とはいえ、わからないでもない

2014年03月

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上の記事のつづき、みたいなもの。


きなこさんのところで、鼻濁音について書かれていたものを読んで、「ドキッ!」とした。あれ、そういえば、鼻濁音って学校で習った憶えないなあ。実家に電話で尋ねてみると、両親の子どもの頃は学校で習ったというが、それでも自分が鼻濁音で発声しているかどうか、もうわからないと言っていた。ましてや、習った憶えのない僕としては、聴きとることすらできないのかも。

「話される言葉」は、「書かれる言葉」と同等か、もしかしたらそれ以上に重要である。ただ、技術的な問題によって前者は後者より低く扱われがちである。
前者を聴覚、後者を視覚の領域と言い換えてみると、その「技術的な問題」はよりはっきりしてくる。聴覚、つまり音の領域にはどうしても「時間」の要素が必要になってきて、人間の知覚はそれを一気に把握するということができない(と思う)。たとえば一枚の絵をパッと見るようには、ひとつの交響曲を「パッと」とらえることはできない。六十分の曲ならオーケストラの六十分の演奏を聴くことによってしか、その音楽全体をとらえることはできない。いや、もしかしたら音楽全体をとらえることなど不可能なのかもしれない。
保坂和志はここらへんの問題を小説に適用していて、小説は読んでいるあいだに存在しているうんぬんという話は非常に興味深いのだが、それは余談になるので割愛。
ともかくも、「話される言葉」は技術の問題上、なかなか記録が難しい。


三遊亭圓生の落語を聴いていると、「し」が「す」に聞える部分が出てくる。たとえば「ご無沙汰をいたしておりまして」などという商人言葉では、「ご無沙汰をいたしておりまて」というふうに聞える。といっても、はっきりとした「す」というよりは、「し」気味の「す」というか。「いたして」の「し」も、完全な「し」というよりは、「す」気味の「し」という感じ。
他には女房言葉でも同じような「す」に聞える部分が出てくるが、職人言葉ではあまり記憶にない*1。商人言葉・女房言葉は比較的ゆっくりと話されるからそう耳に残るのかもしれない。
この圓生の独得のしゃべり方が、大阪生まれという彼の素性と関係があるのかないのかわからないが、江戸言葉がどうとかこうとかではなく、「少なくとも圓生ははっきりと『し』とは言わないときがある」ということはできそうだ。
このように落語では、一般的な「書き言葉」とは異なる発声がなされることは多く、わかりやすいところでいえば、「笑点」で先代圓楽はよく「歌さんに座布団一枚やっくれ」と言っていた。「やってくれ」あるいは「やっとくれ」という頭の中にある文字・単語に引っ張られてしまう人は、「あれ?」と思いながらもこの圓楽の言葉を、なかなか「やっつくれ」と再現することができない。

これまた落語の話になってしまうが、『大工調べ』の中では、大工の棟梁のことを「とうりゅう」という。おそらく字はそのままなのだが、読みは「とうりゅう」。『大工調べ』に限らず、おそらく東京落語の中では棟梁は「とうりゅう」と読むことがほとんどだと思うが、あまり落語を聞き慣れていない人は「とうりゅう」にどうしても違和感を覚えるらしく、そんな記述をネットでちらほらと見かけた。
そのあらわれなのかどうかはわからないが、高田郁の『みをつくし料理帖』の中で、ある人物の台詞の「棟梁」の文字に「とうりょう」とルビが振ってあって、それが間違いということはないのだろうが、「江戸風」を醸したいのであれば、ちょっと物足りない感じもあった。また、「食ってごらんじろ」という台詞(『花散らしの雨』231p)があって、これも完全に間違いということではないと思うのだが、ふつうの感覚でいえば、「ごろうじろ」であろう。というのも、まさしく『大工調べ』のサゲに、この「ごろうじろ」が出てくる。漢字で書けば「御覧じろ」。
作者はおそらく資料をたくさん調べていると思うのだが、ただ、東京落語をそれほど聴き込んではいないだろうという印象を持っている。話し言葉を再現するのは、「標準的」な表現が全国に普及した現代では難しいことなのかもしれず、それを身につけることは(特に関西出身の作者にとっては)さらに難しいことなのかもしれない。関西に引っ越して来て四年が経ち、上方落語もけっこう聴いているにもかかわらず、いまだに関西弁を満足に再現できない僕と同様に。
なお、『みをつくし料理帖』シリーズは面白く読みつづけている。噂に聞く韓流ドラマってきっとこういう感じなんだろうなあというくらいに、トラブルにつぐトラブルで、なんとなく気になるままページを繰ってしまう。


話は行きつ戻りつするのだが、清音と濁音について、前の記事で濁音(特に語頭にある濁音)はネガティブな印象を催させ、それを清音によってい言い換えニュアンスを柔らかくすることは可能だということを書いた。
中学か高校くらいの頃、テレビでダウンタウンをはじめて観て、彼らの言う「どつく」という言葉のどぎつさにびっくりした。僕はこの「どつく」の意味をいまだに解していないところがあって、語感により、胸のあたりをドンと突くイメージを持っているのだが、たぶんそうではなく、「なぐる」に意味合いが近いのだろうと思う。しかし、「どつく」という言葉には、(少なくとも関東出身者の僕には)「なぐる」以上のインパクトがある。
「語感」と書いたが、濁音はどぎつい語感を生じさせるのだと思う。たとえば、「どつく」はおそらく「つく(突く)」がもとだと思うが、そこに接頭語の「ど」が附属して、意味合いを強調している。ほかに挙げれば、(すでに当記事で二回用いている)「どぎつい」も、もとは「きつい」であって、それを強調するために「ど」がついている。こうすることで、ただの「きつい」よりもっと印象を濃く際立たせている。落語『七度狐』だったか、悪さをする狐をつかまえようとする百姓の台詞に「このド狐が!」というのがあるが、このインパクトもすごい。かように、接頭語の「ど」は強調表現であると同時に、けっしてきれいな物言いとは言えない効果を生じさせる。

落語『大山詣り』では(他の落語でもうんざりするほどあるだろうけれど)、旅先の風呂場でもめた男が手桶を取って相手の頭を「ぽかぽかぽか」と殴ろうとする、という場面が出てくるのだが、この言葉の柔らかさが実にいい。

「もう我慢がならねえから、こんちきしょうってんで、あっしは飛び出してってね、そこにあった手桶でもって野郎の頭をぽかぽかぽかと……、」

この話を聴いていた先達(せんだ)っつぁんが、「おいおい、殴ったのかい?」と尋ねると、「いや、殴ろうと思ったらこっちが殴られた」と応えるのがオチなのだが、この情けなさ、どじさ、転じて愛嬌が、この「ぽかぽかぽか」という音にあらわれるようだ。これが「どつく」だと全然意味合いが変ってくる。

落語『らくだ』の六代目笑福亭松鶴のバージョンYouTube で聴いたら*2、迫力がものすごかった。冒頭を文字起こししてみると、こんな感じ。

おう、卯之ッ! らくだッ! けつからへんのかい。おうっ!
ははぁ、まだ、どぶさってけつかんねんな。おいッ! ……やっぱしそや。どぶさっとる。
どやこれ。よう、こんな器用などぶさりよう、さらすで、ええ?
敷居ぃ枕に、足、庭に放(ほ)り出しやがって。なんちゅうざまや。おいッ。卯之ッ。らくだ、起け!
おッ! なんじゃい。どぶさっとると思(おも)たら、ごねてけつかる。

いろいろとバージョンはあるだろうが、かつて東京落語の誰だったかの『らくだ』で、

野郎、めえってるな。

でいきなり始まるものを聴いた憶えがある。これもまたものすごい演出方法なのだが、どちらがよいかは、文化と演出の問題なので一概には決めにくい。
しかし、松鶴の「どぶさる」「ごねる」の持っている迫力は、「寝ている」「死んでいる or まいっている」では言い換えがたい。

京ことばの「ほっこり」が流行り、もはや市民権を得たのは、おそらくその語感が「ほっこり」としているからであろう。ちょっとでも調べると、もともとの「ほっこり」といま盛んに用いられている「ほっこり」とでは意味が違うようだが、僕にとってはどっちにせよ遣わない言葉なので構わない。
あくまで印象の話だが、京ことばには柔らかいニュアンスのものが多く、それは濁音が少ないからではないか。言葉がきれいなものだから侮蔑の意味を込めるために皮肉の文化が発達した、というのは邪推の領域。
話を戻すと、「ほっこり」がもし「ぼんごり」という言葉だったら、今のような受け容れられ方はなかっただろうと思う。同じく「ぐんがら」とか「ばんだれ」などという言葉に「癒される」という意味合いは生じがたいだろう。
「あー。たまの休みだし、カフェに行ってぼんごりしたいな~」と言っても、文字としてはちょっとの差なのだが「ほっこり感」がない。「ぼん」には知らず知らずのうちに、「ぼんくら」「ぼんやり」などにある暗い語感が含まれているからである。


語感というのは、自らの言語および文化体験の蓄積の結果、自動的に生じる言語感覚であり、他人とまったく同じということはありえない。
けれども、いや、だからこそ、異なる語感を持っている人間には「ん?」と違和感を覚えてしまう。

ちょっと前にも書いたが、痔の薬でもないのに「ベンザブロック」という名前をよくつけたな、と感じる。なんでも、「発売当初成分として入っていたピリベンザミン (Pyribenzamine) に因む」ためだそうだが、よくもまあ、「ピリベンザミン」から「ベンザ」だけを取り出したもんだ。もちろん、「ベンザ」は「便座」を簡単に連想させるし、「便座」の名が入っている薬を飲み薬とする感覚は僕には理解できない。
といって、「ピリブロック」としたって、やはり妙な語感がある。「ぴりぴり」は腹下しを連想させるし、「屁をひる」の「へっぴり」も想起させる。
また、FAX のことを「ファックス」と言わずに必ず「ファクシミリ」と言う人たちがいる。これは、「ファックス」が英単語の「fuck」を想起させるからだそうだが、FAX じたいを使わない僕はそういうものかなとしか感じられないが、気になる人には気になる。

このファクシミリを、略して「ファックス」と言う人がある。最初はおどろいた。わかい御婦人などが平然と口にすると、こちらがきまりわるくなってうつむいてしまったりした。


高島俊男『キライなことば勢揃い』文春文庫版16p)


(まったく詳しくないが)鼻濁音はもしかしたら全国的な発音ではないのかもしれない。しかし、少なくとも一部の地域で存在するものである。Wikipedia などを覗くと、きなこさんが書かれていた通り、「か゚」の表記であらわすようだが、しかし、なぜこれを遣えない人が増えたのか(僕もそうだけれど)。
いくつかあるであろう理由のひとつとして、僕は先に挙げた「書き言葉・文字に引っ張られる」というのがあるのではないか、と思う。
きちんと勉強したわけではないので、推測に推測を重ねるというレベルの話だが、昔(奈良時代平安時代?)は仮名は文字通りに読んだという。そんな昔の言葉ではないがたとえば、「それは、ほんたうでせうか」は、「sore ha, hon-tau deseu-ka」のように読んだらしい(アルファベットやらハイフンやらはかなり適当)。
それが時代が下るにつれて、読みが変化した。「ほんたう」は「ほんとう」になり、「でせう」は「でしょう」になった。「いまと全然違うんだね」とすぐに思ってしまう人は、早とちり。さて、現代人は「ほんとう」を本当に「ほんとう」と読んでいるのか。実際は、「ほんとー」ではないだろうか。また、助詞(?)の「は」や「へ」は、それぞれ「わ」や「え」と読んでいるはず、まさか文字通り「ha」や「he」とは発音していないだろう*3
ちなみに、「は」の音は、もともとは「pa」で、それが「pha」になり、現在のように「ha」になったとか。それで、「むかし、母はパパだった」という冗談みたいな言葉がある。

現在のように、かなり(それでも、上記のように完全ではない)「読み」と「書き」が一致しているこの日本語文化においては、鼻濁音と非鼻濁音の差は「音」としてしか存在せず、今後の生き残りが難しいのではないかと思う。学校で習わない以上、音で聴いて憶えるしかないのだろうが、口承文化の寿命が永続的なものだとは直感的には思えないのと同様に、音に頼る習慣(?)の未来は暗い。
単語じたいも、多義的なものからどんどんと一義的なものに変化していっている気がする。たとえば「故障」という言葉には、

  1. 機械や身体などに不調が生じて,円滑に働かなくなること。
  2. 事態の進行をさまたげるもの。さしさわり。
  3. さしさわりがあると申し立てること。異議。異論。

といくつかの意味があるが、3. が現実生活で遣われているのを、少なくとも僕は見聞きしたことがない。しかし、落語『くしゃみ講釈』においては、この3. の意味での「故障」がサゲに関わるので非常に重要である。
いまだに3. の意味で「故障」を遣っている人もいるとは思うが、これも時間の問題という気がする。「文句」などのもっと単純な言葉で言い換えればよい、と考え実践する人の方が圧倒的に多く、しかもインターネットなどによってその風潮は加速度的に広まっているだろうから。


先月、ネットにアクセスしない日々に考えていたのは、言葉を書き残すというのは歴史的行為なのだ、ということだった。インターネットが普及するまでは、一般人は日記でしか文字を残すことができず、彼/彼女の文章はそのほとんどが残らなかった。あるいは、その知り合いに知られる程度だった。
だがいまや、誰もが「世界」に語りかける形で文章を残すことができる。もちろんそれは形式上の話であって、実際に世界に語りかけることはやはり困難なのであるが、しかしその枠組が準備されているだけでも、ある種の人たちにとっては幸せなことであろう。
そのためか、消え去りゆく言葉はより早く消え去っていくのだろう。話し言葉は、話した時点で消えていき、顧みられることもない。
だからこそ僕は、うろ憶えの言葉や文章や考えが好きなのかもしれない。実在し、あるいはどこかに記録が残っており、それを確認できるということだけが重要なのではなく、誰かがたしかあんなことを言っていた、書いていた、描いていた、詠んでいた、唄っていた、と脳の容量・機能に制限されながらおぼろげに再現されるものこそが僕の記憶であり、それは誰かにとっての参照可能性などまったく必要としていない。
「本棚」というキーワードに絡めれば、そのような曖昧でぼんやりとした不確定な記憶が、僕の中で本のように並んでいるはずだ。けっして広いわけでもないし、誰かに見せるようなつくりにもなっていない、ときおり僕だけが訪れる図書館。それを、僕は大事にしている。

*1:きちんと調べたわけじゃないのでわからないけれども。

*2:ただし、松鶴のろれつの回らなさが気になって最後まで聴けなかった。

*3:ジョビジョバ時代のマギーはマイティ菅原というキャラクターをつかって、それを逆手にとったギャグを使っていた。「こんにちha、マイティ菅原です!」

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大阪へ行ったとき、古本屋もいくつか回った。ブックオフのようなものではなく神田神保町にあるような古書店である。
そのなかで、團伊玖磨の『パイプのけむり』の文庫本の一巻から三巻までを置いてあるところがあった。一冊百五十円。安い、と思ってすぐにレジカウンターに持って行った。

十数年ぶりに一巻を読み返し始めた。面白い。しかし面白いだけではない。これらの随筆の基底には偏屈さがある。ともすれば固陋にも狷介にも感じられるが、それが心地よい。いや、心地よく感じられる人間には心地よい、と言うべきか。
いままで意識したことはなかったが、人格形成期にこれを読んだという経験が、その後の僕の価値観なり世間に対する態度なりに、かなりの影響を及ぼしたのではないか。

たしか二十歳そこそこで読んだときには、七巻か八巻くらいまでは図書館で借りたような記憶がある。ネットで調べてみると、ずいぶんと刊行されたらしいということがわかる。

  1. パイプのけむり
  2. パイプのけむり
  3. 続々パイプのけむり
  4. パイプのけむり
  5. 又々パイプのけむり
  6. まだパイプのけむり
  7. まだまだパイプのけむり
  8. も一つパイプのけむり
  9. なおパイプのけむり
  10. なおなおパイプのけむり
  11. 重ねてパイプのけむり
  12. 重ね重ねパイプのけむり
  13. なおかつパイプのけむり
  14. またしてパイプのけむり
  15. さてパイプのけむり
  16. さてさてパイプのけむり
  17. ひねもすパイプのけむり
  18. よもすがらパイプのけむり
  19. 明けてもパイプのけむり
  20. 暮れてもパイプのけむり
  21. 晴れてもパイプのけむり
  22. 降ってもパイプのけむり
  23. さわやかパイプのけむり
  24. じわじわパイプのけむり
  25. どっこいパイプのけむり
  26. しっとりパイプのけむり
  27. さよならパイプのけむり

この最後のあたりで、たしか作者が入院して雑誌連載に「穴」を開けたときがあって、それを表現するために白紙のページが一枚挿入されていたと記憶している。当時実際に、書店に並ぶ新刊をぱらぱらと立ち読みし、それを確認したのだ*1


ちょうど、というわけではないが、この連載が始まったのが昭和三十九年(1964)のことで、今から半世紀前ということになる。まだ三分の一ほどしか読んでいないが、たとえば、「低速道路」という回では、特急で東京ー大阪間が六時間半というスピードに呆れ、さらに、「今度の新幹線」は、「たったの四時間で走り抜けてしまう」と驚いている。
ただ文明の進歩に驚いているだけではない。
かつて、弥次さん喜多さんが旅していた頃は、人と人とがぶつかってもせいぜいが瘤を作るくらいだった。それが「今」は、大勢の人間を迅速に移動させることができるが、もし事故が起これば大量の犠牲が出る。これを「文明の必要悲劇なのであろうか?」と疑問を呈している。さらに面白いのは、「もう少し文明が進めば、交通などというものは一切不要になるのではないか」と予測していることだ。テレビを使うことによって、全国の人間がその地にいながら会議、商談、結婚式に参加できるようになり、そのとき交通は、もはや「過去の遺物」になっているに違いない、としている。
論はさらに進む。
となれば、新幹線や高速道路というものは、「時代遅れ」になるであろうから、そのときのために政府は「超低速道路」の建設に着手したらどうか、と提案する。

次の時代では、あらゆる通信機能の発達によって、交通というものの必要性が殆ど無くなり、旅行、交通は、楽しみのためだけになるわけである。


朝日新聞社文庫版 85p)

いまだに通勤ラッシュはなくなっていないけれども、上の予想はほとんど当たっているといってよい。お金や心や時間に余裕のある人たちは、より時間のかかる旅行をたのしんでいるのだ。


とまあ、この予測が的中したことなど、作者の文章にとってはほとんど意味がない。重要なのは、(僕はまだ生まれてすらいないので想像することしかできないが)おそらく日本国中が東京オリンピックの開催で湧いていたであろうときに、その経済成長のシンボルである新幹線に疑義をあらわしていることである。
すぐれた文章は、ときにすぐれた文明批評の形をとる。現代のように、一般論A に対し、同じ枠組みの中にありながら反A を唱えるだけのちゃちな批評ではなく、枠組み全体を批判する。著者が身につけた知識や教養や価値観が現代のように劃一的でないことと、それは無関係ではないだろう。


「馬」という回は、むかしの東京では馬がよく見られたという思い出話から始まる。
著者の住んでいた原宿は、まだ「薯畑や水車」が残っているような場所だった、という昭和三十九年の「現代」の読者に向けた註のあとに文章はつづく。少し長いが、要約するのが難しいので引用する。

うちの隣は、牟田口さんという軍人の家であった。小さな泥の道を隔てて続いている牟田口さんの塀のあたりは、そのあたりの屋敷林の陰になっているせいか、いつも少し暗くて、蝸牛がたくさんいた。ことにその塀の中程にあった、いつも閉めている木の門には春から秋にかけては必ず四、五匹の蝸牛が這っていて、小さかった僕と妹とは、その蝸牛を獲りに行くのが楽しみだった。
朝になるとその門は開いた。そして、聯隊に出勤する主人を乗せるために、馬丁が曳いて来た馬が繋がれるのだった。僕はその時刻を知っていて、台所から人参を持って行ってはその馬にやった。馬のそばに行くのは何となく怖かったが、美味そうに人参を食べる大きな動物を見るのが楽しかった。
(中略)
そして、やがて門から出て来て、僕が人参をやった馬に跨って出勤して行く牟田口少佐の姿が、子供心にピカピカと立派だった。

この少佐、後年(十年以上のち)には中将となり、その活躍を新聞で見ることになったという。

僕は、子供のころの縁があるので、牟田口部隊のことが新聞に出る度に、その記事をそれとなく繰り返して読んだ。新聞紙と僕の間を、蝸牛の這っていた門と、馬と、人参の遠い記憶が、武蔵野の朝の光の思い出とともに横切って行った。


(同書 21p-22p: 太字強調は引用者による)

太字にした部分、ここにある詩情はそうそう簡単に見つかるものではない。
なお、この「馬」はこれだけでは終わらない。
昭和二十四年四月十三日、東京の大空襲で、陸軍戸山学校にいた著者は、燃える厩舎から逃げ出した炎に狂う数百頭という軍馬と遭遇する。彼は、「怖ろしさのあまり、叫び声を上げながら地面に倒れた」のだが、その後。

恐怖の地響きと不吉な黒と紅との拷問の中に、脳裡を、馬は人を踏まないのだという考えが一瞬走って消えた。頭を抱え、足を縮めてうずくまっている僕を飛越え、取巻いて狂い回る、炎に光る蹄鉄と、数百本の脚のシルエットを透して、僕は、遠く早稲田の方の空が一段と紅く燃え上がるのを見た。

おそろしく切迫した情景なのだが、まるで映画のように、一瞬だけすべての時間が止まったような静けさを感じる。実際問題、緊急時にここまで観察していたとは僕は思わないのだが、この文章の美しさを否定することは難しい。


色盲」という回もある。
色盲の著者は、小学生の頃、図画の時間に写生をしていると教師に「見た通りに描かない」と言って叱られ、教室の隅に立たされたというごく悲惨な経験から語り始める。八歳の少年は、自分の目の能力の限界について知らず、また、著者が色盲であることを知らない教師はつねに彼を叱責し、彼は図画を憎むようになったと言う。読者は色盲のもたらす哀しみに打たれ、著者に同情を覚える。
ところが著者は、人の洋服の色、ネクタイの色も覚えられないという「混乱」を挙げたあと、そっと「人の顔の変わるのもほとんどわからない」ととぼける。そしてさらに、色彩について弱いので、「の道」についてもとんとわからないまま来た、と戯れる。小学校時代の悲惨な色合いが、少しだけ薄まる。
色盲は視神経の異常なので眼球には影響がないということを知り、著者は死後にアイバンクへの寄贈を決定する。ここでまた文章は、シリアスな色調を帯びる。

僕の目は、僕の死後、誰かの目となる。そして、数十年の間、僕に狂った色を見せ続けて来たその眼球は、きっと、今度はその誰かに、美しい、正しい色の青空を、咲き乱れる花の色を見せるのだろうと思う。


色盲は、やはり悲しいものである。

ここで、文章は終わる。


はたして十数年前の僕は、これらの文章の底にある機微をきちんと読み取れていたのだろうか、と思った。読み返す前までは、團伊玖磨=頑固者のおっさん、というイメージがあったが、実際はそれほど単純でもないように思う。
冒頭にも書いたように、團の文章には偏屈さはたしかにあるのだが、それだけではない。音楽家らしくというか藝術家らしくというか、鍛え上げられた感性がペン先からあふれでて、文章で音楽を奏でさせたのだろう。
時代がそういう時代だったということなのかもしれないが、たかだか四、五ページの文章でも、実に印象深いエッセンスが隠されている。

以前、インターネットで誰もがブログを書くようになったので、プロのエッセイストが書くエッセイを読む人はきわめて少なくなった、と断じていた人がいたが、実情は、アマチュアの技術が向上しレベルが底上げされたのではなく、プロのレベルが全般的に低下しただけなのではないか。
豊富な話題・経験、それを洒脱に描く技巧、そして、それらを全体的にコントロールできる揺るぎない著者の個性。これらの条件を満たす文筆家が、もはや少なくなっているのだろう。
團伊玖磨について言えば暴論・迷言も少なからずあるにはあるのだが*2、『パイプのけむり』を読むたのしみは、書かれてから五十年が経とうとも、まったく失われていない。『パイプのけむり』を薦めてくれた僕の父は、團伊玖磨の人物を、その苗字に引っ掛けて「まさにダンディズムの人、って印象だな」と評していたが、そう遠くはないと思う。
これらを読んで、いささかなりとも文章技術が向上すればよいというわづかな望みを抱えつつ、読書をつづけていく。

*1:ネットで調べると、「どっこいパイプのけむり」のようだ。

*2:たとえば映画を、「暗いところでしか見えぬなどという幼稚な代物が芸術である筈もない」(「嫌いな言葉」より)と一刀両断しているところがあるが、さすがにこの理由づけには無理がある。

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大学生時代、アルバイトをしていたファミレスで、社員の人に「あのう、お客さんに薦めるときには『スパゲッティ』って言うより、『パスタ』っつった方がカッコよく聞こえると思いますよ」とアドバイスし、「お? それいいね」と褒められたことがあった。1997年のことである。
花梨さんのダイアリーを読んで笑い、そのことを思い出していた。

申し訳ありません。花梨さんの混乱には、僕もおそらくは0.01枚か0.02枚ほど噛んでいます。どちらかといえば、喫茶店よりカフェを、スパゲッティよりパスタを普及させた側の人間でございます。


ファミレスでのバイトの後、伊太利料理店でも、イタメシ屋でも、イタリアンレストランでもなく、「リストランテ」でアルバイトをした僕は、いくつかのパスタに出会うことになった。それ以前にパスタは総称であることは知っていたが、スパゲッティ、フェットチーネペンネというような少しは馴染みのあるものから、フジッリなどというねじれたショートパスタまで、いろいろなものがメニューに並んでいた。
メニューはいわゆる「プリフィクス・スタイル」で、コースの価格はあらかじめ決っているのだが、前菜、パスタ(プリモ・ピアット、とも言ったりした)、メイン(セコンド・ピアット、とも)、デザートがそれぞれ幾種類かあり、その中からお客さんが好きなものをそれぞれ選べるというものだった。98年か99年頃。そういうスタイルがよく流行っていた。
そのリストランテは、コックが特に厳しいところで、オーダーをキッチンに通すときに少しでもミスがあると烈火のごとく叱られた。
オーダーはこんなふうに書いた。

ex.

  • Antipasto misto x 4
  • Spagetthi x 2
  • Fusilli x 1
  • Zuppa x 1
  • Pesce x 2
  • Carne x 2
  • Dolce x 4
  • Caffè x 4

上から、前菜、パスタ、メイン(肉か魚)、デザート、コーヒーというふうに並んでいる。
前菜とメインはそれほど種類がないので、問題はないのだが、あるときのパスタは七種類あって、メニューには、

【パスタ】

  • タリアテッレ(Tagliatelle)
  • ペンネPenne)
  • タリオリーニ(Tagliolini)
  • スパゲッティ(Spagetthi)
  • フジッリFusilli)
  • スープ(Zuppa)
  • パッパルデッレPappardelle)

と並んでいた。もちろん、ペンネは単に「ペンネ」ではなく、「ペンネ・アラビアータ」、「フジッリ」ではなく「ポルチーニ茸のフジッリ」というふうに、なんの具材を使っているかも書かれていたが、ここでは省略。
さて、オーダーを通すとき、複数のお客さんが選んだパスタの種類の「数」を間違えないのはもちろんなのだが、上に記載されたとおりの「順序」を間違えることも許されなかった。
たとえば、

Zuppa x 1
Penne x 1

と書きでもしたら、メニューの並びとは違う(メニューには、ペンネはスープより上にある)ので、伝票を突っ返されたりした。「これじゃ料理を間違えちまうよ!」と怒られたのだが、いまだにもってなんでそんなに怒られるのかがわからない。

だから、絶対に間違えないように、メニューと顔とを突きつけてオーダーを書くやつもいたが、それだと時間がかかって仕方がないので、僕があるパスタの並びの憶え方を考案した。それが、本記事のタイトルであり、上の【パスタ】の並びで色づけ強調をした部分だ。すべてくっつけると、「タ・ペン・ト・スパ・フジ・ズッ・パッパ」。この読み方、周りからの評判はかなりよかった。
みんな客席でオーダーを取ってくると、バーカウンターのところで伝票を広げ、ぶつぶつと、「タ・ペン・ト・スパ……だから、」などとやるのである。

ちょっとしたメニュー変更があったりして、「スープ」の代わりに「リゾット」が入ったら、「タ・ペン・ト・スパ・フジ・リゾ・パッパ」に変るだけだった。「タ・ペン・ト・スパ・スパ・フジ・パッパ」の時期もあったし、「ペン・ト・ト・スパ・スパ・フジ・ズッパ」の時期もあった*1

二十歳そこそこのときだったが、バイト先でここまで(精神的な意味で)頭を叩かれたところは初めてで、それまではアルバイトに関してわりあいのんびりとした考えを持っていた僕は、このリストランテで上司に対する不屈の精神、他のアルバイト仲間との政治的駆け引き、くそったれとつぶやく夜の帰り道を経験した。ちょっとした軍隊生活みたいなものだった。
ここで僕のことを叩きまくり、そして少しはかわいがってくれた店長とは、数年後、オープンして大賑わいしていた丸ビルですれ違うことになる。彼は出世してよりグレードの高いリストランテで働いているということがその制服でわかった。僕もまたイタリアンではない丸ビル内にあるレストランで働いており、以前よりはもうちょっと実力をつけていた。というのも、その職場は「タ・ペン・ト……」のリストランテ以上に厳しいところだったのだ。
一階のフロアですれ違った僕たちはお互いに知らないふりをした。僕の心中には「ふん、おまえなんか知るか」という思いがあった。向こうにも少しばかりは「む、おまえか」という思いはあっただろうが、それ以上に「おまえんところより、うちの方が階数が上*2だな!」という勝ち誇った思いがあったことだろう。
しかし、たとえそう思い合っていたとしても、すれ違う僕たちにはある懐かしさもあったはずだ。一方はサディスティックに責め苛み、もう一方はそれに抗して殴りかからんばかりの忿怒をスキルの向上に変換していた。その両者には、同じ戦場を闘い抜いたという昂揚感の燠火みたいなものが、まだ魂の奥でちらちらと燃えていたと思う。だからこそ、飽きもせず、同じ業界で(こちらはアルバイトとはいえ)まだ働いていたのだろう。逃げ出す行為(いわゆる「バックレ」)をしない限りは、どんなにくそみそに叩き・叩かれても戦友は戦友だし、そしてその思いはその職場を離れてもつづくのだ。飲食業界に身を置きつづけている限りは。


この記事を書くに際して、十数年も経つというのに「タ・ペン・ト・スパ・フジ・ズッ・パッパ」などという、人生でもうなんの役にも立たない言葉がぽんと口をついて出たのが驚きだった。ブラック企業で働くのはなんだかんだ、などと批難しながら自分は恵まれた職場環境でしか働いたことのない人間には、きっと体験しえない濃密な時間が僕にはあったのだと思う。それがいいことかどうなのかは、いまだによくわからないけれども。

*1:「スパ」や「ト」が重複するのは、「スパゲッティ・ジェノベーゼ」「漁師風スパゲッティ」というように、メニューにスパゲッティ(or タリオリーニ)がふたつ並ぶからである。

*2:総体として、丸ビルは高層階組と低層階組とに分かれていた。高層階組は、空間的な高さもそうだが、料金もお高かった。

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とあるところで、清音濁音の話があった。
たしかに、単語の内容以前の「語感」によるきれい・汚いはあって、単純に分類すると、清音より濁音の方が汚らしく感じられる。であるから、罵倒語、侮蔑語あるいはそれに類するネガティブな語句の多くは、(特に語頭に)濁音がつく。
たとえば、太った人間に対して「ぶた!」と言うことがあっても、「いのしし!」とか「うし!」と言うことはない。

ということで、濁音のネガティブ語を思いつくままに列挙してみる。括弧内は、言い換えて比較的マイルドにできる(であろう)清音の言葉。

  • ばか(⇔あほ)
  • だめ(⇔いけない*1
  • でぶ(⇔ふとっちょ)
  • ぶっきらぼう(⇔あいそなし)
  • どじ(⇔まぬけ)
  • ぎこちない(⇔ふなれ<不慣>)
  • ぶかっこう(⇔かっこうのわるい)
  • ばけもの(⇔ゆうれい)
  • ぼんぼん(⇔ええとこのこ*2
  • どろぼう(⇔ぬすっと)
  • ぼけ(⇔ぬけさく or こうこつのひと)
  • べらぼう(⇔たわけ)
  • げり(⇔はらいた*3
  • ぶさいく(⇔みためのよろしくない)
  • がめる(⇔ぬすむ)
  • びんぼう(⇔かねなし)
  • ごうつくばり(⇔よくふか)
  • がめつい(⇔しみったれ)
  • げろ(⇔はいたもの)
  • でべそ(⇔とっきしたへそをもつひと*4
  • どぶ(⇔きたなくあしのふみいれられないところ)

*1:ほかには、関西弁であれば、「あかん」があるだろう。「あかん」は「らちがあかない」から来ているとか。

*2:「ええとこ」は関西弁だが、「ぼんぼん」ももともと関西弁。

*3:本来は腹痛と下痢とは別だが、「腹が痛い」ということで暗に下痢を示すことはある。

*4:「おまえのかあちゃん、でーべーそ」というのは、へそが出ていることをバカにしているのではなく(知りもしないだろうし)、単純に濁音の持つ語感の汚らしさによってバカにしているのだろう。

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あまり好きではない言葉に「あるあるネタ」というのがあって、これを使ったギャグマンガや漫才やコントのネタを見ると、腹が立つことがある*1
たとえば、遠足の前日の「先生、バナナはおやつに入りますか?」みたいな。

もう何十年前からやってるネタなんだよ、と。というか、いまどきこんな情景が小中学校の教室で見られるのかよ、と。平成に入って四半世紀、二十一世紀になって十余年が経とうとしているのに、バナナの軽食分類問題を議題に取り上げる学級会がこの日本上にまだ存在しているというのだろうか。
このネタを、「あるある」とする人たちのうち、実景を見たうえでの「あるある」という感慨はいったいどれほどあるのか。
白状してしまえば僕は、こういう状況に立ち会ったことはない。子どもの頃にマンガかなにかでこんなネタを見たきりである。であるから、「先生、バナナはおやつに入りますか?」というネタを見て「あるある」と感じるのは、「ああ、こういうネタのマンガはよくあるね」という意味での「あるある」なのだ。これは、「アントニオ猪木のものまね」をしようとして、アントニオ猪木のものまねをするのではなく、アントニオ猪木のものまねをする芸人のものまねをしてしまうのによく似ている。似てないか。

で、似たような「あるあるネタ」に、「おかんが電話に出るとき、声が一オクターブ上がる」みたいなやつがある。なんだか知らないけれど、こういうとき、多くの場合で「おかん」になる。関西人であればごく自然だが、そうでもないのに、おかんということがある。ヘンなの。
で、このネタもこれまでの人生で少なくとも七、八回は見てきているのだが、最近になって、「いや、これって笑うことじゃないんじゃないか」と思うようになった。

携帯電話が普及する前は、普通の各家庭には電話は一台しかなかった。だから、電話がかかってくれば、その家族の誰に対してのものかはわからないので、電話口で対応する母親の態度は、「公」とならざるを得なかった。
けれども今では猫も杓子も携帯電話を所持している。かかってきた電話は、電話所有者に対するものでしかなく、しかも電話に出る前に誰から掛かってきたのかわかってしまうので、「はい、○○です」という対応さえしなくてもよい。いきなり「あいよ」で済んでしまうのだ。そこに「公」はなく、あるのは「私」だけだ。

以前ラジオで聴いた、企業の新人研修に関わっている人の話。いまの若い人はとても優秀なのだが、ただひとつ、電話応対がへたくそ。その理由はおそらく、知らない人からの電話を受け、それを誰かに取り次ぐという経験をほとんどしたことがないから。
それがどうこうってことはなく、おそらく短期間の研修によってその不慣れさは解消することであろう。固定電話は各家庭に一台は必要ですよ、という話でもない。ただ、家庭での電話の応対に公私の別を必要とした時代があったというだけの話である。

母親が固定電話の受話器を取る姿を、もしかしたら若い人たちは知らないのかもしれない。そうだとすれば、彼ら/彼女らは当該「あるあるネタ」のなにを笑っているのだろうか。そして実体験として笑っている人たちは、少しすました声で応対する母親の姿を、嘲笑するのではなく、むしろ懐かしむべきなのではないかと思う。

*1:個々人の体験については、まったく問題ない。

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ここ最近、引っかかった言葉を列挙してみる。

  • 指す
  • 気ぶっせい
  • 踏まえる
  • 痰壺
  • さわやか / すがすがしい
  • 除する
  • かしぐ

指す

高村薫マークスの山』に出てきた。密告するの意、があるらしい。知らなかった用法。「密告(さ)す」なんて読ませ方をしてもいいかもしれない。

気ぶっせい

気づまりなこと。クッツェー『恥辱』に出てきた訳語。鴻巣友季子による翻訳は素晴らしく、読みやすいながらも、このような古めかしい言葉も出てくる。

踏まえる

桂文楽『あばらかべっそん』に出てきた口語。まだ読み始めたばかりで詳しくはわからないのだが、文楽が口述したのを書き取ったような体をなしている。

便所で尻をまくってる所を、ふまえている板目がみたら笑うだろう
ちくま文庫版 11p)

という形で出てきたが、これはおそらく「~を考慮して」の意味ではなく、単純に「ふまれる」の転訛なんだろうと思う。志ん朝の速記本なんかを読んでいると、「見られる」を「見らイる」みたいに書いているところが(たしか)あって、音源で聴いてもたしかにそんなことを言っている*1。だからここも、「踏まれている(側の)板目が見たら」という受動態をあらわしているのだろうと思う。

痰壺

とつぜん思い出した。むかしあった、ということをなぜか知っている。実物は見たことがない。どこで憶えた言葉なんだろう、といま考えると不思議。

携帯電話を持っていないせいか、顔文字というものをずっと使ってこず、読めなくてもいいやと思っていたのだが、数年前のNHK の「みんなでニホンGO!」という番組で、「顔文字はもはや新しい言語だ」という説明を見て以来、少し考えを改め、これはどういう意味かなあと考えるくらいのことはするようになった。
けれども、いまだになんだかよくわからない「表情」がある。

(^艸^)*2

左右の「^」は目であろうが、これの真ん中にある「くさかんむり(艸)」が、鼻を示しているのか口を示しているのかが判然としない。鼻から鼻毛が出ているようにも見えるのだが、たぶんそういう意味で用いられているのではないと思う……。
前髪? もしくは、両手? よく見ると手っぽいな。でも、顔の中央に両手を持って来て、この人なにをやっているんだろ? 花粉症が辛くて鼻をかんでいる図?

さわやか / すがすがしい

別にいちゃもんつけではないのだが、とある高校生の選手宣誓で以下の文言が耳に残った。

高校生らしく、さわやかに、すがすがしく正々堂々とプレーします。

うーん、なにか引っかかる。僕はスポーツ全般に興味がないというのが大前提なのだが、高校生自身が「高校生らしく」と発言することには百歩譲って目を瞑るとしても、自身のプレイを「さわやか」とか「すがすがしく」などと表現するのはいかがなものか、と思った。
「なにも自分自身が『さわやか』であったり『すがすがしく』あろうとしているんじゃない、プレイをそのようにしようという目標じゃないか」という反論もあるかもしれないが、「さわやか」なプレイを心がけたり、「すがすがしく」プレイすることを気にかけている高校生っていうのが、なんだか気味が悪いのだ。
僕の末弟が小学生の頃、「あなたの長所を書きなさい」という宿題を出されて、「慈悲深いところ」と書いた。その宿題をたまたま読んだ僕と長弟は腹を抱えて大笑いをした。僕はほとんど涙を流しながら、「あのなあ、自分で『慈悲深い』っていうのは言わねえんだよ。たとえ本当だとしてもな。ぎゃはは」と弟に言った。自分のことを「慎ましい」とか「謙虚である」とか「優しい」とか「親切」とか「さわやか」とか「すがすがしい」なんて言うのは、恥ずかしいことという意識が僕にはある。
これ、おそらくの話なんだけど、この高校生は学校の先生に質問したんだと思う。
「先生、自分*3たちはどういうプレイを心がければよいのでしょうか?」
「そうだなあ。やっぱり高校生らしい、さわやかだったり、見ていてすがすがしいプレイをすべきだな」
「なるほど。わかりました!」
それを彼は、文章にしたのだ。で、添削を頼まれた先生も「よしよし、高校生はさわやかですがすがしくあるべきだから、合格!」としたのではないか。わりと単純な話なんだと思う。そしてたぶん、聴いた側の大勢も単純に聴いたのだと思う。

除する

宮城谷昌光三国志』の第四巻、三百二十四ページにこんな文章があった。献帝という時の天子からの使者の言葉である。

曹操兗州*4牧に除する

「牧」というのは州の長官のことである。ここを読んですぐに、珍しく誤植だ、と思った。文意からすれば、「叙する」であろう。辞書で「叙する」を引けば、「爵・位・勲等・官等を授ける」とある。「除」は「とりのぞく」という意味だからまったく正反対であろう、と素人の僕は考えた。
しかし、すぐあとにこういう文章がつづいている。

すなわち興平二年(一九五年)の十月に、曹操は正式に兗州牧に除任されたのである。

こうなるともはや誤植の線は薄い。ということで広辞苑を引いてみた。すると、「(旧官を除いて新官に任ずるの意)官職に任ずる」という説明があった。驚き! 念のため漢和辞典の新字源で「除」を引いても、「新しい官職につける」と意味が説明してあって、「叙・著」と同じ、とあった。なるほどねえ。勉強になりました。

かしぐ

辞書を引くと、「ご飯を炊くこと」とある。「炊ぐ」とも「爨ぐ」とも書くようだ。
三遊亭圓生『目黒のさんま』のマクラに面白い小咄があった。大名同士の会話で、知ったかぶりのひとりが、家来から「伝授」されたと言って、米の炊きようをもうひとりに教えたがっている、という話。ここに「かしぐ」という言葉が出てくる。

「まず、水加減というものが第一で、一升の米を炊くには、これをよくかしいで、かように手を入れる。このくろぼしまで水が参れば、それにて、一升の米を炊くことができます」
「これは恐れ入りましたな。しからば、水加減が、かように手を入れてこのくろぼしへ水が参ればよろしきもので?」
「さよう」
「して、二升炊くときは?」
「……二升……炊くときは…………両手を入れる」
「三升の折りは?」
「足を入れる」

圓生は、大名人のくせに、こういう他愛のない話を実に明るく朗らかに演じるので、聴いていてたのしい。肩が凝るということがないのである。
しかし、少し気になる。上の内容においての「かしぐ」は、辞書に記載されているような「炊く」とは別の意味で用いられていて、現代語でいえば「研ぐ」であろう。辞書の記載が不足しているのか、それとも、圓生の誤用か。
ここで僕は、ある単語を思い出した。ラジオで京都人、桑原征平がときどき口にする京ことば、「米を研ぐ」という意味の「かす」という単語。広辞苑を引くと、「淅す・浸す」の漢字があてられている。

1. 米を水であらう。とぐ。
2. 水につける。ひたす。

もしかしたらこのときの圓生は、炊くの意味の「かしぐ」と研ぐの意味の「かす」を混同してしまったのではないかと思うのだが、さあどうだろうか。
さて、もうひとつ気になるところ。上のやりとりで「くろぼし」という言葉が出てくる。話の内容から「くるぶし」であることは簡単に察せられるのだが、なんど聴いても「くろぼし」と言っている。
ネット上の辞書(大辞典をソースとしているのでかなり詳しいはずなのだが)を引いても「くろぼし」の項に、くるぶしの説明は載っていない*5。もうちょっとネット上で検索してみると、語源由来辞典に、

近世後期の江戸では庶民の口頭語として「くろぶし」「くろぼし」とも言われた。

とあった。この場合の圓生の用法は正しいのであった。

*1:うろ覚えにうろ覚えを重ねるが、このことは高島俊男も指摘していたと記憶している。

*2:顔文字サイト、みたいなところで見つけてきた。

*3:なんか最近の若い子の一人称は「自分」が多いような気がする。

*4:もしかしたら正しく表示されないかもしれない。中国文学について詳しく書きたい人は、ネットのこういう表示の不具合に毎度いらいらしているのだろう。

*5:広辞苑第五版では、「くるぶし」の項に「くろぶし」という別称の記述はある。

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最近、気温も上がってきたのでいろいろと忙しくなってきており、朝の六時前にはごそごそと家を出る日も増えてきた。となると、日中がどうしても眠たくなる。
こうなると、休憩時間中や仕事後に読書をするといっても頭をフル活用するような種類のものがだんだんと厳しくなってきて、視線を動かしていれば自動的に頭に内容が入ってくるようなものを好むようになる。読みやすいミステリとか、時代劇とか。

ということで、このあいだ古本屋で見つけたみをつくし料理帖シリーズの第一巻を購入した。

八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)

八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)

読みやすい。休憩時間にぱらぱらとやっていて、帰ってきてちょこちょことページを捲っていたら読み終えてしまった。
女主人公があまり器量よしではないところがよい。文庫本の表紙にちょっとしたイラストが書いてあるが、眉毛がハの字に下がっているところが特徴らしい。水害で両親を亡くした孤児であり、まあいろいろと不幸に見舞われている。基本的には貧しく、せっかく考案した料理によって店を繁盛させるも、妬みから付け火にあって焼きだされる、というなかなか安心させてくれない展開。
これ、このあいだ読んだ『しゃばけ』とはまったく反対のパターン。『しゃばけ』は、唯一病弱というのだけが弱点の大金持ちの若旦那が主人公。あれでは応援する気も起きなかったが、この場合は、(そんなに熱を込めてはいないものの)がんばれくらいの声援は送りたくなる。
また、この主人公が孤児になった理由の「水害」が、震災での津波を想起させ、そのために読者が余計に応援したくなるという効果もあるのではないか。なお、この本が書かれたのは震災以前。

余談だが、北方謙三『楊令伝』のラスト近くで、主人公の楊令たちの軍団が大洪水によって甚大な被害を受けるのだが、これも震災にリンクしているように感じ、読みながら鳥肌が立った。この部分は2010年に書かれたらしく、ちょっと不思議な気分になった。

深い小説ではないけれど、疲れた頭にはちょうどよい。第一巻は古本で購入してしまったので、つづきはきちんと新刊で購入する予定。読みやすいのも大事な要素だなあ。

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きょう、ラジオでワコールの「まったく同じナレーション」というCM が流れていて、びっくりした。

男性ナレーション
ワコールからすべての女性のみなさまに、ブラジャーのお知らせです。
女性ナレーション
右にずれたり、左にはみ出たりしていませんか? 守ってあげたい、ふたつのデリケートなふくらみ。大きいか、小さいかなんて関係ない! あなたの大切な場所を、手で優しく包み込むようにホールドします。
男性ナレーション
つづいて、すべての男性のみなさまに、まったく同じナレーションで、メンズパンツのお知らせです。
女性ナレーション
右にずれたり、左にはみ出たりしていませんか? 守ってあげたい、ふたつのデリケートなふくらみ。大きいか、小さいかなんて関係ない! あなたの大切な場所を、手で優しく包み込むようにホールドします。
男性ナレーション
すべての製品に、同じだけの思いやりを。ワコールです。

「すげえな」とつぶやいてしまった。これが即アウトとならないのは、ワコールという女性のイメージが強い会社だからか。この企画が通ったことも驚きだけど、グランプリを授賞した「ACC CMフェスティバル」の度量も大きい。
下で聴ける。

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自営業をやり始めると、あらためて仕事ってありがたいものだなあと思う。仕事がないとき、モノが売れないときほどみじめなことはなく、それは「高給取りなんだけど、閑職に追いやられて……」などという悩みとはまったく別次元のものだと思う。だからこそ、仕事をもらったり、註文をもらったりすれば、自然と「仕事をいただく」という言葉が出てくる。
そういう意識でテレビやラジオを視聴していると、芸能人が「仕事をさせていただく」という表現をよく遣うことに気づいたのだが、これになんとなく共感を覚えるようになった。その収入の規模はまったく違うが、彼らとて人気がなくなったらただの人、無収入の日がいつやってくるかと、その恐怖とつねに戦いながら仕事をしている、という人も多いだろう。下積み時代に苦労した人ならなおさら、仕事に対する感謝と、どうかこの仕事が少しでも長くつづきますようにという祈念とで、無意識に「いただく」という言葉を口にしてしまうのだろう。そこまでは、わかるのだ。

問題は、これが嫌味な人。
どこをどう嫌味と受け取るかというのはまったく個人の好みに属すると思うのだが、このあいだ(といっても年始)、ある芸人が「おかげさまで正月は家族でハワイに行かせていただいて……」と話していた。なんだそりゃ。
この芸人はよく正論を主張し、おそらく有言実行の人間なのだろうが、その「ご立派」な感じが大嫌いで、芸人としての技倆は確かにあると思うのだがまったく好きになれない。で、上の発言の場合の「おかげさまで」は、どこに・誰にかかっているのかがわからない。
この発言はあるラジオ番組でのものだったが、そこに出演していた彼の大先輩に当たる人に対して「あなたさまのおかげで」と言っているのか、はたまた、それを聴いているリスナー、あるいはお客さん全体に対して言っているのか、が判然としない。
彼の大先輩が、彼にハワイ行き旅券を「ほい」と手渡したとは思えないので、おそらくは、「お客さんのおかげで仕事をさせてもうてます。で、稼いだお金でありがたいことに正月に家族みんなでハワイに行かせてもうてます」という意味であろうとは思うのだが、こういうのは感謝とか仕事継続の祈念という本来の意味を大きく逸脱して、ただの儀礼的形式的表現に堕してしまっている。もし本当にそう思っているのだとしたら、いちリスナーである僕のところにもハワイ土産が送られてくるはずだけど、そんなことはなかった。

感謝っていうのは、受けたものに対して相応のお返しをすればいいだけであって、「なにごとにつけ『大は小を兼ねる』というから大仰に言っておけばいいや」という態度はかえって不遜だと思う。そういう不遜な人間が自分のおこがましさに気づかないままに、万人に有効性があると固く信じているところの彼の「正しさ」を主張していたりするとちゃんちゃらおかしく、僕はラジオのスイッチを切ることになる。

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第二回目から観始めたドラマ。きょうで最終回だった。
たまたまザッピングしていたところで、清水くるみが出ていて、「あれ、この子だれだっけ?」とずっと観ていたら『桐島』に出ていた子だったと気づく。そのまま観ていると高橋一生が出てきていい演技をしていた。山本耕史もコメディ演技をやっているし、あれ、実はけっこう面白い役者が出ているんじゃないかと思った。もともとの好みでいえば、高橋一生光石研。このドラマで気に入ったのが、大倉孝二笹野高史、太賀(『桐島』で清水が心を寄せている役を演じていた)、田中圭観月ありさ蓮佛美沙子
女優陣もなんだか可愛らしい子が多かった。清水くるみ、山本舞香新川優愛堀内敬子(女のではないけれど)。特に準主役の蓮佛美沙子は、今年の一番は蓮佛美沙子カーリングの小野寺さんかっていうくらいにかわいかった。

脚本がよかった。ほとんどの登場人物が「誰かから認められない」というものを抱えていて、他人からの承認を求める人間を描いているという現代性もきちんとあったし、その解は他人の評価にあるのではなく自身のうちにあるという結論は、もはや古典に属するものではあるものの、やはり観ていて安心納得するものであった。
そして、少しだけひねりがあるものもよかった。たとえば、金八第五シリーズの「大西さん」こと織本順吉が、高齢でありながらも駆け落ちをする回。そこでみなにたしなめられた織本が、「年寄りはみな元気で明るくなきゃきゃいけないのか」(=そうじゃない年寄りだっていたっていいだろうに)と発言し、老人を劃一的にとらえる風潮を批判していた。ここにはちょっとひねた視線がある。また、山本舞香が、父(三宅弘城が好演)がアル中のおかげで貧しく自分の進学を諦めていたのだが、苦渋の決断の末、進学するために、酒を飲んでいないときは優しい父を強制入院させるという回もあった。このようにストーリーそのものになかなか安直な筋を辿らせようとしないところが好みだった。
あと、なんといっても高橋一生なんだよなあ。高橋が主役の回があって、クラスメートの主婦を騙して大金をふんだくろうとするのだが、非情になりきれない純真な青年が仄見えていて、その見せ方(おそらく東北地方であろう実家の母と電話する場面とか)が実に高橋らしい。彼がその主婦と居酒屋で飲んでいて、若いころ自分が信頼している人間に騙されたことを酔いながら告白するシーンがあるのだが、聴いていてなぜか泣けてしまう。
最終回もよかった。あれ、これってスティング? と思ったら案の定、作中でも「スティング作戦」と呼ばれていて、やられたって感じ。山本耕史へのビデオメッセージとか、教室での卒業証書授与のシーン(蓮佛などは本当に泣いていたっぽい)とか、これまた自分でも不思議なくらいに胸にこみあげてくるものがあって、このキャスティングを観られることはもうできないのかと思うと、ものすごく寂しい。

定時制高校もの、ということでなかなか耳目を集めにくいだろうとは思っていたし、放送時間帯も考慮すれば視聴率が低かった(たぶん)のもやむを得ないとは思うのだが、観つづけた人は一定の満足感を得られたんじゃないだろうか。後半は、外に出てクラスメートをやたら探すシーンが多かったり、光石研観月ありさ組に対抗する理事長グループ(?)の存在もなんだか不徹底だったというわづかな瑕疵はあったけれど、それらは本当に些細な問題で僕の満足感は減ずることもなかった。
あーあ、金曜のたのしみがなくなっちゃった。残念。

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