とはいえ、わからないでもない

2014年04月

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父親からNHK FM の「ラジオマンジャック」という番組を薦められたので、最近買ったラジオ番組を予約録音するソフトを利用して聴いてみた。

うん。面白い。曲は基本的に洋楽で、なんとなく耳を流れていく感じがちょうどよい。NHK だからCM がなく、曲と曲のあいだは、出演者たちのショートコントで埋めている。
たとえばこんなの。

集める人


娘「おかーさーん、なんか税金を集める人がきたよー」
母「なーにー? いまちょっと手ぇー離せないのよー。椅子を勧めて待ってもらってー」
娘「おかーさーん」
母「なーにー?」
娘「椅子ひとつじゃなくて、全部ほしいんだってー」

詳しくは憶えていないが、こんな感じ。伝わるかどうかはわからないが、非常によくできている。
うーむ、よくできているなあ、とは思ったのだが、メインDJ が赤坂泰彦なのである。僕はむかーしからこの男が好きではない。

やはり父がこの男がかつてやっていたTOKYO FM の『ミリオンナイツ』を好んでいて、「いいぜ」と薦めてくれたのだが、『尾崎んちのババア』を知るきっかけにはなったものの、赤坂泰彦自身が好きではなく、「大丈夫、大丈夫、全っ然、問題ない!」という彼の決め文句も、なんじゃそらという感じだった。
その後、テレビでカラオケ番組『夜もヒッパレ』を(ほぼ全編に対して文句を言うために)観ていたときにも、特別枠にいた中山秀征は別として、赤坂泰彦はやっぱり嫌いだった。いや、悪人とかそういうわけじゃないのだけれども、どうにも好かないという感じなんだな。

それから十数年して、この「ラジオマンジャック」でひさーしぶりに赤坂泰彦の声を聴いた。うわー懐かしいなあ、そうそうこんな感じだったよなあ、こういうノリのよさがむかしは好きじゃなくってなあ……って、あれ? 今も好きじゃねーや、この感じ!
でも、なんだかこの「好きじゃない感じ」が懐かしくって、僕が全然興味なかったあいだも、彼はここ十年間立派に仕事をしてきたのだろうし、そういう部分にどこかちょっとだけ敬意もあったりして、むしろ、僕が好きなような、言い換えれば許せてしまえるような感じになっていなかったことに嬉しくなってしまった。


僕が二十代くらいのときだったら、嫌いなやつとは口を利かなきゃいいし、もっと言えばつきあいをやめてしまえばよかった。きちんと就職した人なら、会社に入った時点でそうも言えなくなるのだろうが、僕はぶらぶらしていたので、そういう自由がわりといつまでもできた。
けれども、今のように田舎に来て仕事にも土地にもある程度固定せざるをえなくなり、人間関係にも嫌々ながら向き合わなければいけなくなると、「うーむ、この部分はよしとするか」というようなある種の寛容さが尊大な僕の中にも起こり、それと同時に、なんともいえない人間の機微というものも薄ぼんやりと推し量れるくらいにはなってきた。
そういう中で、この赤坂泰彦についても、ときには「ハハッ」と笑えるときがあるのだろうということはなんとなく想像できるようになったのだろう。DJ は好きじゃないけど聴くか、という気になったのである。
その感覚と似ているようでちょっと違うのだが、朝日新聞のCF を思い出した。


それはともかく。
こんなことを書いているときに、花梨さんの記事を読んだ。

この中で花梨さんは、糸井重里のことを好きではなかったと書かれている。僕も糸井は嫌いだ。花梨さんが共犯に思われてしまうとアレだから、僕糸井が嫌いだ、と書こうか。
なにがどうして、と明確に言えるものを持っているわけではないのだが、好きになれない。いまは、(以前とは違って?)「話のわかるおじさん」のような立ち位置を獲得している感じだが、それも好きではない。胡散臭さの象徴みたいな気さえするのである。つまり、なにかの拍子で人気が出りゃお調子者にもなるけれど、年をとればそれなりに好人物、どんな方面にも顔が利いてそれなりの評価をされ、もっと時が経てば好々爺へ、みたいな。たぶん、僕みたいに嫌っている人間でさえも、彼に会えば「ああ、意外にいい人なんだ」と思ってしまいそうで、それも含めてイヤ。そんな人間を、僕は信じたくない。直観が嫌っているのである。
まあ、イトイについてはそれくらいにして。
花梨さんは、上記記事で、糸井重里を「嫌いであったことを忘れてたことを、その本で思い出した」と書かれているのだが、実は僕も赤坂泰彦の声を聴くまでは、彼を嫌っていたことを憶えていなかったのだ。


嫌いだったことも忘れてしまうし、反対に、好きだったことも忘れてしまうのかもしれない。嫌いだったことを忘れていたのになにかの機会に思い出して、またその思い出したことも忘れてしまうかもしれない。結局はすべて忘れてしまうのかもしれない。
今では自分でも信じられないことなのだが、高校を卒業してから数年のあいだ、三年生のときのクラスメート三十数人をア行からひとりづつ思い出せるように訓練していた。まるで四十七都道府県や東京二十三区を思い出すのと同じように。
それだけではなく、自分がアルバイトをしていた職場の同僚や上司の名前(フルネーム)も、辞めたあとでもつねに思い出せるように訓練していた。
自分の会った人たち全員のことを好きだった、というわけではない。そうではなくて、ただ単に忘れたくなかっただけだろうと思う。好きとか嫌いではなく、彼らをいつまでも憶えているということによって、自分の中でなにごとかを証明したかったのかもしれない。
しかし、そのような忘却への反撥もむなしく、それどころか、今の今まで、そのような努力をしていたことさえすっかり記憶の中から消えていた。


こうやってブログに書くことで、思いもしなかったことを思い出すことがある。そして、思い出したことを書くプロセスを通じて、書いたことに似るよう記憶を少しづつ修正し、今度は「元より修正された記憶」を思い出すことになる。
このあいだ読んだ桂文楽の『芸談 あばらかべっそん』の解説には、解説者が文楽に取材して聞いた話が、ほとんどその『あばらかべっそん』に載っていた、と書いてあった。

おそらく文楽は、自分の記憶にあるさまざまなはなしを、無意識にしゃべり続けてくれたにちがいない。なかには初めてひとに語ったつもりのものすらあったはずである。だが結果として、それらのほとんどは、かつて何度も文楽が語ってみせ、語ることによって藝談としてますます整理されたかたちのものであったのだ。


ちくま文庫『芸談 あばらかべっそん』 323p

文楽に限らず、われわれもきっと同じようなことをしているはずである。一般に記憶と呼ばれるものは、ひょいひょいと取り出せるような固定不変のものではない。
そうではなくむしろ、取り出すたび/しまうたびに、よりあやふやになってしまうような不安定で曖昧なものではないだろうか。

不安定だから悪いというものでもない。単純に記憶力がいいという人ならともかく、「私の記憶は絶対である」みたいな人は別の意味であまり信用できないし、「ほら、ここにも書いてある」と目を輝かせて手帳だかノートなんかを持って来たりするようだと、もうだめ。ああそうですか、無粋ですね、みたいなことを思ってしまう。
正確さ=正しさ、みたいな言説をよく目にするが、研究や経済、政治の分野ならいざ知らず、個々人の記述にまでそれを求める必要はない。
ヒトは、生物として定量的に記憶するようにはできていないのだと思う。その不定形なものを扱い、やりとりするところに面白さがあると思うのだ。


……と(珍しく)酒を飲みながらだらだらと書いているうちに、178日前に書いた下書き記事を持ち出してみたくなったので、統合してみる。なお、この下書きを書いているときには、まだガルシア=マルケスは存命していた。

長い歳月がすぎて銃殺隊の前に立つはめになったとき、おそらくアウレリャーノ・ブエンディーア大佐は、父親に連れられて初めて氷を見にいった、遠い昔のあの午後を思い出したにちがいない。
そのころのマコンドは、先史時代の怪獣の卵のようにすべすべした、白く大きな石がごろごろしている瀬を澄んだ水がいきおいよく落ちていく川のほとりに、竹と泥づくりの家が二十軒ほど建っているだけの小さな村だった。そういう物がたがいの話のなかに出てくると、みんなは、いちいちそれを指ささなければならなかった。

というのは、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』の有名な書き出しである。
子どもの頃のブエンディーア大佐は、ジプシーだったかが持ってきた「氷」を目の前にして、それがなんだかわからなかった。

その中には、夕暮れの光線がとりどりの色の星となって砕ける無数の針をふくんだ、透きとおった大きな塊しか見られなかった。うろたえながらも、子供たちがその場で説明を待っていることを考えて、ホセ・アルカディオ・ブエンディーアは言ってのけた。
「こいつは、世界最大のダイアモンドだ」
「冗談じゃない」と大男がその誤りを指摘した。「氷ってもんだ、これは!」

本当にあったことではもちろんないだろうが、幻想的な中にきちんと本当らしさがある、これぞマジック・リアリズムの世界という感じだ。1960年代ということだから、実感としてはもちろんないのだが、マジック・リアリズムが流行った時代があり、ガルシア=マルケスノーベル文学賞受賞がさらにそれに拍車をかけたようだ*1
ラテン文学を読むと、その想像力の豊かさとともに、それが許容される土壌性というものが強く痛感される。たしか沢木耕太郎が書いていたと思うのだが、どこかのゲリラ軍の一軍人の日記だかエッセイだかにこういうのがあった。ラジオの調子が悪くなったのだが、どうもおかしい。ネジを外してラジオの内側を調べようと裏蓋を外すと、中から黄色いカナリアがバサバサっと飛び出した。いま、日本で同じ文章を書いても、たぶんリアリティが生じない。なぜだろうか。
その疑問の答えになるわけではないが、同じ本で、沢木はガルシア=マルケスの言葉を引用していた。孫引きになってしまうが引用すると、

たとえば、象が空を飛んでいるといっても、ひとは信じてくれないだろう。しかし、四千二百五十七頭の象が空を飛んでいるといえば、信じてもらえるかもしれない。


花梨さんのところのコメント欄でちょっと前に盛り上がった生首の話。

要するに、あるワイドショーかなにかで生首を描いた掛け軸を紹介していたら、その生放送中に、目をつむっていた生首(もちろん、絵)が目を開けた、という。

これを、僕が子どもの頃に「恐怖の心霊現象 77のふしぎ!」みたいなタイトルのちょっと厚めの怪奇現象本で読んでいて、めちゃくちゃ怖いものとして記憶していた。
後年、というか最近になって、「まさか、あの映像はないよな……」と思いつつも調べてみたらなんと上に貼りつけたようにYouTube 上にその動画(といっても、その当時の映像を扱った最近の番組)があって、それをあらためて観ることができた。
で、花梨さんのダイアリーでそのことをコメントしたら、なんと花梨さんご本人はリアルタイムでそれを観ていた、ということをおっしゃるので、二重にびっくり! そんなのを生で観られることがあるんだなあ、という偶然にも驚いたし、そういう体験をした人と現実にやりとりをしているというこの現代のテクノロジーの発達にも驚いた。

で、今となればこの映像を観ても、「うーん、どうかなあ……」と訝しげに思ってしまう割合の方が強い。何度も何度も再生も映像拡大もできるのに、僕の中でのリアリティはほとんど強くならず、どころか減少していくばかりである。
でも当時、ザラッとした紙に白黒で印刷された記事を読んだときには、不明瞭な写真の中にものすごいリアリティを僕は感じていたはずで、他のページに腐るほど掲載された心霊写真と同様、すっかり本当のことだと信じていた。「当時」というのは三十年くらい前か。

今ではこのYouTube の動画に、夢もロマンもないすれっからしのコメントが並んでいるが、それはこの現代の感覚で観ているからで、三十年前であれば、「いや、どうしよう。これは生きている生首だ」と観た人も多かったのではないか。
ふたたび文楽の話になるが、『あばらかべっそん』の中にも文楽自身の体験した狸に化かされたエピソードが出てくる。これがだいたい1911年の頃。ほんの百年近く前までは本当に狸・狐に化かされることがあると信じる人がいたわけだ。
現代でも噺家がマクラで「今ではもう、こうやってあらゆるところが明るくなってしまったから、狸も狐も化けて出る場所がない」とよく言うのだが、これはうまい言葉だと思う。明るくなけりゃ狸も狐もお化けも出るだろう、ということなのだ。

ガルシア=マルケス百年の孤独』の中には、ある人物がそろそろ死ぬということになり、その人物の死装束みたいなものを縫い上げるために死神がやってきて、みんなと一緒に作業をする、というシーンがたしかあった。細部は間違っているかもしれないが、その死神の存在がなんとなくコミカルで、けれどもそれを読んでいるときには「嘘だよ、そんなことあるわけないじゃないか!」などとはいっさい考えなかった。
お話だから、というわけではない。ファンタジー作品であろうとなかろうと、「こんなことがあるわけない!」と思うことはある。
けれども、ガルシア=マルケスの作品はそういうことをまったく感じさせない。彼の小説では、「そういうこともあるんだろうな」と思えてしまうのだ。そういうことを総称してマジック・リアリズムと呼んだ、と簡単に考えていいのではないか。

で、僕が言いたいのは、なにもラテン・アメリカにまで行かなくても、日本でもマジック・リアリズムと呼べるような、そういう表現をしてもおかしくないような時代がたしかにあったのではないか、ということだ。
僕が子どもの頃に読んでいたマンガでさえ、ツチノコ、ネッシー、UFO、ラップ音、ポルターガイスト狐憑き、コックリさん、幽体離脱、守護霊、地縛霊、とオカルトものをよく扱っていた。そういうものが流行っていたということなのかもしれないが、単純に考えて、子どもの頃の僕はそれをすごく面白がっていたと思う。今のように、「うむうむ。いいね、面白いね。リツイートしてあげよう」とブランデーグラスをくゆらしながらの「面白い」ではなく、もっとその中に飛び込んだ感覚における「面白い!」。


ヒトの生物の能力の限界として、正確に認識できないこと・正確に記憶できないこと、を素直に認めたままであれば、いまだにこの日本でも狸・狐は化かしに出てきたのかもしれない、と思う。
YouTube のコメント欄では、生首の目が開いたように見える原因に「ハエ」の指摘をして満足している人も多い。ハエだと思いつつも、「目が開いたと考えた方がおもしれえや」と考える人間はきっと少ないのだろう。
狸・狐の全盛の時代だったら、そういうふうに粋にとらえる人間は多かったのではないか。枯れ尾花をあえて幽霊とみなし、おもしれえ趣向だ、と考えるような。

科学は、記録し、いろいろなものを名指していって、不明なものをなくしていくというのが仕事である。一見、それは万能のように思えるから、それに準じた考え方・ものの見方が主流となっている。
しかし、ドラマ『MOZU』の感想記事にも書いたが、真っ暗闇の家を懐中電灯一本で捜索するなんてことは、普通の神経なら怖くてやりたくない。普通の神経、というより、夜行性ではないヒトの本能としての恐怖があるのだ。
つまり、いくら科学が万能であろうと、そしていくら科学的な視点を獲得していようと、それと本能とは往々にして反目し合うのだ。だから、「あらゆるところが明るくなってしまったから、狸も狐も化けて出る場所がない」のではなく、「あらゆるところを明るくして、怪しいもの・恐ろしいものの表象の一種である狸も狐も追いやってしまった」というのがより本当のところなのだろう。


……と、だらだらと深夜の酔っ払いのひとりごとをつづけていてもキリがないのでここらへんでやめにしておくが、(正確である/正確でないという意味での)正しい/正しくないという見方よりも、面白い/面白くないという見方で世界をとらえていく方がよりたのしめると思う。

*1:ただ、『百年の孤独』は1972年に翻訳版が出ているので、日本国内でのブームは70年代ということになろう。

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周回遅れの感想。

  • しょっぱなから鏡の使い方がうまい
  • 今回でいえば、はじめの、いったん鏡戸(?)を開け、閉じたときにはじめにはいなかった真木よう子が映るという演出と、後半の、有村架純が真っ暗な部屋を進んでいくところで、有村自身は気づかなかったが置かれた鏡に返り血のようなものが見えていた
  • 前回では、ハセヒロが別件逮捕されたスポーツジムのところで、事前に西島から連絡を受けていた刑事たちの一部が、ロッカーの鏡に映る、という演出があった
  • この鏡の演出も実にホラー映画的
  • ところで、西島、香川、真木が三人で暗い部屋の中で話していたが、こういうのは、他の誰にも聞かれたくないから、という理由からそうしているのだろうけれども、この部屋から出たところの廊下の照明はどうなっているんだろうか?
  • この節電のご時世、密談していた部屋に至るまでの廊下の照明がしっかり点いていたのだとすれば、警備員がいちいちの部屋を「誰かいますか?」と尋ねて回らなければいけなくなる
  • そして、巡回を面倒がる警備員だったら、「誰もいねーだろうし、消してもいいよな」と勝手に消灯してしまうかもしれない
  • 真木、そして西島と、ひとりひとり順に退室していったが、それぞれが真っ暗な中を壁に手をやって、「ちっ、電気点けておいてくれたっていーじゃねーか」と愚痴りながら、おそるおそる帰って行ったのかもしれない
  • 今度は、子どもの描いた絵の裏側を鉛筆で薄く塗ったら、だるまが浮かび上がったという仕掛け
  • 有村が、取材先と思われるところで、彼女が「写真を撮らせてもらっていいですか?」と言ったところ、「何枚でもいいよ」と冗談を言うやりとりに感動した
  • 『ダブルフェイス』のときにも、蒼井優がバイト先のコンビニで仕事上がりの際、店長と思われる人にいろいろとお土産を渡され、「うちは現物支給だから」と冗談を言われ、蒼井も「またまたぁ」と笑って返すというやりとりがあったが、ワンシーンで蒼井(あるいは有村)がどういう人物なのか、が窺えるように描写しているというこの濃やかさに唸ってしまう
  • サルドニアという架空の国についてのニュースは、今回だけでなく、以前からテレビから流れるニュースで扱っていたはずだし、たしか、西島が爆弾事件から外されて配属されていたのが、サルドニア大統領の訪日のための空港警備ではなかっただろうか
  • 池松壮亮の小学校のときの校長(?)を演じていた役者(品川徹)は、『相棒』でふてぶてしい警視総監を演っていなかったか?
  • しかしこのドラマ、西島演ずるところの倉木がヘビースモーカーすぎるが、JT がスポンサーになっているのかと思うほど
  • 突然、西島が来るということで、鏡を見て少し服装を気にする真木が可愛らしい
  • 吉田鋼太郎の執拗な追跡劇にまさに手に汗握る、単なる脅しじゃなくほんとに当てるんだもんなあ
  • 真木のうちは、血だらけの西島のせいで、服から壁から家具まで大汚れ!
  • 血液はなかなか落ちないだろうし、たとえきれいにクリーニングできたとしても、もしこの部屋がルミノール検査かなんかされたら、ものすごい反応が出てしまうだろうな
  • 一方、有村が池松の実家を訪ねるのだが……ここで声(文字)を大にして言いたいことがある
  • 深夜に、誰もいないようなところへ行くなよ!
  • これもホラーものならお約束中のお約束の描写だが、真っ暗な中、懐中電灯を点けてまで探しものをする必要があるのって、いったいどんな場合よ?
  • 僕なら五万円もらったってやらないな、こんな仕事(じゃあいくらならやるのか、としばし考えてみた)
  • 真木のマンションでは、血まみれの西島が長々と上半身をはだけていたのだが、これは女性視聴者へのサービスなのかね
  • こんなのを喜ぶのって、三島由紀夫だけだと思うんだが
  • で、血だらけのまま帰宅して、妻である石田ゆり子の部屋の鍵のかかったひきだしをこじ開けたら……渡せないまま取って置かれた娘へのクリスマスプレゼントだった、というのがなんともせつない
  • またホラーが来るぞ、ホラーが来るぞ、と思わせ警戒させておいて、ハートウォーミングなものを見せるというじわっとくるやり方
  • 今回で確認できたが、予告篇にある映像は、いくつか次回に放映されない内容も含まれているらしい
  • それと同様に、毎回最初に放映される「前回までのあらすじ」のような映像の中にも、これまでに放映されていない映像も含まれているようだ

次回もたのしみですなあ。

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うーむ、明日は八日ぶりの休みかと思っていたら、どう考えても半日は仕事をしなくちゃならいようだ。天気予報は大雨。

録画してあるドラマは一週経ってもまともに観られていないし、マンガすらまともに目を通せずにそこらへんに転がっている。ただもう、眠くて眠くて。こたつ(ここではまだストーブとともに大活躍している)に突っ伏して寝ていることはしばしばで、文庫本に指を突っ込んだまま深夜に目を覚まして、あらためて寝直すという毎夜。

そんな感じだが、きのうやっと『もやしもん』の最終巻をざっと読むことができた。

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思えば、僕がいまの仕事をやっていることに、『もやしもん』の影響がないわけではない。世の中なにが起るかわからないけれども、九年の連載と、僕の丸三年(終ったわけじゃないが)の仕事に、小さく乾杯をした。
写真の右側にあるのは、春鶯囀(しゅんおうてん)という酒とコラボして作った『もやしもん』の日本酒。日本酒の味はよくわからないが、飲みやすくておいしかった。

休みがとれない代わりというわけではないが、来月の八日あたりから二日間ほど、東京・横浜を訪れることにした。プライベートジェットに乗って行こうかと思っていたが、考えてみれば、いま車検に出しているから無理。夜行バスになるかな。

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レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』または『ロング・グッドバイ』についてなにかを言おうとすると、その前に、「すぐれた文明批評としてのハードボイルド」という言葉を思い出す。これは、チャンドラーの作品についてのものではなく、チャンドラーに影響を受けたある日本の作家についての評価だった。

NHK のドラマ『ロング・グッドバイ』の雰囲気がよかったので、今まで読んでいなかったハルキ訳(以下、『ロング・グッドバイ』)を手に入れて読んだ。改めて読んで気づいたのは、けっこうな大部ということだった。本篇が五百九十四ページ。そして、訳者の力のこもった解説が五十ページ。後者は、あまりにも長すぎたのでまた別の機会に読もうと思う。
これまでに、清水俊二訳の『長いお別れ』(以下、『長いお別れ』)は二回ほど通読していたが、そこに古臭さを感じたことはなかった。そもそも1953年に書かれた小説なので、古臭いと言ってしまえばすべてが古臭くなってしまう。これが日本語の小説であったのならまた違った感じようもあったのかもしれないが、翻訳文の持つ独特の文体のためにあらかじめエキゾチックな雰囲気が醸成され、「こういうものなんだろう」というある種の思い込みで読んでいた部分もあったのだと思う。
『長いお別れ』の冒頭では、高級クラブの駐車場係は、「当たり前でさ」とか「いろんなのがいまさ」などという言葉遣いをする。まるで、侠客の親分に対する子分の言いぐさである。しかしこれは、『ロング・グッドバイ』でもそう変わらないのである。
あまりにも長いハルキの解説(あとがき)の中に「翻訳について」という章が設けられていて、そこだけはきちんと読んだ。清水訳があるのにもかかわらずなぜ新訳に挑んだのかがきちんと書かれていて、その理由は当初僕が予想していたような不当なものではなかった。簡単に言ってしまえば、清水訳には理由不明の省略部分があり、ハルキは完訳を目指したのだという。そしてその清水訳についても、決して社交辞令ではない敬意をきちんと払っていて、そこに好感が持てた。

以下は、最初はほぼ「いちゃもん」つけのためにメモしておいた部分。『ロング・グッドバイ』を読んでいて気になるところを見つけたら、『長いお別れ』でどのような訳をしているのか探し出し、場合によってはインターネットで原文と思われるテキストを探し出し、当ってみたりした。そのおかげで思った以上に時間を食った。
「解説」(の一部)で訳者の誠実さを実感したので、「いちゃもん」をつけることはやめにして、あくまでも比較の意味で掲載しておく。

主人公のフィリップ・マーロウが警察に取り調べをされるところ。はじめに原文(と思われるもの)。

Hair dark brown, some gray. Eyes brown. Height six feet, one half inch. Weight about one ninety. Name, Philip Marlowe. Occupation private detective.

この原文に当たったのは、『ロング・グッドバイ』の中の以下のある部分に引っかかったからである。

(前略)髪はダークブラウン、白髪が混じっている。目は茶色。身長は百八十四センチ。体重およそ八十五キロ。名前はフィリップ・マーロウ。職業は私立探偵(後略)


ロング・グッドバイ』ハヤカワ文庫 85p

そして、『長いお別れ』での同じ部分。

(前略)髪は濃い鳶色。グレイが少々まじってる。目も鳶色。身長六フィート一インチ半。体重はおよそ百九十ポンド。姓名はフィリップ・マーロウ。職業は私立探偵(後略)


『長いお別れ』ハヤカワ文庫 73p

清水訳では、brown を単に茶色とせずに「鳶色」としているところが気にかかるが、それ以上に、ハルキ訳ではヤード・ポンド表記ではなくメートル・グラム表記をしているのが気にかかった。
英語がわからないくせに原文に当たったのは、チャンドラーがヤード・ポンド法を用いていなかったのかをただ単に確認したかっただけだ。上にあるように、オリジナルのテキストではフィートとインチが用いられ、ポンドが省略されている。
メートル・グラムの方がたしかにわかりやすいとは思うが、けれども、フィートやインチ、ポンド、マイルで表記されるほうが、なんとなくアメリカ文学っぽくていいと僕は思う。
北方謙三の中国文学では、時間の表記をかならず「刻」であらわし、新しい章ではじめて「刻」が用いられるときに、括弧づけで一刻が三十分であることを説明している。高田郁の『みをつくし料理帖』のシリーズでも、料金はすべて「文(もん)」で表記していたが、それでいいのだと思う。そうやって、雰囲気を壊さないようにしているのだ。
一方、マンガ『ジョジョの奇妙な冒険』では、イタリアやアメリカを舞台にしたシリーズでも、すべて「円」表記で済ませていたと思うが、あれには少し興醒めした。

また、ハルキ訳でも少しまだるっこしさを感じた部分があった。マーロウが警察から釈放されて新聞記者のモーガンと会ったあたり。

私は車を降りた。「ありがとう、モーガン。一杯やっていくか?」
「またこの次にでも。今は一人になりたいだろう」
「一人になる時間ならたっぷりとあったよ。いやというほど」
「あんたにはさよならを言うべき友だちがいた」と彼は言った。「彼のために監獄にぶち込まれてもいいと思えるほどの友だちがね」
「誰がそんなことを言った?」
彼は力のない微笑みを浮かべた。「活字にできないからといって、僕が知識を持たないということにはならない。失礼するよ。また会おう」


ロング・グッドバイ』 111p

私は車を降りた。「乗せてもらって、助かった。何か飲まないか」
「この次にするよ。一人の方がいいだろう」
「ずっと一人でいたんだ。もうあきてる」
「さよならをいって別れた友だちが一人いたはずだぜ」と、彼はいった。「彼のために豚箱に入っていたとしたら、それこそほんとうの友だちだったはずだ」
「だれが彼のためだといった」
彼はかすかに笑った。「記事に書けなかったからって、知らなかったわけじゃないんだ。さよなら。また会おうぜ」


『長いお別れ』 96p-97p

下線は僕がつけたのだが、ここのハルキ訳の「知識を持たない」というのはやけに重い。ふつうに「知らない」でいいと思うし、原文でも「I didn't know it」となっていた。

また、ハルキ訳でも、今では珍しい単語が頻出していたのが興味深い。
「はんちく」(120p)、「棒だら野郎」(155p)、「さんぴん」(377p)。これらはすべて侮蔑語なのだが、こういう言葉の用い方は嫌いではない。
既述したことの繰り返しになってしまうが、この小説は1953年(以前)のアメリカを舞台としている。翻訳するのなら、なるべくその時代、その国の文化を意識して訳出すべきだろう。
言葉が違うということは文化が違うということだ。
関西弁の「もうかりまっか」「ぼちぼちでんな」「そうか、ほなさいなら」「ほな」は、標準語の「ご商売の調子はいかがでしょうか」「良くもなく悪くもなくというところでしょうか」「そうですか、それでは失礼いたします」「失礼いたします」とは違うやりとりだ(と思う)。
古い時代の異国のやりとりに新しさを求めても仕方がないのだから、上に挙げたようないい意味での古臭い言葉が出てくるのは好ましい。そして同じ意味で、清水訳の(悪い意味で指摘されるであろう)古臭さも、僕は一向に気にならないのである。


何年かぶりに読んだフィリップ・マーロウの物語は、「さようなら」にまつわるいくつかの有名な台詞を除いて、あらかた忘れていた。
けれども、この小説を読んでいるあいだずっと感じることのできる懐かしい時代への愛惜や郷愁は、記憶していた通りだった。
作者の言いたいことは、マーロウはもちろん、彼以外の登場人物の台詞を借りても訴えられている。そのように僕は感じた。たとえば、大金持ちのハーラン・ポッターの台詞。

この時代になって、社会のモラルも個人のモラルも恐ろしいばかりに地に落ちてしまった。内容のない生活を送る人間たちに、内容を求めるのは無理な相談だ。大衆向けに生産されるものには高い品質など見あたらない。誰が長持ちするものを欲しがるだろう? 人はただスタイルを交換していくだけだ。ものはどんどん流行遅れになっていくと人為的に思いこませ、新しい製品を買わせるインチキ商売が横行している。大量生産の製品についていえば、今年買ったものが古くさく感じられなかったら、来年は商品がさっぱり売れなくなってしまうのだ。我々は世界中でもっとも美しいキッチンを手にしているし、もっとも輝かしいバスルームを手にしている。しかしそのような見事に光り輝くキッチンで、平均的なアメリカの主婦は、まともな料理ひとつ作れやせんのだ。見事に光り輝くバスルームは腋臭止めや、下剤や、睡眠薬や、詐欺師まがいの連中が作り出す化粧品という名のまがいものの置き場に成り果てている。我々は最高級の容器を作り上げたんだよ、ミスタ・マーロウ。しかしその中身はほとんどががらくただ。


ロング・グッドバイ』 367p-368p

「ほとんどががらくた」になってしまった時代において、この億万長者やマーロウはいったいなにを求めているのだろうか。そもそも求めるものがまだ残っているのだろうか。
マーロウは、ことあるごとに他の登場人物たちと苛立たしいコミュニケーションを交わす。相手が善人であろうと悪人であろうと、あるいは善人ぶった悪人であろうと、彼は皮肉のひとつでもぶつけたくなるらしい。
マーロウは、彼なりの正しさを信じているのだろう。それが絶対的なものでなく、ごく個人的なものであることを、彼は知っている。彼にしか通用しない可能性のある「正しさ」のために、彼は周りから誤解され、ときとして時代錯誤とみなされる。
この現在進行形で、時代に取り残されている男の感じから、僕は漱石の『坊っちゃん』を思い出してしまった。坊っちゃんはマーロウほど自省力があるわけではないが、新しい時代を拒否し、新しい時代の象徴であるマドンナを否定し、清を肯定したのだ。
……と、ここでマーロウがノスタルジイを吐露する場面が実際にあったかどうかを思い出そうとしてみたが、すぐには思い出せないことに気づいた。もしかしたら、直接的にそう言及していた部分はないのかもしれない。
ポッターの言うような移り変わりの早い時代において、その場所にとどまりつづけようとする行為はそれだけでなにがしかの意味を持つのだろう。だが他人から見ればその行為は、リンダ・ローリングの言ったように、「自己満足、自己充足、自意識過剰の権化」(568p)と映るのかもしれない。
マーロウはそれについて説明をしない。間違っても自らを「不器用」と言ってのけるほど厚顔ではない。ただ、孤独を厭わず、孤独を愛し、孤独に戻っていく。

テリー・レノックスは不思議とマーロウの心に引っかかる人間だった。マーロウは、テリーのことを「自らの基準というべきものがあり、それを守って生きていた」(591p)と評するが、「しかしその基準はあくまで個人的なものであり、倫理や徳義といったものと繋がりを持たなかった」とつづける。そしてその原因は、明瞭には書かれていないが、戦争が原因だというようにも読める。戦争によって、心のどこかまっすぐした部分を失ってしまったのだ、と。
それはテリーのせいではない、というふうにも読めるが、だからといってさようならは覆らない。これは、さようならを言わずに友だちに別れを告げる男の物語なのだ。

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高校二年のときのこと。
学校の「三大祭」のひとつ、体育祭で僕は応援団をやっていた。
応援団といっても、学ラン姿で「押忍ッ!」を連呼するあの応援団ではなく、どちらかといえば、体育祭のときだけの臨時ダンスサークルみたいなものだった。男子のダンスがあって、女子のチアリーディングがあり、それから男女混合のペアダンスがあった。
今から思えば、応援団をやっている連中の半分くらいは恋愛目的だったのかもしれないが、僕は、女好きであるにもかかわらず、不思議とそんなことを期待していなかった。僕の入団経緯は、その前年(一年生)のときに「友だちがいないために」無理矢理加入させられ、そのときにできた先輩に「来年もやってくれよな」と頼まれたからである。いわば、男の約束を守ったのだった。
ペアダンスのとき、コンビになった女の子と手をつなぐのが嫌で嫌で仕方なかった。その女の子が嫌いというわけではなく、それどころか愛嬌がよくて、とても気の利くかわいい子だったのだが、むしろ、そういう女子だったからこそ、手をつなぐという行為に照れていたのだと思う。今ではそんなこともないが、当時は女の子と正面きってしゃべることさえ苦手だった。というか、できなかった。
ダンスに用いられた音楽を聴くたびに、その軟式テニス部のS さんとふたりして呼吸を合わせ、手をつないだまま小さくジャンプしたことを思い出す。


Be My Baby / The Ronettes

その応援団のときに、チームカラーである青色のT シャツをみんなで作った。晴れ晴れとしたブルーのV ネックで、「V」の部分と袖の部分に差し色の鮮やかなイエローを配していた。そのようなデザインを、たしかトリムT なんて呼び方をしたはずだ。
胸のところには、「BLUE '94」と斜体の文字が、これまたイエローで書かれていた。1994年の夏を青組のみんなと過ごしたんだ、というメッセージなのであろうが、親しかった先輩がこのデザインをはじめて目にしたとき、うーんと唸っていた。
「これ、『'94』の数字がダサいよね」と彼は言うのだ。「『'74』だったり、せめて『'84』であれば……」
当時の先輩たちのあいだでは古着が流行っており、なんとなく70年代のファッションに憧憬を持っていたところがあったのだと思う。ベルボトムにフラワーT シャツというそのまんまな恰好は誰もしていなかったが、服装のどこかに古着が入っていればおしゃれだと思っていたろうし、そういうのに影響されて僕も古着のジャージをよく着ていた(今でも着ることがある)。いまそのような恰好をしていても、「おしゃれ」と呼ばれることはないのかもしれない。


きょう、ラジオを聴いていたら、リスナーからのリクエストで倍賞千恵子の『下町の太陽』という曲がかかっていた。

そこに添えられたメッセージは、だいたい以下のようなものだった。

はじめて行った会社の慰安旅行で、バスの中でこの歌を、声を張り上げて唄いました。そうしたらみんなに、うまいねえ、上手だねえと言われ、とても嬉しかったのを今でも憶えています。

これだけを見れば、ごくあっさりとしたものである。けれどもこの歌は、1961年のヒット曲。今から半世紀以上も前の歌である。
リクエストしたリスナーは、低く見積もっても六十五歳以上ではないか。彼女のこの慰安旅行がヒットした当時だったとすれば、東京オリンピックはいまだ開催されておらず、新幹線も走っていなかった。
僕は想像する。狭いバスの車内で、マイクがあったのかどうかもわからないし、もしかしたら手拍子のアカペラで唄ったのかもしれない。がたがた揺れる車内、みんなが手を打ちながら耳を澄まし、その中できっと倍賞千恵子のような正統な唄い方で彼女は唄ったのだろう。歌が終わって大きな拍手。そして、次々に称讃の声がかけられる。
僕はこの想像上の情景を「いいもんだなあ」と勝手に思う。

いまの大学生がゼミの合宿に行ったとする。レンタカーでハイエースかなにかの大型ワゴンを借り、その中のカーオーディオにタブレット内のiTunes を同期させ、AKB48の『恋するフォーチュンクッキー』をみんなで唄う。その様子は、スマホで動画撮りされ、SNS でシェアされる。お互いがお互いを褒め合い、「最高の思い出!」とツイートしたり「いいね!」されたりする。

1961年と2014年との両者のあいだに、構造的な相違はたいしてないのかもしれない。どこかへ行く途中に、誰かが流行歌を唄い、そこに拍手を送ったというだけだ。けれども懐古趣味のきらいがある僕は、特に感動的な話でもないであろう前者にはなぜか心を動かされ、後者には退屈さしか感じない。
年をとったパーソナリティのラジオ番組には、同じく年をとったリスナーからのメッセージが届く。そこに書かれてある話の多くには、耳を傾けたくなる時間の厚みがある。
一方、若い人たちは、きのうきょうを語りたがる。あるいは、ほんの少し先の未来を。繰り返しになるが、僕にとってそれらの話題はひどく退屈なのだ。ちょうど1994年の夏に、「'94」という数字を恰好の悪いものと感じていたあの先輩のように。


あの「'94」のT シャツはたぶんこの家のどこかにあるはずだ。でなければ、実家に。そしてもしかしたら、あの先輩も大事に持っているのかもしれない。
あのダサかった「'94」は、襟周りは当然くたくたになり、場合によっては色褪せているのかもしれない。どこかに着て出かけられるほどしゃれていないし、そもそもT シャツの似合わない年齢になりつつある。
しかし、それでもかつての「ピカピカ」のT シャツは、今となっては二十年もののヴィンテージになっており、そしてそれ相応の年月の経過が、僕の身体にも刻み込まれているのだ。

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まだ二話目を観ている。

  • 前に、西島と真木とが会話していたときにも思ったけれど、どこかの高層レストランでまたふたりが食事しているところで、ふたりの会話の声がでかいんだよなあ
  • 「爆弾事件」とか「行方不明」などのぎくりとするキーワードをわりと大きな声で話していて、「おいおい、公安なのに情報管理がちょいと甘くないか?」とツッコんでしまった(もちろん、演出上これは仕方のないことはわかっている)
  • あと、このふたりの会話のシーン、どうしてもパナソニックの西島のCF を思い出してしまう(「うちの食洗機、すごいんだよ……」)
  • このシーンひとつをとっても映像がきれいすぎるくらいで、最初はふたりの会話に気が行かず、画面に配置された人やその動きに見とれていた
  • 大きな窓の向こう側に露出を合わせているから、室内がアンダーに傾くのだが、その美しさといったら
  • まあ、映像に意識的なドラマなり映画は、影をうまく使うものだが
  • その証拠に、その次のハセヒロと西島がビルのエントランスで対面するときも、斜光の具合が素晴らしい
  • と思っていたら、ハセヒロが「公安は無茶な捜査をするから、嫌いなんだよおれは」の台詞をいやらしく言い放つのに感動した
  • いいねえ、こんな表情をもっとやれと思う
  • リク男(池松壮亮という立派な名前があった*1)が自分のアパートに戻るところで感じたのだが、この監督は、ジャパニーズホラー的な描写がうまいなあ
  • 他にも今回でいえば、防犯カメラの映像で女の子が映っているところとか、妹のアパートの部屋でまるで「首吊り死体」があるように映すやり方とか、もっと言えば池松の記憶がフラッシュバックされるところなんかに、ホラー要素を感じる
  • 西島と吉田鋼太郎とのやりとりもマフィア映画みたいでよかったなあ
  • 池松アパートでのアクションも迫力があったが、狭い室内で役者たちとカメラマンとの距離が近いのがよいのだろう
  • このドラマの特長として、アクションシーンに手に汗握る感じがあって、非常によい
  • 日本のドラマや映画には歌舞伎などの「殺陣」の流れを汲んでいるところがあって、その予め決められた立ち回りに、どうも迫力を感じられないことが多いのではないか、と浅薄な知識で考えてみる
  • もちろん、その殺陣の流れからの逸脱は、今ドラマがはじめてというわけではないだろうが
  • このあとの真木よう子の乗る車の前に香川が飛び出してくるシーンは最高だったなあ
  • 真木がきっちり左方向を見上げていて、そうやって視聴者の視線をミスリードしたあとに、右から香川が登場という、もう涎がでるね、こういうの
  • しかし何度見ても、真木がちゃんと運転しているし、香川もちゃんと飛び出してきているんだよなあ
  • エンジン音を別に入れてものすごいスピードを出しているように見せて、実際はごくごく低速で走っているのかもしれない
  • それでも、ノースタントでよくやるなあ
  • 池松の妹の部屋での、池松・真木の会話の「間」の取り方がよくて、真木を少し見直した
  • 「え?」とか「あ」をうまく用いて、初対面の感じをうまく出していた
  • で、最後、真木の大ピンチのときに、えらい勢いで西島が登場したのだが、その恰好よさ・頼もしさはものすごかった

今回は、起承転結の「承」にあたるような部分で、前回におそれていたような「謎の拡大」はなかったので、とりあえず一安心した。今回も、濃密な一時間をありがとう。
予告編は毎度映画のようで、「本当に来週もやってくれるの? ハイクオリティすぎて、隔週放映になるんじゃないの?」みたいな余計な心配をしてしまう。そもそも、予告編だけでひとつの作品みたいに丁寧に作っているんだよな。前回の予告編では誰が誰と話しているのかがなるべくわからないようにしていて、今回のものでは、前半はなるべく台詞をカットして映像だけで魅せ、後半には気になるキーワードを含んだ会話を放り込んでいたのだが、これまた惹き込まれてしまった。
前にも書いたとおり、シーズン2はWOWOW みたいだが、NHK みたいにオンデマンドで配信してくれないかな? それについてはきちんとお金を出すから、最後まで観たいよー。

*1:壮亮(そうすけ)だなんて、大名みたいな名前である。「池松出羽守壮亮であるッ!」みたいな。

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はてなブログ、熱心にいろいろと開発がなされているようだが、下書きのものだけがソートされるようになった、という(ごくごく当たり前の)アップデート以降、僕にとっての「これは!」という驚きはない。
Blogger をちょっといじくったときに思ったのだが、あれはデザインのカスタマイズがかなりやりやすくて、カラムの幅、フォント、テキストサイズなど、ちょちょいのちょいですぐに変更できた。
はてなの方でも、公式非公式を問わずテンプレートが徐々に増えていっているようだが、帯に短し襷に長し、ということが多く、うーむ、とどこかで諦めをつけているというのが現状。

といって、デザインの選択幅の増加したり、あるいは新機能が登場などしたりしたって、こちとら書く内容も更新頻度もいっこうに変化しない。
新機能が登場したというリリース記事で、「しばらく更新していなかったけれど、また再開しようかな」とか「これではてなブログ、始めます!」みたいなコメントをちょくちょく見かけるが、なんつうか、苦笑が浮かぶだけ。新しいユニフォームを着たらサッカーが急にうまくなる、というような考え方をする人たちなのかな。

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仕事といえば、AM のラジオ番組にはだいたいの場合、通販の生CM があって、「こんなに便利で最新型のものとなると、お値段が……」などとパーソナリティがやったりする。
これ、僕のむかしの感覚でいえば、「カッコ悪いな」って感じだったけれど、いまは「大事な仕事だよな」と思うようになっている。もちろん、商品の内容などとは無関係に。

落語的にいえば、地べたを掘ったって一円すら出てこない。ラジオ放送にはスポンサーがいなくちゃならないし、スポンサーのためには、少しでも通販の売上に貢献しなくちゃならない。そこに必死になる姿を「カッコ悪い」とは思えなくなってしまったのだ。
一方、その生CM で(おそらくあるであろう)台本を棒読みするやつも中にはいるのだが、そういう行為こそカッコ悪いと感じるようになった。棒読みすることによって保たれるそいつの自尊心に、いったいどれほどの価値があるというのか。
仕事というより「金を稼ぐ」ということについての意識の問題だと思うのだが、ラジオは、テレビなどより営業姿勢がハッキリしているから好ましい(ただし、リスナーの立場から言えば、広告は不要)。なお、この明確なまでのスポンサーへの愛嬌は、ラジオ全般というより、関西のローカルAM に限ってのことなのかもしれないが*1

*1:かつて桑原征平桂吉弥の番組で、「スポンサーには愛を、リスナーには夢を、プロデューサーには嫁を!」というモットーを掲げたことがあった。

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このブログでは基本的に書きたいことを書いているつもりだが、検索でやってこられると面倒だと思って意識的に書くのを避けていた事柄を、他のブログで書き始めてみた。

(2014/4/24 追記)
公開設定を間違えており、誰もアクセスできないようになっていたので、恥ずかしながら一般公開したことを追記しておく。
いちばん面倒なのは、いろいろとツッコまれたり質問されたりすることなので、今のところは、アクセスははてなユーザーに限定している。まあ、すべてのはてなユーザー良識を持っているとは考えていないけれど。

偉そうなことを書いているふうに読めるけれど、つくづく自分が勉強の足りない人間だということが確認できた。確認できたとして、それを改善しようとも思わないんだけれども。しょせん仕事は仕事でしかないし。

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  • 主演が吉高由里子かあ……という印象で始まったドラマだが、二週目が終わった時点で、やっぱり吉高だなあ(他の女優がよかったけれど、でも我慢するしかないかあ)という感想
  • だいたい吉高なんて、この記事を書くときにはじめてフルネームを調べたくらいの関心しか持っていなかった
  • それ以外に不満があるのは、空気の読めない父親役を演じる伊原剛志だけれど、あの役はあれ以上できないとも言えるか
  • 「てっ?」と驚く少女時代の花は最近にしては珍しく「普通の感じ」の子役で、びっくりするくらいかわいかったり、びっくりするくらい演技がうまいわけではないが、それが当たり前という気がする
  • とにかく安東家が貧しくて、それだけでも応援したくなるというドラマの王道中の王道を行っているところがよい
  • あるラジオ番組で「初回は『おしん』を思わせた」という発言が聞かれたが、両天秤を担いで水汲みに行く幼い女の子の姿を観たとき、『おしん』を観たことがない僕でも、たしかにその三文字の単語は頭に浮かんだ
  • そして、花の指の爪はきちんと汚れていた(ように記憶している)
  • でも歯は白いな、全体的に
  • 最初、花の母親は死んでいて、祖父が石橋蓮司、祖母が室井滋だと思っていたら、室井は母親役だった
  • 成長していく花に対して両親は変わらないまま、ということで伊原と室井なのだろうが……『軍師官兵衛』の当初の竹中直人の場合もそうだったが、もうちょっと自然なやりようがあるようにも思うのだが
  • 修和女学校では近藤春菜がギャグ役としてきちんと機能している
  • 近藤がいないと、ともさかりえの厳しさや、他の生徒たちのあまりにも浮世離れした感覚に、視聴者がついていきにくいと思う(ひるがえって言えば、あまり面白くはない)
  • で、本格に登場する二週目になって、やっぱり「吉高かあ……」という感想
  • 吉高には現代劇の素養しかない、と言ってしまったら現代劇に失礼な程度の演技しかできないので、現代とは価値観の異なる時代の人物を演じるのにはなはだ不満を感じる
  • あとは本人のやる気次第だとは思うのだが、現状としては、言葉だけがつるつると上滑りをしていくようで、聞いていて辛いところがある
  • 個人的には朝市役の窪田正孝が好きなので、彼の登場機会が今後増えていくことを希望する
  • 美輪明宏のナレーションに当初は「美輪の神格化には飽き飽きしたよ! もうちょっと聞き取りやすい人にしてくれよ!(『官兵衛』でなにも学ばなかったのか、NHKは!)」と思ったものだが、不思議と慣れてきた
  • 絢香の唄う主題歌がいい
  • 「これから始まるあなたの物語、ずっと長く道は続くよ」で始まるなんて、それだけでグッとくるものがある
  • 「うわー、絵本じゃんか!」と喜ぶ花や、花に手紙を書けるようになるため文字を習おうとする母、安東家のみなが不思議な顔をしてそれでも喜びながらクッキーを食べるところなど、ベタっちゃベタだがやっぱり「貧しい時代の人間」の物語はいい
  • 居候に納豆を食わせるためにキャビアを使ったり、朝から卵を十個もつかってオムレツを食うどこぞのあほドラマとはそれだけで段違い
  • あとは、吉高かあ……
  • 現在のところ視聴率はいいようだが、もはや「朝ドラ」は、コミュニケーションのネタのひとつとなっているので、物語の善し悪し・作品の出来とは別次元の問題になっている(ちょうどサムラゴーチやオボカタさんについて、みなが一言づつ物申しているのと同じ意味で)

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