とはいえ、わからないでもない

2014年01月

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ほたらなにかい、あんなことこんなことがあったからゆうて、それでいったん「いんたーねっと」を切った生活をひと月でもいいからしてみたいと、あんさんがゆうてるのはこういうことでんな。……ああそうか。いや、わかった。みなまでゆうな。
そうゆうことなら、このわしに、ここは任せてもらおか。なあに、心配することあるかい。このわしが言うんや、間違いない。
ああ、そうや。いつ戻ってくるのか、それだけは聞いておこ。ん? 三月はじめ? よっしゃわかった。それまでは、わしがいっこも寝ないでここを守ってみせるさかい、あんさんは大船に乗ったつもりで、ゆーっくりと休みなはれ。

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わしが……しっかりと……守ってみせる……さかい……

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新装版 武装島田倉庫 (小学館文庫)

新装版 武装島田倉庫 (小学館文庫)

僕の中の椎名誠って、真っ白なT シャツ着て馬に乗って、棒にジーンズ差してパカラッパカラッと走っている人っていう印象だった*1けど、この『武装島田倉庫』を読み、SF も書くのだとまず驚いた。
で、次に内容に驚いた。面白い。ふつうに面白いっていうか、これ傑作じゃんっていう面白さ。

短編の連作集になっているのだが、その各章のタイトルからして、雰囲気は感じられる。

  1. 武装島田倉庫(ぶそうしまだそうこ)
  2. 泥濘湾連絡船(でいねいわんれんらくせん)
  3. 総崩川脱出記(みなくずれがわだっしゅつき)
  4. 耳切団潜伏峠(みみきりだんせんぷくとうげ)
  5. 肋堰夜襲作戦(あばらダムやしゅうさくせん)
  6. かみつきうお白浜騒動
  7. 開帆島田倉庫(かいはんしまだそうこ)

六つ目の「かみつきうお」は、作中に何度も出てくる怪物化した魚で、魚偏に「乱」、魚偏に「齒」の二文字を「かみつきうお」と読ませている。おそらく椎名が作った漢字だと思う。手元の漢和辞典には載っていないし、「魚へんに『乱』」というキーワードで検索したら、椎名の公式サイトで本書に言及した記事がヒットした。

ここから既にわかるように、言葉が面白い。批評っぽい言い方をすれば「独自の言語感覚」みたいなものを、どどどどどっと食らわせられる感じ。
たとえば、第六章の書き出しはこうなっている。

肘抜(ひじぬき)の白浜海岸で、油泥塊(ゆでいかい)下水層の抱き込み漁をやっている人々は、風蝕屏風岩(ふうしょくびょうぶいわ)のデコボコした崖の腹に横穴を掘り、その中に住んでいた。
穴は入口あたりで小腰をかがめ、やっと入っていける程度のものだったが、中はほてい袋のように上下左右に広くなっており、周りに数珠葱(じゅずねぎ)の押し汁をたっぷり塗った板壁を張りめぐらせ、たちの悪いくねり虫などが入りこめないように上手に工夫されていた。

このいちいちの名詞やら固有名詞がおそらく造語であり、しかもそれが日本人なんらなんとなく「ああ、こんな感じなんだろうなあ」と想像できるようになっているのがすごい。
固有名詞といえば、登場人物たちの名前も面白い。面倒だからWikipedia を参照しつつ列挙してみると、

  • 可児才蔵(かに・さいぞう)
  • 枕元凍三郎(まくらもと・とうざぶろう)
  • 綱島捨三(つなしま・すてぞう)
  • 相原策道(あいはら・さくどう)
  • 汗馬七造(かんば・しちぞう)

とこんな感じ。このうち「可児才蔵」は戦国時代の武将の名であるが、他はそのモデルを知らない。おそらくないのではないか。

最初の「武装島田倉庫」の章だけを読んだとき、「ああ、これくらいの長さ(三十ページ弱)だったら、こういうはちゃめちゃな感じをうまく読者に見せることができるかもな」と少々侮った。描かれている世界はいま現実にある世界とは違ったもので、どうやら大きな戦争があったらしいということまではなんとなくわかるのだが、三人称で書かれてはいるもののその舞台背景が詳しく語られるということもなく、これは意識的に不透明にしていると感じられ、その小説的技巧に感心はしたものの、「けれども短編だったらなあ……」と一抹の失望を覚えてしまったのである、まだ先を読んでいないというのに!
ところがだ。次章、次々章……と読み進めていくうちに、どうやら、なんとなくではあるが、各章がリンクしているらしいと気づく。あいかわらず過去に起こった戦争がどういうもので、そのときの敵はどういう存在だったのかということはぼんやりとしているのだが、「あれ? ここに出てくるのはもしかして前の前の章のあの人物のことか?」みたいな気づきがあって、俄然、この荒涼とした世界にぽつんぽつんと描かれていく「点」が線で結ばれていき、読書的悦楽は高まっていく。
そうなると不思議なもので、各章のぼんやりとした見通しの悪い世界が、かえってリアリティをともなって読者に訴えるようになる。さきほど検索によって偶然たどり着いた作者の公式サイトでも、意図して背景をすべて書かなかった旨が記載されていた。長文による戦争のレポートより、ときおり一枚の写真の方がより説得力を持っているのと同じだ。往々にして「部分」は、「全体」より雄弁なのである。

*1:探したらYouTubeそのCF があった。

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昨晩は、集会所で行われたムラの総会に出席。自分の生活に関わる部分が議題に上がっていたため。
ちょうど昨夜から今シーズン最強の寒波がやってくるとかで、雪もちらちら。二時間くらいの会議のあと、たかだか五分ほどの道を歩いて帰ったのだが、そこは電灯もないので真っ暗。だが、目を凝らすと、畑やら家の屋根の部分にだけ雪がうっすらと積もっていて、それが明かりがわりになった。

冗談も凍る夜なり雪あかり

季語が重なり、やや冗漫か。

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しゃしほん(※写真は本文とは関係ありません)

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二、三日ほど前のこと。ちょっとカラースターを取りに前のID にログインしたら、削除したところにまたスパムコメントがついていて、冒頭に「こっちは便所の落書きだと思ってコメントしている」と書き始めてあって、ぞっとした。これでそいつのコメントは計五回目。中身を読まずに即削除したが、おそろしすぎる。コメントのIP アドレス拒否は全然効いていなかったよ。気休めにすぎないんだなあ。

そんなことがあったので、それこそ気休めにすぎないのだが、他のブログサービスを探してみた。

Medium

Medium。しゃれおつで恰好のよろしいところがウリのようだが、基本的にアップした日時がすごくわかりにくいところに書かれてあって、それがイヤ。デザインのカスタマイズができるのかもしれないけれど、「あなたのストーリーやアイデアを」と謳っているところからして、日記みたいな寝言を書いてるんじゃねーぞ、的な考えが運営側にあるのかも。
でも、どんな考えだってそれがいつ考えられたことかは非常に重要なはず。たとえば日本人なら、東日本大震災以降でいろいろと考えが変った人も多いだろう。また、時間の経過によって書き手の考えが変っていることも多い。たとえ一日経っただけで考えが変ることだってある。
ちなみに、僕が前のブログで粘着コメントを仕掛けられたのは、ほぼ二年前の記事。相手は、その二年前のテンションの僕に対して喧嘩を挑んできているわけだけど、二年も経てば、「ええと……どんな内容だっけ?」と自分で読み返すところから始まるから、二重に面倒。検索した内容にコメントするやつは少なくとも書かれた日時を見て、それが何年も前のものだったらコメントするのを控えろと思う、まったく。
ただ、「ストーリー」とはいかないまでも、ちょっとした物語みたいなのを書き込むなら面白いかも。ショートショートとか怪談を思いついたら、パパパッと書き込んで溜めておくのも一興かも。あと、Notes とかいう機能を利用すると、引用スターとコメントを合わせたような使い方ができるから、もしかしたら面白くなるかもしれない、という予感はある。これはユーザーじたいが増えないと醍醐味は味わえないだろうけれど、日本人ユーザーはまだまだ少なそうだし、盛り上がらない可能性も大な感じ。
始めるのにツイッターアカウントが必須(今のところ)というのが面倒に思えたけれど、とりあえず仮アカウントみたいなのを作ってサインアップしたらわりと簡単にできた。

Blogger

これ、非常にわかりにくいんだよなあ。ダッシュボード(?)がなんかごちゃごちゃしている印象。たとえば、ダッシュボード内で他のブログを購読することが選択できるのだが、一度その閲覧リストなるものに追加してしまうと解除できないっぽい。なんだこれ? すげー仕様だな。あと、ヘルプがわかりにくい。そもそもグーグルのヘルプで解決したことなんてほとんどないもんなあ。
「無料で広告なし」はいいのかもしれないけれど、ChromeAdblock を利用している僕としては、その恩恵がいまいち実感できない。デザインはいろいろとカスタマイズできそうで、それはたのしい。


結局はてなブログに慣れているんだなあということを痛感した。シンプルなせいで、ダッシュボードをあっちっこっち行かなくてよい。ただシンプルさには短所もあって、Blogger なんかに較べるとデザインの「可動部」があんまり多くないという印象。いや、詳しい人ならできるのかもしれないけどね。自由に横幅を設定したり、フォントや文字サイズを変更したり、が直感的じゃないでしょ。
けれども、それを補ってあまりあるのがはてなスター。やっぱりはてなスターは偉大だと思った。そのうえ引用スターを簡単にできるというのは、これはかなりスゴイことだと思う。Medium のNotes には、ちょっと惹かれるけれど。

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とりあえず長文を書く気力がないので、ランキングと一言コメントのみ。

第一位 三宅乱丈『イムリ』

イムリ 1巻 (BEAM COMIX)

イムリ 1巻 (BEAM COMIX)

現在、十四巻まで出ている。舞台は地球ですらなく、主人公は人類ですらない。壮大な世界観、綿密に練られたストーリー、そして、人間の残酷さ。今まで知らずにいてごめんなさい、というしかない。イムリ(というのは、ある種族の名前)のイノセンスは、描かれている世界が圧倒的に残酷だからこそ際立ち、美しい。カーマ(同じく種族の名前)の狡猾さは、われわれの持っている悪そのものであり、醜い。僕のマンガ経験が少ないせいかもしれないが、本作のようなスケールのファンタジー作品には出会ったことがなかった。いま僕は、日本マンガ史に金字塔が立つ瞬間を目の当たりにしているのかもしれない。

第二位 松本英子『荒呼吸』

荒呼吸(1) (ワイドKCモーニング)

荒呼吸(1) (ワイドKCモーニング)

全五巻。『イムリ』がなかったら、おそらくこれが昨年のベスト。というくらいに、作者の感性に強烈に惹かれた。エッセイマンガらしいエピソードのあいだに挿入される作者個人の哀しみや苦しみは、文学のレベルにある。先の震災で軽いパニック症候群に陥った弟は、この作品を読んで、「自分の経験したこととまったく同じことが描かれていた」と言っていた。それは「少し救われた」というようなニュアンスだった。生きるのは辛いこと。けれども、その先にある小さな喜びも、この作品には描かれている。傑作。

第三位 百名哲『演劇部5分前』

演劇部5分前 1巻 (BEAM COMIX)

演劇部5分前 1巻 (BEAM COMIX)

これは前のブログでも言及した。高校演劇の「公演が終わったらなにも残らない感じ」が見事に描かれていて、何度読み返しても涙が出てくる。すべてを読み終えたあと、最終巻(第三巻)の裏表紙を眺めると、非常に感慨深い。

第四位 安永知澄『赤パン先生!』

赤パン先生! 1 (ビームコミックス)

赤パン先生! 1 (ビームコミックス)

主人公は異母姉妹。一言では説明しにくいが、これも純真さと残酷さの物語といえるか。きらきらとした少女時代が、ちょっとした悪意やトラブルでその輝きを失っていく。読者は、ページをめくるたびに、胸に小さな痛みを感じつづけることになる。第一巻最初の、少女がプールの中を泳いでいく場面から読者はすっかり引きずり込まれてしまう。それからずっと僕は、どうか、どうかこれ以上不幸が起こらないようにと祈るようにして読み進めている。現在二巻まで刊行中。続刊が待たれる。

第五位 山本直樹『レッド』

レッド(1) (イブニングKCDX)

レッド(1) (イブニングKCDX)

連載開始七年にして、単行本七冊。まだ物語は核心に至っていない。この物語のヒロイン赤城は、連合赤軍永田洋子がモデル。おそらく、ほぼ実際にあったことに基づいて描かれているのであろう。僕は、山岳ベース事件は母から聞いた程度でしか知らないが、そのとき母は「永田洋子なんていうのは、鬼か悪魔だ」という言い方をしていた。このマンガを読むと、そのようには思えない。これは、極めて特殊な思想を持った鬼か悪魔のような人間が、その仲間たちを殺戮していく物語なのではない。われわれふつうの人間が、状況によっては鬼か悪魔になる可能性があるということを描いているのだ。なお、第一巻の最初の見開きで登場人物たちがみな瞑目しているのだが、圧巻。

第六位 伊図透『エイス』

エイス (1)

エイス (1)

『ミツバチのキス』『おんさのひびき』の伊図透。現在二巻まで刊行されているが、描かれる世界は信じられないくらいに広大で、全容はまったく見えてこない。ただ、伊図らしい純粋さと残酷さの対立はそちこちに見られ、これまた胸がかきむしられるような思いをしなければならない。伊図の前二作は、どうも尻切れトンボになってしまったのだけが玉に瑕だったが(それ以外は文句のつけようがない!)、今回はじっくりと最後まで描き抜いてほしい。そろそろ三巻が出るはず。

第七位 あすなひろし青い空を、白い雲がかけてった

ほんまりう『息をつめて走りぬけよう』と勘違いして、古本でチャンピオンコミック版全三巻を入手。連載期間は'78-'81というからだいぶ昔だ。物語は一話構成、だいたいの場合、三分の二がドタバタギャグで終盤数ページでシリアス調に、という展開。その中で思春期特有の悩みが描かれるのだが、これが素晴らしい。特にチャンピオンコミック版第二巻の「ビューティフルサンデー」は、扉絵も含めて最高。実に他愛のない話なのだが、胸を熱くせずにいられない。丁寧なタッチ、巧みなデフォルメ、良心にあふれたストーリー。これこそが少年誌に掲載されるべきマンガなのだと思う。

第八位 堀尾省太『刻々』

刻刻(1) (モーニングKC)

刻刻(1) (モーニングKC)

時間の止まった「止界」の中での話。現在七巻まで刊行されているが、登場人物たちは、ずっと午後六時五十九分の中にいる。この設定にリアリティを持たせているのが、作者の画力の高さ。「止界」を動き回るヒロインはエプロン姿だし、その祖父はジャージ姿だ。この斬新なミスマッチひとつをとっても作者のセンスは非凡だとわかる。単純な絵のうまさだけでなく、構図も素晴らしいので迫力が尋常ではない。また、どこかの週刊連載のように行き当たりばったりで描かれるのではなく、周到な構成が随所に感じられ、このマンガを単なる「時間SF もの」「戦闘もの」から一段も二段も上のレベルに押し上げている。さらに、それにくわえて登場人物たちの戦略的駆け引きも看過できない。どうやら来秋刊行予定の八巻をもって完結するらしいので、それから読み始めてもいいだろう。

第九位 ムライ『路地裏第一区~ムライ作品集~』

路地裏第一区 ―ムライ作品集― (IKKI COMIX)

路地裏第一区 ―ムライ作品集― (IKKI COMIX)

ネットで以下の作品を知ったのがそもそものはじめ。

この『作品集』、前半は西岡兄妹の作品を思わせる。静謐で詩的で繊細な世界だ。ひとコマひとコマが挿画のようであり一枚のイラストレーションのよう。まず、絵を観ているだけでもたのしい。それが、真ん中くらいの『はじめての床屋』あたりから、キャラクターたちが少し活発に動き始める。作品には「不思議さ」だけでなく「かわいらしさ」が目に立つようになり、初期(?)の詩的な世界もよかったが、これはこれでたのしい。ものすごく売れるマンガではないのかもしれないが、それでも、できるだけ多くの人の手にとってもらいたい。

第十位 吾妻ひでお失踪日記2 アル中病棟』

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

前回の『失踪日記』から八年経ったが、話の内容は前作のつづき。アルコール依存症のどうしようもない人間たちが登場して、どうしようもない振る舞いをする。さしたる感動的なことは起こらず、ただ淡々と描かれるというのが本書の一番の特徴であろう。巻末にとり・みきとの対談が掲載されているが、作者の視点という問題をとりが取り上げていて、興味深く読んだ。病棟のシーンでは、作者自身を含めた登場人物たちがわいわいと騒いでいることが多いが、それは作者吾妻が、現実を突き放して観察しているようなところがあったからだろう。佳作*1

まとめ

もともとはカウントダウン方式で書くつもりで、下位の方(ただし『アル中病棟』は除く)は精読したのだけれど、気力がなくなり、上位は不徹底となってしまった。また、『イムリ』や『エイス』などは物語がどのように落ち着くかがまだ見えないので、はっきりとした判断を下すのは難しかったのだが、それでも、面白いことに間違いはない。
文中にも書いたが、今回は「純粋さと残酷さ」を感じさせる作品が多かった。それほど多くマンガを購入しているわけではないので、たまたまそういう傾向のものを多く手にしたということなのだろう。
イノセンスというのはわりあい簡単に手をつけたくなるモチーフなのかもしれないが、それを成立せしめるのは実は難しいということを昨年は強く感じた。みんながにこにこ平和に笑っているような世界では、イノセンスはその存在価値がない。『イムリ』のところでも書いたが、悲惨な世界の中でこそ、純粋さは輝く。そのため、読む側もじゅうぶんに傷つく。傷ついたぶんだけ、心にしっかりと残るのだろう。

*1:ただ、個人的には同作者の『地を這う魚』の方を大傑作と呼びたい。

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上記記事に関連して、以下は、おそらく僕のブログについて書いてくださった方への返信みたいなものです。


アクセス制限については考えてみました。アクセスに対しては、

  1. 拒否型
  2. 許可型

のやり方があって、1. は、「こいつだけは」というユーザーを選択し、その者を排除するという方法ですが、この場合、たとえばはてなユーザーであれば、ログアウトしてしまえば簡単にアクセスできる(たぶん)という点で、ほとんど意味がないと思いました。
ということで自然と2. を選ぶことになりますが、このとき、以下の選択肢の中でどれほど現実味があるかということで悩んでしまいます。

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TwitterFacebookmixi は僕自身がアカウントを持っていないのでそもそも論外で、具体的なやり方はわかりませんが、「はてなユーザー」全体に門戸を広げたとして、はたしてそれが現況と変るかというと、「僕の場合は」という条件つきで、ちょっと疑問なのです。
そもそも、前のブログの更新を停止したのも、第何次かの「はてなブログブーム」にともなって新規ユーザーたちが大量発生(申し訳ないけれど)し、それに多少うんざりして逃げたところもあるので、僕の場合は、はてなユーザーだからといって好感を持つ理由にはあまりならないのです*1。あと、自分のブログで経験したことはありませんが、一部のはてブユーザーに対しては非常な不快感を覚えていますので、そいつらにイチャモンをつけられるというリスクは減らないんですよね。
それじゃあ、いつも読んでくださる方々のID をいちいち指定して許可するかというと、現実的に数人程度の話になってくるのですが、その場合、その指定数の少なさから、逆に読み手側に「読んでね」というプレッシャーを与えてしまうようで、申し訳ない。
結局、いつ読みに来てもらってもいいし、いつ飽きて読まないようになってもいい、という出入口の広さだけは確保しておきたいんですよね。


ブログを書いていると痛感するのは「見合わなさ」で、それは日常でも薄々とは気づいてはいたのですが、特に落書きコメントをされると、冷水を浴びせられたようにそのことに向き合わされます。
「見合う」ために書いているつもりもないし、ただ自分がたのしめればいいというのが書く動機ですが、率直な思いとして、頭の悪い人間が読んでいてしかも文句を言ってくる可能性があるということがわかると、たのしさが消えてしまいます。
以前書いたことがありますが、高校生時、校内の合唱コンクールで僕のクラスが優勝したとき、大喜びにはしゃぐ僕らに対して、その後ろで大きく足を踏み鳴らして水を差した不良連中のことを思い出します。怖いとかそういうことではなく、誰かのよろこびを喜ばない連中がいるのだ、ということをそのときからずっと感じています。その存在を忘れようとは思っているのですが、忘れた頃にふとそいつらはやってきて、大きく足を踏み鳴らし、小さくたのしんでいる輪の中へ冷水を投げかけるのです。


僕もふだんは「これが嫌い」「あれが嫌い」と書いていますが、それはこの小さなブログの中だけのことで、それをわざわざよそに行ってまで吹聴しようとは考えていません。
落書きコメントを書く人間は、この弁別を読み取ってくれません。「公開しているんだから批判されるのは当たり前」とか抜かすアホも同じです。しかし、そういうバカげた理窟が罷り通ってしまうのが常のようなので、その場から立ち去る方が早いんじゃないかとこれまでに何度も考えてきました。


で、これを書いているちょうどいま、前のブログの方にストーカーみたいな批判コメントが入りました。今回のそれはあまりにも礼儀をわきまえていないために削除しましたが、とりあえずこれをきっかけにしばらく休むことにします。
前のブログは、これを機に非公開にします。オープンにしておいても、百害あって一利くらいしかないため。
来月から休むつもりでしたが、もう書く気も起きなくなってしまったので、今月二十日あたりから、とりあえず二月の末まで。メール以外、いっさい利用なし。メールを使ったアラートもすべて解除しておきます。それで、どうしても書きたいとなれば書くだろうし、別にもういいやと思うのであれば、書かないだろうと思います。

こういうことを書くと、いかにも「かまってちゃん」みたいでイヤなので、スルーしてくださるとありがたいです。最後になりましたが、本件に関し怒ってくださってありがとうございました。嬉しく思っています。

*1:ここらへんは読まずに書いている単なる「読まず嫌い」の話なので、「たわごとだ」と読み流してもらえるとありがたいです。

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警官の血〈上〉 (新潮文庫)

警官の血〈上〉 (新潮文庫)

警官の血〈下〉 (新潮文庫)

警官の血〈下〉 (新潮文庫)

けっこう長い『警官の血』。新潮文庫で上下巻、九百ページ強あった。かといって、読みにくいかというとそういうわけではない。
あとから知ったのだが、2008年の「このミステリーがすごい!」の第一位なのだとか。だが、純粋にミステリーかというと、違うようにも思う。ミステリー部分はあるっちゃあるけれども。

話の大まかな筋としては、安城清二・民雄・和也の三代に渡る警官の物語。大河ドラマ、みたいな紹介のされ方をしているが、一番興味のあった戦後直後の清二の物語は、実際に起こったとおぼしき事件と架空の事件のいくつかを経て、わりとあっさりと終ってしまう。ただ、ここで解決されなかった事件が、息子の和雄に引き継がれる。和雄の時代は六十年代後半。和雄は赤軍にスパイとして潜入し、かの大菩薩峠事件の警察内通者として活躍する。この事件は山本直樹『レッド』を最近読んでいたので非常にわかりやすかった。この事件の描写も緊張感に溢れていて面白かったが、それ以上に、任務終了後に和雄がPTSD になってしまうところにリアリティが感じられた。考えてみれば、作者の道警シリーズでもPTSD を患う警察官は登場するので、これはない話ではないのだろう。そして、民雄の息子の和也がほぼ現代で、これもやはり潜入捜査がメイン。

ストーリーの軸に、祖父の死の謎と、彼が追っていた事件の謎が流れているといえば流れているのだが、かなり早い部分でその筋と犯人は見えるし、しかも、三代目の和也の時点ですでに事件後四十数年経っているので、いまさら解決しようとしまいとどっちゃでもええわい、という思いがないわけではない。また、読み終えてみると「あれって伏線じゃなかったの?」という事件(?)もあるし、反対に読み流し気味だった部分がけっこう後で意味を為していたり、小説として少しアンバランスな感触が残った。
ただ、それらを踏まえても、第二部のラストの迫力の凄まじさがこの小説を名作に高めているように思う。なにやら起こっているようなのだが、その時点での読者では測りえない理由から、民雄が変貌を遂げる。彼に会った人みなが、「その顔は……」とか「どうしたんだ、その顔、ふつうじゃないぞ」と声をかけるこのシーンは、読んでいて鳥肌が立った。純粋に怖いのである。この謎が解けるのが、第三部のラストあたりなのだが、結局僕は、すべて読み通したうえでも、第二部のラストが一番よかったと感じられた。

物語のテーマとして底を流れているのが、正義の重さ。正義は絶対的なものなのか、それとも相対的なものなのか。警察組織の中にあっても、いや、警察組織の中だからこそ、その正義のありかが重要になってくる。単純な勧善懲悪の話では終わらず、読後感は少しほろ苦くもなりそうなものだが、エピローグの最後の描写で、ほんの少し読者の気持は晴れやかになる。
道警シリーズの軽やかな感じの方が僕好みだけれども、こちらもこちらでなかなか面白かった。

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最近、ここにも、以前のブログにも批判コメントが連続であって、それに対していちいちムカムカしていたらなんだか疲れてきた。
時間をかけて書いて、それで見ず知らずの誰か(おそらくアホ)に文句を言われているんじゃ意味がないとまた思うようになってきた。

ということで、来月の二月いっぱいは、ネット断ちをしようかと考えた。メールだけは仕事にも必要だから利用するけれど、それ以外はブログを書くのは当然、閲覧もいっさいなし。ネットを使う調べものなんかもできなくなるのでなかなかたいへんになるとは思うが、やる価値はありそう。この機会に海外の長編小説にでも挑戦しようかしら。

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