とはいえ、わからないでもない

2016年03月

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最近、「すばくそ」という言葉を考えついたのだが、もともとは『逃げる女』を観ていたときに思いついたもの。
観ながら、「いやあ、これはすばらしいな」というひとりごとと「いやあ、これはクソだな」というひとりごととが交互に口を衝いて出てしまう状況に気づき、なるほど、ものごとは必ずしも一元的に語られるものではないのだな、ということを再確認し、これを「すばくそ」と呼ぶことにしたのだった。
で、『真田丸』もなかなかにすばくそなのである。

なんといっても今回は、西村雅彦演じる室賀が主役であり、こういうなんとなく笑いをもたらすキャラクターはあまり死なないんだろうなあと思っているところが急転直下、徳川からの昌幸暗殺の命を半ば断れない形で受けることになってしまう(といっても、前々回か、室賀が信濃の他の国衆の説得を試みているところを高梨かが陰で見て、「室賀殿、乗っておりますな」と言ったときには、死亡フラグが立ったように感じられたが)。
昌幸はそのことを察していながらも室賀を碁に誘い、そして従属を持ちかけるのだが、彼はそれを肯んじない。ここがなんとも可哀想で、西村雅彦に対する「いつまで経ってもあまり芸が達者にならん人だなあ」などというこちらの評価が、妙に室賀の不運な状況とマッチしてしまい、二重に哀れみを感じてしまったのだった。つまり適役なのだ。
その西村室賀が、おそらく犬死覚悟で昌幸に斬りかかり、それを昌幸腹心の者どもが阻む。
もはや忍者コントにしか見えない寺島進はさておき、大泉洋の源三郎が室賀を斬りつけるも自身も腰を抜かしてしまうところもリアルだったし、突かれ、斬られて、口から大量の血を吐きながらも憑かれたように進もうとする室賀の先にあったのはきりであり、それを見かねた中原丈雄の高梨内記がさらに背後から一刀を浴びせるのだが、ここで、倒れた室賀のあとに映る中原の肩で息をする演技が最高だった。
また、ここで倒れながらもまだ這おうとする室賀が後ろから撮られているのも非常によかった。おそらく彼は人の顔をしていなかったのだろう。生命の限りを燃やし尽くし、獣のように呻き、芋虫のように這いつくばる彼はなにを見ていたのか。
彼はきりを殺そうとしたのではあるまい。もっと大きな、時代の不遇、昌幸への単純な嫉妬、そういう大きなものに対する怨嗟が、彼をして息も絶え絶えになりながらなお匍匐前進せしめたのであろう。この西村の演技(というか演出全体)も喝采に値する。
ここまでが非常にすばらしかったところ。これ以外の部分でも今回はコメディ要素もかっちりと歯車が合っている感じがところどころにあっていつも以上にたのしめた。

忍者コントをしている寺島進(もうちょっと演技つけようよ)によって室賀がとどめを差されたあと、途端に現実に引き戻される。
たまたまその場を目撃した長澤きり(このシチュエーションじたいの構成は見事だったと思う)が源次郎を連れ戻ってきて「ひどすぎる……いいの、これで!?」と絶叫するのだが、このときの長澤の演技にまずズッコケる。
いや、わかるよ。寺島がとどめをさしたところでおしまい、であれば僕はめちゃくちゃたのしめるんだけれど、三谷大河という感じはあまりしない。「え~ちょっと残酷すぎ~」とか「昌幸とかちょー共感できないんですけど~」みたいな90年代女子高生のボキャブラリーくらいしか再現できない己の拙さを呪いつつも、そういうふうに感じる層はたしかにいるはずで、そのような視聴者層に寄り添う部分が必要だというのは、脚本うんぬんというより、大河ドラマの構造上理解できる。
だから長澤に現代人としての感覚を代弁させている……のは理解できるのだが、長澤の演技がまるで現代からタイムスリップしてやってきた女子高生のそれみたいで、あまりにもひどいんじゃないか、と僕はズッコケてしまったのである。
まあ、一億歩譲ってここはよしとしよう。
その後、堺雅人が大泉洋とふたりで話していて、なんだか号泣しているようなんだが、いつもどおりの下手っぴな演技で、ここが大いなる噴飯ものだった。初々しい青年が泣いている、というのがこの場面なんだろうけれど、このときの源次郎がおそらく十八、九というところで、堺本人はそのつもりで演技しているのだろうが、役柄と役者本人との年齢・容貌における乖離が甚だしくてどうにも無理があり、この場面(といっても最後なんだけど)で、「うむむ……クソだな」と思ってしまったのである。

うめが提案したみたいなことになっている兵を傷つけないで戦に勝つ、みたいなことはいまのうちはいいんだけれど、それでも最終的にはなかなかきれいごとでは済まなくなるはずで、その「きれいごとではない部分」をいまのところは昌幸が全部引き受けているわけだが、それをいよいよ源次郎が引き受けるとなったとき、彼の演技にどう変化が出るのか、それとも出さないのか。
岡田官兵衛みたいな変身ぶりがあることを期待するんだけど、はてさてどうなのか。

ところで思ったのだが、若い坊っちゃんが組織の暗部にあまり意識的ではなく、けれども実際は相当ひどいことになっていて、結局自分もそこの深みにはまっていってしまうってところに映画『ゴッドファーザー』を思い出したのだが、これは僕の記憶違いだろうか。堺雅人のあの「七色の笑み」が人殺しの笑みになるのであれば、それはそれで非常にたのしみであるのだが。 

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3月11日にちなんだ俳句か短歌を詠もうとしてずっと止まったままだ。
そもそも、純然たる詩にしたいのか、それとも川柳狂歌のたぐいにしたいのかもわからない。ラジオ番組で被災した人があっけなく言っていた「五年なんてなんの意味もない数字ですよ」という言葉がずっと耳の奥に残っている。区切りをつけようとつけまいと日常にはなんら変化を来さないという意味だろう。

きょうは生暖かい日だった。啓蟄も疾うに過ぎ、春分を迎えようとしているところ。まだ年が明けたばかりという印象だったが、もうひと季節ぶんが過ぎようとしている。
今月前半はかなり初午に時間をとられた。なんの日か、と知らない人に問われればよくわかりませんと答えるほかない。それ以上の興味が湧かない、というか、旧暦の二月のはじめての午の日に観音様を祀るということ以上のことを、ムラの人間は知らずともよい。なお、当地では「観音様」などという野暮ったい言い方はせずに「観音さん」と言う。
この初午には、前厄・本厄・後厄にあたる人間が関わるという決まり事があり、そこには厄落としという側面がある。厄落としというからには、厄の人間は積極的にそこに関わり奉仕するのが当たり前だったのだが、今はもうそんな時代ではなく、嫌々ながらそれに関わる人間のほうが多いし、その人数も自然と減少しつつあるので、結果ムラが主体となって取り仕切るというのがここ二十年くらいの傾向だ、という話を僕は聞かされた。僕はたぶん前厄にもなっていないのだが、昨年から歳を繰り上げて関わることになり、何日か前からいろいろな作業に携わった(いつもどおりの考えから、あえて詳しくを書きはしない)。
そもそもこういう宗教行為に関しては一片の意味をも感じない僕なのだが、そこそこに興味を持ちながら今回も祭りに参加した。
厄を落とすもなにも、厄年がいったいいくつからいくつまでの話だということもわからないまま、ただ「おまんも再来年あたりには前厄になるんちゃうか」と昨年言われて「そんならそれでいいですよ」くらいの返事で引き受けたほどである。御利益があるだとか、それこそ厄が落ちるだとか、そういう部分にはなにも期待もしていない。
ひどい言い方になってしまうのかもしれないが、いままさに終わりつつある文化に立ち会っているという点に嗜虐的な悦びを感じられ、そこをたのしんでいる。ただし僕は、気まぐれにやって来て「ネタ」を探すような旅行者・観察者のたぐいではない。ただ立ち会い面白がっているのではなく、きちんと中に入って終焉を迎え入れる準備をし、見送ろうとしているのである。それが悦びを感じるための条件となっている。
僕の漠然と抱いている感覚として、たぶんずっと「よそもの」としてこの場所に生きていくのだろうと思っていて、それは周りの人たちがきっと受け容れはしまいからという納得の仕方をしていたのだが、それが五年を経て、どうやら自分のほうが馴染みたくない・溶け込みたくないと強く思っているようで、周りはむしろ馴染んでくれ・溶け込んでくれと思っているらしいということに気づくようになった。
その関わり合い方のひとつとして初午の参加があり、僕のほうは図らずもいっぱしの覚悟みたいなものを提示する形となり、周りはおそらくそれを喜ばしく思っているようなのだが、実はそれは相手のまったくの勘違いであって、僕は全然覚悟なんてものを持っておらずに、相変わらず醒めた感覚をしか抱けず心のうちでのムラとの距離感を縮めることもないのだった。
それは「このムラだから」なのではない。どこであろうと、僕はあるひとつの土地に対して執着や愛着を持つことができず、むしろ、「こんな場所なんていつでも捨て去ることができるのだ」と思い、言えることだけをひとつの強みとして生きてきた。どこにも定着せず、なににも帰属しなかったことだけが、僕の唯一つづけてきたことなのだ。
ただ、このような思いを僕は誰にも告げはしない。そのようなことを誰かに、なかんづく当事者に向かって言うことは、僕には自己満足だけを、相手には侮蔑・罵倒しかもたらさない。争いや諍いを引き起こしてもなんの得にもならないので、僕はやるべきことをやるだけだ。

さて、その手伝い作業中に、むかしの観音さんの集まりで撮った写真が出てきた。そのなかに、このあいだ還暦をちょっと過ぎたばかりで急死した人も写っていた。おそらく二十年ほど前だろうと思うが、写真のなかの彼は、いまの僕と同世代だった。髪は黒々として伸ばしてあり、ケミカルウォッシュのGジャンを着ていた。
また、その写真を僕に見せてくれた人の二十年前の姿もそこにはあった。いまは白髪の総髪となってしまっている頭も、当時はやはり黒々としていて、およそ二十年後に大病を患うとは予感すらしていない様子だった。
当たり前の話かもしれないが、写真は過去を目の前に差し出してくれる。どんなに最先端の流行服を身にまとって最新型のカメラで撮影されようとも、たいていの場合は、経年によって古臭いものに見えてしまう。
つまり、われわれが日頃から仮想世界のストレージにトン単位で保管している事物の姿や人物像も、光速で劣化しており、言い換えれば、せっせと溜めた膨大なデータが将来われわれに示してくれるものは、時代遅れや古臭さなのだ。
しかし写真の効用はそれだけではない。このあいだ写真家の高橋宗正がラジオで、「写真はたのしいときに撮るもの」と言っていた。その言葉だけをとってみれば、わざわざ写真家の名前を借りてまで引用するほどに珍しいものでもないのだが、彼が震災後、被災地で回収された汚れた写真を洗浄し持ち主を探すというプロジェクト(思い出サルベージプロジェクト)に携わっているということを聞けば、それなりの深みが感じられるはずだ。また別の文章からも引用してみる。
写真の価値とは記憶の価値に近いものだ。しかもそれはプライベートな写真の場合、いいときの記憶と結びついている。なぜなら人は楽しいとき、誰かと共有したいものと出会ったとき、忘れたくないものがあるときに写真を撮る。そしてアルバムには、人生のよかった記憶のダイジェストが残る。その価値は誰かを失うときに最も強くなる。

高橋宗正『津波、写真、それから』(赤々舎)より
不思議なもので、僕が亡くなった人物の写真を見ていたのが3月12日のことで、高橋宗正がTBSラジオの『Session 22』に出演したのは15日で、僕がその録音を聴いたのが翌16日。
この符合は偶然でしかないはずだが、しかし僕にはある意味を以て響いてくる。もちろん僕は、映画『スモーク』のあのエピソードを思い出してもいる。

午後。小雨の降る中、本を買いに書店に行った。
いつも客のいない店で、店員とオーナーと思しき女性とで話し合っていることが多い。このあいだ、奥に引っ込んだその女性オーナーが、従業員出入り口の近くに立ってマンガ本を物色していた僕のことをもうひとりの女性店員だと思ったらしく、部屋の奥から長々と大声で語りかけてきた。
「このあいだなあ、なになにさんから電話あってなあ、あれ? なになにさんのところ、いま行ってきたところやないの思て電話出たらなあ、『財布忘れてますよ!』言うやんか。もうわたしびっくりしてもうて、『ええ? 財布忘れてますか?』言うたら、『忘れてますよ!』と向こう、大笑いして言うやんか。あたしも大笑いしてなあ、」というところでその奥の部屋から出てきて、僕の姿を見て仰天、「ま、人間違いしてた!」
まあ、そういう店なのである。
その店は新刊以外のマンガはシュリンクをしていないので中身を確かめられるという利点があって、巻数の多いものを買う場合はたいへん重宝するのだが、ただ、中身を確かめられるということはつまり立ち読み可能というわけであって、そのためか商品がなかなか売れないらしく、きょうも買おうとした少年誌のコミックの背表紙が焼けに焼けてしまって、タイトルと巻数字がほとんど読み取れないというのがあった。今日びブックオフだってもうちょっと品質はいいだろうにと思い、さすがに購入は躊躇われた。
それでも水木しげるの『総員玉砕せよ!』を買おうとカウンターに持って行くと、仕事をするのがいかにも面倒そうな中年女性が、かったるそうにレジ打ちをした。
この女性のつけている香水の香りがけっこう強く、考えてみれば店内はその彼女の香りでいっぱいになっていた。そして僕のなかでありがちなことなのだが、嫌いな女性ほど、僕の好きなタイプの香水をつけていることが多く、この場合もまさにそうだった。
あまりにもかったるく、レシートすらもこちらが言わないと渡してくれないその彼女の匂いは、帰宅してマンガ本を取り出そうとビニール袋に突っ込んだ手にまでつきまとい、しばらくのあいだ僕を天上へと誘ってくれた。一番手っ取り早い幸せを得る方法は、その香水がなんだかを突き止め、自分で購入することなのだろうが。

その『総員玉砕せよ!』はむごい内容だった。足立倫行の解説には水木しげるの言葉が載っていた。
「私、戦後二十年くらいは他人に同情しなかったんですよ。戦争で死んだ人間が一番かわいそうだと思ってましたからね、ワハハ」
その言葉のとおり、パプアニューギニアの島では多くの兵士たちが、登場人物の言葉を借りれば「誰にみられることもなく、誰に語ることもできず」に死んでいった。ただ忘れ去られるだけである、と。

そういえばきのう、たまたま観たNHKのドキュメンタリー『かんさい熱視線』で大阪北浜にある少彦名神社という薬の神様を祀っている神社に訪れる人たちが特集されていたことを思い出した。
つくりは僕の嫌いな同局の『ドキュメント72時間』(註: この番組で出てくる人たちが嫌いというのではなく、製作側の手法が気に食わない)を模している部分もあったが、そこにやって来る人たちのなかにはかなり信心深い人たちもおり、そしてそのなかには、若い娘さんが重病に罹っていたり、日々を高齢の両親の介護に追われる人もいた。
その方々は、定期的にその神社にお詣りすることによって不安が少し軽くなるということを言っていた。
そのような効用があることをもちろん否定できない。というより僕は、信心される対象や驕り高ぶった神職僧職よりも、信じる者の心のほうがよほど尊いと常日頃から思っている。
僕のように俗塵にまみれた人間であれば、そんなに拝んでもなにもしてくれない神様やら仏様に対して、憤りを持つことはあっても畏敬の念などどこをどう絞っても出てきやしない。
その番組を観ていても、信心する人たちが少しでもラクになれればいいのにと思いながら、一方で、ほとんど御利益とやらを与えない神様なんていうものに対して業を煮やしてもいた。

3月11日の俳句・短歌はまだつくれない。たぶん詠めないままなのだろうと思う。
この日にちなんだ諸々のなかで、ラジオ『菊地成孔の粋な夜電波』の3月11日の放送分が最も心に響いた。
僕もたまたま知ったことなのだが、この番組は震災のほぼひと月後から始まり、そのほぼ半年後にシーズン1の最終回を迎えている。その回の最後の曲として彼はアントニオ・カルロス・ジョビン本人による『三月の水』をかけた。彼はこの英訳詩を朗読するのだが、その前にこんなことを言っている。
今年はじめて、この曲のタイトル、そしてメッセージはわれわれ日本人にとって特別な意味を持つようになりました。
この曲がなにかを仕組んだわけじゃない。われわれがなにかを仕組んだわけでもありません。
ただあるがままに、この曲がすでに存在していただけです。大衆音楽というものはそういうものだとわたしは思います。

(2011年10月2日放送回より) 
この部分の音声はニコ動にもアップされているし、個人ブログ上でテキストに文字起こしされてもいるが、ここではリンクを貼らない。

このことをふまえて、の話になるのだが、今年の3月11日の放送では、番組放送の一時間、この『三月の水』の12の異なるバージョンをノンストップで流した。
この五年間で聴いたなかでいちばん感動的な鎮魂歌だった。希望の歌でもあった。

あのような大きなできごとがあって、いまも現にありつづけているわけだが、そのような中で、直接の被災者ではない、特に東日本にもいなかった僕は、おそらく震災についてなにかを語るということはできない。もっと厳密に正確に言えば、被災者の心にまつわることは語れない、ということだ。
僕にかろうじてできるのは震災の周縁について語ることだけであって、たぶんその語りは僕以外にはなにももたらさない。それでも、なにかしらの形で僕は語ってしまう。僕は、僕自身のためにしゃべったり書いたりしているからだ。そうすることで、自分の心の負担のようなもの(そんなものがあったとすればの話だが)が少し軽くなっているのかもしれない。

天井をネズミか、あるいはムササビかが走っているようだ。コトコトコトという小動物の移動する音が聞えてくる。
そのせいでさっきまですやすやと丸まって寝ていたネコ二匹が起き出して必死に音のするほうを見上げ、目で追いかけ始めた。本格的な運動会がはじまる前に寝ることにする。

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なんでも「保育園落ちた日本死ね」とかいうはてなの匿名ダイアリー(面倒なので以下は増田)が大きく取り上げられて、ついには国会における質問の資料のひとつとして用いられたらしい。そしてそのニュースはさらに波及し、「保育園落ちたのは私だ」とかいう国会前のデモまで引き起こしたらしく、この一連の動きに関して僕は非常な感動を覚えた……わけがない。

当該増田がはてな界隈で話題になっていたのはたしかに知っていたのだが、そもそも増田を読む気にならない。僕にはあれが、便所の落書きに毛が生えたもののようにしか感じられないのだ。
匿名であるからこそ書けるものがある、ということは理解できる。ただ、それは書く側の論理であって、読む側としては、その内容はいかに保証されるかという不信・不安につねにつきまとわられる。
事実かどうかより、面白いか面白くないか、という基準を僕が適用するのは、あくまでフィクションの場合であって、そこでなにかを告発するみたいな動機があるのだとしたら胡散臭さしか感じない。あともう少し言うと、あそこのオーディエンスのレベルってけっこう低いよね、ってことも強く感じていて、タダだから読んでいるだけの人たちに向けて、匿名だからなんでもいいやと思っている人たちが書いている、という構図にしか見えない。

というわけで増田のあの記事は、タイトルだけ知っていて中身は全然読んでおらず、それはいまでもそうなんだけど、そういうものを民主党議員が国会で紹介したと聞いて、(詳細は把握していないのだが)杜撰にもほどがあると思ったわけだ。
僕からすれば、「韓国に行った日本の修学旅行生が土下座させられたっていうツイートがありますけど、韓国との関係を見直す必要があるんじゃないか?」と言っているのと同じに見える。
土下座だのなんだのっていうのは有名なデマだったが、ネットでこういうのを見つけた、とかネットではこういうのがいま話題になっている、というのをそのまま利用して質問やら説明の根拠とするのは、与党にしても野党にしても、政治家のやることとはとうてい思えない。
「話題になっている」というのであれば、実際に待機児童や保育園の整備状況についての調査や、育児中の保護者に対してアンケートを取って正確な数字を出し、それをもって質問なり提案なりをすればよい。手間がかかることだし時間がかかることだが、そういうことをこそ、やるべきじゃないか。
一つの事例だけを以て全体を語ろうとするのは、政治のやり方として正しいとは思えない。最大多数の最大幸福ということを言いたいわけではなくて、あまりにも手抜きのように感じるのである。

僕は、大原則としてネット上にしかない情報をまったく信じていない。匿名による情報であればなおさら。
よく、わかった風に「重要なのは『誰が言ったか』ではなく『何を言ったか』」みたいなことを言う人がいるけれど、これって本当に考え抜かれた言葉なのだろうか。おそらくたいていの場合は、誰かが適当に言っていたことを適当に鵜呑みにしているだけなのだろう。
理窟から言えばそういう人たちは、すべての人間のすべての意見に対して、まったく公平な態度で耳を貸せると思っているはずなんだけど、そんなことって可能だろうか? 
「誰が」を気にしないなんて、結局は他人事としかとらえていないからだろうとも思っている。(保育園の件に限らず)増田の受け取り手たちからもそういう他人事感ばっかりが臭ってくるので、僕は嫌悪感を抱いてしまう。

僕自身は、自分の判断能力にそれほど自信が持てないため、誰が言ったかということの意味を見極めたうえでさらに、その言説のいちいちをチェックしていくことにしている。手間はかかるかもしれないけれど、自分で考えるって本当はそういうことだろう。
ただしもっと言うと僕は、「誰が言ったのか」の時点で判断を停止するようにしている。嫌なやつはなにを言おうと嫌なことがほとんどだし、好ましい人が言ったことであれば、なるべく全力でいい解釈をしたい。
でも、(自分がするぶんにはいいが)世間全般がそういうことをしだすのはイヤなので、自分以外の人にはきちんと「誰が言ったのか、を判断」→「そのうえで精査」の二段構えを望む。

あと僕は、増田を用いることに反対しているだけで、社会福祉の充実はもちろん応援すべしと思っている。ただ、結果が問題なのであって手法はいかなるものでもよい、という意見には賛成しない。
増田に書いた人物はいまではツイッターアカウントを持っているみたいだけど、なんとなくそこに気持ち悪いものを感じる。「なんだコイツ結構俗だな」の記事で書いたような「有名になりたいよ~」とか「注目されたいよ~」の人間にしか思えないのだ。
世間に対してほんとうに訴えたいものがあるとき、増田を選ぶだろうか? あのようなタイトルがほんとうに他人の心を動かせると思っているのだろうか?
昨年、ヒゲの隊長をモデルにした安保法制の解説動画が自民党から出され、その内容のあまりのひどさに対する批判がいろいろなところで出たが、そのカウンターアクションのひとつとして、女子高生の声を吹き替えたパロディ動画が出た。ああいうのも僕は非常に嫌いだ。もともとのレベルの低い議論に対してレベルの低いところで応えて喝采を受けているだけ、という印象しかなかった。
ああいうので喜ぶ人たちって、ちょっと間違えれば安倍政権や橋下の主張にも喜んで尻尾を振る人たちという気がする。

安保の話といえば、シールズを思い出す。あれも嫌いだったな。彼らについては、サスプルっていう特定秘密保護法案に対する反対デモをやるっていう2014年10月のYouTube動画ではじめて知ったのだが、その動画がかなり自意識の強いものだったので、若者はそういうものだと思いつつも、自分の若いときを考慮すれば、「これってただ乗っかる『なにか』を見つけられた人たちなだけじゃないの?」ということがすぐに直観され、それはいまでも覆っていない。
比較的おしゃれで外に顔を公表することに躊躇もない周囲の人たちからも好かれていそうな東京中心の学生たちに、僕は同調できるものを持たない。かつて外観上はそういうところに属していたとは思うけれど、僕はあんなふうに群れることを最も恥ずかしいと思っていたし、いまでもそう思っている。そのうえ、誰が見ているかもわからないカメラに向かって、自分たち自身をも俯瞰しているのだというクールな姿勢を強調し、それと同時にアツい主張をラップするというこの姿は、死ぬほどダサかったのだ。死ぬほど。
僕はたぶん、彼らと同世代であっても恥ずかしく感じていたはずだ。彼らのしゃべる言葉は、どこかからのコピーみたいなもので、元ネタが安直に想像できるというか「ああ、そっち系か」とか「ふうん、そういう演出を選ぶのね」くらいにしか心が動かず、つねに「なぜこの人たちは、こんなにも他人からの見られ方を気にするのだろうか」とずっと思っていた。
彼らは、テレビカメラやスマートフォンがない場所では意見を言わないんじゃないか、とも感じるようになっていた。ただ有名になりたい、注目されたい、目立ちたいだけなんじゃないか、とも。
たぶん彼らのデモに参加した人だったと思うのだが、参院であの法案が通過したというニュースを聴いて、カメラの前で泣きだす女の子がいた。僕は、そういう情熱の傾け方に非常に危ういものを感じた。彼らは、ただ熱狂にひたっていたいだけなのではないか。

彼らの主張のなかに、行動することの大切さがたぶんあったと思う。きちんと聞いたことはないのでわからないけれど、デモに参加しないということは、ひいては現政権にOKを与えてしまう、とおそらくそれに近い論法を採ったのではないか(見当違いだったらすまない)。
そういう二者択一を迫るというやり方は、結局、彼らの憎き安倍政権の大得意とするところであって、そういうことを無意識でやっているのだとしたら質が悪い。
デモも重要かもしれないが、あのデモに参加した人たちそれぞれが自分の田舎の親戚たちや周囲の友人たちに連絡して、これからは自民党に投票しちゃいけない、と説得するほうがよほど世間を動かせるんじゃないか、と思っていた。

ま、簡単に言ってしまえば、彼らのするところが気に食わなかったのである。
流行りのゲームとして「政治」が選ばれるのはなにもはじめてのことではなく目新しさも感じなかった。
で、大事なことは、安倍政権は大っ嫌いだが、シールズも嫌いでいい、ということ。アベ or デモみたいな構図ではないということ。
いまの保育園落ちたの話だって似たようなものを感じる。あの増田に同調することがデフォルトみたいになってしまっているが、ほんとうにそうだろうか? 増田になにかを書こうと思える人間を、日本でいちばん苦しい立場にあるみたいに受け取るのはほんとうに誤解だと思う。
田舎に来て貧困を目の当たりにすると、スマホもPCも持っていない独居老人なんて山ほどいるけれど、その人たちがいつか自前で増田に自分たちの境遇を投稿し、それが国会で取り上げられ、国会前でデモへという動きにつながる、なんて期待するのは間違っていて、声を上げられず、その上げ方を想像することもできない人間なんて山ほどいるのだ。ネットにばかりくっついていると気づかないだろうけれど。
ネットにあった(しかも匿名の)一投稿をピックアップして、それについて議論がなされるのは当然だと思っている人たちは、たとえその議論が本質的に適切なものだとしても、大きなとりこぼしがあるはずだということは意識しておいたほうがよい。
それは、ヤフーニュースにある十数文字がこの世のニュースのすべてだと思うようなくらいに、非常に大きな勘違いなのだ。


【2016/03/09追記】
きのう録音したSession 22で待機児童の特集があったので、それをきょう聴いてみた。そのなかで参考として当該増田が全文読まれたのだが、はじめてその内容を知ったうえで、記事本文に書いた「便所の落書きに毛が生えたもの」という評価を修正する。「便所の落書き以下」に。

増田では、私は子どもを産んで少子化の解消およびその他もろもろに貢献しようとしているのに、日本は全然それを応援する仕組みになってないじゃん、という論旨だったと思うが(論旨ってレベルじゃなかったけど)、そもそも、出産って「日本の少子化の解消のために」と思ってするものなんだろうか?

独身者または子どものいない夫婦に対して、旧弊な年寄りなんかが冗談交じりで「少子化の解消のために子どもを産まなくちゃ」みたいなことを言うことがあるのだが、言われた方からすればこれほど嫌なおせっかいはない。
これはふたつのやり方で反論できて、ひとつは「少子化が解消しようとしまいと、あんたはそれを知る前に死ぬんだからいいじゃん」で、もうひとつは「そんなに国益が大事なのであれば、社会保障費節約のためにあんたが早いところ……ねえ?」

このような、個人と国家を直接結びつけようとする価値観を僕はものすごく忌み嫌っているのだが、増田は、自分が子どもを産んだのは国益のためだとして、それなのに見返りが少ない/ないと主張している。彼女はその点に気づいているのだろうか?
もし彼女がそのような国家主義的な思想の持ち主であれば、傾聴する価値はいままで以上になくなるし、もしそうでなかったとしても、彼女の言説はやっぱり胡散臭い。
彼女は、自分たちの自由意志で出産を選択し、無事に子どもが生まれたことを、あたかもはじめから国家のためになることをしたつもりだったのに、と恩着せがましいすり替えを行なっている。いわば、子どもとか出産という行為を、国家の福祉を引き出すための「だし」にしているのだ。
かつて、こういう狡猾なすり替えに似たような主張をしているやつと会ったときのことを思い出した。

その男はある会合でこのように言って、そこに出席していた公務員たち(県の移住促進担当者および農業振興担当者)を批判した。いわく、「わたしは、大阪市内でサラリーマンをやっていたが、それを辞めて一念発起、当県に農業をするために移住して来た。そのような移住者のわたしに、各自治体の担当者たちは満足な住居や農地を紹介することができなかった。なんたる怠慢だろうか」
そりゃ新規就農希望者や移住希望者の存在は、特に人口減少地域ではありがたがられるし、多少の温度差はあれ各自治体では、その人が本気であればなるべく望ましい住居・農地を紹介したいのはやまやまと思っているはずだ。
ただ、実際それがうまくいくかというと別問題で、空き家があるからといってもすぐに住むことが難しかったり、また、農地を借りるにしても農業委員会による許可が必要というようなややこしい規制があって(たしか)、なかなかスムーズにいかない。トントン拍子に進むほうが珍しいというような印象を僕は持っている。
また、いろいろな障害があって行政とはいえなかなかそれを取り除けないという事実と、その人の移住の動機とは別次元の話であって、おれはこんなにやる気があるのにそれをサポートしないおまえらは悪い、と頭から決めつけるように言っているのを見たら、こちとらまったく公務員なんかの肩を持つ気はなかったが、「そりゃちょっと違うんじゃないでしょうか」と口を出してしまった。正確にはなんと言ったか憶えていないけれども、一般論として主語をぼやかしたうえで「移住するしないってのはその人の自由なんだから、まずその人間が自分の行為に責任持つべきで、うまくいかないのを
すべて行政になすりつけるのはおかしい」ってことを言ったのじゃなかったっけ。睨まれたけど。

ラジオSession 22では、いままさに現役の待機児童の保護者がふたり電話出演して、その困難な状況を説明してくれていたが、その人たちの話を聞くにやはり切実で、素直に、なんとかしなければなあという気持ちになった。
増田も、「子どもを保育園に入れることができなかった」としたうえで、いまの国のサポートはやはり充分とはいえず、これこれこのような問題点があるので、自分のような人間がこれ以上増えないようになればいい、という冷静な主張をすれば、あるいはもっと支持は増えたのではないかと思う。
ずるいすり替えなんかはせずに。

以下はすべて推測の話になるが、例の増田は「クソ」だの「ボケ」だのを日常的に遣っている人間ではない気がする。「とりあえず死んどけよ」が口癖(ひとりごと)の僕とは違って、それなりにまともな人間として日常的には振舞っているように思う。
けれども、匿名という場だからということであのような書き方をした。そこに僕は気持ち悪さを見る。僕からすると、ふだんから「クソ」とか「ボケ」とか言っている人間のほうがまだある種のまともさを感じる。
記事本文の繰り返しになるが、重要なのはプロセスであり手段であるのだ。彼女が増田を選んだのは、匿名のまま自身を安全な場所に置いてただ罵倒をしたかっただけなのであって、そんな便所の落書き人間個人に対しては、同情を寄せる価値などまったくない、という僕の考えは変わらない。

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いよいよ最終回。先に結論を言っておくと、素晴らしかったの一言に尽きる。
もし誰かが僕に「ねえねえ『ちかえもん』がぜんぶ終わったけど、どうだった?」と訊けば、「素晴らしかった。もうそれだけ」と答えるのがいちばん誠実だ。つまり、それ以上語ろうとするのは無粋なだけなのだ。
オーディエンスが「語ろう」と思うのは「語れる」と思っているからなんだけど、今回だけは、さすがにそれが勘違いってことを突きつけられてしまったので、本当はなにも書かないで、「いやあ、ほんとよかったなあ」と独り言をつぶやいて終わりにするのが一番。
でもまあ、後学のために自らの愚かしさを記しておくのも一興であると思い直し、感想を書くことにする。ネタバレはする。

まず、タイトルで撃ち抜かれる。「そねざきしんじゅうとまんきちのおもい」の回。「心中」を二回つかって、「しんじゅう」と「しんちゅう」とし、それを「しんじゅう」と「おもい」と読ませる。ここですでに「やられた~」という感じ。今クールのドラマでろくでもない脚本を書いていた脚本家たちは、ここで跪くべし額づくべし。

前回のシリアス路線を継承したままのオープニング。
お初徳兵衛が心中すると知ったちかえもん(以下、松尾スズキの演じる近松をちかえもん、元禄時代に生きた戯作者のことを近松門左衛門と記す)は、「ほんまに死ぬわけがあらへん」と言いながら平野屋に駆け込むが、夜は明け、天神の森にはあっけなく筵に覆われた男女の死体があり、平野屋と番頭は泣き崩れる。
その様を目撃していても、お初徳兵衛の心中事件について号外が出ても、天満屋の連中が悲しんでいるのを目の当たりにしてもちかえもんは、「ありえへん。なんかの間違いや。こんなの嘘や」と現実を拒むが、それでも徐々に現実を受け容れようとする。
嘘やあれへんのか。これはほんまのことなんか。
お初徳兵衛を悼むためのふたりの回想シーンから、彼が一念発起して浄瑠璃を書き始める部分までの長いあいだ、ずっと無音という演出がすごかった。音がないというのがこれほど迫力を生むのか。

ちかえもんがお袖を『曾根崎心中』初日に誘うところもとても心に残る場面だった。お初が子どもの頃に人形浄瑠璃を観に行ったという話を心底羨ましそうに話していたのを思い出せば、よけいに彼女の嬉し涙は理解できる。
ところで、お袖と会うときのシーンは、籠の中の鳥ならぬ「桶のなかの金魚」がほぼ毎回映されていたように記憶しているが(念のため第七回を確認してみたら、風邪引きちかえもんがプロポーズするところでも映っていた)、この浄瑠璃に誘う場面では金魚桶は部屋にない(少なくとも映らない)。

その初日、ちかえもんが出かけようとすると平野屋忠右衛門と番頭が襲いかかってくるが、これは例の妄想。ただし、これは重要な伏線と僕は考える。
現実に襲ってきたのは行方不明だった黒田屋で、かくしてちかえもんはこの油屋によって天満屋に連行され、新作について不満を言われ、殺されかかる。
結局のところ、黒田屋の素性というものはこの物語内では言明されないのだが、十中八九、第四回のときに漏らした、最も蔑まれた者による怨恨を動機とした成り上がりというのが実情なのだろう。赤穂浪士の寺坂吉右衛門の場合は、足軽ということで軽んじられた、みたいなことだったように記憶しているが、黒田屋が武士でないとすれば、身分制度外の階層出身者なのかもしれない。ちかえもんに言う「負け犬では終われないんですよ」というセリフにも含みが感じられた。
この場面、山崎銀之丞の演技の(いい意味での)面白さに引っ張られるかと思いきや、松尾スズキの演技はシリアスを通していて、「物書きの業」という問題を扱っている。

古今に限らず、藝術家は倫理的でなくてよい。痛ましい心中事件を題材にして面白おかしく書いたように周りからは見えるかもしれないし、もしかしたらほんとうにそのような動機によるものなのかもしれないが、作家というものはそれでもよいのである。
すぐれた藝術家というものは、そもそも世評を相手にしていない。道義的にどうか、だとか、倫理観が欠如している、とか言うのはすべて世間だ。
すぐれた藝術家は、つねに歴史に対して挑戦している。あるいは、こうも言えるのかもしれない。歴史的価値を持つ作品を創作する者を、すぐれた藝術家と呼ぶ、と。
実際、原作者の近松門左衛門は、実在の事件を扱ってこの『曾根崎心中』という傑作を世に残し、これによってお初と徳兵衛という名前は三百年以上も歴史に残ることになった。原作ではふたりについてのこのような言葉で終わっている。
未来成仏疑ひなき恋の手本となりにけり
この「未来成仏」がちょっとわかりにくいのだが、ふたりの選んだ死というある種の世俗的な選択を、みごと昇華させている。
ドラマのほうではちかえもんが、「死んでもの言えんふたりの思いを浄瑠璃で伝えてなにが悪いんや!」と訴えていたが、実際に物書をきしている松尾スズキが「物書きの業」を語るという意味で、二重に深いセリフだと感じた。

で、ここまで観ていたリアルタイムの感想として、このドラマが「お初徳兵衛の悲恋」の追跡、およびちかえもんが浄瑠璃を完成させられるのかどうか、というレベルから、「その悲恋を描くことはできるのか、描けるのだとしたらそれは人としてどうなのか」というひとつ高次のレベルで展開していることに僕は驚いていた。
前者は、ふたりの生き死にを追っかけるというごくノーマルな視点であり、なんとかして助かれば「よかったね」という話になるし、やっぱり死んでしまえば「悲しい話だね」という話におさまる。いづれにせよ、そこではあくまでも物語の「筋」が主体であり、ちかえもんが事件を浄瑠璃に書き起こすことも、その行為のみをとりあげれば、ここに含まれる。
ところが後者は、ふたりの生き死にの問題をはやばやと括ってしまい(この時点ではふたりが死んでいるということがほぼ確定していたが)、物書きとしてのちかえもんの事件や作品に対する姿勢に重きが置かれていた。いわばメタフィクションの視点である。
今回のオープニング時、ちかえもんが「ほんまに死ぬわけがあらへん」と言ったとき、その前に「これは痛快娯楽時代劇や」と言っている。これはギャグのようにも受け取れるし、このシリーズでずっとちかえもんが取ってきた姿勢ではあるのだが、このセリフからでも明らかなように彼は、このフィクションというレベルを俯瞰できる一段高いレベルに存在しているのである。
その彼の判断は、先に引用したように「なんかの間違いや」とふたりの死を否定し、そして「ほんまのことなんか」と緩やかに受容していくことによって、視聴者の「きっとふたりは生きているだろう、どんでん返しがあるに違いない」という望みを捨てさせるガイドの役割を果たす。
そのうえで、このふたりの事件を浄瑠璃として描くことは人の道に外れていないだろうか、と自問し、また、その戯作行為に対するアンチテーゼとして、黒田屋の、『曾根崎心中』はふたりの死を浄瑠璃に仕立てあげる浅ましい戯作者(もちろんちかえもんのこと)を九平次が叩き殺すことで完成する、というこれまたメタフィクションな考えが提示される。
そしてまた、他人の死を銭に変え、場合によっては名声を得ようとする「他の誰にもでけん浅ましい仕事」をするのが作家の務めであり業である、とちかえもんは言うが、これは作者藤本有紀からの、近松門左衛門という三百年前の人物に対する称讃の言葉なのだろう。あるいは尊敬の念とでも言うべきか。

一方、竹本座では北村有起哉による『曾根崎心中』が始まっており、この同時進行もまた素晴らしい演出だった。ストーリーがどうとか演出がどうとか演技がどうとかではない、まさに藝術的感動としか言えないものがここにはあった。
前回書いた、お初の足首を徳兵衛が縁の下でとって自らの喉仏に当てるシーンも見ることができたし、エンディング部分なんて、北村有起哉の大熱演によって、本物の義太夫語りを知らないといういちおうのエクスキューズは付け加えておくけれども、この芝居小屋全体が元禄時代そのものという雰囲気を呈していて、観ていて心が震えた。

で、万吉の話。いやもう、ちかえもんが川から上がってきたときにあの人形が彼の腰にくっついていたのを見て、「うわー」と声を出してしまった。
万吉はやはり子どもだったのだ。幼い心を持ったままの信盛の守護霊。その守護霊の人形が、戯作者となったちかえもんが傑作を書くためにきょうまで立ち働いてきた。
この設定は、ほんとうにせつなかった。もし万吉が一個の人間であり、黒田屋と一緒に川にはまってしまって彼ひとりだけが助からなんだ、という方がまだ悲しみようがあるように思う。けれども、もともといないはずのものだったとは……。
スクエアエニックスの名作ゲームFFXにおいて、主人公のティーダが実は存在しない人間であり、ラスボスを斃せば一緒に消えてしまうというあのエンディングを思い出した。
なぜ、人間ひとりが死ぬというより、人間ではないものがまるっきり消えてしまうという喪失感のほうがより大きいのだろうか。
たぶん世の中のどこかを探せば出てくる話だと思うが、人間と親しいロボットがいたとして、そのロボットが親しい人間を救うために身代わりになって破壊されてしまうとする。で、なんとかしてそのロボットを修理しいざシステムを起動してみたら、「ゴ主人サマ、ゴ命令ヲ」と無機質に言うばかりで、それ以前の記憶がまったく失われていたとする。この場合、「ああ、直ってよかったね」と安心する人はほとんどいないだろう。このときの喪失感は不思議だ。悼むことのできない喪失とでも言うべきか。人が死ぬこと以上の受け止められなさが、ここにはあるように思う。これは非常に興味深い問題だ。

ここからストーリーはさらに展開する。
天満屋の酒席で、平野屋忠右衛門の口から「実は生きてまんねん」という言葉が飛び出したときは、今度は「やったー」という声を上げてしまった。ちかえもんが「悪い冗談でっせ」と笑って応えるも、みなマジメな顔をしている。今度は「ほんまに?」と恐る恐る尋ねたときの、高岡早紀の表情といったら! ドラマを観ていて嬉し涙が流れることがあるなんて思わなかった。黒澤明の『隠し砦の三悪人』の公開当時、痛快なエンディングに映画館に歓喜の声が湧いたって話を聞いたことがあるけれど、それと同じ気分だった。
ともあれ、心中は天満屋の主人夫婦の芝居によって偽装され、当事者であるお初徳兵衛は生きながらえ、越前で鯖漁師として生きているという。平和そうに暮らすふたりで、よかったよかった。ほんとうにいいエンディングだった。めでたしめでたし。

……などと素直に受け取ってよいのだろうか、という疑念が頭をちらつき、払拭できない。
ちかえもんは、ふたりが生きていると聞かされて、実在の事件として浄瑠璃を書いたのにそれが嘘だったとは、と怒り出す。それに対して、万吉の声が聞える。
「嘘の何があきまへんねん。嘘とほんまの境目がいちばんおもろいんやおまへんか。それを上手に物語にすんのんが、あんたの仕事でっしゃろ。な? ちかえもん」
つまり、虚実のあわいにこそ物語はあるということだ。

それでは、この観点に立っていくつか検討してみる。
まず、万吉の声が聞えるところだが、それまで一緒に宴席を囲んでいたはずの、平野屋忠右衛門、番頭、天満屋主人夫婦は消えてしまい、それどころか酒や料理や御膳もさっぱり消えてしまう。
このパターン、思い出せるだけでも二回はあって、番頭の喜助が狸になったり、今回でも忠右衛門と喜助に袋叩きにされるというちかえもんの妄想パターン。
この二回については明らかに妄想だったと示されているが、さて、この酒席じたいはほんとうにあったことなのか、どうなのか。
また、徳兵衛が漁業を営んでいるという浜辺のシーン。ここはかなり安っぽいつくりであって、とってつけたような「鯖漁師」という感じで鯖を獲り、沖に向かって「おおきにー!」と言う場面は、なんとなくパロディっぽいつくりになっている。この安っぽさはおそらく意図的なもの。細かいことをいえば、「おおきにー!」の声が残っているにもかかわらず、ちかえもんたちのカットが割り込んでしまう。僕の直観は、ここであえて余韻を排したのは虚実の虚の部分だからと告げている。
あるいは、少し時間を巻き戻して、黒田屋とちかえもんとがやり合っているところ。
繰り返しになるが、ちかえもんは「死んでもの言えんふたりの思いを浄瑠璃で伝え」ると言い、こうも言っていた。ふたりにはほかに手立てがなく、心中するしかなかった、と。
手立てといえば、第五回では、忠右衛門に仇討ちするようお初をけしかけた万吉に対してちかえもんは、仇討なんぞは古臭いやり方でほかに救われる道はなんぼでもあると言っていた。
正確に言えば、忠右衛門はお初の恨みの対象ではありえず、お初徳兵衛が二進も三進も行かなくなるのはまた別の理由によるものなのだが、大きくとらえれば、ふたりが時代の価値観と偶然に雁字搦めとなったという意味では同じであり、その「救われる道」のひとつが心中偽装というのはよく理解できる。
しかし、忠右衛門からふたりは生きていると告げられたことがちかえもんの妄想で、お初徳兵衛の漁師姿もフィクションであったとしたら、こうも考えられないだろうか。お初、徳兵衛はやはり死んでいるのだ、と。

そう。おそらく少なくない視聴者は、お初徳兵衛が生きているとは完全に信じきれてはいないはずである。
たしかに、物語上では「生きている」ということになっている。けれどもこのドラマでは、その部分にどこか信憑性がないようなつくりになっている。
これを乱暴に言ってしまえば、解釈に余地を残しているということなんだろう。
なにが唯一の解ということもない。物語を額面どおりに受け取って、ちかえもんは『曾根崎心中』を成功させつつ、かつ、お初徳兵衛は生きている、という解釈もじゅうぶんありうる。
ただ僕の場合は、お初徳兵衛は死んでいるのかな、という印象を持ったというだけだ。ふたりはやはり心中してしまい、そのうえで、メタフィクションのレベルにいるちかえもんは、フィクションレベルの『ちかえもん』という物語の枠組み全体を使って、ふたりの死を救ったのだ、と。もう少し厳密にいえば、救われるようにしたのだと。それが、「救われる道はなんぼでもある」のうちのひとつなのではないだろうか。
もう少し控え目に書けば、早見あかりのお初と小池徹平の徳兵衛、つまり『ちかえもん』のなかのお初徳兵衛は生きているのかもしれないが、元禄時代に実際に心中を起こしたお初と徳兵衛は現実として死んでおり、この『ちかえもん』という物語は、その彼らを救うための物語だったのではないだろうか。嘘とほんまを組み合わせ、元禄という時代にほんとうに死んでしまったあほな男と女のために、作者藤本有紀はこの物語を書いた。そう考えれば、エンディングにあったちかえもんの「てな陳腐な結末はわしのプライドが許さんのである」の意味も少しは納得がいくというものである。

最後の歌は拓郎の『我が良き友よ』、「下駄を鳴らして奴が来る」だった。笑い泣きしながら、スタッフロールを見つつ、ちかえもんの文机の上にあった万吉の人形が、二回目の別の角度からのカットではなぜか映っていなかったこと、そして、最後のカットでのちかえもんの肩越し奥の縁側に置いてあった湯気のようなものが出ていた包み(?)が気になった。
そのときにちかえもんが書いているのは『碁盤太平記』とあり、調べてみるとこれは赤穂義士の仇討の話のようだ。

以上が最終回までをも含めた『ちかえもん』についての最終的な感想である。
脚本演出は言うに及ばず、すべての出演者、すべてのスタッフについて惜しみない拍手を贈る。もし年間のテレビドラマの賞があるのだとしたら、すべての賞をこの作品が総なめにするだろうと確信する。ユーモア、人情、驚き、創造性、ひねり、美術、衣裳、音楽、批評性、演技力、とにかくまあ、すべてのものがあった。
しつこいがもう一度書く。今クールに限らずくだらないドラマの製作に携わった人たちは、このドラマを観て跪くべし。

編集
「ははうえきっぱりけつだん」の回。

例によって一週遅れで、すでに最終回は放送されている。
実は、この一週間で本物の近松(ってヘンな言い方だが)の『曾根崎心中』を読んでいて、これがとてもよくできていることに感心しっぱなしであった。はじめは現代語訳で概略を頭に叩きこみ、そのあと本文を読んでいくのだが、角川ソフィア文庫(なぜか四年ほど前に買っておいて本棚に並べたままにしてあった)は解説もわかりやすく、しかも七五調の音もよいので、音読するのがたのしくさえあった。こんな調子である。

黑田屋の奸計に陥ち打擲の、限りを盡くされ投げ出さる、徳兵衛たつての願ひとは、せめてお初とひと目會ひ、ひと言申し置きたしと、そを聞き入れぬ兄哥(あに)さんと、兄哥さんの出來が少しほど、違ふ万吉決心し、二人羽織の趣向とて、徳兵衛背負ひ天満屋に、踊り入りたるその樣の、面白きこそ哀しけれ。

……とこれはまったくの創作だが、こんな具合に物語が綴られていくので、存外読みやすい。
また、お初と徳兵衛とが心中を誓い、夜中に天満屋を抜け出る場などは現代でいうサスペンスシーンであり、暗闇のなか、誰にも気づかれずに廓を出ていけるのか、とハラハラすること請け合いなので、これが当時の人間の心をどれほど動かしたか想像するに難くない。
そのほか、黒田屋の計略(証文・印判の偽造の罪に陥れるという点は原作と同じで、朝鮮人参の部分だけがドラマオリジナルとなっている)の狡猾さ、お初徳兵衛がもはや死を選ぶほかないと決心する場面の悲しさの描写は、現代人もきっと唸らすことだろう。
くわえて、ドラマではなかったが、黒田屋から逃げた徳兵衛が天満屋の縁の下に隠れ、お初がその上り口に腰掛け、打ち掛けの裾で徳兵衛の姿を隠すという場面があるのだが、ここも秀逸でものすごく印象的だ。
お初のうしろには黒田屋が来ていて、廓の主人に対して徳兵衛が詐欺を働いたと嘘を言いふらすのだが、腹立ち出ていこうとする徳兵衛を足でじっと押さえるお初。そして独り言を装って、徳兵衛に死ぬ覚悟はあるかと語りかける。
このとき徳兵衛は無言でお初の足を取り、その足先で自分の喉笛を撫でる、とあるのだが、この自害を決意するところは実にドラマチックであり演劇的。なかなか現代でもお目にかかれないような斬新な演出なのだった。
さてこのなかで、
七つの時が六つ鳴りて残る一つが今生の鐘の響きの聞きをさめ
という文句が出てくるのだが、これにピンと来る人はちょっとだけ落語に詳しい人であろう。
これは『小言幸兵衛』に出てくる文句なのだが、調べるとちょっとだけ直される場合もあるようだ。志ん朝の速記本を当たってみると、「七つの鐘を六つ聴いてェ、残るひとつが未来へ土産」となっていた。
それにしても、おそらく戦後くらいだったらこの文句を聞けば、「あ、近松の『曾根崎心中』だな」とわかった人も多かったのだろうと思う。

さて、前置きが過ぎたので、ドラマに話を戻す。
今回は細部に凝っているというよりは物語進行回であって、どんどんと話が進んでいったのだが、特に終わりの十分くらいでばたばたばたと進展があった。
いちばんのヤマ場は、なんといってもお初と徳兵衛が抱き合うところだろうが、このときのお初が、ほんとうに泣いているようでよかった。これまで早見あかりは、きれいだけれどもうちょっと芝居ができればなあという感じであったが、この場面だけは、顔をくしゃくしゃにして徳兵衛と別れることを「嫌や」と泣くところだけは、心を動かされるものがあった。いいものを見させてもらった。
またそのシーンのちょっと手前で、ふたりを天満屋の二階から俯瞰するところがあるのだが、ここの桜の花びらの降り方がたいへん興味深かった。
というのも、ふたりのそばには桜の木があって、それは二階ほどの高さしかないのだが、花びらは、もっと高いところから降り注いでいるのである。この天満屋の周りを天満屋より高い桜の木が囲っていて、そこから花びらが降ってくる、という説明ができないこともないのだろうが、それはかなり苦しい説明となる。
そうではなくて、この場面はもっと幻想的であるととらえたほうがいいのだろう。もともとここは、第二回あたりで、お初と徳兵衛とがはじめて出会った場所でもある。あのときも、急に雨が晴れてふたりが日に照らされていたが、あのシーンと対になっていると考えたほうがいい。

話はシリアスの極みに達したかと思ったところへ、黒田屋の企みは、朝鮮人参と不孝糖とのすり替え(無意識)によって一挙に崩され、いよいよ次回の最終回へとつなげるのだが、はたしてあと一回でまとまるのか? 最終回の予告はあえて見ないようにした。
以下は余談。

今回は歌がふたつで、『かあさんの歌』(×2)と『よこはま・たそがれ』。
オール阪神巨人のゲスト出演にも笑ったけど、それ以上に吉弥な! いやいや、前から「売り声指導」の名前に桂吉弥の名前が上がっていたし、吉弥の弟子も実はチョイ役で出演していたのも知っていたんだけど、まさか当人が出演するとは。
万吉と吉弥扮する医師とが会話するところがあったが、あれは『ちりとてちん』の兄弟弟子の関係、というところで余計にニヤニヤできた。

倒れた母が病床で帰郷すると言い、万吉が涙ながらに近松は必ず傑作を書くと約束する。ここでもやはり万吉の幼児性が強調されていた。母からすれば、信盛が直接言えないことを言えるよい聞き手であるし、また、信盛が直接言ってくれないことを言ってくれる代弁者でもある。つまり母にとっては、息子の代理人として万吉は存在している。
それにしても今回知った近松門左衛門の本名、杉森信盛って……もりもりだな!

不孝糖を口にしたのは、お初とお母はんと近松。これは意味があるのかも。
また、万吉が朝鮮人参のある平野屋の蔵で徳兵衛に言った「この五文はもろとく」も伏線になると見た。お母はんが倒れたときに医者に渡そうとしたけれども受け取らなかったので、違うところでこれが生きてくるかも。
あとは、お袖の帯と髷を結っている紐が鮮やかな緑色で揃っていて洒落ていた。しかしまあ優香は毎回かわいらしいなあ。この優香ともあと一回でお別れなのね。
はてさて、どうなりますことやら。

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