とはいえ、わからないでもない

2017年10月

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どでかい台風もあって、深夜まで見回りをして、翌日には生活用水がどろどろの泥水になって、ってけっこう日常生活はめちゃくちゃだけれども、本を読んだり、映画を観たり、ラジオを聴いたり。

春日太一『仲代達矢が語る日本映画黄金時代 完全版』というのを読んだせいで、仲代達矢が主演している小林正樹監督の『切腹』が観たくなり、借りた。
ひとことで言うと、まあすごい傑作である。日本の1950~60年代の映画館の来客数はいまから考えると信じられないほど多かったようで、あるところのデータを見ると、ピークは58年でなんと11億人(!)、『切腹』の62年も半減したとはいえ、6.6億人。ちなみに去年は1.8億人だったようです。ゴジラと前前前世とすずさんでめちゃくちゃ盛り上がったみたいだけど、そんなもんなんだねえ。

で、『切腹』なんだけど、なにがすごいかって、まず竹光で切腹するところのリアルさ。
詳しくは書かないけれど、ゆえあって貧窮した武士が、切れるわけないのない竹光で切腹をせねばならなくなる。ここで、カメラを当該武士の腹の部分から外して苦痛に悶える表情をとってぼやかすのかななどと思ったら、さにあらず、その腹の部分をこれでもか、これでもかというくらいに映す。
当然武士は、魂である真刀を売り払ってしまったことや、狂言切腹を図りそのあげくほんとうの切腹を命ぜられるという恥や辛さも味わっているはずなのだが、しかしそんなことがどうでもよくなるほどの激烈な痛みと苦しみが、画面を覆うのである。これを直視しながら、痛痒も感じないという鑑賞者はいまい。文字通り身を捩り、一刻も早く武士に死が訪れることを願う。もういいだろう、もういいだろう、と。
なんとか腹に竹光を突き立て腹を血まみれにしたところで、武士は介錯を願う。鑑賞者も、そうだそうだ、早くラクにしてやってくれと願う。
ところが介錯人役の丹波哲郎が「まだまだ! もっとかき回してからじゃ!」と刀を抜かない。痛みは永遠につづく……。

まあ、書いていても苦しいのだが、つまるところ、このようにあえてむごたらしく描写することによって、武士の体面とか面目というものの美名の陰に、陰惨さと残酷さと強制とがあることをさらけ出したのだろう。
これはもしかしたら、62年当時の観客にはそれなりの実感をともなって伝わるものがあったのかもしれない。というのも、この時代であれば戦争体験者は多かったであろうから、集団的狂気を身をもって知っているはずなのである。たとえば、戦死者を御国のために死んだ英霊などといって万歳三唱するなど。
『切腹』のなかにある痛烈な批判は、武士社会に対してだけでなく当時の日本の社会に対しても訴える力があったのだろう。そしてそれは、現代にも通ずる。
たとえばいま「ソマリアでトラックが爆発し数百人が死亡した」という文章を読むとき、われわれのほとんどは痛みを感じていない。なんとか一命をとりとめ、傷つきながらその場を一目散で逃げ出す人たちの喉の渇きすら、想像していない。想像できない。
理不尽さ、暴力、無慈悲さ、貧しさ、飢え、そして、はかり難い痛苦。これらを、無意識にブラックボックスに放り込んでしまっているわれわれにとって、『切腹』という映画の鑑賞には、痛みをともなう。

しかしこの映画のすばらしいのは、それだけではない。
仲代達矢と三國連太郎の存在感はしびれるほどで、仲代が意識して出していたという低音ヴォイスは当時三十歳にも満たない実年齢を隠し、どころか孫までいる中年の武士を演じ尽くしている(ちなみに娘は岩下志麻だ)。はじめはとぼけたように、わざと焦点の合っていないようなまなざしのまま応対をし(ユーモラスなほどで思わず笑ってしまうところもあった)、後半では憤怒の化身、虐げられた者たちのための不動明王となって暴れ回る。
三國の、陰のある家老役もこれまた大迫力だ。極悪人というわけでもなく、かといって小人物でもなく、現代でいえばまさしく中間管理職なのだが、かといって権力を持っていないというわけではない。
これは現代とまったく変わらない構造だと思うのだが、「上」とか「世間」などに忖度(「忖度」を狭義にしか解さない、というのはやめにしてもらいたいが、ここではあえて2017年的狭義における「忖度」を意味している)したり、あるいは組織の維持のためという名目をもって、自らより下のものを徹底的に痛めつける。この種の暴力のおそろしいところは、実行者が責任回避の意図をもっておこなわれる点だ。彼は、自分でない誰か・なにかのことを考慮して、ときには「不本意ながら」という保留をつけつつ、手をくだす。そのため、この暴力にはかえって際限がなくなる。
太平洋戦争当時でも同様のことが行われていたに違いないし、いまでもおそらくはそう。学校や会社組織内でのいじめ・パワハラにも通底している問題だ。

時間を行ったり来たりする構成によってミステリー仕立てにもなっており、もう端から最後まで、隅から隅まで文句のつけようがない。
現代において時代錯誤的に、「武士の誉れ」とか「日本男子」なんていう言葉を軽々と口に出す輩にこそ観てもらい、その浅はかな思慮に一考を促したいもの。半世紀以上前の映画が、いまでもわれわれの眼前に突きつけているものがある。

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小説の感想、ということになるのだろうか。
作者の母親の闘病についての記録、というほうが近く、そこに家族の関係や、作者自身の過去などが語られていくのだが、読みやすいといえばそうとも言えるけれどなにか特別な工夫があるわけにも見えないため、迂闊に小説と言ってよいものか、迷う。
という僕は別にジャンルにこだわっているわけではなく、もしドキュメンタリーとしてとらえると実母の闘病およびその死について個人の感じたことに、他人がなにか評価を下すようなことはそもそも間違っていると思っているため、躊躇してしまうのだ。それくらいこの文章は、誰かの日記を一冊の本という体裁にまとめました、と言われて「そうなのか」とすんなり受け取れるくらいに、さらっとしている。
その「日記のようなもの」とか「日記」そのものに文学性はないのかというとはたしてそういうこともないのだろうが、批評の対象とするにはやや逡巡をおぼえるというのは人として当然で、でもまあ、出版されてより公の目にさらしたいという願望が作者にはあるわけなのだろうから、いったん私小説ということにして感想を述べるとすると、やはり、物足りなさが残ったという一点に尽きる。

作者をよく知らない僕としては、「私」にほとんどよい感情を持てず、その考えや行動に対して疑問を持つところも少なくなかったが、それはまあ日記ではないとすれば、つまり小説だと考えれば受け容れることは可能で、それくらい人間というのは切羽詰まったときは理不尽になるし、冷静さを失うものだ、と理解できる。繰り返すが、好悪の感情とはまったく別だ。
また、両親や親戚(特に父親の姉妹)とのやりとり、そして病院関係者との交渉などはわりあい細かく描かれるため、それらにおける困難やすれ違いには読者も疲弊してしまうくらいなのだが、もちろんそういう点を挙げて、「読んでいて辛い気持ちになる」なんていう甘ったれたことを言いたいわけでもない。むしろ、傲慢で横柄で人間としてなにか欠落した倫理観を持つ医者たちと接するにはICレコーダーをもって臨むのは必須なのだ、という実学的知識も得られる。
余談だが医者に限らず、保育士、看護師、介護士、教師など人と接することが多く、かつ、相手に対して(たとえば飲食業の接客などのそれとは較べものにならないくらいの)多大な影響を与えうる職業においては、往々にして流れ作業的・やっつけ作業的・機械的応対と呼ぶべきものが見られるが、それらはおそらく無意識の自尊の念に由来するものであって、でかい車に乗っていると自然と気が大きくなってしまい、小さい車や歩行者に対して高圧的態度をとりがちである、ということに近い。そうそう、上の職業に僧職もくわえたい。ああいう思い上がり、なんとかならねえものか。

話は戻り、しかし上記の総体が、「私」というものをその名に冠している私小説かというと、そうとも限らないだろうとも思う。
この本のことを「小説じゃない」という人があれば、まあそうだよね、と頷いてしまうだろう。「いや、これこそ小説だよ」という人があれば、ブログで同じようなことを書いている人がもはや山ほどいるというこの世界で、そういうものとどこか違うところがあるか?と素朴に尋ねてみたい。この質問には悪意や皮肉の意図はまったくなく、単純に、わざわざ小説と銘打つための根拠を知りたいのだ。

回想部分の挿入の仕方とか、辛く腹立たしい箇所について描写を淡々と重ねるところなど、そりゃ素人ではないのだろうな、計算はされているのだろうなということはたしかにわかるのだけれど、しかしそれにしても、やや粗雑な印象は消えない。たとえば禁煙ファシズムという言葉に象徴される、おそらくは作者が日頃から抱えている信念などが本筋とあまり関係のない形で出てくると、作品としての体裁に、破綻とは言わないまでも罅が入るのが感じられる。思ったこと・感じたことをなんでもかんでも書いていけば、それは垂れ流しになってしまう。それはブログや日記ではありうることだし、なんにも問題はないが、こと小説となればノイズに映ってしまうのではないか。
たとえば平和主義者の私小説で、まったく関係のない箇所で唐突に「それにしても憲法9条は守らなければならない!」と書かれていたら、それはそうなのかもしれないけれど別のところで書いたらいいのではないか、と思ってしまう。作者がそう思った・そう感じたということはたしかに事実なのかもしれないけれど、たとえ事実だったとしても書かれるべきことと書かれるべきではないこととの弁別は、作者にあってしかるべきではないか。むしろ私小説家であれば、そのわきまえる判断こそが求められる能力なのではないか。

とはいえ、それが小説か否かとか、ブログや日記となにが違うのかとかなどの疑問をいったん脇に置いておくとして、親しい者の死の予感というものが個人に与えるという、人生において非常に重要な場面――それが他者のものだとしても――を目の当たりにすることで、いろいろと考えさせられるものがあった。
この小説にも、いままでとうてい読む気になれず回避していたある病気についての小説やその他の文章を、自分の母親が罹患したとわかってからは貪るように読んだということが作者自身によって書かれており、なるほど作家でもそういうものかと思った。
大きな事件、事故、病気あるいは災害などによって傍観者でいられなくなる瞬間というのはあるのだろう。たとえ本人が直接に遭遇/罹患/罹災等をしたわけでなくても、親しいものが当事者となってしまえば、やはり傍観者ではいられなくなる。そこでおそらく、世界ががらりと変わってしまう。
死は誰のうえにもやってきて、ある日、世界からとてもたいせつな誰かがなくなってしまう、ということは古今東西さまざまな形で語られてきており、それは誰にでもわかっていることだが、しかしそのことを心の底から受け容れている人間は少数派だろう。おそらくその瞬間が自身に到来するまでは、言葉として、概念として理解するにとどまり、実感することはなかなか難しいのだろう。だから混乱し、動揺する。
僕がこの作者の立場になれば、おそらく記録することすらままならず、このようにまとまった文章にすることはできない。そういう意味では、作家としての最低限の役割を果たしているといえるのかもしれない。感動するかどうかは別として(おそらく純文学に属する小説だからそもそもそういう目的にない、と作者に言われそうだが)、これを読んで、僕の日常の感覚にひとつ不穏な罅が入った。たぶんそれが文学の仕事なんだろう。

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再読したのは一週間前に同作者によるヴェルーヴェン三部作の第一作『悲しみのイレーヌ』を読み終えたから。
『イレーヌ』は、ネタバレなしに書くのはなかなか難しいので触れないようにするが(傑作!)、あの作品を読み終えただけのままだと読者にはかなりのショックが残るだけなのではないだろうか、ということに気づいた。
僕の場合、そしてけっこう多くの日本の読者も、まずはじめに翻訳されベストセラーになった第二作『その女アレックス』を読み、それから『イレーヌ』へと読み進めたであろうから、あらかじめそこでなにが起こるかわかっているという、ミステリーとしてはいちばんあってはならない環境のなか読書を強いられることになるのだが、その反面、『イレーヌ』でどうしようもなく打ちのめされるカミーユがそののちに復活することを知っている、ということに少しだけ救われもするのだ。それが、第二作→第一作という順番を不本意ながらもたどってしまった読者の享受できる、数少ないメリットだろう。

『アレックス』をふたたび読んで、あらためて感動しているが、この感動は初回以上のものだ。
これまたネタバレしないように書くけれど、初回には理解・共感できなかった彼女の残酷さが、二回目からはまったく違うもののように見え、そのいちいちに胸を締めつけられる。
絶望の淵へと涙を流しながら沈んでいくアレックスと、やはり絶望の淵でその底を覗き込みつづけ、そして物語の最後にそこから救われるカミーユ。
このとんでもなく哀しい物語の最後の2ページで、読者は人生の輝きといっていいようなものを見ることになる。こんなことはファンタジーで、現実にはありえないことかもしれないけれど、それでも、その幻想を知っていることに小説読者は確実に励まされる、そんな輝きとしか呼ぶことのできないようなエピソードに、ふたりの主人公ほどではないだろうが暗く沈んだ気持ちに浸っている読者たちは、ちょっとした浮揚感さえ与えられる。
それと最後の最後に、それまでさんざん気障ったらしく間抜けでどうしようもないと思っていたわれらが予審判事が、読者がいちばん聞きたいと思っている言葉を言ってくれるというのが、とてもしゃれているなとあらためて思った。
この小説が個人の復讐譚であることはまちがいないのだが、この予審判事の言葉のおかげで、現実において痛めつけられている弱く小さな者たちに代わって作者が、世界という無慈悲な存在に対して大いなる復讐を試みているようにも見えてくる。フィクションは微力かもしれないが無力ではなく、ときに大きな力を持つ場合もある。感傷的な読み方かもしれないが、そのような感想を得たのだった。

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選挙の前日になって、あらためて思ったこと。

僕がふだんから聴いているラジオ番組ではこの2週間ほどを選挙関連情報に注力していて、その内容は、主に各党のマニフェストに掲げられた政策を取り上げるものだった。
番組のMCやゲストたちはなるほど専門家と呼ぶにふさわしい人たち(すくなくとも付け焼き刃ではない人たち)で、各自が重要とする論点をそれぞれの観点からとらえていた。
はじめに断っておくと、僕はこの番組をおおむねのところ気に入っていて、この期間の選挙に対する態度もとてもいいものだと感じている。しかし手放しでよいと思っているわけでもない。

番組では、自公から、はては社民、日本の心まで八つの政党の主張をとりあげ、その是々非々を論じていたが、聴いていて、「眠たいことを言っているな」という思いがないわけではなかった。
ふだんの政治を是々非々で論じるというのならわかる。現政権の悪いところがあれば指弾し、あるいは国会での追及などに手ぬるい場面があれば野党を叱咤し、とやりようはある。もちろん、称賛を送る場合においても。
しかし、こと選挙となれば、是々非々などと言っている場合なのかな、とも思う。僕は、物事を慎重に考え行動する、ということは重要だと思っているが、世の中には、「慎重に考えなければならない」というフレーズを日頃から多用する人が、えてして、「慎重に考えたその結果」に行動を移せないことの多いことを経験的に知っている。この場合、「慎重に考える」ことだけが目的になってしまっているように見える。

「正しい」という言葉をまさしく括弧つきで遣うことが前提となっているような世の中だとして、だからといって自分の心のなかにまで両論併記を持ち込む必要はないだろう。
大西巨人『未完結の問い』という本のなかでの以下の語りが、僕のなかでは非常に強く印象に残っている。
最近は、たとえば「Aがいい」と思っても、それをまっすぐには言わない方がいいという論調があるね。「AでもないBでもない」というふうに言っておく方がいい。本当は、「世の中はAじゃなきゃいかん」という「A」を探り求めていかなければいけない。むろん、なかなか不動のものに到達しないということもあろうが、それを見つけて、言わなきゃいかんわけ。ところが今は、どうもみんなが、「AでもなければBでもない」というようことを言う。わかりやすく世の中に当てはめたら、「右翼でなければいかん」という奴がいて、一方に「左翼でなければいかん」という奴がいる、そうではない「右翼でも左翼でもないのがいい」という論調がいっぱい出てきているように思うがね。その右翼でもない、左翼でもない、AでもないBでもないという言い方が、実は戦争やらファシズムやらを呼び招くんだと思うが。でも、一所懸命「不動のA」を追究して、そのことを言う人間がいなきゃいかんな。
(84p)
このなかで重要なのは、どっちつかずの態度が「実は戦争やらファシズムやらを呼び招く」という部分だろう。この文章に行き当たったとき、心の底から合点が行く思いだった。
いまの言葉に直すと、「俯瞰」になるのかな。おれ/わたしは当事者ではなく、あくまで観察者としてものごとを冷静にウォッチしているのだ、と。そういう態度を恰好いいと思っているような人たちをネットで見つけるのはそう難しいことではない。

で、話は戻って、くだんのラジオ番組のその態度は、公正な情報をリスナーに提供するという意味においては理解できなくもないが、しかしリスナー自身は、端から端まで熱心に聴く必要もあるまいと率直に感じた。
すごくわかりやすい例で言うと、なにかというとすぐにナチスを引き合いに出す副総理を抱えた内閣にそう簡単に信任を与えてよいのだろうか、とか、関東大震災の朝鮮人虐殺についていまさら疑義を唱えるような人間が党首の政党に野党第一党を任じるのか、とか、その政策がどうのこうの以前の人間が簡単に見つかる――強調しておくけれどこれらはすべて表面的なことで、ちょいと調べれば「最低基準」に満たないようなひどい連中はダース単位で見つかるだろう――ようなところで、なおも「公正さ」を保とうとし、その政策をきわめてフラットに銓衡するというのであれば、その危機意識のなさこそ国難なのではないか。いや、国難という言葉をむりやり遣うとすればだけど。

一週間ほどまえ、その番組内で最高裁裁判官の国民審査についての特集がおこなわれたのだが、その際、番組のリスナーから「毎回、判断材料がないために苦しんでいます」という内容のメッセージが送られてきた。聴いていてむかむかした。
ああおれは、ネトウヨ系のアホどももそうだけれど、こういう「イイ子ちゃん」たちも大っ嫌いなんだな、と感じた。
「苦しむ」とはまた大仰な表現をするものだ。「困る」とか「悩む」ではなく、「苦しむ」だ。すごいな。
この言葉を聴いたときに、「迫害に苦しむロヒンギャ難民」というフレーズをすぐに連想した。あるいは、「大病になり、苦しむ生活困窮者」だとか。苦しむというのは、そういう言葉だと思う。
簡単にツッコむと、苦しむくらいなのに、公報見てないのかよ。各家庭に送られ来るはずのそれを見れば、すくなくともまったく判断する材料がないということは言えまい。現に、前回の国民審査の際には、僕はひととおりそれに目を通していた。
あるいは現代のことだ、ちょっとネットで「国民審査 裁判官」とでもやれば情報はたくさん出てくる。それを見ればいいじゃないか、苦しむくらいなら。その人が目が見えない人なら全面的に謝るけれど、そうじゃなければ、大げさな言い方で、さも自分が一所懸命に考えていることをアピールするのはもうやめたらどうだろうか。

極論かもしれないけれどその番組の、すべての政党の政策を吟味するというようなやり方は、AでもないしBでもない、というある種の「冷静」で「公正」な観察者的態度というものをどこか助長させるところがあるのではないか、と思っている。これはなにも今回に限ったことではなく、ずっと感じていたこと。歴史的にも、「冷静」で「公正」だった人たちが戦争やファシズムを追認したってことは実際に多かったろうと思う。
そして、メディアに出てくる専門家というのは、われわれ一般人とはまた違うということを強く意識しなければならない。彼らは、意図して対象と距離をとり、そうやって観察・比較し、研究している。その研究結果を参考にするのならまだしも、なにかを決定しなければならないという場面にいるわれわれ自身――なんといっても当事者であるわれわれ自身――がそのやり方まで模倣しなくてもよいのではないか。そして過程をすっ飛ばして手法だけを真似できると考えているのであれば、それはある種の思い上がりなのではないか。あるいは、稚拙な猿真似か。

政治を批判するときの、「野党は野党でだらしない」というのはものすごくよくできた言葉で、与党の批判者で、かつ冷静な観察者を自認する人たちにとってはこれ以上ないというくらいに便利な免罪符だ。だからこそ、そういう言葉を聴くと僕はげんなりする。いじめはよくないけれど、いじめられる方にも原因がある、という言葉にかなり近いものを感じるからだ。そういう歪んだバランス感覚が生むものは、発言者の自己満足以外になにがあるというのか。心のどこかに疚しいものを感じてはいないのだろうか。
現政権の熱狂的な信者たちの過激な発言には、その点いささかの曇りもない。ストレートに、しかもしつこいくらいに主張を重ねる。応援する対象がフェイクニュースやデマ、下品な誹謗中傷を撒き散らすことがあっても、彼らにとってはそれは些細なことで、かまわないのだ。「小さなこと」とか「それをいうなら」なんていう言葉を繰り返し繰り返し重ね、敵対する側への攻撃はやめない。冷静さなんていう言葉の無意味さ・無力さを彼らは熟知している。愚かしさも、ある点を超えれば強さに変わる。気取った、照れと気恥ずかしさに隠れて慎ましく発せられる言葉は、それらによって簡単に掻き消されてしまうのだ。

一方で僕は、その目的はどうあれ、感情に訴えるやり方、言い方を換えれば扇情的なやり方というのは、手段としては適切だとも思っている。好きかどうかは別として。
政治について理性的に考える、ということを勧める人は多いのかもしれないが、理性的に考えるためにはまず判断が偏らないようより多くの情報を得るところから始まるし、その情報を得るためには、それなりの時間と労力が必要だ。そういうコストを払う覚悟を、「政治が趣味」以外の人たちは持っているだろうか。はっきり言って僕にはそんな覚悟はない。
この選挙期間中、僕の職場の前を通った選挙カーは一台だけだった。たしか前回の参院選でも、同じ政党の一台だけだった。都会では、選挙カーはいつも「うるさい」のひとことで片付けられてしまうのかもしれないが、田舎では「誰々は来た/来ていない」ということのほうが話題になる。来たからどうだというわけではないが、来ていない人間がテレビなどで立派なことを言っていても響かないということは、おそらくある。そんなつまらないことで判断するのは愚かしいことだろうか。遅れているのだろうか。
愚かしいのかもしれないし、遅れているのかもしれないが、それが現実でもある。

今回の選挙の結果を知ってもきっと失望はしないだろう。へたな希望を持てば失望するだけということを体験的に知っているから。むしろ、その先――もしかしたらすぐそこ?――にあるであろう絶望をたのしみにしておく。そのときになっていったいどれくらいの人間が、そんなはずじゃなかったと慌てふためくのか、それだけをたのしみにしておく。われながら悪趣味だとは思うが。

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図書館の書架にぽんと置いてあったのをたまたま見つけ、そういやこれ話題になっていたよなということを思い出し、その安直なタイトルの本を手にとってカウンターにまで持って行った。

まず、この一見ストレートにストレートを上塗りしたようなタイトルがどれほどの意味を持つのか、田中角栄という人間をリアルタイムで知らない僕には最終的に判断できないかもしれない、というおそれはあったが、しかしまた慎重に考えてみるに、おそらくこの天才というのは、われわれがその単語について簡単に思い浮かべがちなイメージとはまったく別種の相当なメタファーなりアナロジーなりを内包する言葉であろうから(なんといっても彼は「作家」なんだから!)、読了後にきっと味わえるはずの意外性をたのしみにすることも可能だ、と思い直してページを開くと、その行間のスペースの広さや文字のフォントの大きさに驚かされる羽目になった。

都の百条委員会に呼び出しを食らったときだったか、マスコミの前で威勢のいいことをぶちまけてそれから車に乗り込んでいこうという場面でのその後姿や歩く恰好のあまりにも年老いた様子を、おそらくは彼が若い頃からずっと嘲笑してきたであろう存在に彼自身がなってしまったのだという皮肉な思いで眺めたが、あの印象の強さのためか、これはもしや口述筆記による「角さん」の追憶記かと思って奥付あたりをぱらぱらと調べると、
この作品は現実の人物・事件・団体等を素材にしておりますが、すべては筆者によるフィクションであることをお断りしておきます。
という但し書きがあって、やはり小説なのかと再認識した。
ほんとうは、小説でもエッセイでもドキュメンタリーでもジャンルはなんでもよいのだが、しかし実際の人物を描くというとき、そこに含まれる真実味がどの程度のものなのか、というのはその対象人物をほとんど知らない読者にとってはとても重要な問題なのは間違いない。
小説というのは非常に自由な表現藝術なので、いかように描くこともできる。高橋源一郎はその初期作品において伊藤整や金子光晴という名前のキャラクターを登場させ、(これまた「おそらく」となってしまうのだが)実在の人物がしなかったであろう振る舞いをさせたりした。
また小島信夫は、その小説に「保坂和志という小説家」という人物を登場させ、これはいかにも当人と思えるような言動をさせるのだが、保坂自身によれば「そんなことやっていない/していないのに」みたいなこともあるという。というかそもそも小島信夫の作品には、一人称で書かれ始めたのに「小島信夫という作家」が登場することもあり、三人称に移ったのか、はたまた「わたし」とは別の人物なのか判然としない、と読者が混乱を来すものもあるのだが、石原慎太郎は十中八九そんな「文学的」なことは考えていないだろうから、そうなるとフィクションという言葉を頭の片隅に置きつつ、かの人物のいわば人物伝を、小説の形で読むのだなと自分に言い聞かせた。

しかしそうなると僕としては、ますますどう読み、どう感じてよいのかがわからなくなった。この「小説」に描かれているうち、はじめの五分の一ほどは田中が東京に出てくるまでの話なのだが、面白いのはここだけだった。彼の生い立ちや家族、そして淡い恋愛感情などがたぶん虚実綯い交ぜで書かれているのだろうが、その真偽などはどうでもよく、それなりに面白い。それは、その立志伝の一過程が、現在となってはなかなか想像しにくいことによるものであり、その想像のしづらさは、日本人の生育環境や経済環境というものが表面的にはより画一的になったことに由来するものだろう。

けれどもそのあとの五分の四は政治家になってからの記述が主で、事実が、そのときの田中の感慨(という体)をもって描写されていくのだが、ここに物足りなさを感じた。というより、なにかの弁明のようにも感じられてしまい、それが石原の弁明なのか、あるいは最後のページに三十も挙げられている参考文献に依拠したものなのかはわからないのだが、これまたわかってもわからなくても、そのいづれにしても面白くない。はあ、そういうものなのかなあという感想で終わってしまうのだ。

ある政治的に困難な状況や重要な課題に直面したときだけをピックアップして、そのときの人間模様を大胆に描くというのであれば、これはこれで面白さはあったはずだろう。しかし回顧録みたいな体裁なものだからどうしても記述は淡白なものとなっており、物足りなさだけが残る。
それではドキュメンタリーとしての興味深さはあるのかというと、たぶん事実に即しているのであろうということくらいは判断できるのだが、それにしては記述量が圧倒的に不足しており、やはりこちらでも不足感が残る。結局、どっちつかずなのだ。

200ページの本文に対する15ページのあとがきには、本人もわざわざ「長い後書き」と題しているのだが、このなかに出てくる石原の田中との対話は魅力的だった。石原がまっこうから田中の金権政治批判をしていたとき、テニスのクラブハウスで彼とたまたま出会ってしまうのだが、そのときのやりとりに石原は特に強い印象を持ちつづけているようで、その昂奮を隠していない。
”これは何という人だろうか”と思わぬ訳にはいかなかった。私にとってあれは他人との関わりに関して生まれて初めての、そして恐らくたった一度の経験だったろう。
一礼して別れ、仲間たちと食堂で合流した後も、私はたった今味わった出来事の余韻を何度となく嚙みしめていたものだった。

(214p)
本文にこのような種類のものがまったくないかといえば嘘になる。たとえば毛沢東と対話する場面などにほんのちょっと人間の面白さというものが描かれているようにも感じるのだが、しかしそれにしたって分量がすくなく、あっという間に印象が過ぎ去ってしまう。

文体についてすこし言及すれば、石原節みたいなものは随所に感じられた。
たとえば、「○○についての調査はなかった」というようなことを言う場合、石原は「○○についての調査はありはしなかった」とよく書く。「いなかった」を「いはしなかった」と書くし、「~していて、」というところを「~してい、」と書く。これはたぶん彼のこだわりなんだろう。
余談だが、「味わう」という言葉の使役形を「味わわす」とはっきり表記しているのを見たのは、彼の文章(本書ではないけれど)が初めてだった。これは音だけを聴いていると、「あじわわせる」なのか「あじあわせる」なのかがいまいちわからなく、発話者もそこらへんを曖昧に認識しているということが多いのだが、文章でそのようにはっきりと書いているのを見ることもなかった。おそらくその理由は、「苦労を味わわす」と書いて自分でも不確かな思いをするよりは、「苦労させる」と別の表現を遣ったほうがよいとした文筆家のほうが多いからではないか、と愚察する。
話を戻すと、上記のような石原の文体は読者に引っ掛かりを与えることも少なくないだろう。悪文という人もいるかもしれない。その指摘を間違いとは思わないまでも、しかし僕自身はあまり悪くは受け取らなかった。この直前にライトノベルをたまたま読んでいて、その引っ掛かりのあまりのなさに物足りなさを感じていたということもある。
現在ネットにあふれている文章のほとんどが引っ掛かりのなさに注力されており、僕はそういう文章を好まない。書かれている内容も陳腐なうえにその書かれ方も陳腐であれば、なにも残らない。おそらく数年以内には、AIがそういう文章をわれわれに提供するようになる。なので、わざわざ人間が書く必要がないのだ。

数行で終わらせるつもりだった感想は、結局まとまらない。
しかし、「長い後書き」のなかに、「田中角栄という未曾有の天才」とか「田中角栄という天才の人生」などという箇所を見つけ、「相当なメタファーなりアナロジーなり」はおそらくないということを確認することはできた。
繰り返しになるが、参考文献の量は多いようだ。その「まとめ」を簡単に読めるという点以外でこの本の興味深い箇所を強いて探すとするならば、「三番クン」という名前で登場する女性と青年田中との恋愛未満のようなエピソードに、石原慎太郎という人間がそれなりの重きを置いているというところかもしれない。
あのように無神経で傲慢で、愚かしい言動に事欠かない人物も、わりあい純粋なものを信じているふしが見られるのである。もちろんこれを指差して嘲笑する気はない。ただ、純粋なものを信じる人間が必ずしもやさしく心のこもった行動をするわけではない、という新たな例証――けっして新奇なものではないが――がわれわれの知識にくわわるのみである。

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