とはいえ、わからないでもない

2013年07月

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これまでゆるやかに断絶を図っていたツイッターと当ブログ。

もともとは、ツイッターにブログ更新情報を掲載していたのだが、あるとき、高校生らしいユーザーから偶然にフォローされて、そのテンションの高さに、「あ、この人に自分のブログを読んでもらって、ヘンなリアクションがあっても怖いな」と思ったことがあり、ツイッターにブログ情報を掲載しなくなった(なお、そのユーザーはすぐに私をアンフォロー*1した)。もともと、ツイッター上に自分のブログ更新情報を載せることに私自身が疑問を持っていた*2ので、特段、困ることはなかった。

で、今回完全にアカウントを削除しようと思ったきっかけはふたつあって、ひとつは、リアル知り合いのユーザーのひとりがほぼ完全に沈黙してしまったこと。もちろんメールアドレスを知っているので連絡を取ることはできるが、ツイッター上でのやりとりはもうないのかなあ。

もうひとつは、ちょっと曖昧にしておくが、ある方がツイッター以外でも情報発信を再開されたということ。

とまあ、それだけじゃないのかもしれないけれど、身軽にしたいという思いが最近強くなってきたので、この際、もういいかなあと思って削除した。

ただ、私の使用方法は一般的なものではないみたいで、「ピーチクパーチク」という本来の英語の意味の「tweet」というよりは、日本語訳された「つぶやく」の意味のそれがほとんどだったと思う。

リツイートをいっぱいしたり、互いに会話したり、とかの方が普通なのかも。そこらへんはよくわからない。わからないぶん、巷間でよく聞かれる「ツイッターはバカ発見器!」みたいな罵倒にもいまいちピンとこなかった。まあツールというのは、なにごとも使いようだからね。

別に「だんしゃり」的なやつじゃない。いつも例に挙げるわりにはどんどんとうろ覚えになっていく話なんだけど、漱石か龍之介か鴎外か、とにかく明治の作家(アバウト!)が、ある日、友人を訪ねたんだと。

汽車に乗り、駅(当時は「ステエション」とか言ったのかな)に降りてからは、周りの景色なんかを見渡しながらゆっくりと散歩がてらに歩きに歩いて、たしか澁谷村だったと思うんだけど、そこに住んでいる友人宅にやっと着くと、そこの家の人が「いま出かけていないんです」と言う。そうですか、(訪れるという)葉書は出したのだったがなあ、と嘆息はするものの、まあまた今度来ますよと言ってまた同じ道のりを時間をかけて帰った、というただそれだけの随筆だったと思うのだが、その時間のゆるやかさに感激したことがあって、いまだにそういう時間を過ごしたいものだと思っている。

携帯電話を持たないと決めたのも、上のような時代や文化へのややふざけた憧憬みたいなものがもとだし、その悪ふざけが高じて「田舎暮らし」までしているというのに、いろいろとアンテナを伸ばしてアクセクしてどうすんの、っていうツッコミが私自身に働き、とりあえず身近なもので過剰と思われるものを省こうかな、と。

それで、余った時間をつかって本を読んだりして、ときには、葉書を出してから誰かのところに会いに行ってもいいな。返事なしの状態でね。



最終的なデータとして、




  • 総ツイート数: 3282

  • 活動日数: 881日*3

  • 頻度: 3.7回/日

というようだが、これが多いんだか少ないんだか。よくわからない。

そうそう、最後のツイートは、「バイバイ!」でした。バイバイ!



*1:リムーブって言い方の方が正しいの?


*2:これはあくまでも自分のブログについての話であって、他人のことをとやかく言っての話ではない。


*3:開始日が2011/2/18みたい。大震災のひと月前だったんだなあ。



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まだ、28回の「自慢の娘」を観ていないっていうのに、NHK では宣伝で次週の『八重の桜』の予告CF を流してしまうんだもんな。

次回は「鶴ヶ城開城」と題して、会津戦争終結を謳っていたのだが、今回のドラマの特に東北戦争のあたりを観ていて、自分がかなり会津に肩入れしてしまっているなあ、と感じる。

それはかつてどこかの感想のところに書いたが、このドラマを福島県あるいは東北のどこかに在住しながら観ていれば、その「肩入れ」の度合いはもっと深まったことだろう。

『八重の桜』関連で調べものをして、かなり早い段階で、こんな記事を見つけていた。



'08年のTBS の歴史クイズ番組で、こういう出題がなされたという。




明治元年戊辰戦争の際、会津若松城に籠城した人たちが城を明け渡した、とんでもない理由とは?




その番組での正解は、




糞尿が城にたまり、その不衛生さから




というのだから、これで会津の人たちは怒り、会津若松市長が抗議のメールをTBS に送ったという。で、結局この正解は学会の定説とはいえなかったようで、TBS は謝罪放送をしたらしい。

まあ、当たり前だろうなあ、とは思う。ただ、これって140年近く前の話であり、当事者(会津若松市民)以外からすれば、ちょっと遠い時代の人たちの話、という気はする。この問題が発生したのは、記事の年月日をみればわかるけれど2009年のことで、『八重の桜』はもちろんまだ放送されていない。だから、その当時にとってはなおさら「遠かった」のだろうなあという気がする。だからこそTBS は、「関係者はいない」という感覚から、面白おかしく問題作成をしたのだと思うが、当事者たちにとってみれば、全然そんなことはなかったということなのだ。

この話は、いわゆる「歴史認識」の問題に属するのではないか、と思う。

「敗れた者たち」「踏みにじられた者たち」から見た「歴史」と、「勝利した者たち」「踏みにじった者たち」から見た「歴史」とは、やはり異なる*1

以下は、これを踏まえての与太話。

きょう、参院選の予想が報道され、自民・公明は優勢らしい。思うけど、こういう情報って要るのかね? こういう報道を知って「あ、じゃあおれ(投票に)行かないわ」って人間が出て喜ぶのは誰なんだろうってことを思うと、なおさらね。こういうのを私は間接的なステマだと思っている。本気で。

まあそれは今回は置いておくとして、来週の『八重の桜』の放送(7/21)は、参院選の開票速報放送のため、放送時間の繰り上げが行われるというのだが、その『八重』の放送内容が「ついに降伏」というもので、本来の枠で放送されるのが、下の人たちの喜色満面だと思うと、なんだか象徴的だなあ、と。




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山口県選出






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大久保利通の子孫




繰り返し予防線を張っておくが、これはほんの与太話。「じゃあ『会津の人たち』が誰にあたるのか」とか妙な穿鑿はしないでね。



*1:似たような話として、サントリーの社長が東北を「熊襲」呼ばわりした事件も思い出される。このせいで私はサントリーという会社に対していい感情を持っていない。



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梅雨が過ぎたので、今年はついに見かけなかったなあ、と思っていたムカデが出現。もちろん自宅内での話。

さっき、上半身裸でうたた寝していてら、みごと右脇腹を咬まれたらしく、疼痛からじんわりと目醒め、あれ? 痛い? うん、痛てててて……とつぶやきながら身を起こすと、足の異常に多く細長いやつが、やれ逃げろほれ逃げろと駆け出すところだったので、うわっ! と大声を出しつつも、放っておいたらわが家の優秀な警備員2匹が吉良吉影のシアーハートアタックみたいに自動追跡を始めてしまうために、「南無三!」という昭和の掛け声とともに、猫トイレから散らばった猫砂なんかを片付けるために壁に掛けてあった小さな箒で細長野郎をささっとちりとりに収め、そのままトイレの便器にシュート。

やれやれだぜ、と思ったものの、あれ? あれ?? あれ??? 右脇腹がまだ痛いよ

さっきまでは鈍痛というか、「もしかしたら痛みがあるのかな」程度だったのが、だんだんきちんとした痛みになってくる。足の小指を柱なんかにガンとぶつけたりすると、その瞬間は「もう殺して!」ってくらいに痛くてぴょんぴょん跳ねたりするけれど、そのうちにその痛みが退いてきて、3分くらいすれば「あー、やっぱり殺してもらわなくてよかった」と思うのだが、この痛みは全然弱まらない。むしろ、痛みが増してくる。

見ると、痛みのスポットに赤い点がぽつんとあったのが、徐々にその赤みが広がっていって蚊や虻に刺されたときのように腫れてきた。

痛い。ムカデには毒があると言うけれど、その言葉がきょう初めて実感された。

キーボードをバシバシ叩いて、グーグルとかいう横文字の人にムカデの毒について調べさせると、「毒は指なんかで押し出すとよい」みたいな記述を見つけてくれたので、さっそく両の親指の爪を使ってギュギュギュギュギュ-ッと刺咬箇所を押し絞ってみたら……痛でででで。痛ぇーよっ! 誰に怒りをぶつけるわけでもないのだが、弱小野球部のように「とりあえず声出していこー!」みたいなノリになっちゃうのも、この痛みだったら仕方ない。で、さきほどの「押し出せ」というアドバイスを教えてくださった、とってもありがたいサイトを再検してみるに、「押し出すとよい」のあとに、「でも、それほど猛毒じゃないから、ムリにしなくてもいいよ」とあって、そりゃあそうだよ、と赤く腫れ上がっているところがさらに赤くなってしまったのを見て、納得した。

「ムヒねーか、ムヒ」とまるでステマのように探しものをしてみたが、たしか仕事場の方に置きっぱなしにしていることを思い出し、ぐぐぐと老犬のように唸り、そこでふと、「あ、ムヒの新しいロゴって、明治のロゴにクリソツなんだよな」ということを思い出しので、ちょうどいいから、ここに比較画像をアップしようと、「ムヒ ロゴ」で画像検索してみたら、もうその時点で、ムヒと明治のロゴを比較するページがばかばかと表示されたので、あらためて私が比較検討罵倒等々をする必要もないので、どうかみなさんもGoogle で、「ムヒ ロゴ」で画像検索してみてくださいな。

いま、咬まれてから3時間くらい経ってやっと痛みがほぼ消えかけている。だいぶ毒強いな。

ムカデというのは、「つがい」でいるというのはよく聞かれることで、これが迷信だと思っていたら、1匹発見してからそれほど経たないうちにもう1匹発見、ということはこれまでにも何回もあった。もちろんそれらが正確に「めおと」であるかどうかは別として。

となると、やっぱり近いうちにもう一匹が天井から落ちてくるのだろうか……と書いていたら、耕治人の『天井から降る哀しい音』を思い出した。




屋根裏に果つる百足はもう鳴かぬ

つまもとめ むかでふる音いとかなし




私の文章なんて、だいたいが稚拙な句の詞書のようなもの。



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きょう(本当はきのう)は週に1度の半休の日だったので、昼寝拡大版(いつもより多く寝ております!)をしたあと、本を読んだり録画したテレビ番組を観ていたりした。

きょうの午前中には近所でおつきあいしている女性が娘さんをつれてやってきて、「暑いから桃でもいかが」と紀北ブランドの桃の箱詰めを持って来てくれてどうにも驚いた。自宅用に取っておいた完熟のトマトを5~6個ほど包んでお渡ししたが、金額的に全然お返しになっていないので心苦しいほど。

この方のほかに、日頃おつきあいしている女性(奥様方)は3人ばかりいて、まあみなさん、よくはしてくれるのだが、そのつきあい方というのはやっぱり人それぞれで、あっさりした人から、ねちっこい人までいる。執着心の強い人と話すのは嫌なのだが、どうしても仕方なく話さなければならないときは、物理的な距離をあけ、後退しつつしゃべるようにしている。それでも向こうはお構いなしに「あの人は好かないわ」とか「この人のこういうところが気に入らないの」などと陰口(本人はそれと意識していないのだろうけれど)を叩き、貶す。あんまりそういうのは好きじゃないのだよ、僕ァ。

……とでも書くと、あまり事情を知らない人のうちには、私のミスリード(mislead)にミスリード(misread)する場合もあって、「この男はずいぶんと色男なんだなあ」と思ってくれるのかもしれないが、奥様方は奥様方なんだけれど、みなさん70も半ばを超えてらっしゃる方ばかりで、だからといってそのことが私が色男だということを特段否定する理由にもならなくて、なくて七癖あって四十八癖。

それで思い出した、(全然関係ないんだけど)近頃腹が立ったこと。

先日のことだがとある会議に出席して、あるイベントの開催日を土曜日にするかはたまた日曜日にするかということになり、私は前年のそのイベントの議事録を持ち出して、「去年の反省会では、日曜の方がいいという結論が出ていましたね」と意見したのだが、もういいお年の議長が、「いや、それでも毎年土曜日で開催してきたのだから、やっぱり今年も土曜日にしよう」ということになってしまい、私は「だったらこんな会議なんかする必要ねーじゃねーか、こっちは仕事時間を減らして出席してんのに、そんなアホな手間とらせんな、くそが!」などと発言することもなく、「ああそうですか」と頷くにとどめておいた。

で、次回会議の開催日を確認する段になって、たとえばそれが毎月の最終日曜日だとして、ある出席者が「その日は出席できそうにない」と言ったので、私が「別に会議をその日にこだわることはないんだから、前後の曜日にずらせばいいんじゃないですか。土曜でも月曜でも」とフォローしたら、また議長が、「いや、この会議はずっと日曜でやってきたんだから、土曜月曜はやめておこう。その前の週の日曜はどう?」と発言したので、やっぱり私は「ああそうですか」にとどめておいた。

年を取れば頑固になる、とは本当によく耳にする言説だが、これほどまでだと他人はついていけないよなあ。それくらい、前例を気にする人というのはわりと多くて、前例病っていう病気なのかな、とも思ってしまう。まあそうとでも思わない限り、こっちが参ってしまうので。



それはともかく、きょうの話に戻る。

午前中の仕事が終わって、「よーし、きょうはもうおしまいだぞー」という気合を以て車を駆り、近所のホームセンターで蚊取り線香と扇風機とを買った。

私はこの歳になるまで蚊取り線香というものをほとんど使ったことがなかったのだが、窓を開けて寝たりするためにどうしても夜中に蚊に悩まされることになり、近頃使い始めている。

たしかにこれを使うと、蚊がいなくなるように感じるのだが、この線香の匂いをどうしたものかと思うようになった。特に嫌いというわけでもないのだが、髪の毛にこの匂いが染み付いていたりすると、少し気分が落ち込む。決して明るい雰囲気を連想させる香りではないため。

そこで、ラジオCM で流れていた某メーカーの「森の香りのする」という形容詞がついたものを購入したというわけで、さっそく、さきほど点火して香りを嗅いでみたのだが……うん、森の香りのする線香の香りがするね。

わが家にはエアコンがなく、今までなんとかそれで凌いできたのだが、この夏の予想される暑さに今からうんざりとしてしまい、奮発して購入したのが扇風機(広告の品)。

で、さっそく家の中で組み立てて電源をオンにしたところで、ちょうど雷雨。

関西でもこのあいだに梅雨明けしたってことになっているけれども、実はここ3日間でそれなりに強い雨がときおり降っていて、やっぱり雨降りになると気温が下がり寒くなってきたので、早々に電源オフ。その恩恵にはまだ与れていない。

日頃は暑い暑いと私に近づきもしなくなった猫たちも、涼しいためかきょうはなんとなく擦り寄ってきて、ごろんと横になったりしている。

こちらがなにかしゃべりかけると、半分は無視し、半分は「ナーオ?」と答える。その応じ方の気まぐれさが猫の魅力なのであり、これが論理的になってしまい、ある一定条件を満たせば必ずこれこれの対応をする、というふうになってしまったらまったくつまらないんだよな。




四つ足で喃語のままの愛らしさ





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  • 古川春英らが日新館に火をつけ、鶴ヶ城に入城というのだが、動けぬ者たちは自害したというのがいきなり壮絶で、「今回も甘くないよ」の予感たっぷり

  • 城に入ることのできず、他に逃げる場所を探したユキたちだが、会津の者を匿うことによってお咎めを受けることを恐れ、泊めてもらえない

  • 八重は健次郎らをつれて夜襲、目の前にある薩摩兵たちを次々と狙撃していくのだが、眼の前で血を流しながら倒れていく兵士を見て、はるか昔、父の権八の戒めを思い出す

  • 作家のカート・ヴォネガットが、そのエッセイだかに、自分はせめて陸軍歩兵であったことを誇りに思っているというようなことを書いていた

  • 正しく記憶していないので、ちょっと誤解を受けるような文章に見えるが、要するに、高いところから爆弾を落としたり機銃掃射をしたりして、人間をそれとは認識せずに殺してしまうような空軍兵士ではなく、相手の顔を見て戦った陸軍歩兵の方がまだ人間的であった、というニュアンスだったように記憶している

  • もちろんヴォネガットは戦争批判者であるのだが、実際に戦争に参加した人間の声として、「面と向かい合って殺し合うのであれば、大量殺戮ということは起きないのではないか」という(やや皮肉が込められている)意見は傾聴に値すると思う

  • 八重が、血まみれの兵士を前にして引き金を引くことをためらった場面を観ながら、そんなことを思い出した

  • 黒河内先生、再び登場し、八重らを助ける

  • この場面の六平直政の特殊メイク(?)がものすごくよくできていて、右目を囲むようにしてできた青あざが、六平自身の目の腫れぼったさと相俟って、迫真の演技を後押し(で、死亡した様子)

  • ここで、やっとオープニングですよ(なんという重たいプロローグ!)

  • 城内の女性陣のうち、二葉(市川実日子)は登城の混乱の際、子どもとはぐれてしまったために虚脱している

  • それを母の秋吉久美子が、「家老の家の者が率先して働かんでなじょする?」と叱るのは、ノブレス・オブリージュの好例と言えよう(ただし、あくまでもドラマ内のことであり、実際はどうだったかはわからない)

  • 一方、越後街道の萱野権兵衛(柳沢慎吾)の許には、中野竹子らのなぎなた隊が戦いに参加させよと志願

  • 城内では頼母、平馬、尚之助らが軍議、とにかく絶望的に兵力・武器が足りないということに憤慨しているところへ、官兵衛もやってくる

  • このとき、平馬が土佐・内蔵助の死を伝える際に、「腹をお召しになった」というような言い方をせず、「今はもうおられぬ」という言い方をしていたのがよかった

  • 春英・八重らが奮闘する城内の治療所は蜂の巣をつついたような騒ぎ

  • 鶴ヶ城にも散り散りになった兵たちが集まりつつあったが、新政府軍も続々と集結し、会津を包囲

  • 現在読んでいる坂野潤治『日本近代史』には、1868年8月20日に会津総攻撃を開始した時点での新政府軍の兵数は約2,000で、会津が籠城をしているあいだに米沢藩・仙台藩を説得・降伏させ、さらに両藩の兵士を会津攻撃に参加させたので、包囲軍の兵数は約30,000にまで増えたということが記述してある(102p)

  • 会津の方の兵数はわからないが(書いてあったのかもしれないけど)、ドラマ中でも「援軍として200人を出す」みたいな表現があることから、よっぽど少なかったのだろうと推測される

  • 場面変わって、竹子らのなぎなた隊が戦闘に参加、これは女性うんぬんというより、近接戦闘 vs 遠距離戦闘、あるいは前近代兵器 vs 近代兵器の差により、勝ち目がないということは明らか(それは竹子自身も劇中に言明している)

  • だが、ここを抜かなければ城に戻れぬということで、やはり決死の覚悟であったのだろうなあ

  • 竹子、腹に銃弾を受けて死亡し、その母が介錯しようとするものの、戦闘が激しくなったせいで、髪を切るだけに済ます(実際には首級を取ったみたいだが)

  • 黒木メイサ、死ぬ際に寄り目になったりして、きちんと演技していて偉かった(当たり前だけどね)

  • はぐれてしまった修理の妻、雪は捕縛される

  • 新政府軍に火薬庫が破壊され、さらに会津ピンチ

  • ここで頼母、容保に降伏を促すが、平馬・官兵衛ら主戦派の激しい抵抗に合い、かつ、無精髭を生やしその双眸に狂気を宿しつつある容保にも、恭順の策を否定される

  • この容保の存在感を見るに、役者綾野剛は、本当にこのドラマの中で成長していっているなあと痛感(ただし他のドラマでどうなるかは、また別物)

  • 捕えられた雪は、助命を申し出た土佐藩士に、反対に脇差を拝借してくれるよう頼み、そして自害する

  • 自害することを知って脇差を貸す土佐藩士が、その場を去る際に軽く頭を下げるのは「武士の情け」でもあり、また「敵ながら、そして女性ながら*1あっぱれ」という敬意を示したものなんだろう

  • 雪、自害する場面で修理の名を呼ぶが、実際にはどうだったかは知らないけど、劇中でふたりはほとんど一緒だったことがないはずで、そう思うと、ますます哀れなのだ

  • 夜、城内を巡回する八重が、頼母に出くわす

  • 頼母の、「敗軍の将は腹を切らねばならぬが、死んだ者たちの無念が肩や背に重くのしかかり、腹を切らせない」というのはすごく納得できる台詞

  • 死ぬことは美しく、生きることは「生き恥をさらす」といって疎んじられた時代に、その醜い方を選択する、と頼母は宣言したわけだ

  • 部隊を率いて会津に戻って来た山川大蔵が、彼岸獅子の舞を利用して包囲を突破!

  • この逸話、実際にあったこととしては洒落すぎていて、できすぎているように感じる(でも、史実らしい)

  • 実際の史料なんかで読んでみたいと思っていたら、会津若松市のサイトにそれらしい記述を見つけた

  • 北会津小松彼岸獅子 - 会津若松市

  • これによれば、舞に参加した小松村の村人たちはやはり決死の覚悟だったらしく、「家族や(他の)村人と水杯を酌み交わした」とある

  • しかし、この大蔵隊を迎え入れた会津の人間たちは、まさに快哉を叫んだことだろうなあ、私もここ数回でひさしぶりに「おお!」と喜びました

  • 一方、頼母は容保に直談判するのだが、恭順策はやはり容れられず、どころか、越後街道への使者を命じられる

  • 「殿は、この頼母にっ、会津を去れとお命じなされまするか!」という頼母の台詞、「この頼母にっ」の語気を強めるところで、白い息も映ったのだが、どういう状況で撮影されたのだろうか

  • 劇中での時間設定は8月下旬だから、「白い息」はヘンだよなあと思っていたら、この「8月下旬」というのは旧暦のことであり、グレゴリオ暦では、10月初旬のようなので、会津で白い息ということは実際にありうる話なのだと思う

  • ということは、撮影が行われたであろう5月~6月(それより前ってことはないと思うのだが)に、わざとスタジオ(?)を冷房で冷やして撮影したのではないかと思ったのだが、どうでしょうか

  • しかしまあ、あいかわらずの陰影の美しさが臨場感を際立たせている

  • 帰城した大蔵を妻の登勢が迎え、彼女を抱きしめる大蔵に、周りの人間がちょっと驚いた様子で笑うのだが、これは洋行帰りの大蔵の振る舞いがこの時代の日本ではまだ慣れたものではなかったということを示す、細かい演出なのだろう

  • その場に八重もやってきて、彼岸獅子に扮した連中が、かつて八重や尚之助、大蔵たちの前で揉め事を起こした連中だと気づき、そこでやっと鈍い視聴者の代表たる私も、「ああ、あの場面の!」と気づいた次第だが、伏線の張り方がすげえ!

  • 獅子を舞った者の台詞に「小松村」の名前も含まれていて、こういう細かいリアリティが『八重の桜』の重みを支えている

  • ちなみに、雪に脇差を貸与した人物(吉松速之助)が登場する際にも、隣にいた者から「吉松さま」と呼ばれるところがあって、雪の死についてネットで調べた後にこの場面を見たとき、劇内としては唐突な呼びかけに「そういうことだったのか」と納得した

  • 八重の「お帰りなんしょ」に、大蔵が笑顔で「はい」と答えるのだが、この笑顔が、今回のドラマ(多くの人たちが死にましたが)の中で一番よかったところ

  • もう、玉鉄のこの笑顔ってなんなの!?

  • 前から書いているけど玉鉄の笑顔って、本当に不器用な人間が一所懸命笑っているって感じで、これを見せられるたびに、毎回毎回せつなくなる

  • 男の私ですらそうなのだから、女性はもっと強く感じるのかも

  • で、八重の視線はただの幼馴染に向けられたものなんだけど、大蔵のそれは、やっぱり愛する人へのものなんだよねえ

  • そのことが、見つめる時間の長さの違いできちんと表現されていて、八重がわりあい簡単に視線を外してしまうところなんかもつれなくて、それでもあの笑顔で、しかもいやらしくなくそっと見つめつづける玉鉄が好きですよ

  • ということで、今回のタイトルにサブタイトルもくっつけると、「包囲網を突破せよ ~大蔵の笑顔~」となる



*1:こう書くと「女性蔑視!」みたいに思う人もいるのかもしれないけど、(面倒なので)特にエクスキューズは設けない。



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最近はやっとこさ念願の昼寝時間を確保できるようになったので、体力十分と言いたいところなんだけど、日々の暑さが尋常じゃないらしく、毎年恒例の夏バテも私の身を訪い始めたので、なんだかもう、ねぶたくてねぶたくて。

そんな中、先週、ジャンプで『スケットダンス』が終わった。自分でもびっくりするくらい感動しなかった。きっと、これが2年とか3年前くらいに最終回になっていたら、そんなことはなかったと思う。じゃあ2年、3年前のどういうあたりで終わればよかったの、と問われても一切答えることができず、つまりそこらへんから興味が失せてしまったのです。

今まで、「ジャンプやめどき間違えマンガ」として、



の二強が私の中で揺るがない地位を獲得していたのだが、新たに『スケダン』が加わることになり、これで三強となりました。めでたしめでたし。

しかもこの3作、どれも私が連載初回から推していたマンガなんだけどねえ。これらは(アイシールドは、評価の割には、最初の方のコミック売上がそれほどだった、という記憶がある)一般的にはそれほど人気もなく、打ち切られそうな雰囲気になったことも一再ならずというところであったが、それが熱心なファンのおかげか、徐々に人気を博すようになり、そして不必要に話をだらだらと永らえさせ、しまりのないエンディングを用意してくれて、信者めいたファンならともかく、心あるファンたちを失望させてくれたのだった、なんて書くとまたどこかから罵倒コメントをいただいてしまうのでやめておくが、とにかくまあ、『スケットダンス』というマンガが32巻つづける必要があったのかということは、マンガをただのビジネスコンテンツとしてとらえるのでなく、ひとつの作品としてとらえる場合は、よく考えなければならないのだと思う。

公平にいえば、面白いから長くつづけろ、つまらないからやめろ、という話なのではない。長篇が似つかわしい作品かどうか、ということを言いたいだけなのだが、これもいろいろと反論をぶつけられそうだし、「『こち亀』が185巻(?)も出ているけれど、じゃああれは長篇に似つかわしいのか」みたいなことを言われたって、こっちは「そんなわけないじゃん」としか言えなく、もうひとことだけ添えることを許してもらえるのなら、「惰性でしょ」ってこと。

特に集英社はメディアミックスという手法を積極的に採っているわけで、いったんアニメ化が始まっちゃったりすれば、いろいろとそのキャラクターグッズなりなんなりも生産されたりして、関わる人間やカネの規模が爆発的に大きくなって、「作品の質がどうだとか、そんな青臭えこと言ってんじゃねえよ」みたいなのが営業の現場の声なんじゃないのかな。

そういう「売れれば正義」の潮流に向かって、投げる石つぶてなんて持っていない私は、「あーあ」ってうんざりしているだけなんだと思う、たぶん。

スケットダンス』についてもう少し言及すると、ボッスンたちが3年になった時点で、あとはもう省略法を使って時間を飛ばし、スイッチをしゃべらせて卒業させればよかったのだと思う。これは冗談じゃなくて、本当にそう思っている。

彼らが3年になってから登場した新キャラたちなんて、ひとりも愛着が湧かなかったし、その頃にはまったく目を通さない週だってあった。スイッチがしゃべる直前のクエスト(?)だって、よく読んでいない。この「愛着の湧かなさ」って、『カーネーション』で主役の糸子をずっと尾野真千子がやっていたのに、突然夏木マリに代わってしまったときの感覚と非常に似ている。

あと、終盤は絵が荒れたように感じたなあ。これは気のせいかもしれないけどね。



……などというのは、結局は個人の好みの問題であって殊更強く主張すべきものでもないんだけれど、この1年くらいで私も何度か触れている「連載が長くつづくほど作品の持つテンションや緻密さが緩慢になっていく現象」は、多くの人たちが一考はすべきなんじゃないかなあ。作家や作品を盲信することも大事だけれど、ときには「ん?」と疑念を持つことは大事。世に「マンガ好き」という人は多いけれど(私は違う)、そういう人たちこそ、「まあ、マンガだからいいじゃん」みたいな意見を有してはいないだろうか。

私は、優れたマンガは、優れた小説・優れた映画・優れた音楽・優れた絵画・優れた演劇・その他すぐれた藝術作品と比肩しうると本気で信じているし、実際にそういう作品を知っている。

あともうひとつだけ。

たしか『まんが道』で主人公たち藤子不二雄は、手塚治虫にマンガ以外を勉強しろ、みたいなアドバイスを受けていたんじゃないか(かなりうろ覚え)。

で、満賀道雄才野茂は映画をいっぱい観に行くんだけど、今のジャンプの漫画家たちって、いったい何を観たり読んだり聴いたりして育ってきたのか、非常に興味がある。よくデビュー時に「好きな漫画: スラムダンク、ワンピース、ナルト」みたいに書かれたプロフィール欄があるけれど、まさかあれで全部じゃないだろうね、と。



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きょう、はじめてこのぶろぐをよむきみたちへ


これは、きみたちのぶろぐです

いろいろのことが ここにはかきつけてある

このなかの どれか ひとつふたつは

すぐきょう きみたちのくらしにやくだち

やがて こころのそこふかくしずんで

いつか きみたちのくらしかたをかえてしまう

そんなふうな

これは きみたちのぶろぐです





上の文章が、『暮しの手帖』のコピペだとわかった大人の方は……


帰ってください。しっしっ!





『ぽんぽこ』をみおえた、ぼくたち/わたしたちへ


みなさん、じぶりの『ぽんぽこ』はどうでしたか? おもしろかったですか?

いずみやしげるだぬきは、あいかわらず、こえがきこえづらかったよね。それをもし「あじ」だとおもっているのだとしたら、とんでもないおもいちがいだよね。

ののむらまことだぬきは、「おれはじぶりのえいがで、しゅえんのこえをやったことがあるんだぜ。うきうきうぉっちんぐ」っていっしょういいつづけるんだろうね。やだね。

あのえいがは、さいしょはいいんだけど、どうしてもなかだるみがあるよね。すとーりーのきゅうしんりょくがないのは、たぶん「かっと」をなれーしょんでつなぐしゅほうをとっているからなんだろうね。すべてせつめいぜりふにかんじてしまうんだ。

あとなんといっても、あのあとあじのわるさね。じぶりは、もっとたんじゅんなはっぴーえんどであればいいんだよ。



でも、なれーしょんそのものはよかったでしょ?

あのなれーしょんはね、「ここんていしんちょう」という、らくごのめいじんによるものなのです。

らくごってしってる? しらない? じゃあさ、ちかくにおじいちゃんかおばあちゃんいる?

いたら、そのどっちかにね、「おじいちゃーん/おばあちゃーん、しんちょうのらくごをききたーい!」っていってごらん。

さらに、たたみかけるように、「でぃーぶいでぃーが、じょうげかんでてるみたいだよー」とおしえてあげよう。






落語研究会 古今亭志ん朝 全集 下 [DVD]

落語研究会 古今亭志ん朝 全集 下 [DVD]




これはね、ただのらくごぜんしゅうじゃないんだよ。もしきみのおうちでこれをかったら、これは「かほう」になる。おじさん(このぶろぐをかいているひとだよ)がほしょうする。

しんちょうというひとは、もともとえいぞうをのこすことにはんたいだったって、おじさんはきいていたんだ。しんちょうのそっきぼんだったか、なにかわすれたけど、それにかいていたんだよ。

だから、しんちょうのえいぞうは、そのなくなったあともきっとでないだろうってことになっていた。

おじさんは、2008ねんの3がつに「もんてぃ・ぱいそん」のでぃーぶいでぃーぼっくすをかったんだ。これだって、けっこうなかいものだったけど、でぃーぶいでぃーでかいたいものなんて、ほかにはなかったし、「えいきゅうほぞんばん」だとおもえばってことで、きよみずのぶたいからじゃんぷだうんするつもりで、かったんだよ。

ところがだ!

それをかったちょくご、2008ねんの3がつのすえあたりに、このしんちょうのでぃーぶいでぃーがはつばいされたんだ。ねだんをみてくれよ、じょうげかんで、1かんが、ていかで3まん2せんえんする。つまり2ほんで、6まん4せんえんする。ふざけんなよ! そんなの買えるかよ。2本で3万ってんなら、まだ考えないこともないけどさ。……って、いまアマゾンみてみたら、収録されている演目がすげえよ。「文七元結」('97)、「火焔太鼓」('98)、「五人廻し」('96)、「百年目」('94)、「二番煎じ」('91)、「ぬけ雀」('92)、「四段目」('90)、「大工調べ」('89)、「宿屋の富」('86)、「浜野矩随」('85)、「愛宕山」('87)、「酢豆腐」('85)、「三方一両損」('88)、「寝床」('84)、「鰻の幇間」('84)、「夢金」('86)、「大山詣り」('84)、「子別れ・下」('82)、「品川心中」('80)、「反魂香」('79)、「口入屋」('76)、「井戸の茶碗」('75)、「火焔太鼓」('73)、「五人廻し」('73)、「抜け雀」('72)、「船徳」('83)、「厩火事」('80)、「芝浜」('80)、「黄金餅」('84)、「三枚起請」('85)、「宋の滝」('86)、「居残り左平時」('85)、「今戸の狐」('88)、「お若伊之助」('88)、「つき馬」('89)、「締め込み」('89)、「お直し」('92)、「冨久」('94)、「もう半分」('88)、「文違い」('93)、「搗屋幸兵衛」('96)、「化物使い」('92)、「柳田格之進」('93)、「唐茄子屋政談」('95)。「妾馬」とか「甲府ぃ」とか他にも観たい演目もあるけどさ、こんなの絶対に永久保存版じゃん。クールジャパンとか寝言ほざいて海外の方しか向いていないやつらは、もっと日本国内のこういう文化が生き延びるすべを考えろよ。DVD 購入者に90% の助成金を出せば、ひとりがこれを6,400円で買えるじゃん。だいたい、『モンティ・パイソン』のDVD ボックスだって、これが出る前じゃ「日本語吹き替え版」は絶対に出ない、テレ東が持っているはずのマスターテープが紛失してしまったから、なんていう噂話が流れていて、しょうがないな、それまでに発売されていたDVD ボックスはもう絶版になっていたから、ヤフオクでバラで集めようかな、なんて思っていたところへ、急に「日本語吹き替え版」も収録されているこのDVD ボックスが発売されたっていう経緯があって、DVD ってのは、ほんとタイミングを間違えるとえらいことになるな、と痛感したのだけれど、タイミングっていえば、DVD というこの媒体にも少し不安が残るわけで、「永久保存版」とはいえ、最終的にそれを再生できるハードが将来なくなってしまえば、当然これは視聴できなくなるってことで、志ん朝にしてもモンティ・パイソンにしても、ただの「邪魔な円盤」に堕してしまう。時代はすでにブルーレイだしさ、いまこのタイミングでこんな高価なDVD ボックスを買っちゃっていいわけ? で、たとえ買ったとしても、5年前に買ったモンティ・パイソンを、忙しくてほとんど見ていない(満足に開けてもいない)というこの状況こそ、一番の問題であって……おいおい、もっと安心できる投資プランはないのかよ!

ハッ!

……とにかくね、これはきみたちにはそうぞうもつかないくらい、たかーいものなんだけど、あんしんしてほしい。おじいちゃん、おばあちゃんのざいりょくなら、なんてことない。かわいいきみたちがおねだりするものだったら、なんでもかってくれるはずだ。

そして、かってもらったら、おじいちゃん/おばあちゃんにこういおう。「ねえ、このしんちょうさんのらくごを、ゆーちゅーぶにあっぷろーどして、にほんじゅうのひとにみてもらおうよ」

もし「ゆーちゅーぶ」ということばがわからなかったら、「ようつべ」でつうじるかもしれないよ。「にこどう」でもわるくないんだけど、あれ、ろぐいんするのがめんどうで、おじさんはすきじゃないな。こめんとがじゃまだしね。

うまくあっぷろーどができたとしても、「ここんていしんちょう / ぶんしちもっとい」なんてたいとるをつけちゃうと、すぐにそにーにさくじょされちゃうから、だいもくだけにしようね。あと、おじさんがさがしやすくなるために、「やらいちょう」というきーわーどをもりこんでくれるとたすかるよ。

あと、せんだいのやなぎやこさん、かつらべいちょう、そしてせんだいのかつらぶんしがでていたことにもきづいたきみは、そのひとたちのでぃーぶいでぃーもあつめようね。

それじゃあ、「しっくすぽけっと」をもつという、きみたちのむげんのかのうせいをしんじて。

おやすみなさい。





本音


実際にタヌキが周りにいる人間としては、この映画は観ていて苦しい。私の住んでいるところでも、ときどきだが、タヌキが交通事故で死んで道路の脇に横たわっていることがある。

脚本も書いた監督の高畑勲の言いたいことはじゅうぶんにわかるけれど、でも、やっぱりハッピーエンドにしてほしかったな。ジブリは子どもも観るのだから、問題提起で終わらせずに、夢物語でいいからもっとわかりやすい救いがほしかった、と何度観ても思うことを、今日もまた思った。




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じぇじぇっ! 『あまちゃん』を見て、おらもアイドルになりたい?




このところ破竹の勢いであるNHK の連続テレビ小説の『あまちゃん』だが、その影響がなんと芸能プロダクションにも波及しているという。

「ええ、正直、われわれも手を焼いているんです」と困惑気味の表情を隠さないのは、大手芸能プロダクションのA 氏だ。

A 氏によれば、『あまちゃん』効果で、芸能プロダクションへの問い合わせが殺到しているということなのだが、問題はその中身。

「基本的には、母親からの電話が多いですね。こちらが電話に出た途端に、『うちの娘、まだ高校生なんですが、アイドルにしてやってください!』と、こんな調子なんです」

A 氏のプロダクションに所属するためには、最低でも5回以上の面談を行い、未成年者であれば保護者同伴で、契約や仕事の内容などを説明するという。タレントになるためには、すぐれた容姿や特殊な技術ももちろん必要だが、それ以上に重要なのは、社会人としての礼儀だ。

「芸能界というと、どうもチャラチャラしたところと考えてらっしゃる親御さんは多いんです。でも、芸能界だって立派な社会だし、どちらかといえば一般人より礼儀は厳しいい。1日違いで入ったって、その先輩・後輩の間柄というのは一生消えません。そういう世界でやっていけるのか、そこをわれわれは見極めるんです」

そのためには高校を中途退学する必要はないし、むしろ学校は、そういった礼儀を学べるいいチャンスだという。

「ぶっちゃけ、高校も最後までつとめられないような人に、芸能界はムリなんです。そこをぼくらは説明するんだけど、なかなかわかってくれない。口を開けば『あまちゃん』ではこうだった、アキちゃんはああだった、とドラマの話を例に挙げるばかりで……」

6/24(月)から「東京編」が始まった『あまちゃん』では、主人公の天野アキが上京して、目下アイドルになるためにキビシイ訓練をしている最中だ。主人公と同様、主役の能年玲奈クン(19)も現在はダンスの練習に追われているという。本人のキャラクターと「海女のアキちゃん」がぴったりと重なっているところに、視聴者の人気も高い。

「でも、アキちゃんはやっぱり架空の世界の人ですから……」とA 氏は苦笑する。「ドラマでは今後どうなっていくのかわかりませんが、実際の芸能界であんな子がいたら、1日で干されますよ。太鼓判を押してもいいです(笑)。売れてツンケンするのも、だめです。『エリコ様』があんなに苦労したのを、まさか知らないわけがないと思うんですが」とにやり。

むむむ。なにやらわれわれにも思い当たる人物が……。

「『実るほど頭を垂れる稲穂かな』ではマズイんです。実る前からいろいろな人に頭を下げて気に入ってもらう。それが芸能界ですからねえ」

また、A 氏は気になることも口にした。

「アキちゃんのように、とにかく上京しちゃえっていう人も増えているんです。母子ふたりでね。そういう人たちをうまく騙すプロダクションもあると聞きます。レッスン料だといって高額の契約を結ばされるという場合もあるし、もっとひどいと、売春組織に斡旋されたり、社長の愛人にされたり、とそういうこともあるらしいです」

ふーむ。なにも知らない”あまちゃん”では、やはり芸能界はキケンということなんだろう。



―― 週間ボスト 7/19号より抜粋





別に誰に言い訳するわけでもないのですが、「腹立ったからもう観ない!」とした某ドラマですが、「腹立った!」を将来共有することもあるかもしれない、と撮り溜めしておいたやつを徐々に消化し、それがやっと追いついた、ということをここに報告いたします。

だからといって、今後、感想記事が復活するということはありません。そしてまた、現在、特に言いたいということもありません。

GMT のリーダーが『桐島』で東出昌大の彼女を好演した女の子だってことや、薬師丸ひろ子の「じょじょ……は奇妙な冒険よねえ」という台詞はなんだかネット界に対する媚びに感じたってことや、ストリートからデビューを始めたりアユミがやめてメンバーが減ったりいづれ天下取るとリーダーが言ったりというのがももクロを思わせるんだよねってことなんかは、別にどうでもいいんです。

ただ、視聴再開の記念として、スポーツ新聞や週刊誌の高尚な文章をパスティーシュしてみたかったってだけで。



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きのうの朝、猫とハミガキ語でしゃべっていたところ、洗面所の窓の前をひまわり売りが通って、「1本どうです?」と言う。

「いらない。花瓶がないから」とこたえると、「花瓶に入れると、人はその花があったことを忘れてしまいます」とそのひまわり売りは言う。

そんなやりとりのそばで猫は、興味があるのかないのかわからないようすで、窓から遠くを見つめ、長くきれいな尾のさきを、ゆらゆらと左右に動かしていた。




尾を小振(おぶ)る猫も夏痩せする朝(あした)





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世間では、「ワタミ」とか「ブラック」とかが盛り上がっているみたいで。

あの社長の発言も一部見たことがあるけれど、ああいう明るく前向きな狂気に満ちている人間は本当に怖ろしいなと思うんだけど、そういう人って世の中に多いと思う。

まあ、法令を遵守しないことは大いに責められるべきだとは思うんだけど、その一方で、飲食業界に少しでもアルバイトとはいえ働いていた人間としては、「むむむ」と思わないこともないので、これを機会に私の思い出をちょっと書いてみる。

大学生時代から、ファミレスのアルバイトから始まり、いろいろなところのアルバイトをした。大学を4.5年かけて卒業して会計事務所に入り、わづか1日で見切りをつけ、その次に収入の途として考えたのも、やっぱり飲食だった。

エスクニック系のレストランだったかな。それから居酒屋もやったしイタリアンもやったしカフェもやったしティーサロンもやったしビストロもやった。順不同だけど。

そこで見た限りのことしか書けないし、きっとひとつひとつの店舗で事情は異なるので、飲食界代表みたいなことは絶対に言えない。あと、記憶も定かでないので、適当なことを書いている場合もある。



飲食系アルバイトをちょっと長くやっている人なら誰しも経験があることだと思うんだけど、「社員にならない?」という話がときどき来る。私は比較的仕事ができたほうなので、わりと早めにその話が出てくる。その話が出てくるタイミングは、私が必要事項をすべて吸収し終えた頃で、「こいつに仕事の大部分を教えたけど、ちゃんとできそうだな」と店舗側が判断するのだろう。そして、誘ってくる。で、断る。考える様子など見せずに断る。ぴしゃりと撥ね返す感じで断る。「いや、アルバイトでいいですから」

私の理窟はこうだ。社員になってどうするのか。休みは週1くらい。それでも、誰かの欠勤が出れば電話がかかってきて出社しなければならない。1日の拘束時間は、場所によるけれど、マックスで16時間くらいのところがあった*1。休憩は取ることもできるが、シフトによってできないこともある。

じゃあ給料はいいのかって話になるのだが、それが「たいしたことがない」というのが私が社員たちから聞いた話。具体的な数字というのは確かめたこともないが、責任を押し付けられ、死ぬほど拘束され、しかも手当なんて当然つかない、というその労働環境に対して支払われるべきペイっていうのは、相当な額ではないと、「うん、納得」とはならないだろう。

そんな苦労をしてまで社員になるのであれば、気楽で稼げるアルバイトの方がいい。

これを逆に考えると、経営者側が私を社員に誘う理由というのはただひとつ、「こいつの労働を固定費にしちゃえ」ってことで、社員にしてしまえば、変動費である私のアルバイト料を毎月定額にすることができる。また、社員に対しては(私の知っている小さなところでは)慣習的に残業手当をつけなかったり(あったとしても「○○時間まで」と制限つき)、有休も取らせなかったので、経営者側からすればめちゃくちゃ有利だということになる。

一方アルバイトだと、タイムカードが残るので、残業手当はつけなくてはならないし、時間外手当もつけなくてはならないし、それに、万が一、有休申請なんかをしてきたら、とビクビクするハメになる、ということで、ちょっとでも優秀であれば、社員にした方がいい、と考える店舗は昔は多かった(今は知りませんが)。

そう。アルバイトでも有休が取れるということを、理論上は知っていたが、まさかこの世に現実に存在するものなどと信じることはできなかった。飲食時代の私にとって、「有休」という言葉は「虚数」と同義だった。

後年、私が本屋でアルバイトをしたとき、数ヶ月経って、他のアルバイトの誰かが今日は有休を取って休んでいる、というのを聞き、衝撃を受けた。ええ!? そんなことして、クビになったりしないの?

それを教えてくれたアルバイトの女子先輩が「えへへー、そんなことないよー」と言ってくれて、私が今まで働いていたところは、あそこは全部北朝鮮だったんだ、と思ったくらいだった。

それからおそるおそる周囲の様子を伺っても、社員が有休取得アルバイトの陰口を言っていることもなく、また、他のアルバイトたちも「チッ」とか舌打ちをしているということもなく、至って穏当に受け止められているのである、今まで実在しないと思っていた「アルバイトの有休」が!

まあ、このように斯界はなかなかに劣悪な労働環境だとは思うんだけど。だけど、その飲食業界を経験したことのない人が、「そんなところで働かなければいいのに」みたいなことを言うのは、ちょっと我慢ならない。

そういう発言には、きっとそれなりの正義感があって、経営者側や社会の方がそういう悪質な労働状況を排除すべきだとは思っていて、けれどもそんなのが迅速に変化するとも思えないから、翻って、労働者側が「職業選択の自由」にもとづいてさっさと転職すればよい、とこういう論法が潜んでいるのだろうけれど、なんというか、おぼっちゃんおじょうちゃんの理窟ですな。

私からするとそういう安直な正義感の振りかざし方は、「せっかく月曜日が休日なんだから、金曜も休みとって4連休にしてハワイに来ちゃっています。いま、ハワイのビーチでiPad を見ながら、FB にポストしてまーす。飲食はブラック! あんなところの従業員はさっさとやめちゃえばいいのに!」みたいな与太話にすぎない。私の周りでは「連休? なにそれ?」っていう人は多かった(私はアルバイトだから連休取っていたけど)。

新店舗のオープニングで、半年間休みを取れなかった人を知っている。毎日16時間拘束で、180日。私は、その人のすぐ傍で働いていたけれど、掛け持ちをやっていたから、半日くらいしか一緒にいなかった。それでも彼の疲労の蓄積が日毎にひどくなっていくのは目に見えて明らかになっていった。半年くらい経って、その彼に休みを取らせるというときが大事になった。彼に任せていることがあまりにも多かったのである。それで、あーじゃないこーじゃない、とみんなで仕事を分担してやっと彼に休みを取ってもらえるような態勢をつくった。

というそのとき私も、よそでの労働時間を都合すれば、1日計13時間くらいは働いていた。拘束時間にすれば15時間くらいかなあ。そこは原付で1時間半くらいかかる場所だったが、帰りはよく寝ながらバイクを走らせていた。いま思うに、よく生きていたなあと思う。ハッと気づくと目の前にタクシーが止まり、それを避けるためにバイクを歩道に乗り上げてしまい、減速しながらブロック塀に頭からぶつかったことがあった。タクシーの運転手が慌てて「だいじょうぶ!?」と出てきたのだが、片手をあげて「だいじょうぶ、だいじょうぶ。だいじょうぶだから、とにかく寝かせて」と言って、その場でヘルメットをかぶったまま壁に凭れて寝たこともあった。

けれども

ものすごくたのしかったんだよねえ、そういう毎日が。

厨房はたいていは強烈な縦社会だから、そこからの延長線で、サービス側(私のいた方)もそれなりのものになる。厨房ほどではなかったが、実力至上主義だし、販売に対してシビアな考えを持つ店舗もあった。だからこそ鍛えられた感覚もあるし、そういうところで生き抜くためにはそれ相応の知恵というものが絶対に必要だったと思う。

でも、そういうタフさが私にあったのも、一点、「アルバイトだから」という自分の中でひとつの「逃げ」の切り札を持っていたからである。逆説的ではあるが、その切り札があったからこそ、私はタフだったのだと思う。

ワタミで過労死した女の子は、たしか新入社員として入社したのだと思うけど、その日記だとかの文言がドキュメンタリーで放送されていて、聞いていて辛かった。マジメで、本当に希望を持って入ったところが、軍隊みたいにキツいところで、また宗教的狂気を必要とするところだったわけだから。で、私みたいにスレてもいなく、また、「逃げる手段」を持たなかった。あれは本当に悲劇だと思う。

あの事件が起こって状況改善できないワタミが責められてしかるべき、というのは百も承知。けれども部外者が、(ワタミだけでなく)そういう厳しい環境で働きつづけている人間を、まるで愚かしいように言うことは間違っていると思う。

かつて、「そんじゃーね」の人が(詳しくは読んでいないんだけど)「いまの時代、損だと思った仕事は辞めればいい(それから別の仕事に就けばいい)」みたいなことを書いていたことがあって、「ああ、こいつバカだな」と思った。そいつが何千回生まれ変わったってアイドルになれないのと一緒で、なんでも自分の望んだことができる人ばかりではないのだ、この世の中は。

こう言うとそいつは、「いや、わたしはアイドルになんてならないから」と言うのかもしれないが、「ならない」というのは間違いで、「なれない」が正解。

それと同様に、世の中の多くの場面で「できない」「なれない」がつきまとって、不可避的に流されて現状にある、という人は実に多いと思う。そういう人たちを愚かしいように言う人間自身が、愚かしいのだと思う。

飲食業界はまだ店舗の開店時間があるからいい、という考え方もあろう。SE とかプログラマーなら、(よく知らないんだけど)いわゆる「デスマーチ」とかいって、それこそ死ぬほど働きつづけるということもあるらしい。

また、小林まことが書いていたが、漫画家も売れているときは何日間も徹夜がつづく、ということがあるらしい。

この人たちが、もし誰かが簡単に言うように、ある日ぽいっと仕事を抛り出すことができるのであれば、世の中から鬱病患者が半分は減ると思う。けれども、現実にはなかなかそうはいかない。私がある日まで「アルバイトでも有休が取れること」が実在することが信じられなかったように、自分の所属する社会における慣習・価値観というものは、なかなか打ち崩しにくい。



(いいことではないが)劣悪な環境がしばらくつづくとして、そこでしか働けない人間が少なからずいるとして、そういう人たちのうちサービスマンたちをちょっとでも励ますためには、チップを支払う行為がもっと普及すればいいと私は思っている。

自分の経験したことのない労働に従事する人を蔑むのではなく、彼ら/彼女らを評価してあげればいいと思う。どうせ行きもしないレストランのサービスやそのシェフの言動についてあーでもないこーでもないと言うよりはよっぽど生産的だと思う。

フランス人のカフェギャルソンと、短期間だが一緒に働いたことがあって、彼らは、基本的には「ここの席からここの席まで」という「シマ」を作って、その担当以外には一切ノータッチというやり方を採るようだ。1番テーブルから10番テーブルまでを担当するムッシューA は、11番テーブルで困っているお客さんを見ても知らんぷり、呼ばれたとしても、「そこはB の担当、B を呼びなさい」という態度を取るのだそうだ。そのかわり、1~10のテーブルのお客さんについてはすべて自分のお客さんになるわけだから、目一杯サービスする。で、私に教えてくれたそのギャルソンのお店では、売上の何パーセントが彼の給与に振り込まれる、という仕組みらしい。たとえばその日の彼の担当時間に、担当テーブルで合計10万円売上があったとすると、取り決めの数字がたとえば5% だとすると5千円が彼の給与にプラスされる、ということになっているみたい。

それを聞いて、「ああ、日本もそうなればいいのに」と思った。彼らが言うには、基本給はそれほど高くないのだが、そのかわりチップで稼ぐということになっているようだ。だから一所懸命サービスするし、自分のペイに関係ないところのテーブルには見向きもしない、というのはいかにも合理的だ。

「ところが日本人はなにやっているんだ!」と彼らは言うわけ。「おまえたちは、全員が全力で全テーブルをウォッチしようとするのか? チップももらえないのに?」と。まるでクレイジーだと言わんばかりだったけど、我々の流儀に触発されたらしく、彼らも翌日からは全力で全テーブルを相手に頑張っていた。

話していて思ったのは、彼らはギャルソンという仕事にものすごくプライドを持っているということだった。そして、その自信を裏づけているのは、日々のお客さんのレスポンスなりチップなのではないか、とも。

私も何度かチップをもらったことがあるが、これは金額の多寡じゃないんだよね。「心づけ」の言葉どおり、「ありがとう」の具象化であって、その気持がなんとも嬉しい。ああ、おれはいいサービスができたんだな、また、これ以上のサービスをしなくてはな、とチップをもらうごとにそう思えるのである。

かく言う私自身は、まだ若いためにチップを払うとどうにもキザになってしまうので、いいワインを開けたときにはソムリエの人やシェフに「一緒に飲みませんか?」というようにしていた。いいワインっていっても、向こうからすればたかが知れていると思うが、その気持ちというものは結構伝わる。

金を払って飲食するのに、まだこれ以上気を遣う必要があるのか、という指摘もあるのかもしれないが、やっぱり人と人とのつきあいだから、こちらが気を遣えばあちらも気を遣うし、お互いに「また来てね」「また来るよ」の関係になって結果、得なんだけどね。

お金やサービス・モノの授受をしなくても、「気持ちのいいサービスでした」とか「すごくたのしかった」などの言葉をかけるだけでも、サービスマンは嬉しいものです。若い女の子のサービスマンなんかに直接言うとやはりキザになってしまうので、帰り際に、もうちょっと上の先輩とか上司と思われる人に「あの女性のサービスがとてもよかったですよ」などと伝えるのもいいかもしれない(そっちの方がキザかも*2)。

そういう関係性を構築する方が、なにも言わずに帰って食べログとかで陰口を叩くことより本当に生産的だと思う。



最後に。

今でも、上に書いたようなキツいところを切り抜け・生き延びた同士の仲間っていうのは、先輩後輩も含めてつきあいがつづいている。たとえ価値観や趣味が異なっても、会えば理由のない懐かしさが込み上げる(糟糠の妻ならぬ、糟糠の友といったところか)。今では私と同様、まったく違う業界で働いている人も少なくないが、あの濃密な時間を過ごした思い出は、まったく色褪せることがないのである。



*1:実は18時間というところも知っている。


*2:ワタクシ、基本的にキザなので「普通」がよくわかりません。



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