とはいえ、わからないでもない

2015年07月

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朝のラジオ番組での天気予報で、きょうの午後8:32から6分間、国際宇宙ステーション(ISS)が関西の上空を通過するというので、仕事を午後8時に終えて、仕事場の倉庫の上に乗って、三脚を立て、そのときを待った。
西
東

もともとは写真で撮影したものだが、Googleフォトが勝手にアニメーションにしてくれた。本来なら、南西から西へとのぼっていく写真もあるのだが、なぜかそれはアニメ化してくれなかった。まあいいとしよう。
上がちょうど西の空。下のがちょうど西から北東へと向かっていくところ。 

ちょうどてっぺんにのぼったところでいちおう手を振っておいた。もちろん向こうからこちらが見えるわけはないが、こういうのは気持ちだ。
たった五分間(六分間見える、ということをラジオでは教えてくれていたが、僕のところでは山が遮ってしまったために一分早く見えなくなった)のことだったが、一日の疲れが吹っ飛ぶ経験だった。ISSを早めに隠してしまった山だが、この山が満月を隠してくれたおかげで夜空は暗いままで、撮影が順調に行った。月の光が入ってしまうと、画面が明るくなりすぎてしまって撮影は失敗しただろう。

撮影が終わり、駐車してある軽トラのところまで夜道を歩いて行くと、のそのそと動く影が見えた。懐中電灯を当てると例のガマガエル。こいつとの付き合いは三年以上になるが、なんとか長生きしているらしい。せいぜい踏まれないように気をつけてくれよ。

軽トラを発進させ、ちょっとのあいだ道路を直進し、それから右に折れると、大きな満月が視界に飛び込んできた。なるほど、ウサギの耳がよく見えた。

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といってもおおげさなものではなく、かなり小さな話。
ラジオでのリスナーからのメッセージは、いいものもあれば悪いものもある。
以下は、最近聞いたもの。

その1。投稿者(女性)は、日頃から姑に対して不満を持っている。娘が今度小学校に上がるということで、その姑が「ランドセルを買ってあげる」と提案してきた。仕方がないので、娘と一緒に決めたランドセルの写真と売っている店の情報を送った(メールか?)のだが、実際に贈られてきたのは、真っピンクのど派手なやつで、娘も投稿者自身もがっかり、というもの。 

その2。夏休みの子どもに「昼食なにがいい?」と訊いたら、「そうめんでいい」との答えがあって、投稿者である母親は「そうめんいい?」と腹が立った、という。そうめんと言ったって、薬味を刻んだり錦糸卵をつくったりかまぼこを乗せたりでたいへんなのに、と。

この二件に対して、いろいろと言いたいことは募ったのだが、まず最初に感じたのは、「モノを子どもに決めさせなくていいじゃん」ということ。
「ランドセルを子どもと一緒に見に行った」というのはわりとよく見聞きすることで、それがいま一般的なことなのかもしれないが、別に子どもにお伺いを立てなくたっていいだろって思う。親なり、祖父母なりが買ったものを「はいこれランドセル、大事に使いなよ」でよくない? こういうときに「六年間使うものだから」って意見が出てくるけれど、僕だって六年使ったし、これまでのおおよその人たちも六年間使ったでしょ。そのときに自分が選べなかったことを一生悔いているなんて人がどれだけいるのだろうか。
「そうめん」だってそう。夏休みに家にいる子ども用の昼ごはんなんか、簡単なのをつくって黙って食べさせりゃいいんだよ。それで文句を言うようであれば、「じゃあ自分で作れば?」とか言えばいいじゃん。それで「作るから教えて」となれば、それはそれでいいことだろうし。
(これで思い出した話。このあいだ別のメールで、「毎日、夫と娘ふたりを起こして、朝ごはん食べさせて、早起きしてつくった弁当を手渡して、学校や会社に行くのを見送っているのですが、弁当に前日の夕食の残り物を入れると文句を言われます」というのがあったけれど、文句を言うような人間になって当たり前と感じたのは僕だけではないと思うのだが……)

と言ったって、僕に「いまからそんな贅沢していると大人になったときに苦労するよ」という親切心はまったくないのである。そういう綺麗事を言うつもりはまったくない。大人になっておなじような経験をした連中が周りにいっぱいいるのであれば(そういうことになりがち)あんがい「苦労」はしないだろうし、また、苦労したとて僕にとっては全然どうでもいいのである。むしろ、「大人になったときにどうか苦労しますように」という本音をここで吐露しておいたほうが、当ブログのモットー、「誠実であること」をまっとうするように思う。

しかし上の二件のメッセージを肴に(ほかにもツッコミどころは満載なので)、カフェ(というより猥雑な居酒屋か)で三十分は盛り上がれるよなあ。
と思って気づいた。上のようなメッセージに対するパーソナリティのコメントというものは、投稿者の側に立って慰めるか、批判するとしてもものすごくマイルドで穏当なやり方で済ませることが多い。けれども、番組制作側としてはもうひとつ上の視点を持っていて、リスナーがより大きな反応(賛同も批判も含めて)を起こすようなメッセージを採用しているのではないか。
かつてある番組で、「ラジオというのはその日の話のネタを提供しているものですから」と話している人がいて、なるほどそういうものかと感心したことがある。その人の言うとおり「話のネタ」であるのなら、聴いたリスナーの反応により幅のあるものの方がネタとしての価値はあるということになる。
パーソナリティはあくまで一元的な答えに務めるも、裏(というか本来の意図)では、多元的な感想・反応を期待しているのがラジオ番組というものなのかも。

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たまには時事ネタでも。
また外国人技能実習制度の弊害の話である。日本に研修に来ていたベトナム人に対して行われたアンケートで、「おもてなしの国」の実態が報じられた。
その結果、97%(37人)が来日前の日本の印象を「とても良かった」または「まあまあ良かった」と回答したが、来日後の印象では58%(22人)と、約40ポイント減少。来日前は一人も選ばなかった「印象はあまり良くない」は37%(14人)に上った。
いやいやさすがにこんなのはごくごく一部の特殊な事例だろう、と愛国者の方々は思われるかもしれない。なんと言ったってここは美しい国であり、かつ強い国なのであると総理大臣が明言しているのだからして。
でも、実際はもっとひどい。この制度の弊害というか、制度の名の下に行われている犯罪行為は枚挙に暇がないほどだ。以下は昨年の記事ではあるが、外国人技能実習生の死亡者数と死因のグラフが紹介されており、過労死については、日本人の五倍に相当するという。
過労死や自殺以外にも、暴力行為や強姦の事例も報告されているようだ。
(※これに限ったことではないが、パワハラやセクハラという名称も、傷害や強制猥褻というような犯罪性がより明らかになるような表現に替えたほうがいいように思う。いじめも同様) 

この制度を「現代の奴隷制度」というのはむべなるかなで、このあいだ宇宙へと行った宇宙飛行士油井亀美也さんの故郷、長野県川上村でも、相当悪質なことがまかりとおっているという「風聞」が立った(2014)。
日弁連が認定した事実はショッキングなものだ。中国人実習生は、連日の長時間にわたる激務▽残業代の過少計算▽組合による賃金口座の管理▽罰金制度▽劣悪な住環境-などに縛られ、「自己決定権や人間的生活を送る権利が侵害されていた」と結論付けた。
上記記事では村側も一部の農家のことだと反論(事実であるとは認定)しているのだが、まあその「一部の農家」を表沙汰にしなかった組合に責任がないとは思えないし(知らないということもなかったと思う)、隠蔽体質はどうせ否めないでしょ。

で、僕はこういう問題が起こるたびにずーっと思ってきたのだが、これって相手が白人だったらもっと件数は少なかったか、あるいはそもそも起こっていなかったんじゃないか、と。
同種・近種であるアジア人に対する日本人のものすごい差別意識が、こういう問題の一因になっていると僕は考えている。そしてその差別意識は、白人至上主義と表裏一体なのである。
その非常にわかりやすい例が、先般の米国議会における安倍の演説だ。僕は文章を確認しただけで実際の演説シーンは写真でしか見ていないのだが、まあ嬉しそうにしていたよ。そりゃそうだよね。大好きで、自分もその仲間であると心の底から信じている白人のみなさんに「えらいえらい」と言ってもらっているんだから。で、そこで約束したことを国内に戻って辻褄合わせをしようとしたら反撥くらって「早く質問しろよ」とふんぞり返って言って、近隣の中韓には相変わらずのオラオラ姿勢を取りつづけるって、いったいこの男はどこを向いているのだろうか。

そして。
上記とは別に、きょうたまたまラジオから、 日本の名誉を回復するために安倍総理大臣がうんぬん、みたいなニュースが流れてきて、またバカがバカやってるよと思った。なんでも「日本の名誉と信頼を回復するための特命委員会」(こんな名称の組織が自民党内に実在しているというのがもはやギャグ)というところが安倍に提言したというのだが、要はお定まりの「慰安婦の強制連行はなかった」が言いたいのである。提言内容には、
海外に広まった誤解を正すため、政府に対し慰安婦問題について偏りのない出版物の翻訳や国連などでの情報発信、慰安婦像や碑を設置している自治体への働きかけを積極的に行うよう求めたほか、姉妹都市交流や企業間交流などを通じた「『親日派』の開拓」なども盛り込んだ。
とあるのだが、こんなことより、外国人技能実習制度を改善あるいは廃止していくほうが、よっぽど名誉と信頼(がそもそもあるのか知らんけど)を回復することになるんじゃないでしょうかねえ。

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おとといの記事のつづき。

上記を書いた時点で僕は、「ツバメの雛は三羽から二羽になってしまった」という認識を持っていた。それは取りも直さず、ひとつの物語――三羽のうち一羽は不幸なことになってしまったが、他の二羽は元気に飛び立って行ったのである、という物語――のピリオドを意味していた。


きのうの朝、午前六時ちょっと前に仕事へ行こうと玄関を開けると、二羽の雛が落ちていた。巣を見上げると空っぽなので、「生き残った二羽」が落ちたのだとわかった。
幸いなことにその二羽は生きていたが、自力で飛び上がるほどに成長はしていなかったので、諦めたように丸くちょこんとすわっている。このままにしておけば、暑さにやられるか野良猫などに喰われるかして死んでしまうことは明白だった。
雛を巣に戻してやろうにも家には脚立を置いていなかったので、一度仕事場に行って取りに行かなければならないと思っているところへ、家の前のYさんが、「きのうまでおった雛が急におらんようになったなあ」と声をかけてきた。
「落っこちてしまってるんですよ。いま、ここに二羽いるんです。巣に戻してやろうと思っていて」
「ほんなら、脚立持って来たるわ」
Yさんに言われて僕は手袋を嵌めた。ひとの匂いがついて親鳥が餌をやらなくなることを避けるためである。駐車してある車を少し動かしてスペースをつくり、そこへYさんの持ってきた脚立に乗って、二羽を巣に戻してやった。
二羽はこちらが思っている以上に弱っていたようで、巣のすぐ手前で、「ほら、巣のなかに入りな」と雛を載せた掌を目一杯広げてやっても渡って行こうとしない。おしりをつんつんと軽く突いても進もうとしない。仕方がないので、狭い巣の上のところにまで手を伸ばし、無理矢理に雛を一羽づつ押し込んだ。よく見れば二羽とも身体中に小さな虫が這っていた。おそらくダニだろう。わづか数時間地面にとどまっていただけで、ダニが集まって雛の身体から血を吸おうとしているのだった。

作業が終わり、Yさんに礼を言いながら、「だいじょうぶですかね?」と問うた。形式上は質問になっていたが、実質は「だいじょうぶであってほしい」という祈りだった。僕の質問が聞えなかったのかYさんは、「雛が落ちるなんて、だいぶ珍しいわなあ」と言ったきりだった。
右手の当たりがもぞもぞすると思って見てみると、手首のあたりをダニが這っていた。さきほど雛を持ち上げたときにこちらに移ってきたぶんだろう。

そういうことが朝あったから、というわけではなかったが、午前十時くらいになってから、家の周りの除草をしようと仕事場から戻ってみた。
例の雛は巣のなかにいて、元気そうに身づくろいをしていた。Yさんが自宅の前で薪を割っていたから、声をかけた。「朝はどうもありがとうございました」
「だいじょうぶみたいやな」
「そうですね。朝、巣に戻したときはダニがついていたんですよ」
「ほうかぁ。まあ、いま身体をついばんどるから、虫もとれるわ」
「それならよかった」
「はじめは四羽いたわしよなあ」
「そうでした。でもずいぶんと早いうちに一羽はいなくなっていましたから、落ちたところをノラにでも喰われてしまったのかもしれません」
「おおよ、あんたのところのネコんところにも遊びにきとるやろ?」
「あの顔のでっかいやつですか?」
「ほうや」
「あのノラちゃん、かわいい子ですよね」
「かわいいけど、あんなんに喰われんで、今朝のも、よう助かったわしよ」
「ほんとに」
おしゃべりをもう少しつづけたあと、もう一度礼を言って別れ、わが家の庭のほうへ回ろうといったん玄関近くへ行くと、ヘビが這っていた。面白かったのでYさんを呼ぶと、「こら、だいぶ大きいなあ。いったん雛らが落ちて、そこに匂いがついたんわしよ」
ヘビを逐ってから雛を見上げると、まだ自らの身にせっせと小さな嘴を入れていたが、もう心配はなさそうだった。


現時点では、雛は無事に生育し、明日あさってにも飛び立ちそうなほどである。
けれども、その二羽の未来はどうなるかわからない。彼らの生命に筋書きはないからである。
対して、小説やドラマ、映画には物語がある。そこには始まりがあって、必ず終わりがある。ハッピーエンドであろうとバッドエンドであろうと、ともかくもひとつの終焉がある。そういう視点に慣れてしまうと、実人生までも物語化してしまいがちだ。
生きている人間に対して「人生」という言葉を遣うことに、僕は違和感を覚える。まだ終わっていないひとりの人間――たとえそれが自分自身であっても――の生を俯瞰するような視点は、誰ひとりとして持っていない。
巣に戻したツバメの雛の身体に無数のダニが這っているのを見たとき、この世界は実に厳しいものだと思った。血を吸われて死ぬということはなかろうが、ダニを媒介にして病原菌に感染する可能性もある。三羽(しかももともとは四羽)のうちの二羽も、明日の朝は地面に落ちて硬くなっているか、あるいはヘビや野良猫に喰われているのかもしれない。そんなことは誰にもわからない。
けれども、おとといの記事を書いたときの僕の頭脳にあったのは、「一羽は犠牲になったけれども他の二羽はまさかそういう不幸な目には遭うまい」という思いだった。思い込みというよりは、願望だ。それは、大地震に見舞われ、ようやく復興の目処がつきはじめた被災地を、ふたたび大地震が襲うことを想定しないのと同じだ。可能性をあらかじめ考えないようにすることによって、言霊の作用が生じないことを期待している。

物語は終わらせることができるが、生はつづいていく。いくら美しく恰好のよい部分だけを切り取って額縁に飾っておいても、生はときおりそれを裏切る。現在とは、賽を振る直前の状態のことを指す。われわれ存在する事物は、つねに運の海原を揺蕩うている。螢自身に自らの航跡をとらえることができないように、われわれも、どのように波間に浮かんでいるのか計り知ることができない。


二羽の雛を巣に戻すとき、親鳥であろう二羽のツバメがかなり僕に接近してきて、ぐるぐると旋回した。さすがに突っついてくるようなことはしなかったが、警戒行動であり威嚇行動だったのだろう。
調べていないのでわからないが、ツバメの雛は、大きくなる前に巣から落ちてしまえば死を待つばかりなのではないか。まだ小さい時分なら親鳥が必死に持ち上げて巣に戻すことも可能かもしれないが、ある程度大きくなればそれは難しくなる。となれば、落ちた二羽の雛は「自然状態」であれば、死の宣告を受けていたのと等しかったはずだ。
しかし、ある偶然と気まぐれから、彼らの「死の運命」はとりあえず回避された。僕とYさんは「自然」に介入したのだった。そのことが、なんとなく面白く感じられた。ときには、いい目だって出ることはある。ときには。

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きょう、東日本大震災のときに、都内でも真っ暗になったり、コンビニでもモノが消えたという情景のことを思い出していた。もちろん関西に住んでいる僕は実際に体験したわけではなく、それらを『あまちゃん』というドラマの描写を通じて「きっとこんな感じだったのだろうな」という半ば憶測の形で記憶している。


きょうの昼過ぎ、仕事から帰ってくると玄関にツバメの雛が仰向けに引っくり返って硬直していた。死んでいた。
今年二回目の巣には三羽の雛がいて、今朝も出かけるときに門灯の巣を仰ぎ見てさらに大きくなったことを確認したのだったが、その中の一羽がたった数時間後に死んでしまった。
落ちたときに身体を強く打って死んだのか、あるいは、まだ飛べないものだから右往左往しているうちに土用の陽射しに灼かれて死んだのかはわからない。ただ、この小さな口からはもう、ぴゃあぴゃあという親ツバメからやかましく餌をねだる鳴き声は出てこない。 

そのとき僕は、東日本大震災以後の都内でも真っ暗になったり、コンビニでもモノが消えたという情景をたまたま連想したのだった。あの現場にいた人たちには一生忘れないような体験を、僕はしていなかった。語弊のある言い方をあえてすれば、僕は、多くの人たちと同じ体験をすることができなかったのだ。
直接の被害はないものの、なにかの災厄の周縁にあった人たちは「知っている」という特権を振りかざすことができる。あの震災についていえば僕は、周縁ではなく、外部にいた。であるから、あのときさかんに口にされた「絆」とは異なる、たとえば『あまちゃん』のあの震災の東京でのシーンを見て「そうそう、こんな感じだったよね」と頷き合うというような「緩やかな紐帯」を共有しているサークルからも、僕は弾かれてしまっているのだ。
震災のことがもし話に出たとき、僕は、あのとき東日本に住んでいた人たちとは対等に話すことはできない。「そりゃあきみは、あのとき関西にいたわけだし?」という皮肉がいつ飛び出るかわからないから。
なお、関西には関西で阪神淡路大震災の経験があるので、ここでも僕は仲間外れだ。

間違っても、震災の経験が羨ましいという話ではない。そういうのとは別に、多くの人たちが体験した痛みを知らないという無力感や疎外感が厳然として僕にはあるということだ。
これはナイーヴさを見せつけたいがための言い訳ではない。被災した人たちの「あのとき」と僕の「あのとき」とのあいだには決して飛び越えられない深淵があって、その深淵をきちんと見つめてみたいという話である。
「なんのかのと言っても、そりゃ贅沢な悩みだよ」というツッコミや批難もまた、「知っている」の特権の余波であり、だからこそ僕は、この疎外感を公けにすることはほとんどない。

これらのことが一瞬にして頭に浮かんだのは、ツバメの雛の死が手で触れられるものとして目の前にあったからだろうと思う。
突然に目の前に転がってきた死。「知らない」と「知っている」の境目。他人が聞いたらわけがわからないとは思うが、この死んだ雛に触れて土に埋めてやることが、「知らない」の領域に一歩近づけるように感じられたのだ。たぶん、幸運にもこれまでは縁遠かった死や不幸と接する機会も、これからはだんだんと増えていくのだろうから。


午後。二時半を回っているというのにまだ陽射しは強く、風も熱を孕んでいた。日陰に置いておいた雛の死体を軽トラの荷台に積み、仕事場に向かった。
いろいろと検討した結果、貯水タンクの傍にスコップで深めの穴を掘った。土は掘っている途中で柔らかく崩れ、中に蛇穴が走っていることがわかった。それでも、そこに硬いままの雛を置き、また土をかけた。
墓標はない。やがてその上に雑草が生え、それを刈払い機で刈り、またしばらくしたら雑草が生え、それを刈り、と繰り返していくうちに、もしかしたらその場所も忘れてしまうかもしれない。
七月下旬。雨の一滴も降らないとても暑い日だった。日が沈む少し前、きらきらと陽射しを反射した飛行機が鮮やかな飛行機雲を曳いていくのが見えた。


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タイトルの「賞味期限」は、「鰻」ではなく、「鰻の話」にかかっている。

土用の丑の日だからって、
  • あのさあ、むかしおれ、「土用の丑の日」っていっつも土曜日のことだと思ってたんだよね
  • 知ってる? 「土用の丑に鰻を食べる」って平賀源内が考えた広告なんだよね
  • ひつまぶしって、あれ、どうしてもひまつぶしって言っちゃうよね
なんていう話はもう聞き飽きましたよ。

落語に『後生鰻』という噺があって、僕はこれを志ん生で聴いている。

信心深い旦那が鰻屋の前を通ると、鰻屋の主人が鰻をさばこうとしている。
殺生はよしなさいということで、生きている鰻をいくらか出して買い取り、「おいおまえ、今度はつかまるんじゃないよ」と鰻に言い聞かせて、そばの川に放る。「ああ、いい功徳をした」
翌日も翌日も旦那が鰻を買ってくれるもんだから、鰻屋は商売そっちのけで、旦那を待ってふっかけるだけの毎日になった。
そのうち、 旦那がしばらく来なくなり、旦那を当てにして仕入れもなんにもしていなかった鰻屋はたいへん困った。
そこへ、 ひさしぶりに旦那が店の前を通った。
おいおい、旦那だよ。うなぎうなぎ、え、ない? それじゃあなんでもいいよ、ほら、そこに赤んぼうがいるだろう、それでいいよ。
ということで、旦那に見せつけるように赤んぼうをさばこうとする。
「おいおい、なにをしてんだい!」
旦那は慌てて赤んぼうを取り上げて、取り決め以上の金を払う。「まったく人のやることじゃないね。おい坊や、今度はつかまるんじゃないよ」とそばの川に放る。「ああ、いい功徳をした」

このナンセンス具合が面白くて、聴くたびにゲラゲラ笑ってしまうのだが、これを嫌がる人もいるらしい。まあ、赤んぼうを死なすということにリアリティを感じてしまえばイヤなんだろうけれど。
ところがある本の中で、談志もこれを後味が悪いということで演らないということを書いていたので、へえ、談志みたいな人間がねえ、と少し驚いた。

鰻の噺であれば、『鰻の幇間』も面白い。騙されに騙されつづけた幇間が最終的に騙した相手のことを、「もう一度あいつに会いたいねえ。しみじみ語り合いてえや」と感服したように言うのがいい。 
とまあ、鰻の話であっちへ行ったりこっちへ行ったりとせわしない。この記事がどこへ行くかって?
「前へ回って鰻にきいてくれ」

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カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)を読んだ。
イシグロの作品を読んだのは『日の名残り』『遠い山なみの光』につづいて三作目。『遠い~』はほとんど印象に残っていないのだが、『日の名残り』については、(少いながらも)僕の読書体験のなかで最上に属するものだったと記憶している。
ついでに書いておけば、『日の名残り』は土屋政雄による翻訳が非常にすばらしかった。 
ここ数日来、頭から離れなかった旅行の件が、どうやら、しだいに現実のものとなっていくようです。ファラディ様のあの立派なフォードをお借りして、私が一人旅をする――もし実現すれば、私はイギリスで最もすばらしい田園風景の中を西へ向 かい、ひょっとしたら五、六日も、ダーリントン・ホールを離れることになるかもしれません。
(ハヤカワeip文庫 9p) 
上記は『日の名残り』の冒頭部分だが、ここから始まる主人公の執事スティーブンスの思い出ばなしは、(翻訳物に対して少し身構えてしまう僕にしては珍しく)非常にすらすらと入ってきて、自然な日本語としてまったくつかえることなく読み終えることができた。これは僕だけの体験かと思ったのだが、母や、僕などよりもっと翻訳ものに接しているはずの弟に尋ねても同じ感想を抱いたらしく、これと指摘することはできなかったのだが「やはりすばらしい翻訳である」と決め込んでいた。
今回、『わたしを離さないで』を読んでいる途中たまたま調べることがあってあるサイトに行き着いた。
このなかにある、「翻訳というより、土屋政雄が日本語で書いた小説なのではないか」というセンテンスに共感を抱いたと同時に、同批評のいちいちにより、なるほど土屋政雄の翻訳は「圧倒的な日本語力」によって成り立っているということを知ることができた。
その土屋政雄が、『わたしを離さないで』を翻訳している。


といっても、この小説の感想を書くのは難しい。
基本的に僕は、ブログで感想を書く際にいわゆる「ネタバレ」を避けるようにしている。それは、たまたまなにも知らないで読んだ人が知らないですませたかった結末や重要なプロットなどを知ってしまうことを避けるためである。
そういう意味で『わたしを~』の感想は書くことが難しいのだが、核心に触れないようにやんわりとぼやけさせながら書いてみることにする。

まず、この小説は軽度の仮想世界が舞台となっている。この世界の社会構造は、物語の背景として非常に重要な設定となっているのだが、便宜上、本記事ではこれを括弧つきの<システム>と呼ぶこととする(小説内ではこのような呼び方はいっさいなされない)。また、主人公のキャシー・Hたちはこの<システム>のなかでこれまた非常に重要な役割を担わされているのだが、これを括弧つきの<ロール>と呼ぶこととする。もちろんこの<システム>と<ロール>の詳細についてはここでは記さないでおく。
この<システム>と<ロール>は、はじめから明かされているわけではない。物語の四分の一ほど進んではじめて明瞭になってくるのだが、それより以前からも、ヒントのようなものが少しづつちらつかされ、なんとなくは予測がつくようになっている。つまり、この<システム>や<ロール>の実態が判明していくことそのものがこの小説の主眼ではないということなのだが、それについては、後述する。

物語は、ヒロインのキャシーの一人称によって、ヘールシャムという施設での幼年時代から語られていくのだが、この「語り方」が非常にうまくできている。というのもその語りは、おおまかにいえば過去から未来に直線的に進むものの、ときおり想起された記憶を挿入するべく「現在」あるいは「近過去」に戻ってくる、という形をとる。そのために読み手も、あるひとつの物語の筋を単調に追っていくというよりは、キャシーの記憶に一緒に沿うような形で過去と現在を行き来するような体験をすることになり、結果、時間的な重層感を得ている。
そしてまたその語りは、いわば霧の向こうにある<システム>や<ロール>の輪郭が明らかになるのを少しでも遅らせるよう、焦らしに焦らす役割も果たしている。

<システム>や<ロール>に関わりのないところでいえば――前述したとおり、それはあらかじめこの世界に組み込まれてしまっているものなので「関わりのない」ところなどあるわけがないのだが――、キャシーは、幼年時代あるいは青年時代にありがちな人と人とのコミュニケーションの様々な場面を語る。たとえば幼年時代のはじめには、キャシーは親友のルースという女の子と一緒に、トミーという男の子が他の男子連中にいじめられ・からかわれるのを遠くから眺めている情景が描かれる。トミーの癇性を知りつつも、そのきれいなポロシャツが泥で汚れることを気にするキャシー。または、いじめられることに同情はしつつもトミーにも原因があると判断するルース。そして、怒りっぽく幼稚だがある意味純真なトミー。けれども、ここから子どもによるいじめの悲惨さ・残酷さが滔々と語られていくわけではない。これらはある意味において、ただの一場面でしかないのである。

はじめは、ふつうの学校であるかのように見えたヘールシャムが、やがてその真の姿をあらわしていく。読者は霧が徐々に晴れていくにしたがって、その奥にあるものをもっとしっかりと見いだせるよう、ページをめくる。
だから、この小説のいちばん表面にあるのはミステリーの形式である。ヒントを手繰り寄せながらもっと奥へと進んでいき、ついには謎の真相を突き止めたいという読者の欲求を、この小説は煽り、そして満足させる。
だからといって、この小説においていちばん重要なのは、キャシーらの負っている<ロール>の残酷さではなく、また、<ロール>を存立せしめる<システム>のあり方について倫理的な判断を問うことではない。これらSF的設定の仮想部分に対する思考実験が最も重要なことであると読むのは、いささか単純すぎるように思う。
もう少し大きくとらえると、この<システム>と<ロール>はひとつの象徴である。それは、よりよい世界と、よりよい世界にするために犠牲になる人々・生きものの暗喩であると僕は思った。
たとえば、医学の進歩には、実験動物の存在が不可欠である。よく大学の研究室が実験動物の慰霊をおこなうなどということを聞いて、「そりゃそうだよねえ」とほっとしてしまうが、ほっとしておそらく想像を止めてしまっている。慰霊してしまえば実験動物は、医療技術の発達に寄与するためだけに産まれ(産まれさせられ)、当事者の望まぬ形で実験されて、やがて死ぬことまで納得するとでもいうかのように。
あるいは、兵器の輸出という問題がある。経済のために国外に兵器を売るという選択をする国民があって、彼らは自国ひいては自身の繁栄のためには仕方がないと考えるが、その兵器の行く末までは考えない。抑止力という考え方を除外すれば、兵器の輸出は「誰かの死」を意味するはずだが、軍需産業の成長を、どこかで誰かの墓標が絶え間なく増えていっていることだと認識する人間は少ないのだろう。
しかしこのように一方的で暴力的で無慈悲な世界においてキャシーたちは、この世界にあらかじめ組み込まれて存在しているためか、その不条理さに傷つくことはあっても、激烈に怒ったり、その仕組みに反抗したり逃げ出すことはなく、淡々と「使命」を果たそうとする。残酷さと純真さとの対照が読んでいるものの心を打ち、震わすことはたしかだ。

しかし同時に僕はこの小説を、もっと単純でもっと普遍的な、人間同士の理解と誤解、別の言い方をするのであれば愛憎についての物語だともとらえている。
この小説に登場する人物のほとんどが、心の底では他人を傷つけることを好んでいないように見える。それは、不条理で厳しい世界だからこそ身につけてしまう優しさなのだろう。けれども読者は、人間の心の底にもうひとつある残酷さもまた見せつけられることにもなる。物語の最後のほうでキャシーを救う側に立っていた人物たちの話す言葉には、本心からの思いやりがあるのも事実だが、しかしその思いやりのちょっと先にある酷薄さといったら!
タイトルに関係のある「わたしを離さないで」という歌と、それにまつわるキャシーの思い出と振る舞いとが、別の人物からはまったく異なるものとして受け止められていたということがわかるとき、人間同士の理解と誤解の対照がひとつの頂点を迎える。
そしてもうひとつのピークが、愛憎のもっとも烈しい人物であるキャシーの親友のルースとのあるシーンに見える(書かないが)。僕は上に「ただの一場面」と書いたが、幼年時代からのその積み重ねによって、ルースの子どもっぽさから来る意地悪さ、辛辣さ、陰湿さ、執着心などが徐々に浮かび上がってくるのを読者は体験する。そしてそれは、キャシーからルースへの、あるいはルースからキャシーへの愛情があるからこそ、余計に複雑な重さをもってキャシーにつきまとうことになる。そしてもちろん、その複雑さはトミーとの関係性にも付随している。
もう一度、「普遍的」という言葉を遣おう。キャシーとルース、それにトミーとの関係は、特殊な世界における特殊なできごとではなく、普遍的なものであり、あまりにも人間的であるがゆえに、いとおしくさえあるのだ。

虐げる者/虐げられる者。強い者/弱い者。愛する者/憎む者。知りたがる者/信じたがる者。そして、新しい世界/古い世界。
この小説のなかには多くの対立構造が出てくるがその描写のやり方はかなり抑制されており、一見、地味である。しかしその静かな手法の奥底には周到に準備された構成が存在しており、その構成はおそらく、二度目以降の読書によって、より豊かに体験できるだろう。
というのも、さきほどぱらぱらとはじめのあたりのページを流し読みした際に、キャシーの人生を追体験≒記憶した僕は文字通りの追憶に浸ることができるのを確認したのだった。この小説をほんとうにたのしむことができるのは、むしろ二度目以降かもしれないとも思った。

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このあいだから、ツバメがあらたに巣をつくって今年二度目の雛を孵らせたという話を書いている。
きょう、雛が巣から顔を出していたので、珍しいこともあるものだと写真に収めた。
ツバメの子
なんだか小刻みに顔を動かしているので、餌待ちかと思いきや、そうではなく、うたたねをしていたのだった。
ツバメの子アップ
こっくりこっくり。

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午後、灯油を専用のタンク(名称がわからない)に入れようと裏庭に行ったら六匹ほどのスズメバチがぶんぶんと飛んでいて、それでも灯油を入れるのは短時間だし大丈夫だろうと高を括っていたら、なんとこちらに威嚇行動。こりゃまずい、逃げねばと逃げているところへさらに追撃をかけてきて、頭頂部を刺された。
アナフィラキシーショックの恐ろしさが頭をよぎったが、とりあえずはじめての経験なのでそれもないということはわかった。 が、やはりなにかあったら怖いので仕事は休むことにして、アイスノンで冷やしつつ静養していた。
結局痛みは六時間ほどつづいた。途中で痛み止めのつもりでワインを飲み始めたら、それで少し痛みが和らいだ気がする。だが問題なのは今後。巣が見つかったわけでもないし、これから灯油を入れたり、あるいは草刈りをするときにまたそこへ近づかなければならないのだが、いったいどうすればいいのだろうか。


そういえば。
新国立競技場の計画は白紙に戻ったそうで、やっぱり安部首相って僕らのことをよくわかっているよねえ。森元首相もただラグビーが好きなだけの好々爺なわけだし、はじめは国に対して拒絶反応を示していたけれども一点して国に協力姿勢を見せつつ、結局いまは首相を批判しだした舛添都知事も思ったとおりの硬骨漢だし、安藤忠雄さんもデザインを決定するコンペの審査委員長をしていただけで、コスト面に対する責任なんてあるわけないよね。
今回の安保関連法案にしたって、石破地方創世担当相も国民に丁寧な議論をしているとはいえないと発言していたし、小泉進次郎議員だっていまの自民党の奢りを指摘したらしいし、ほら、自浄作用ってきちんと働いているんだよ! だから、この国の未来について一所懸命考えたあまりちょっとだけ行き過ぎた言動を見せてしまった木原議員とか大西議員を責めてはかわいそうだし、これからも、人格者の百田センセと一緒になって一所懸命やっていってほしいなあ。

……んなわけあるか! おまえらみんな地獄へ行け!

で、今回の白紙撤回の件に関して、「とりあえず英断である」とか「白紙に戻す決定をしたことじたいは評価しなければならない」みたいに安倍を褒めている人間も一緒に地獄へ行って来い。おまえらはマッチポンプという言葉を知らんのか。なんでもかんでも利用できるものは利用するのが政治だよ。国を動かすっていうのはそういうところまで全部考えてやっているんだ、くらいの見方を持っていないでどうするよ?「わたしは是々非々で判断する」みたいな俯瞰を気取りたがるシロート批評家は黙っていてくれよ。便所のハエ取り紙くらいの価値しかないんだからさ。
張本のクソジジイがカズをけなしたあと、世間の大批判を食らって言い訳がましいことを言ったとき、あのときも、「張本の謝罪は評価すべき」みたいな意見をいくつか見たことがあったが、そういう「公平」気取ったクソが世の中をクソの方向に動かしてんだよ、クソが。あー腹が立つ。

(※本文中にいささか下品な表現が見られますが、これらは、スズメバチに刺されたショックおよび赤ワインによる酩酊によって生じたもので、平生のブログ管理人の品性の下劣さを必ずしもあらわすものではないということを強くお断りしておきます) 

編集
月100時間の残業で心身を病んだ、というSE(元?)の人の記事をたまたま見て、なるほどなあと思った。共感も反感もない、というのが感想。
僕は季節労働者みたいなものなので、キツイときはキツイけれど、休めるときはまあ休める。といっても、連休は一年に一回か二回くらいで、冬は週一回取れている休みも、夏になるとかなり難しく、週に半休ということになる。
きょうはやっと丸一日の休みがとれてじゅうぶんに休養しているのだが、 これも二ヶ月半ぶり。自営業なので誰に文句を言うこともできない。ということで、そもそも「残業」という感覚がない。八時間を基本としていないからだ。
あと、そのSEの人との大きな違いは、収入。残業代が月20万円出たなんていうことが書かれてあって、「ほっほう」と思いましたよ。いいですなー。

じゃあ自営業と雇われのどっちがラクかというと、どうとも言えない。宮仕えの面倒臭さはなんとなく僕にもわかるし、それがイヤで(といっても特別にイヤな経験をしたことはない)自営業を選んだのだが、こっちはこっちで財布を全部管理・運用していかなきゃならんという別の気苦労がある。人間関係だって経済的困窮だってどっちも自殺の原因になるのだから、どちらが特別にキツいということもないのだろう。

で、その人は100時間ということについて書かれていたのだが、それはひとつの目安にしか過ぎず、もちろん100時間未満でも「まいってしまう」人だっているだろうし、100時間以上働いたって「ぜんぜん大丈夫だもんねー」って人もいるのだろう。
僕と同商売でも、ここ二ヶ月くらいを15時間~20時間/日で働いていた人もいたりして、もちろんその人にも休みはないし、残業代もない。尊敬はしないけれど、すごいなとは思う。

ある落語家(今年でキャリア20年ほど)がラジオ番組で、師匠に入門したときの話をしていた。話し相手は中田カウス。最初は入門を認めなかった師匠だが、何度も何度も頼みに行き、しまいには家の前で土下座をして「入門させてください、お願いします!」と言って、やっと許されたという。それを聞いてカウス、「そら、ええことやね。そやで、いまどき土下座をして入門を頼んで、また許されるなんて、『古臭い』言われるかもしれんけど、実にええ世界やと僕は思うわ」 という主旨の発言をしていて、「お、中田カウス、ちょっとうさんくさい影がちらつく男だけれど、こればっかりはいいこと言うな」と思った。
当世風であれば、やれブラックだとかパワハラだとかの観点に立って、「あな、なんという時代錯誤な世界よな」と見てしまいがちであるが、 すべてを一律に断ずるのもほんとはおかしい話。芸事の世界は、世事一般の常識がすべて通ずるところではない、と僕なんかは思っている。

僕はアルバイトという雇用形態を選択して、いわば保険をかけながらブラック業界たる飲食にどっぷりと浸かっていたが、かなり楽しかった。朝から晩まで働いていたって、残業代なくたって、あれ売れこれ売れと急き立てられたって、あまり苦痛ではなかった。要求されることが多かったからこそいろいろな知識や技術を身につけることができたし、キツい上下関係があったからこそ、そこを生き延びる術を身につけることができた。もしあれが、やさしく素敵な大勢の大人たちに囲まれて至れり尽くせりの世界だったら、僕はいまよりもっと怠惰な人間になっていただろう。
もちろん、その場所ではやはり大勢の人間たちが脱落してもいった。自ら追い詰めてしまったあげく不眠症に陥り、致命的な遅刻を繰り返す社員もいた。当時の僕は彼のことを理解することができず、「こんだけ働いてるんだから、家に帰ったらすぐ寝たらいいじゃん」とアドバイスをしたが、「それが寝れないんです。ずっと布団のなかで目をつぶってるんですが、寝れなくて、それで気づくと朝になっていて時計みると遅刻してるんです」
彼の周りのほとんどが僕みたいに鈍感な人間だったので、「すこし休んだら?」みたいなアドバイスを誰もしてやることがなかった。そういう状況も彼を追い込んでいたのだと思う。
いづれにせよ彼は休職し、半年ほどしてから、シェフが違う店舗であらためて雇い、違うスタッフとともに一緒に働かせることによって、そこではうまくやれていたようだ。当時の生き残っていた僕らは若すぎて、他人に残酷すぎた。シェフはいまの僕くらいの年齢だったけれど、そのくらいにならないと、もう少し冷静に状況が判断できなかったのかもしれない。

ともかくも、どんな状況でもやっていける人間とそうでない人間とがいて、その分かれ目は一概には言えないってことだ。他人には自分の苦労は理解できないし、その逆もまた真なり。自分の危機は自分で判断するよりほかなく、誰かの救済の手を待っているようじゃ現代では生き延びていけないし、たぶんずっと昔からそうだったのだと思う。
現在苦しんでいる人にとってはなんの参考にもならない結論だけど、そもそもそういう意図もない。 

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