚之助

  • 直前の大蔵での場面に心を痛めた視聴者が、ほんの少しだけ安らげたのではないか

  • 秋月、密命により単身で城外へと抜け、八重がそれを掩護

  • 庄内にある薩摩藩陣所では、西郷の近くで薩摩藩兵たちが会津を田舎侍と罵るが、「われら(= you)も田舎侍じゃっど」とたしなめる

  • 西郷が実際にそういう心づもりであったかどうかは別として、おそらく当時の戦いの最中にこの「内戦」の後まで見据えていた人間は、会津にはもちろん、新政府軍にも相当少なかったのではないかと思われる

  • 総攻撃開始から4日目にして、容保は降伏を照姫に告げ、照姫は「ご立派なご決断と存じ上げまする」と言う

  • この場面で、照姫は、子どもたちの凧揚げに言及しそれを誇らしく思ったと発言するのだが、やはりあの逸話が象徴するところは、製作者側が強く訴えたいところなのだな、とタイムスクープハンターを見た私は思った

  • 稲森いずみは形容のしがたいほど泣くシーンが上手で、少し触れただけで砕け散ってしまいそうなほど可憐でもあるのだが、しかし、やはり決して倒れない確固としたものを持った女性を好演している

  • そんな中、城内で時尾が斎藤一と再会、「ありがとなし、会津のために戦ってくれて」という時尾の台詞にぐっとくる

  • 考えてみれば、斎藤ら新撰組の生き残りは、無関係(といっては言い過ぎか)な会津のために命を落とす危険を顧みずに籠城しているんだもんなあ

  • 鶴ヶ城を出た秋月は土佐藩陣所に辿り着くのだが、土佐藩兵にリンチを受ける

  • そしてついに、食料調達隊の権八が敵に撃たれてしまう

  • ふたたび土佐藩陣所に戻り、秋月と板垣が出会う

  • 繰り返して観て気づくことなのだが、このドラマは、実にいろいろなシーンをうまく継ぎ合わせて見せているなあと感心する

  • ここでは、秋月が投降の意を伝えに土佐藩陣所に行ったことと、権八の戦死が交互に映されていく

  • この『八重の桜』に限ったことではないのかもしれないけれど、物語が単調に感じられないように、また、いろいろな人間たちの立場がわかるように、種々の場面からの描写がうまく繋がれているので、おそらくそれが物語全体の複層性、複雑さ、豊かさを生み出しているのだと思うのだが、そういう製作者の苦労ひとつも見破れないで、「視聴率」の一言で片付けてしまうメディアの取り上げ方を思うと、まあなんというか、クソだなの一言しか思い浮かばない

  • 担架にて八重たちの前に担ぎ込まれた権八は、唇を真っ白にして、最期の言葉、「八重、にしゃわしの誇りだ」を吐き、最後の最後にやっと八重のことを、覚馬や三郎の代わりとしてではなく八重本人として、正面から認める

  • 総攻撃開始から7日目にして、鶴ヶ城の前に白旗を掲げた秋月が走ってきて、開門を促す

  • このシーン、演出の指示があったのかもしれないけれど、北村有起哉が、疲労そして私刑によるダメージを表現するために左右によろめきながら駆けてくるのだが、この「舞台」を大きく使う表現方法は、やはり北村が舞台出身の役者だからなのかなあ、と勝手に想像したりして

  • 城への砲撃はやっと止み、照姫は城内に生き残った女たちに降伏内容を伝える

  • 15歳未満、60歳以上の男、そして女たちは「お構いなし」で、それ以外の藩士は猪苗代へ移動を命じられ、謹慎の沙汰だという

  • 一方、その藩士たちは容保の許に集まり、最後の「お殿様」の言葉を聴く

  • 容保はずっとかぶりつづけていたあの烏帽子(?)を脱ぎ、会津藩士全員の勲(いさおし)を讃え、その誇らしい会津を滅ぼさねばならなかった自らの不明を詫び、頭を下げ、「生きよ」と最後の君命を告げる

  • 容保の意向は、自らの命を以て会津を救うということだった

  • そこでだ、八重が「恐れながら、お殿様はまつがっておいでです!」と言ったところで、私がこの場にいて腰に大小を下げていたら、有無をいわさず抜刀しただろうな、と思った

  • だけんじょ、八重が継いだその言葉は、その場にいた者たちだけでなく、視聴者のほぼ全員が思っていたことで、すなわち、「なにがあっても、お殿様には、生きていただかねばなりませぬ!」

  • それは封建制度にどっぷりと浸かったただの感情論だけではなかった

  • 会津の汚名を晴らすには会津藩松平容保でなければできないことだという八重の主張は至極もっともで、八重の周りにいた者たちだけでなく、視聴者の多くも心中で嗚咽しながら、そうだそうだと同意したことだろう

  • 一方、女性グループたちに場面は変わり、二葉は大きな白い布を前にして筆を持つも、なにやら書きあぐねている様子

  • そこへ、われらが照姫様が無言で代役を申し出、そうして大書されたのは「降參」の二文字

  • 遅刻出陣以来、ずっと城に戻らず転戦をつづけていた官兵衛も、外でその降伏の報を聞く

  • 容保は正装し、涙を流して平伏する藩士たちの前を通り抜け、城の前で降伏式に参加

  • 前回にも書いたが、この降伏式のシーン、中村半次郎が泣いたそうなのでぜひとも詳細を見たかったのだが、なにせ今回はフルボリュームの回なので、簡単に映してあとはナレーションで省略したという印象、もったいない!

  • これも、もし『八重の桜』の視聴率がよかったら、今回が15分拡大版になっていたのかもしれないと思うと、涙を禁じ得ないよ

  • 番組最後の「八重の桜 紀行」でも紹介されていたが、八重は城壁に歌を刻む、いわく「あすの夜は 何国の誰か ながむらむ なれし御城(みしろ)に 残す月かげ

  • ここで、母の佐久(風吹ジュン)は、八重の意図(三郎の名を騙り、猪苗代に同行すること)をわかっており、別れを惜しむ

  • 城を明け渡すとき、会津の女たちは城内をきれいに掃除する

  • 板垣を筆頭とする新政府軍は、城内にブーツのままに入城するが、きれいに磨き上げられた廊下の床に気づいた板垣は、後ろを振り返り、自分たちがつけた足痕を見て、言葉を失う

  • このシーン、板垣を好演しつづけている加藤雅也の唖然とした表情がよかった

  • しかも、ナレーションもなにも言わず、このシーンがいったいなにを表現しようとしているのかをいっさい説明しなかったのが非常によい!

  • 生き残った会津藩士たちは、一室に集められ、そのほとんどが羽織を脱いでいた

  • 官兵衛もこの一同に加わり、その目つきが気に食わぬと土佐藩士(?)が因縁をつけるのだが、いやしかし、NHK の演出チームは、本当に薩長土の藩士たちを陰湿・陰険・小者的に描きますなあ(クレームつかないのかしら?)

  • そこへ、まるで別室から漏れてきたというような奇妙な音声レベルの会津の民謡(?)が聞えてきて、やがてその歌声は室内に広がり、みんなが手を打ち、唄い、踊るのだが、でも何度聴いても最初の歌の聞え方がおかしい

  • この歌、八重と尚之助の祝言の日にかかったものだったのか……

  • で、いざ出発という段になって、尚之助が八重の手をつかまえ、「女がここにいる!」と告発

  • 尚之助の意図はおそらく「八重を、生死がどうなるかもわからぬ猪苗代に連れていってはならない」ということなんだろうが、真意はおそらく次回以降に持ち越し

  • ひとり取り残された八重は、誰もいなくなった城内に愕然とし、落涙する

  • 今回冒頭で大蔵が「冬が来れば!」と言っていたが、会津にやってくる冬は、会津の人たちは誰も経験できなかった、ということなんだなあ

  • 次回予告でも、人が何人か死にそうで、艱難辛苦はまんだまだ終わらねえようでがす

  • 「八重の桜 紀行」にあった逸話がものすごい

  • 降伏式での悔しさを忘れぬようにと、式で用いられた緋毛氈の一部を小さく切り取り、「泣血氈(きゅうけつせん)」とし、持ち帰ったという



編集

ラジオにおけるサプリメントの宣伝方法


ラジオには生CM というのがあって、そこでパーソナリティたちは、食べ物であれば、「うわー、おいしい!」などと言い、家電であればその利点を取り上げ「うわー、便利!」などと言い、宣伝する商品の利点を強調する。

その中で、サプリメント(錠剤)を紹介するとき(結構な割合で紹介されるのだが)、他に宣伝のしようがないのか、たいてい「うわー、飲みやすい!」って言うことが多いのだが、それを聴いてリスナーは「え、飲みやすい? じゃあ買おう」ってなるのかなって、いつも不思議に思う。反対に、飲みやすくないサプリメントなんてあるの?





ラジオには詩情がある


ちょいとわけがあってラジオについて考えていたんだけれども、「ラジオ」っていう言葉じたいに、詩情やある種の感傷があるよなあ、と気づいた。"Radio Ga Ga"、"Video killed the radio star"、"壊れかけのRadio"等々は、"iPhone Ga Ga "、"Internet killed the video star*1"、"壊れかけのTV"じゃ即物的すぎる。

「壊れかけのテレビ? 電気屋に行ったら? でも、買い換えた方が安くつくかも」なんて。





トイレの目地


うちのトイレにある壁のタイルは、「目」が細かいために目地の部分が多くて、なんとなく眺めていたら、その目地を格子状に立体視できることに気づいた。それからというもの、「大きい方」をするために便座にすわったときは毎回、半寄り目にして壁を睨んでいる。で、うまく「3D」になったらニヤニヤしている。




*1:実は同名のパロディ動画がある。だいぶ古いけど。



編集

自営業というか、自分のところで商売を始める前は、働けば働くほど商売がうまく行くと思っていて、そんなことを固く信じていた根拠はなにかっていうと、落語だったんだなあといまさら気づいた。

『芝浜』で、心を入れ替えた魚屋はたしか3年ばかしで身代を築き、若い衆の2、3人くらいを雇えるようになった、というはずで、そういうのを前知識として持っていたから、ああ商売なんてそういうもんだろうなあなんてかなりラクに考えていたけれど、実際はナカナカそうもいかない。

これはやってみて気づいたことなのだが、働かないとお銭(あし)にならないというのは当たり前なのだが、働いてもお銭にならないということがある。商売の質として、省こうとしても省くことのできない無駄が多いのだろう。

午後10時に帰ってきてそれから夕飯を食べて、もう気力なし。ニュースがいろいろと流れているけれど、すべて自分と無関係のように感じる。実際に無関係なんだろうけれど。

ネット上で過激に天下国家を論じている連中って、基本的にヒマなんだろうなあと思う。適度にメシが食えて、適度に(もしかしたら過度に)時間があって、ネットができる環境にあって、そうなると、日本が、とか、世界が、とか言い出すのかもしれない。私みたいに自分の頭の上のハエも追えない人間たちは、せいぜい手が届く範囲、足の伸ばせる範囲くらいのことしか考えられないんじゃないか。



なんていう愚痴をひとりごちてシャワーを浴びていると、だ。「きょうは10時まで仕事しちゃったよ」という思いが、段々と「あれ、まだ10時か?」という疑問に変わっていった。

飲食でバイトをしていた頃なんて、10時なんて一番のピークで、よっしゃこれからまだまだ行くぜって気合を入れ直しているくらいの時間だ。その時間にいまの私は、「もうだめ、へとへと~」と想像上で自分をゼリーみたいに溶かしている。溶けたゼリーの私は排水口に吸い込まれ、カビだらけのパイプ管をつたって、やがて川へと吐き出され、小さなあぶくがポコポコと言っているのを聞きながら、浮き輪に尻を入れて浮かんでいるときのように、ゆっくりと回転しながら、雲に霞んだ月を見上げていた。



編集

とある役者のものすごい演技を観ていて、「ああ、これぞまさしく『鬼気迫る』というのだろうなあ」と感嘆したのだったが、「鬼気迫る」の類語を調べてみようと思い立ち、いつも利用しているweblio 類語辞典を訪うてみた。

f:id:todotaro:20130724232715p:plain


上記のように、この中で「(上沼)症候群」」というのがあった。なにこれ?

その周りを見ても、「どぎつい表現」とか「痛烈な風刺」という単語があったので、「上沼」は、なんとなく上沼恵美子のことを想像したが、けれども「上沼(恵美子)症候群」なんて聞いたことないぞ、と今度はこの単語を類語辞典の検索ボックスに入力してみた。すると、

f:id:todotaro:20130724233157p:plain


「病気」と「毒」という単語が出てきて、ますますわけがわからなくなった。

で、仕方がないからグーグル先生にダブルクォーテーションつきで「上沼症候群」というものを調べてもらったら、なぜかこのweblio 内の記述しかヒットしなかった。それらの検索結果は、すべて「○○の同義語」という形で表示されていて、たとえば、





  • 痛烈な風刺

  • 病気

  • 急病

  • 死病

  • 熱病

  • 風土病

  • たちの悪い病気

  • 健康障害

  • 心の病気

  • 業病

  • 遺伝病

などとあり、どんだけ悪いんだ上沼症候群、という感じなのだが、たしかにテレビなんかではそれほどでもないが、ラジオではかなりの毒舌を振り回す彼女が、まるで病気を撒き散らしているような印象を受けました。それとも、本当に真面目な病気なのかな。その可能性を完全には排除できないので、ちょっと不完全燃焼な記事でございます。



編集

エダマメがそろそろ生ってきたのである。

f:id:todotaro:20130724092459j:plain

除草とか草刈りなどをきちんとしていないからけっこう汚い感じ

それなりに生育は順調。というか、今年になってはじめてエダマメってこういうふうに実がつくんだなあと知りました。

f:id:todotaro:20130724092406j:plain

実に近づくとこんな感じ

理想はすべて3粒莢にすることだけれども、写真のとおり2粒のものもある。

どうでもいいけど、いま「さんつぶざや」あるいは「さんつぶさや」の意味で「3粒莢」と書いたけれど、「さんりゅうきょう」とか読むのだろうか。

葉が濡れているのは、今朝方に少し雨が降ったから。以前にも少し触れたが、当地は山間(やまあい)なので、わりと雨が降りやすい。梅雨明けしてからも適度に、ときには過剰に雨が降って、そういう意味では日照りという程にはなっていない。その代わり、梅雨時期には全然降らなくて難渋した。

焼いて食べている。

ちゃっちゃっと洗って、適当に塩もみして、それからオーブンで10分くらい焼いている。だいたいテキトー。

近所のおばあちゃんにはいちいち莢の端っこを切り落とすという茹で方を聞いたのだが、面倒なのであまりやっていない。その方が塩味が染みこむということなんだろうけれど。

f:id:todotaro:20130724092635j:plain

産毛が光っております

こういうのを考えると、冷凍のエダマメって安いし便利だよなあ。冷凍じゃないエダマメってスーパーでどれくらいの値段で売っているんだろうか。

秋口になれば、黒豆のエダマメができ始めると思う。

f:id:todotaro:20130724092813j:plain

これらはすべて黒豆


わかりにくいが、一番上の写真のエダマメと較べて、ずいぶん大きく成長するらしい。

黒豆の多くはエダマメで食べようと思っているが、一部を乾燥させて正月に食べるあの黒豆にしようかと考えている。よそから作ってほしいと頼まれたからで、うまくできればいい値段で引き取ってもらえるようだが、乾燥させて実を選別してうんぬんという手作業はかなり面倒そうで、前述のおばあちゃんに今年は教わる予定。おそらく丹波みたいな生産地ではすべて機械でやっている作業だと思う。

エダマメの一部を乾燥させて、それから味噌を作っているおばあちゃんもいる。エダマメを乾燥させたらいわゆる大豆になる、ということを私は恥ずかしいことにこの年になって初めて知ったのだが、東京生まれヒップホップ育ちなので仕方がない。

味噌を作るのは、本当に手間(というか時間がかかる)らしく、元来の面倒屋の私は作る気にもならないが、2年ものだか3年ものだかをときどきいただくこともあり、なんだかもったいなくて食べられないのだが、でも食べる。

なんてことを、エダマメを口にほうり込みながら考えておりました。



編集

今回のタイムスクープハンター大河ドラマ『八重の桜』とのコラボ、ということで私も期待して鑑賞。この番組、過去に2回ぐらい観て、そのどちらも面白かったのだが、なんとなく観る機会を得ないまま、今日までやってきた。

なので、毎回観ている人なら、「ああ、いつものやつね」というところにヘンに引っかかったりすることもあるかもしれない。




  • まず、タイムスクープハンターは、いつものごとく要潤演じる沢嶋雄一

  • この沢嶋、未来人という設定(?)なので奇抜な恰好をしているのだが、要潤だから全然ヘンに見えない

  • で、彼が慶應4年8月28日の会津にやってきた、というところから始まるが、これは旧暦であって、グレゴリオ暦に直すと、1868年10月13日

  • われらが鶴ヶ城内では、会津の(おそらく)武家の娘たちが血だらけの負傷兵たちを看護している

  • このシーンで面白かったのは、この娘たちが実に色も柄も様々な着物を着ていたということで、それを襷掛けしているのだが、その袖などのはだけ具合がリアルで興味深く感じられた

  • で、『八重』の前回の「自慢の娘」を慌てて確認してみると、こちらの女性陣の着物は、たしかに人それぞれによって色・柄は別々なのだが、全体として、ある種の統一性が感じられるようになっていた

  • また、『八重』でも襷掛けはしているのだが、みながみな、まるで誰かが後ろからきちんと時間をかけてしっかりと結んだようになっていて、袖のたるみなどもほとんどない

  • つまり、全体的にきれいすぎるのだ

  • 翻って『TSH(タイムスクープハンター)』の方では、いかにも着物が邪魔そう、といったところがリアルに感じられるのだが、もしかしたら振袖を着ている人間が多い、という設定上の差異かもしれない

  • 『TSH』は、(おそらく)基本的に時代考証に基いており、リアリティに徹しているため、登場する人物たちの風俗がものすごくためになる

  • マスカラがばっちり決まったアイドルもいなければ、ファンデーションを塗りたくった女優さんもいなく、私としては安心して、しかも興味津々で観ていられる

  • また、今やいろいろな番組で用いられ、そのほとんどを邪魔にしか感じられないテロップ(字幕)だが、この番組においては、非常に役に立つ

  • というのも、ここでしゃべられる言葉はほぼ現地語であり、また、ほぼ「当時」の言葉遣い(とされているもの)だからだ

  • ところへ、新たに負傷兵が運ばれ、その受け渡しをやっている最中に新政府軍の攻撃が始まり、沢島も爆風から身を躱しながらのリポート

  • で、砲撃とともに女性たちが「焼玉押さえ」を実践しようとするのだが、この場面で、「ああ、当時の砲撃ってこういう感じだったのか」とやっと得心がいった

  • 『八重』の撮影の仕方だと、どうしても砲弾が地面に着地するか否かという段階で炸裂するという印象を持っていた

  • だから、八重が一度焼玉押さえを実行したときも、偶然成功したんだね、というふうにしか感じられなかった

  • 『TSH』の方では、砲弾が飛んできて地面をころころと転がり、そこへふとんを抱えた女性の決死隊が押さえにかかって、そして水桶で水をひっかけていて、これが実際の「焼玉押さえ」の状況だったのだろう

  • 八重が説明していたとおり、信管部分を濡らしてさえしまえば、砲弾の内部にある火薬に引火させないようにできる、というのがこの「焼玉押さえ」の肝要なのだろうが、まあ危険なことに変わりはない

  • あと、この番組の常連なら当たり前なんだろうけれど、手撮りのドキュメンタリー風な撮影が臨場感を湧き立てていて、よろしいなあ

  • ここで、新政府軍の大砲はアームストロング砲と紹介される

  • 女性たちは、まったくのすっぴんというわけでなく、ほんのりと白粉を塗っているみたい

  • 死傷者が外に搬送されていくのだが、遺骸にかけられた白い布が血だらけになっていたのが怖いほどリアル

  • 負傷兵たちがじゅうぶんな恢復を望めないのは食料が足りないせいもある、とのことで、紗重と美芳という女子(おなご)が城下を食料調達を決意

  • さっそくその旨を近くにいた藩士に伝え、鉄砲を貸してくれと頼むが、そこへ大砲が撃ち込まれ、その藩士が消火しようとするが失敗して爆死

  • その死体がモザイクをかけられて映されているのが、リアリティを増幅させている

  • 紗重と美芳のふたりは男ものの着物に着替え、そこに千鶴、多喜、恵津子という女子も調達に参加

  • 彼女たちは鉄砲の扱いを心得ていたという設定なのだが、実際にそういう女性は、八重以外にもいたらしい

  • さあ行くぞ、というところで、杏ちゃん演じる古橋というタイムスクープ社の社員とやりとりがあって、ここでの沢嶋の「大きな歴史のもとに生きた名もなき人々の記録」という台詞が引っかかった

  • この番組の主旨はわかっていると思うし、そして沢嶋の言いたいことも理解しているだろう上であえて書くが、この紗重たち5人に限らず、私もあなたも、そしてほとんどの人間が「名もなき人々」なのだ

  • だからといって私たちはこの日常を「名もなき人々」のひとりとして自覚し生きているのだろうか、と自問すると、ほとんどが「No」と自答するのではなかろうか

  • 時間や距離、そして、文化、人種、言語などが異なれば、簡単に他者を「名もなき人々」というカテゴリーで括ってしまいそうになるけれども、沢嶋がもし本当に、この5人(のちにひとり加わる)の女性たちがたしかにこの時代に生きていたんだ、ということを記録したいのであれば、「名もなき人々」なんていう言葉を軽々に用いるべきじゃないよね

  • だから私はあえて(フィクションだということは重々承知で)紗重、美芳、千鶴、多喜、恵津子の名を上に記した

  • そういえば、杏ちゃんは次回の朝ドラの主人公に決まっていて、たのしみであります

  • さて、食料調達のために夜間からの出立となったが、赤外線モードというか、緊迫感あふれる撮影に、これまたドキドキ

  • 彼女たちが手にしているのは、おそらく龕灯(がんどう)

  • 旧幕軍と新政府軍との交戦地に足を踏み入れると、激しい砲撃の音があり、この映像が湾岸戦争の映像を想起させた

  • やっとのことで城下に家屋に入り、芋などをゲット、どうやって持って帰るのかなあと思っていたら、風呂敷で包んで肩から掛けていて、「あ、なるほどねえ」と思った

  • それにしても、この野菜を見つけるシーンなど、彼女たちが喜ぶところが、なんだか本当のドキュメンタリーを観ているような気分になってきて、こちらまで嬉しくなってしまう

  • おそらくこの感情移入のしやすさは、先に指摘した演出方法によるものだと思うのだが、その他に、正しい時代考証に裏打ちされた衣装・風俗を身につけた演者たちの、必ずしも器用とはいえない演技のせいのようにも思う

  • そして、ついに新政府軍に見つかった彼女たちも、銃撃戦を始める

  • この応酬が、撃っては隠れ撃っては隠れ、を繰り返すもので、『八重』よりリアルに感じられた(ただし、『八重』のそれは軍隊としての銃撃戦だからおのずから性格が異なる)

  • ここで、美芳の姉が生きているかもしれないという情報を美芳の幼馴染、正之助から得、みなで救出するために家に帰ると、姉の志乃は生きているのだが……

  • で、出たー! 眉なしお歯黒のリアル既婚者描写!

  • いやいやいや、こういう実際の風俗描写というのがワタクシにはなによりのご馳走でして

  • たしかに綾瀬はるか長谷川京子市川実日子白羽ゆり芦名星、の人たちがみんなお歯黒眉なし(引眉と言うみたい)だと、映像的にちょっと困るところがあるかもしれないが、しかしやったらやったで面白いと思うんだけどなあ

  • しかし、握り飯をみんなで食べているところなんか見ていると、配役された女優たちが、演出上化粧をしていないせいかかなり幼く見え、それがこの当時の本当の状況をリアルに再現しているようで、ものすごくいい

  • そこへ敵兵があらわれ、その敵兵を後から駆けつけた正之助が射殺

  • そうしたら、その正之助もすぐに射殺され、紗重たちは新政府軍に囲まれ、絶体絶命のピンチ

  • そのピンチの中、紗重が、敵軍の足元に不発弾として落ちている四斤山砲弾*1を見つけ、それを射撃すればうまく爆発を誘導できると提案し、実行、成功する

  • ここではじめて、「八重」の名前が登場(詳細は、『八重』「自慢の娘」の回にあったとおり)

  • 沢嶋の紹介の仕方は、「彼女たちは、武器に詳しい八重という名前の女性に教わっていた」という非常にあっさりとしたもので、思わずニヤリとした視聴者は多かったんでねえの?

  • うーむ、コラボっていってもここでちょっと言及しただけ*2っていうのが、なんとも奥ゆかしくて、私は好きだなあ

  • 戦いを終え、正之助の遺体に布を掛け、彼女たちは食料を抱えて城に戻る

  • と同時に杏ちゃんから連絡が入り、「もう新政府軍の攻撃が始まる」という

  • 沢嶋が彼女たちに別れを告げようとすると、女子のひとりが鶴ヶ城から揚がる凧を見つける(実話らしい)

  • 凧を揚げることによって、新政府軍を驚かし、まだまだ会津は健在なりと示したようで、それを見た彼女たちも「会津はまだ戦える」とうなづき合う

  • いやあ、不思議なことにこの場面が泣けたなあ

  • 「未来」を知っている者、「結末」を知っている者の目からすれば、まだ戦えるわけなんてないんだけど、けれども、当時は実際にそう思った人は少なくなかったのではないかなあ

  • 『八重』では、ユキも城外から凧揚げを見て、脳天気なくらいに「会津はまだ大丈夫だ」って言っていたけれど、あの心境も今となっては理解できる

  • で、ちょっと脱線するけれど、ユキを演じる剛力彩芽の役どころっていうのは、ただもうとにかく明るければいいということなんじゃなかろうか

  • 物語はじめは少し抜けているくらいに明るい八重だったが、その彼女も段々と戦火に身も心も侵されて行って、明るくいられなくなってしまった

  • それに代わって物語を少しでも明るくさせる存在、というのがユキ(=剛力彩芽)に与えられた使命だと思う

  • だから彼女は、空気が読めないくらいに、無神経なまでに明るく前向きでいればいいのかな、と考えることにし、剛力への評価はかなり上がった(というか、上げることにした)

  • そうなると、官兵衛演じる獅童の演技も、私は器用じゃないなあと思ったが、官兵衛という人物がまさにその不器用さがウリなわけであって、アップにしたら思わず渡辺哲に見えた獅童が、会津・容保を守れなかったことを涙ながらに「情けねえ」と言った瞬間は、たしかに佐川官兵衛という人の愚直さを見事にあらわしていたのではないか、と思うことにした

  • そうして、やがて大敗することになる城に戻る彼女たちの背を映しつづけるところで、沢嶋の撮影は終了

  • けれども、この6人がみな無事で行き抜いたということが字幕で書かれ、フィクションながらもほっと胸をなでおろした

  • いやあ、地味な番組だとは思うが、よくできていて、しかもそれが『八重』の方とストーリー上で交錯しているものだから、よけいに面白く感じられた

  • こういう面白い番組を地道につづけていってほしいものです

明日こそ、『八重の桜』を観るぞ!




*1:前回の『八重』の「八重の桜 紀行」で説明があった。


*2:もちろん、鶴ヶ城開城というタイムリーな話題には違いないんだけど。



編集

先日の参院選の投票率が低かったということを聞いて(ま、そういう予想はしていたけれど)、投票率の上がる方法を考えてみた(思いつき)。

それはズバリ、「マイナス票を選択できるようにする」だ。

通常、投票というものは、「誰それ候補に議員になってほしい」という意思表示を意味するが、その、いわば「信任票」ではなく「不信任票」を選択できるようにすれば、投票率はもっと上がるのではないか。

ひとりの有権者は、信任票/不信任票のいづれかを選択しなければならない。だから、これまでの投票のように「信任票」を選択すれば、それでおしまい。

しかし、巷間でよく耳にする「誰に入れたって同じだよ」とか「どいつもこいつも似たようなやつらで」とか「どうせおれ/わたしの票は死に票だから」などと思っている人たちは、「信任票」ではなく、「不信任票」を選択すればよい。

その行為の意思表示するところはすなわち、「こいつにだけはどうしても議員になってもらいたくない」あるいは「こいつらにだけはどうしても議席を獲得させたくない」だ。

この負のエネルギーは、「選挙に行ってよりよい世の中にしよう」などというお題目よりよっぽど人の心に働くと思う。

職場のみんなで話していて盛り上がるのは、そこにいない人を褒めるときではなく、そこにいない人を貶すときであることを考えれば納得してもらえると思う。

もちろん、誰それを信用して票を投じる人間の方が多いとは思う。しかしその一方で決して看過できない数の人間たちが、「NO」を言いたいがために、そしてその「NO」を突きつけたいがために、「マイナス票」を投じるだろう。

選挙運動は、ネガティブキャンペーンの色合いがより濃くなることだろう。ネット上での盛り上がりは、投票日が近づくにつれ(おそらくは悪い方向にだろうが)加速し、少数勢力にとっても逆転の目が出てくる。うまくいけば組織票に対抗することもできるかもしれない。

これで、事前の世論調査もなかなか測りがたくなるし、午後8時の開票と同時に「ねじれ解消!」の文字がテレビモニターを踊ることもない。

開票のやり方も、少し工夫すれば面白い。まず「プラス票」だけをカウントしていき、それから「マイナス票」をカウントしていき、そのぶんを最後に差し引く。逆算できないように、開票率は表示しない。

特報番組内、かなり優勢に見える候補について、誰かが池上彰に質問する。「もう、この選挙区はこの候補者に決まりそうですね」

そこで池上氏、「いやあ、まだまだわかりませんよ。先々月の舌禍問題を忘れていない有権者は多いはずです」とにやり、とかね。テレビ番組の視聴率もきっと上がることだろう。




ex.














































候補者 得票数 失票数 合計 当落
A
65,000
▲25,000
40,000
-
B
53,000
▲3,000
50,000
C
28,000
▲1,000
27,000
-
D
5,000
▲800
4,200
-
E
2,000
▲3,000
-1,000
-




万が一、こんな選挙システムになったら、私はたぶんマイナス票を選択するだろうなあ。



編集

個人的なメモとして。

トマトを作って2年目になるんだけど、「これほどひどいことになることはそうそうないだろう」っていうレベルでいろいろと問題発生。

まず、買った苗が病気を保有していた。で、それを植えたところ(専門的にいうと圃場)で虫が媒介して感染。かつ、それが新品種だったせいか、薬剤(簡単に言えば農薬)に対して弱く、障害が発生。病気が発症。それが青枯病っていうトマトの中で最凶の病気だということが判明して、そもそも同じ病気が去年の後半に発生していたというのに、そのときは診断の見立て違いをしていたらしく、そのせいで今年という1年を棒に振ったわけだ。

まあそんな中でも死なない苗というのも何本かあって、そこから数個というレベルでトマトを穫ったのだが、それがまた形が悪い。形が悪い野菜の方がいい、という人もいるけど、形が悪いのにはそれなりの理由(おもに栽培技術の欠如)があるからで、そこを理解すると、やっぱり形のきれいな野菜の方がいい、と私は思う。まあ、「いい」と「おいしい」はまた違うし、そもそも「おいしい」は絶対的なものではない、というのが持論だけど。

ただ、きょう穫ってきた形の悪いトマトを食べてみたら、去年と較べて甘くておいしかった。でもこの甘さが、品種由来(去年とは違うもの)なのか、あるいは水分を切らし気味にしている栽培方法に由来するものなのかは、はっぎり言っで、わがんね。

わだくすの勉強不足というこども多々あろうとは思うのだけんじょ、農作物っつうのはいろんな要素からできあがっでいるもんでがし、やれ、なんちゃら農法じゃ、ほれ、かんちゃら農法じゃ、っちゅうことでくぐれるもんではねえと、そう思ってるところでがす。



編集

  • 大蔵が本丸の軍事総督に任命されるところから始まる

  • 大蔵は、洋式の軍事調練も学んできたはずだし、日光口の戦いでも善戦、彼岸獅子で包囲突破、そしてなにより着ている服がかっこいいもんね

  • 大蔵は頼母の不在に気づき、藩内の恭順派への弾圧モードを感づかされる

  • 秋月悌次郎は藩内の穏健派だったのかな(もともと頼母と仲よかったし)、八重に頼母が城を逐われたことを報せる

  • 八重、秋月とともに息子を連れた頼母に追いつく

  • 八重が「お逃げになんのがし?」と問うたとき、頼母はすぐには応じなかった

  • ついで、「なじょしてお殿様は頼母様を追い出すんだし」と問うたときに、頼母は「出すぎたことを申すな!」と叱った

  • これは、頼母がまだ容保を主として仰いでいるということをあらわすものであり、容保の意向を推し量ろうとするな、それだけで不敬であるぞ、と戒めたわけだ

  • 私ははっきりと憶えているが、頼母はかつて覚馬にも同様のことを発言していて、それは、覚馬が洋学所かなにかについて容保に建白書かなにかを提出するとかなんとか言っていて(全然はっきりと憶えてねえ!)、そのことについて「出すぎたことを!」と叱責していた

  • 容保を疑う、ということは会津全体を疑うことであり、ひいては、会津に属していてそこから逃れることなど考えもつかない会津藩士およびその家族のアイデンティティーを疑う行為である

  • だから、本来なら不敬とかうんぬんの前に八重の発言は「ありえない」というのが私の感想なのだが、ここはまあ、ドラマとして、八重の心情に重きを置いた脚本となったのだろう

  • 頼母が去り、秋月から頼母が逐われた事情を聞く八重

  • その八重が、恭順策について反射的に「そんな弱腰な!」と否定するところがリアルで面白い

  • で、秋月が「恭順を唱えることの方が、今はむしろ勇気が要んだ」

  • 頼母は会津を出るのだが、「その後、函館戦争に身を投じる」というナレーションがあって、土方とか榎本、そして松平定敬らと一緒になるのだなあ、と感慨を覚える

  • 八重たち女性陣が握り飯を作っているところに竹子たちが戻って来たとの報、喜んで照姫の許へ行くのだが……

  • この前半の場面で、視聴者は知っていても八重が知らないこと(頼母の恭順策主張、頼母の妻子らの自害、竹子の死亡)が、つぎつぎと八重に知らされる

  • 竹子の母が、八重に竹子の最後の言葉を伝えるとき、それを聞く八重の画面向こう側で登勢(大蔵の妻)がいわゆる「ボケ」の状態できれいに涙を落としているのだが、ピントの合っている八重は呆然としつつも落涙しておらず、それはその直後の「戦だがら、立ち止まっではいらんねえ」の台詞にもあらわれている

  • そこへ、砲声

  • 落ちてくるときにヒューッという高音がして、まるで鏑矢のようだ、と書こうと思って、「あれ、鏑矢って高音だと思っていたけど、本当のところはどうなんだろう?」と思い、YouTube を当たると、「上賀茂神社 武射神事 2012」というのが見つかり、その音を聴くと、思いもしないような音で、無理やり表記するのであれば、「ポゥーッ」

  • であるからして、「鏑矢のよう」というのは間違いね

  • 話を戻すと、ヒューッという高音からして今までの大砲と違う、と八重は判断、尚之助も上野戦争で用いられたアームストロング砲だろうと言う

  • アームストロング砲! 実は『日本近代史』にアームストロングについて少し触れた記述があって、そこをちょうど読んだところだったので、奇妙な符合を感じた

  • 1871年(明4)、欧米に派遣された岩倉使節団のうち、副使のひとり大久保利通が、イギリスの工場を視察し、その様子を日本にいる西郷隆盛および吉井友実に手紙にて伝えた

  • 孫引きになるが以下に引用する



「回覧中〔八月ニ九日~一〇月九日〕は段々珍しき見物いたし候。首府ごとに製作場ならざるはなく、そのうち、なかでも盛大なるはリバプール造船所、マンチェスター木綿器械場、グラスゴー製鉄所、グリノック白糖器械、エヂンボロ紙漉器械所、ニューカッスル製鉄所(これはアームストロング氏の建つる所、アームストロング小銃大砲発明の人にして今に存在、同人の案内を以て見るを得)、(以下略)」



坂野潤治『日本近代史』 114p)






  • 薩摩の大久保にとってみれば、「ほら西郷さぁ、あの強か大砲ば作った人ったい」という気持ちだったろう

  • 一方、その最新兵器の威力をまざまざと味わわされている八重たちは、射撃距離を増やすために火薬量を増やして迎撃するが、それがために砲兵たちの位置を悟られた、ということで八重はその場を離れさせられる

  • その際、父の権八は八重に「(幼年兵を率いた八重の指揮について)山本家の名に恥じぬ働きであったと聞く。よくやった」と、淡々と伝えるが、彼は八重の着ている服が三郎のものだと気づいていたのだろうか、などということを考え、そしてこの時点では、三郎のみならず覚馬の生死も定かではないために、「山本家」という言葉が、権八の口調があっさりと聞こえれば聞こえるほど、重く感じられた

  • お殿様の目の前で、八重が咄嗟の機転を利かせて焼玉押さえを実践する

  • そして八重は、女性陣、そして幼年兵を集めて焼玉押さえの講義をし、みなで実施しようというのだが、この話、『八重の桜』が始まってすぐぐらいに、たしかNHK の番宣で少し触れていたことがあった

  • そのときに見た以上に今はリアリティをもって、彼女たちの心境を思い量ってしまうのだが、なんとも辛いものがある

  • 八重はお殿様にも呼ばれ、砲弾の講義を行う

  • そして八重は、幼い頃に容保に救われた話をして、これまた長い長い伏線を回収

  • 八重が容保に進言したことから、城内では、敵の銃弾を拾い集め、それを鋳直して銃弾を作ることになる

  • 二葉、登勢らと談笑しながら銃弾を作る八重を、遠くから眺める権八

  • このカットが面白く、木製の階段と地表とにできた三角形の隙間から権八が覗き見ている感じでもある

  • そして、今度は違う角度からの権八のアップに移るのだが、撮影方法による空間の広さの演出もあるけれど、実際にこのシーンは広く感じるよなあ

  • 八重が鉄砲を学んだことは間違いでなかったかもしれない、と述懐する権八には、「死亡フラグ」という名の死相が見えた

  • 権八の「闇の中でも小さな穴がひとつ開けば、光がひと筋差し込んでくる」という台詞に、子どもの頃の八重が角場*1で鉄砲で射抜かれた的を掲げて月の光を覗いていたシーンが重ねられるのだが、この伏線もすごくないか?

  • 権八と母の遠くからの視線にやっと気づく八重だが、権八は頷くだけで、直接なにかを言うことはしない

  • これまで何度も話に上がっていた小田山からの新政府軍の砲撃はものすごく、そこを奪還しなければならん、ということが砂まみれの地図(リアル!)上で駒を動かしながら決定される

  • 出撃隊の指揮は官兵衛が執ることになる

  • 八重の後ろでは決死の覚悟を歌う兵士たちがいたが、ネット上で見たところ、戦死した出撃隊隊士の懐からは、「八月二十九日*2戦死」という文字と、自分の法号が書かれた紙片が見つかった、というエピソードがあった

  • 官兵衛、容保より刀と酒を賜り、感極まって泣くのだが……このときの獅童の演技についてはなにも言わないでおきます

  • このとき酒を飲み過ぎて官兵衛、早暁の奇襲を実施することができない……って、これってほんとかよ! と思ったけど、どうも本当にあったことらしい

  • 官兵衛の「いっけね、遅刻遅刻~、てへぺろ☆」はもうどうしようもないが、ただ、もし官兵衛が起きられてこの奇襲を一時的に成功させたといったって、おそらく、絶対的な兵力差・火力差を埋めることはできなかったのではないかと思う

  • それにしても、この長命寺の戦いっていうのも、ずいぶんと人が死んだようで、出撃隊を構成するそれぞれの隊の隊長クラスが大勢討ち死にしたようだ

  • 京都では、なんとかして大垣屋が岩倉具視に「管見」を渡すと、その岩倉、休養している覚馬の許へ訪れ、覚馬の見識を絶讃する

  • 城内の士気が下がっていないことを示すために鶴ヶ城内では凧揚げをし、その揚がった凧を、どこかの百姓家で匿ってもらっているユキたちが見る

  • 城内で凧揚げを見ている山川家で、おそらく初めて「咲」の名前が呼ばれたが、この咲を調べてみると、人の生というものは、ときに本当に奇妙なことになるのだな、と思った(詳しくは書かない)

  • そしてついに、鶴ヶ城総攻撃が始まり、2000発とも言われる砲弾が撃ち込まれ始め、女性陣は決死の焼玉押さえを始める

  • そして、八重たちの近くに落ちた砲弾を登勢が駆け寄って濡れ布団で押さえ込み、八重たちに向かって「大丈夫」というように頷いたところで爆発

  • このちょっと安心させてから「ドーン!」っていうのはジャパニーズホラー的な演出で、実際に(本当は登勢が焼玉押さえの失敗で死ぬということは知っていたのに)「おぉっ!」と驚いた

  • 度重なる砲撃のために崩れ落ちた天井から、砲弾を受けぼろぼろになっている鶴ヶ城が見えたところで、今回はおしまい

  • 次回予告で、秋月が走りながら白旗を振っているところを見ているだけで、もう目頭が……

  • まあ、次回がすぐやってくるので書いてしまうが、ちょっと前に中村半次郎(のちの桐野利秋)のことを調べていたときに、その中村が鶴ヶ城開城の際に受け取りの代表をしたということを知った

  • そのお城受け取りのとき、中村は「男泣きに泣いた」そうで、なんだかわかるなあ

  • 中村が泣いたという記述で、司馬遼太郎坂の上の雲』のクライマックスシーン、日本海海戦を思い出した

  • 実は私、かのNHK の3年越しのドラマを第3部だけ見逃しているままなので、ドラマではどう描かれたかわからないのだが、小説内では、日本海海戦東郷平八郎バルチック艦隊を破り、敵の旗艦が白旗を上げていても、まだ砲撃中止の合図を出さず、傍にいた者が泣きながら「長官、武士の情けです!」と叫んだというエピソードを思い出した

  • ……と思ったのだが、本当にそうかと思っていま調べてみると、だいぶ私の記憶と小説の記述は異なっていて、まず、東郷を止めようとしたのは主人公のひとり秋山真之であって、憤怒の表情であったようなのだが、東郷が撃ち方をやめないのもそれなりの理由があって、その部分についてはわりあい淡々と描写されていた

  • それなら勘違いだったか、となおパラパラとページを捲っていると以下の記述が目に止まった



(降伏した第3太平洋艦隊の司令長官ネボガトフらが、日本の連合艦隊の旗艦である三笠にやってくる場面で)

礼服姿のネボガトフ少将とその幕僚たちが三笠の舷側の舷梯をのぼってくるときの情景を、上甲板にいた砲術長の安保清種少佐が生涯わすれられぬ印象として記憶している。

「その悄然たる姿をみて、気の毒というか、涙のにじみ出るのを禁じえなかった。さても戦いとは勝つか死ぬか二つのほかはないと思った」



坂の上の雲(八)』(263p)






  • たぶん私はこの場面と秋山の発言をごっちゃにしていたらしいが、敗者に対する勝者の視線という意味では、幾許かの共通点はあろう

  • まあ、話は戻って、次回の鶴ヶ城の開城がどのように描かれるのかが非常にたのしみである

  • オープニングの終わりの部分、八重が花吹雪の中を駆け、そこからいろいろな人たちの姿が重ね映しされ、それにつれて暗雲が晴れ、広い野原、多くの子どもたちが桃色の傘を順に広げていくシーンがあって、あそこが音楽も含めてものすごく好きなんだけど、もう少しであのシーンが象徴する時代になるのだなあ、とそれを待ち焦がれております

  • なんてことを考えていて、たまたまたNHK による『八重の桜』の公式サイト*3を見ていたら、こんな動画があった

  • 私は、こんな動画を実際の放送で見たことがなかったが、もうこれを観ているだけで、胸が詰まる感じだし、そんな中でも「おいおい、いったい何人が死んだんだよ!」とも言いたくなったし、しかも、これからも八重たちの辛い日々はつづくのね、と多少げんなりし、そして最後に、おお、オダギリジョーってそういえばいたなあ、と思い出しましたよ

  • そして、きょう土曜日の23:40の『タイムスクープハンター』では、『八重の桜』とのコラボレーションということで、鶴ヶ城籠城戦の内部をスクープするという!

  • 「八重の桜」と「タイムスクープハンター」2つの番組が夢のコラボ! - 『八重の桜』公式サイト

  • というわけで、2日連続で「鶴ヶ城開城」のシーンが描かれるということで、興味のある方はぜひ!(私もたぶん観ます)



*1:いつも「かくば」って言っているけれど、どういう字なんだろうと思ってやっと調べた。


*2:出撃当日。


*3:あまちゃん』のサイトと較べればあまり閲覧もされていないのかもしれないが、かなりよくできていると思う。



このページのトップヘ