とはいえ、わからないでもない

カテゴリ: 思いついたこと

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8月最後の金曜日がそろそろ近づいている。

その日には、どこのうちでも大量のジンジャービスケットが焼かれ、その匂いがここまで漂ってくることだろう。大人たちはどこかそわそわしてよそよそしくなるが、子どもたちはいつものとおり、無邪気にあちこちを駆け回り、遊ぶことだろう*1



気づけば、「読者登録」が40人を超えており、また、書いている当人からすれば信じられないくらいの数のアクセスが、しかも毎日つづいており、嬉しいと思う反面、だんだん面倒と思うようにもなってきた。

そもそもおれのノリっていうのが本当にそんなに多くの人から理解されているのかっていうところがまず不安だし、もしそうだったら実生活で友だちいっぱいいるでしょという思いがある。しかも悲しいことに、アクセスされている多くの記事が、おれがとうに見すてた『あまちゃん』の何ヶ月前の感想エントリだったりして、悪いけれどそんな昔の記事を読まないでくれよって言いたくなる。そんなのは別に注目されているとか読まれているってことじゃなく、ただ、検索して、不慮の事故って感じでアクセスしてきただけなんだって気づいてしまうと、虚しくなってくる。また、そういう「一見さん」を気にしたり、あるいは多くの「読者」を意識して、なるべく共感を得やすい文章を心がけだしたらそれこそ本末転倒だし、おれはおれの文章の最初で最後の、そして最大の読者であるべきなのだからと、おそらくは多くの人が一度はその衝動に駆られる「ある日すべてをゼロにするスイッチ、オン!」をしたくなっている。いやいや、死ぬとかじゃなくて、このネット上のID を殺すってこと。

とある方の記事を読んで、それは文章が拡散していくことについてだったんだけれど、その内容とは別におれはやっぱり拡散(アクセスの増加)を期待していなくて、それどころか、だんだんとイヤになり始めてさえいる。前々から書いていたけれど、PV 1,000につきノイズが1つ増えるという割合で、誤読誤解が増えてくる。そりゃ書き方が悪いということもあるけれど、せめて初見でコメントするのであれば、きちんと文章および文意を読んでくれよ、と思う。そして、「名無し」とか「通りすがり」とか、そういう名乗り方をする人に、こちらはどのような誠実さを見せればいいというのか。そんなのはねーよ、というのが本音だ。なぜなら、実社会にそんなアホはいないから。ネットとリアルでは違うというのは建前論で、おれは終始ふざけてはいるものの少なくともリアルと同じ程度にはマジメであろうとしている部分はあるし、他者にもそれ相応のマジメさを期待する。拡散が嫌だということの証左として、おれはその拡散についての記事にかなり感銘を受けたが、目立ちたくないためにスターをつけなかった。その方の書いているブログはふだん読んだことがなく、おそらくその方もおれのブログを読んではいまい。それでいいという気になっている。おれはたぶんその方のブログを(きっと面白いのだろうなと思いつつも)読まないだろうし、おれのブログをその方に読んでもらいたいとも思っていない。その方が嫌だというわけでは決してなく(むしろ好ましい人のように感じられた)、誤解とか誤読の可能性が少しでも増えていくことがもう嫌なのだ。

帰省していたあいだ、なぜか少し古い記事が、いくつか集中的にブックマークされ、アクセスが瞬間的に伸びた。そこについたふたつのブックマークのコメントが、正直言っておれには理解できなかった。ブックマークのコメントは、一般的なコメントとは違うものだという見方をおれはしているものの、それでもよくわからず、もしそこに真摯にリアクションを取ろうとすれば苦労しただろう。傲ったような言い方になるが、おれが理解してもらいたい程度には理解してもらえなかったのだと思う。それなのになぜブックマークされたのかはわからず、つまり、ネット上で突発的に注目されるコンテンツには、わけもわからずそこにやってくる野次馬連が必ず混じっているということであって、彼らがもし観察対象に悪意を剥き出しにすれば、ややこしさ・複雑さ・くだらなさは手のつけられないものになるのだろう。たまたま、おれのところのブックマークに、おれに敵意をあらわにする人はいなかったのでよかったが、たとえ善意でも、(これまたとある方のブログで実際にあったことだが)善意の押し売り・押し付けとばかりに、ブログコメント欄に自分のところのサイト(?)のリンクをべたべた貼りまくり、「記事内容に完全同意」という大義名分のもとで厚かましい自己主張をする輩はいるのだ。おれがはてブをほとんど見なくなったのも、コメント欄で容易に散見される勘違いコメント者の「厚かましさ」に見ているこちらが恥ずかしくなってしまったからで、そもそもある文章(少なくともそれは100字以上だ)についてマジメに批判したいのなら100字以内でそれが達成できると思えるのだろうか。たとえば彼らの日常の仕事において、100字以内でまとめた文書で重要な企画や提案をしようとも上司がそれをまともに受け取ってくれるというのだろうか。そういうフマジメさが、おれは苦手なのだ。

おれはおれの文章を書いていたいし、その文章を読み、それを修正しながら、また書きたい。それは他者の視線がなくてもできることなのだ。PV やありがたく嬉しい評価、拡散の期待や心優しいコメントがなくても、おれはおれの文章を書けるはずで、そろそろおれはそうしなければならないのだ、とここ数ヶ月思ってきた。おれは、他者に対する仮面としてずっとつかってきた一人称の<私>を捨て、そしていま急拵えでつかってみた<おれ>も捨て、<ぼく>で文章を書きたいと思い始めている。<私>が<ぼく>になったって、ここで書きつづければいいようなものだが、そうはしたくない。やっぱりはてなにするのか、あるいはBlogger か、もしくはWord とか一太郎とか、とにかく新たな場所で書こうと思っている。このtodotaro というID になぞらえ、大西巨人神聖喜劇』の最後の最後の文章、




もはやそれは、新しい物語り、別の長い物語りでなければならない。




を引用して擱筆する。




追記

いきなりID 消去はせず、しばらく経ったらプライベートモードにする。で、それ以降はこのID で外部に対するアクションは取らないつもり。とりあえずだけれども、それがなんだか礼儀という気がするから。けれども、個人的メモとしてブックマークは必要とするだろうから、別ID を取得するかもしれない。そうなるとまたブログを書きたくなって……ということはありうる話。ここからさらにネット上の辺境の地に行って、ひとりでだらだらと書くのなら面白そうという気分。既にタイトルも思いついているくらいだ。けれどもこれは別の物語、 いつかまた、別の時に話すことにしよう。

最後になりますが、今まで読んでくださった方々に謝意を申し上げます。スターをつけて控えめに同意を示してくれた方々には特に(私はそういう慎ましさが好きなのです)。そして、あろうことかコメントまでつけてくれて、ときに有用なアドバイスや意見を示してくださったり、ときに冗談を共有してくださった方々には、格別最上級の感謝をお伝えしたいです。短いあいだですが、みなさんの「輪」の中に入れたことはラッキーでハッピーなことでした。ハイホー!




*1:野暮ったい追記になりますが、萩尾望都『半神』(小学館文庫)に収められている『金曜の夜の集会』をおすすめします。



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いっぱいあるんだけどね。

ラジオでよく流れてくる缶コーヒーのCM。たぶん、テレビでも同じものを放送していると思う。







これの「おつかれ、男たち」という女性のナレーションが非常に気持ち悪い。これを男が言うのであれば、問題ない。「ふうん、そう」くらいしか感じないが、これを若い女性が言うと、途端に嫌な気分になる。なんだお前は。「男たち」と世の男をひとくくりにして慰労するような立場にあるのかお前は。しかもそんな若いくせして(声しかわからないけど)。

女性の場合、「おつかれ、女たち」という男のナレーションがあったら、どう感じるかを想像してほしい。やはり私と同じようなことを感じるのではないか。

石原さとみがブリっ子すぎてイヤ。

これを女友達に話したら、「仕事だからしょうがないんじゃないの?」と言われてなるほどと思いはしたものの、彼女が期待されているブリっ子ぶりがこちらの趣味に合わないというのはプロデューサーとか事務所の戦略ミスということであって、とにかくCF などで彼女の振りまくブリブリが非常に気持ち悪いのである。

厳密に言えば、石原さとみ個人が嫌いなのではなく、彼女の演じている「石原さとみ」像が非常に嫌だというわけである。

あと、断続的に観ているような観ていないような『あまちゃん』だけど、小野寺ちゃんが非常に怪しい。徳島の女の子がデートしているのを内部告発したのは、たぶん彼女か彼女の母親だと思っています。アキも同じようなことをやられるんじゃないか、と予想。



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8月17日、帰りの新幹線の中で私はメモを書いていた。


私はいま、この文章を新幹線の中で書いている。右手には東海地方のどこかの山々の稜線が見え、その山頂には雲がかかっている。おそらく雨を降らして山の樹々を濡らしているのだろう。猛烈な速さの中にいる私の目には、雲がダイナミックにその姿・形を変えていくのが映っていた。

ときおり、街の中心部を通過したのか、見慣れない企業のビルが立ち並ぶ中、いくつかの見慣れた企業の看板を見ることもあった。当然のことだが、都市の中心には人々がいて、またその人々を集める施設や店舗があった。建物の数は、都市の中心部からの距離と反比例していた。少し離れて水田や畑が増えてくればビニールハウスや工場の数も増える。目に映る緑の数が増えれば増えるほど、一軒一軒の人家の間隔も広くなった。ちょっと前に過ぎ去った繁華街を地方の中の都市部だとすれば、それらは地方の中にある地方部だった。

私は、その「地方」へ帰ろうとしていた。



8月15日の早朝、バスは新宿に到着し、その新宿と渋谷をぶらぶらした。

ぶらぶらして何か写真を撮ろうとでも思ったが、すべてが見たことのある風景のようだったし、また、すべて見知らぬ風景のようでもあった。「見知らぬ風景」であれば、写真に収めればよいようなものだが、あまりにも見知らぬのでそのよさがわからないという感覚もあった。いいところがあるのかよくわからなかった。

私のむかし働いていた飲食店を訪れると、ひとつはオーナーが代わっていて、看板は昔のままだったが中身はすっかり様変わりしていた。私と一緒に働いたことのある人たちはもはや3人しかおらず、そのうちのひとりも、今週辞めるのだと言っていた。

もうひとつの店は、今年でオープンしてから10週年を迎えるということを話してくれた。たしか私は、その店がオープンしてから1ヶ月か2ヶ月くらいの時点で働くことになり、それから2年半ぐらい働いたと記憶している。そのオープンから2年半のあいだにドラマチックな変化があり、口幅ったいようだが、私はその「変化」の中心にいた。一言でいえば、「ダメな店」から「いい店」へと変貌を遂げたのである。

しかし、その当時の私の信頼していたスタッフは、その後できた別の店舗に異動したり、あるいは辞めたりしていた。おととい私が訪れたときには、10年前から知っているのはサービスマンでひとり、そしてコックでひとりいるだけであった。以前に訪れたときの店長は、これまた私の古くからの知り合いだったが、最近新たにできた関連店の店長となるべく異動したのだという。

私はその話をなんとなく聞きながら、横目で、ときにはじっと正面からその店のサービスを見ていたが、すべてがちぐはぐな印象を受け、去った者が陥りがちな懐古趣味に浸るには充分だった。アルコールもそれを手伝う。そう。昼下がり、私はあまり減ってもいない腹を、サンドウィッチや、グラスのシャンパン・白ワイン、あるいはカルヴァドスなどで満たし、ある種の紙幣と耐え難い別れをすることになったのだ。

94年、95年あたりから学校帰りに通っていた渋谷は、その後けっこうなブランクを経るものの、ついおとといまで馴染みの深いものだった。学生時代に較べれば、そこに歩いている人たちはみんな私より若かったけれど、それでも「私の知っている渋谷」という思いがあった。なぜなら、そこに行けば必ず知っている誰かがいて、彼らは私のたいして中身のない話につき合ってくれたからだ。

私が今でも友人とか知り合いと呼べる人は、ほとんど渋谷にいた。これまでは。

ばらばらになった人たちの消息を聞けば、みながそれぞれの新天地を得ているようで、それはいい話でもあった。いろいろな苦渋を味わったのかもしれないが、残ることを決めた人たちにも、話を聞く分にはそれほど悪くはない待遇があるようで、それもまたいい話だった。

けれども、これからの渋谷は、誰かと待ち合わせるための数ある場所のひとつに過ぎなくなり、私にとっての「誰かのいる渋谷」ではなくなってしまった。渋谷は、「知らない街」のひとつになってしまったのだった。


ここに書いた感慨は心底のものだ。

私が「東京へ行く」と言うときは、たいてい渋谷へ行くことを意味したし、渋谷でまだ働いている連中と会うことを意味した。

それが、今回の帰省を境に意味を変える。遅すぎた離別とも言えるかもしれないが、あまりにもみんな長く働いていたので、きっと、ずっとこのままなんだろうと勘違いしていた。

私は、この旅行(?)に、文庫本2冊と、漫画本を6冊持って行った。漫画は、弟たちに読ませるためである。

先に書いたように、文庫本2冊はいづれも読み終えてしまったので母に渡して読むことを勧め、川崎ラゾーナの丸善に行って、帰りの電車内での読書用に小林信彦『名人―志ん生、そして志ん朝』とチャイナ・ミエヴィル『都市と都市』を購入した。漫画は、読み終えることのできなかった弟のために、3冊だけ置いておくことにした。帰りの新幹線の中で小林信彦の文庫は読み終えた。それについてはまたどこかで書くことになるだろう。

この3日間で、ずいぶんと飲み食いをした。腹は満たされ膨れるほどだったが、その満足感より渋谷についての喪失感の方が大きかった。

帰ってきて、体重計に乗ったら「62.0」という数字が表示された。3日前に家を出るとき、私の体重は59.8kg だった。私が向こうから持ち帰ってきたのは2.2kg 分の感傷。



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あと20分くらいで外出するというのに、ブログ書いている。あほか。PC をやりながらなんとなく流し見していた『名もなき毒』。前半は、深田恭子・南沢奈央姉妹の演技のどうしようもなさ、平田満のパンチのなさ、にくわえて2回目を見逃すということから、かなりローテンションでの流し見だったので、さしたる感想もなし。
ところが、後半になって俄然面白くなってきたと感じられるのは、原田いずみ役の江口のりこが怖いから。ストーカー気質・ヒステリー気質ともにたっぷりで室井滋にセロテープ投げつけたときの迫力は、彼女ならではなんだろうなあ。
といって、彼女が例の小泉孝太郎の属するオフィスに入ってきたとき、隣席のムロツヨシに自慢話をして、その際に少しだけにこっとしたときの感じなんかは、わたくしなんぞは非常にかわいらしいと思ってしまう。
なぜか。
それは、私自身も目と目のあいだが広いからなんだと思う。ひらめ顔。そのひらめ顔の人たちのことを、私は個人的に「ヒラメ族」と称している。
以下に、私のお気に入りのヒラメ族をリストアップしておく。われながらいいコレクション。

江口のりこ


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安藤サクラ


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多部未華子


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平岩紙


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「真夏日」が涼しく聞こゆ 仲たがひ




昨日、高知で気温41.0℃ を記録した場所があったそうで、今まで1位だった場所が残念がっているというニュースもあった。




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これがその2位になった場所のゆるキャラらしい




2位じゃだめなんでしょうか? ニュース記事には、ダメみたいなことを書いているけれど。

たびたび書いて自慢みたいに聞えるかもしれないが、私の住んでいるところはちょっと高い場所(標高の話。家賃は激安)なので、比較的涼しい。日中はやっぱり暑いなあと思っていても、下界に下りりゃあ、「え、誰が暖房つけっぱなしにしてるの?」と言いたくなるほどの熱風を感じ、みなさんもっと大変なのね。その代わり、冬は大変ですよ、当地は。

ここ最近は、真っ昼間は昼寝タイムを設けているのだが、わが邸宅はエアコンがないので、じわじわじわと暑くなってくる。目覚まし時計よりは徐々に上昇する温度に促される恰好で目覚め、それから仕事場に行き、事務所のクーラーで生き返るのである。

ところがじゃ。きょう、2時頃に事務所に行ったら、そのクーラーが壊れていやがった。一番大事な時期に壊れるというこの根性無しのエアコンは実は前科持ちで、梅雨のうっとおしい時期にも気まぐれに動いたり動かなかったりして、我輩の破壊衝動を刺戟した。いま、メーカーに修理を依頼しても、盆休ということでおそらく週明けの対応となろう。

ということで、暑い家の中にいるのも嫌だが、暑い事務所の中にいるのももっと嫌なので、仕事がいまちょっと暇(いいこっちゃないけど)なのにかこつけて、横浜の実家に帰ることにした。さっき夜の9時半に帰ってきて、オンライン上で夜行バスのチケットを取った。15日の朝頃には新宿に到着予定。で、おそらく17日の夕方あたりまでいる。蚊取り線香の匂いが染み付いたユニクロを着て花の都を徘徊するぜ。その東京・横浜は、西日本よりは涼しいであろうと信じていますよ。あと、夕立のちょっとも期待してますよ。

ああ、『八重の桜』を観るのがたまってしまっているなあ、っていうのが唯一の気がかり。



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たまたまなのだが、「高校受験ナビ」というサイトを発見して、自分の卒業した高校の入学希望者ってどんな感じなのよ、とオジサン心まるだしで調べてみたら、なんというかこれ、中学生たちの「おそるおそる」という感じに対して、現役高校生あるいは直近のOB あたりの「おらおら」な回答がお見舞いすることがあって、今の子たちは、中学3年くらいからもうネット上での洗礼を浴びなきゃならんのかよ、と惨憺たる思いになった。

もちろん、かわいい質問に対してかわいい回答もあった。

Q. 「どんなカバンを持って行ったらいいでしょうか?」

A. 「私も入学予定ですが、とりあえず、中学で使っていたリュックにします。」

かわいいー。これは回答者も中学生ということで、こんな小さなやりとりでも、「同じ新入生、一緒に頑張ろうね」みたいな気持ちが見える。うーん、いいなあ。

質問を見ていると、やっぱり受験のことが多いのだけれど、こんな質問もある。

Q. 「体育の授業は厳しいですか?」

A. 「一概には言えませんね」

これ、回答者は在校生みたいだけれど、「一概には言えない」ということをわざわざ回答するところに嫌味っぽさを感じる。先ほどの新入生たちが、入学後1年あるいは2年経ってだいぶ心をささくれ立たし、たまの鬱憤晴らしに回答したのかと錯覚してしまうほどだ。



しかしまあ、冷静に考えるとですよ。カバンにしても体育の授業内容にしても、こういう質問は中学生らしくてかわいいなとは思うのだが、その反面、「そういうことは、入学してから心配してもよくない?」という思いが、オジサンにはある。

当然、昔から心配性の中学生はいっぱいいたと思う。けれども、その当時の中学生には、それを確認する手立てがなかった。「近所の○○さんのところの息子さんがあそこの高校に行ったらしいんだけど……」みたいな口コミとか噂なんていうものがあったのかもしれないが、それも近所にそういう人がいればわかる話で、近所の人間に聞きまわるようなことを絶対によしとしなかった母のもと、しかも私みたいな長男のケースになってしまうと、もう「出たとこ勝負」をするしかなく、それで精神が鍛えられたところもだいぶあったと思う。

「用心深い」とか「いろいろとアンテナを張り巡らせている」といえば聞こえはいいのだけれど、テクノロジー(それほどのものでもないか)を駆使して事前にあらゆる想定をするというのは、なんだか小賢しいように感じてしまう。

だがしかし、入部を考えている部活にいじめがあるかどうかを確認したり、または、顧問の先生が体罰を行なっていないかとチェックをする質問は、私の母校ではなかった*1が他の高校では容易に見つかり、こうなると、トラブルを未然に防ぐという意味では今の時代の知恵とも言えるし、たしかに精神論うんぬんで「見る前に跳べ」と簡単に発破をかけられる問題でもないのだなあとも思った。

悪いのは、テクノロジーなのか、あるいは、ほとんど改善されることのない学校というシステムじたいが持つ悪弊のせいなのか。後者の罪が重いのは当たり前なんだけど、それを自分の鼻で回避する嗅覚を今のうちに持っておかないと、社会に行っても苦労をするよ、なんてオジサンは思ったりしました。たぶん中学生はこのブログ読まないと思うけどね。



あと、全然関係ないんだけど、ツイッターがなくなってしまったので、ちょっと書いておきたいことをメモしておく。

さっきテレビつけたら中島ひろ子が出演しているのをたまたま見たのだけれど、いつもの通り、ものすんごく素敵だった! それだけ!



*1:そもそも体育会系の部活が強いところでもなかったので。



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大学に入ってから最初にやったアルバイトでの話。

そこは、とある施設のフードコートのテナントで、サンドイッチやアイスクリームを売っていた。男の子は青のチェック、女の子はピンクのチェックというかわいらしい制服で、当時はまだ可愛らしかった私にもきちんと着こなせていた。

もともとおじさんの店長さんがいたらしいんだけど、体調を崩してしまい、まだ30代の男の人を「店長代理」として任せ、入院してしまった(その後、亡くなる)。

その店長代理っていう人がかなりオドオドした人だったので、実質的にはA さんという20代半ばの女性社員がお店を仕切っていて、私を含め他の人からも信望を集め、また同時に怖がられてもいた。

ちなみに、私がはじめてつきあった女性がこのお店で働いていた女性社員で、当時の私は19歳、彼女さんは22歳だったから、なんていうかもう、惚れに惚れていた。

いま、自分より3つ年上の女性がいても、「ああ、そうですか。お互い無理はしない方がいい年齢ですよね、ちょっとした運動が2日後3日後に筋肉痛になってあらわれたりするし。それじゃ、さよなら」ってなもんだけど、ハイティーンの人間から見た3つ年上なんて、そらあーた、えらいもんでした。

で、つきあい始めて少しした頃、バイト時間のちょっと前にお店を遠くから眺めたことがあった。お目当ては「彼女さん、ちゃんと働いているかなあ」と見るためで、ここらへんの行動は、青春まっただ中ボーイのお手本みたいなもの。

彼女さんは、お店のカウンター側にちょこんと立っていてぼんやりしていた。「ふうん」と思い、さてロッカーに行って着替えるかと思ったときに、彼女の後ろ側、バックヤード部分(調理する場所)に白い服を着た人がちらっと見えた。そこのお店は、バックヤードからでも表側の様子が見えるように一部壁がないところがあって、そこに白い服の男が横切るのが見えたのだった。

うわっ、怖い……とは思わなかった。なぜなら、うちの店の隣が、京樽というお寿司屋さんだったから。「あ、京樽の人がいるな」と思ったのである。

私が言うのもなんだが、彼女さんっていうのはものすごくかわいくて、他のいろいろな店の人から声をかけられるような存在だった。そういう「ちやほや」にも、「うふふー」みたいにニコニコと受け応えるもんだから、つきあっている「年下の男の子(©キャンディーズ)」としては、気が気でなかった。

だからそのときも、「あ、京樽の人がわざわざ店の中までやってきて、彼女さんに話しかけていたんだなあ」と思い、嫉妬の炎に燃えたのだが、そのままバーニングの状態でバイトをするのもバカバカしい(頭韻3連発)ので、トイレに行って頭から水を浴びて鎮火活動をし、それから制服姿になって、店に入った。

私がロッカーに行っているあいだに「京樽野郎」はいなくなったのか、彼女さんひとりだった。

飲食業界独特の、「おはようございます」の挨拶*1を済ませ、何気なく彼女に尋ねる。

「お店、ひとりだったの?」

彼女さん、満面の笑みで「うん」

そりゃあよかった、という風を装いつつも、内心の紅蓮の炎がもうちょっとで口から飛び出そうだった。当時の私は、いまと違ってものすごくヤキモチ焼きだったもんだから、そのときも当然、私の喉元で餅が3つほど焼けたのだが、それを彼女に見せることはなかった。なんとか飲み込んだのである。んがぐぐ。

そんなに寿司屋がいいのかよ、と悔しかった。そりゃ仕事が終わったら売れ残った寿司を持って来てくれるかもしれないけどさ。魚の旬も教えてくれるかもしれない、「いま脂のノッているのはね……」とかさ。刺身包丁でネタをきれいに捌く姿もそりゃ粋でいなせだろうさ。

でも、あの制服、かなり魚臭いじゃん! エレベーターとかで一緒に乗るとときどき「うぇっ」って吐き気がしたりするじゃん! あれ洗濯するとき、他の洗濯物と一緒に洗えないじゃん! 2回洗濯しなきゃなんないから、エコじゃないんだぜ……。

ということを思ったんだけど、それも言わなかった。全部、私の心の中におさめた。



それから1週間くらいが経った頃だったかな、そのお店で、A さんとふたりで話しているときに、なぜか突然、「あれ? 前にいた店長さんっていう人、割烹着を着ていませんでした?」という言葉が口をついて出た。

この質問をなぜしたのかが、今でもよくわからない。それまでのおしゃべりの文脈とはまったく無関係に、以前にいたという店長のことが急に思い浮かんだのである。

そうしたら、今までにこにこしゃべっていたA さんは、急に青ざめ、「え? ○○くん(私のこと)、店長に会ったことないよね……?」とおそるおそる言った。

ちょっと論理的に矛盾があるのだが、言葉にしたのちに、私は理解した。パッと直観が走ったのである。

A さんも、すぐにわかったのだと思う。「あ、こいつなにか見たな」と。

あとはもう説明するまでもなく、また説明されるまでもなかったのだが、いちおう、実はこれこれで、こういう姿の人を見たんです、ということを伝えた。

「そう……。たしかに店長は、いまわたしたちが着ているような制服じゃなくて、隣の京樽みたいな服を着て仕事をしてたよ。具合悪くなって、それから入院して、復帰することなくすぐに亡くなっちゃったんだけど……」



これが、私が見た(のかもしれない)幽霊話パート2の全貌。

私がちらっと見たのは未練を残したまま亡くなったであろう店長さんの姿だったのかもしれない、ということで、(怖がらせるのもかわいそうだから)彼女さんにはそのことを伝えないままでいた。

昨晩、この話を書こうと思ったときに、その(元)彼女さんのことを思い出して、そういえば、4ヶ月ほど連絡していないことに気づいた。元彼女さんとは去年、16年ぶりに連絡が復活(去年、そのことを記事に書いた)して、それからちょこちょことメールのやりとりをしていたのが、お互い忙しくなって、4月以降メールのやりとりがなかった。

そのことに気づいたちょうどそのとき、その元彼女さんから「元気?」というメールが届いた。

虫の知らせというものは、やっぱりあるのかもしれない、と思った次第である。




*1:これはテレビ業界とも同じで、夕方であろうと真夜中であろうとも、「おはようございます」と言う。



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ちょっと長い記事を書こうというときほど、人のブログを読んで、「あ、そういえば……」なんて別の記事を書き出してしまうなんてことは多いよなあ。

で、幽霊のこと。私は2度ほど見た気がするのだが、自分のことながら信用ならない。



はじめてのとき。

中学の林間学校かなんかで田舎に泊まった晩、学校側主催の肝試しをした。

ふたり組で墓場回りをしたのだが、誰とペアを組んだかも覚えていない。たぶん女の子だったと思うのだけれど、まったく記憶がない。

私はもうめちゃくちゃな怖がり屋だったので、早いところその墓場を一周した。墓場を出ると、ちょっと歩いたところに広場みたいなのがあって、そこに同級生たちが集まっていた。別にそこに集まるという約束はなかったのだが、そこから田んぼのあぜ道をずっと歩いて行くと、晴れて先生たちのいるスタート地点に戻れるというので、なんとなく「集まって帰ろうや」「せやな」みたいな雰囲気になっていた(別に関西弁じゃなかったけど)。まあそれもそのはず、みんなシチーボーイズ&ガールズだったので、「星が出ている以外は真っ暗な田舎の状況」というものじたいにビビってしまっていたのだ。

私はペアを組んでいた子ともそこで別れ、そしてまた、他の男友だちともグループを組まずに、トコトコとその一本道を歩き始めた。

もう怖くはなかった。墓場は既にずっと後ろの方にあったし、田んぼのそばにはわづかながらもホタルが飛んでいて、きれいだなあと感じ入っていた。同級生に「ホタルがきれいだね」などと言ったりすると、その年頃特有の「別にきれいじゃねーよ」みたいな「返し」が面倒だったので、前後のどちらかのグループに近づいてそれを伝えようともせず、むしろ、彼らと距離を空けるような歩き方をした。

星がきれいだった。田んぼの周りには、人家がぽつぽつと点在するだけだった。そこに灯りがついていることもなかった。たぶんみんなもう寝ていたのだろうと思う。

街灯ももちろんなかった……と思ったら、30m ほど遠くに、ちょっとだけ明るく見える場所があった。

その周りにはなにもなく、ただぼうっと青く光っていた。なんだろうと思って目を凝らすと、人がこっちを振り返るのが見えた。より正確に言うと、回転椅子にすわった人がその回転椅子をくるっと回してこっちを向いた、というのが正しい。

暗い中、しかも遠くにいるのにどうして回転椅子にすわっているかがわかったかというと、これはもう直感というしかない。視力はいい方だが、それだけではなく、そのくるんという動きから「あ、あれって回転椅子だな」と直観されたのだ。

その椅子くるりん、の人は細身のなんとなく女の人という感じだったが、(椅子にすわってはいるものの)背が高く見えた。白い着物を着ているみたいだな……というところで「なあんだ、○○先生(男)が女装して幽霊のマネしているのか」と気づいた。

ぷぷー。

つまらないことをやるなあ、と思った。墓場にはなにも恐がらせる仕掛けなどなかったが、帰り道のこんなところで、しかもあんなに離れたところで、変装して驚かそうとするなんて。

さっきまでの怖い気分がかえって吹き飛んでしまい、私は口笛を吹きそうになるくらい、足取り軽く一本道を歩いていった。

集合場所には続々と生徒たちが集まっていた。その中央にいたのが、○○先生だった。ん? 違和感。

「あれ、先生? さっきまであそこのところで、椅子にすわってたでしょ?」

私が尋ねると、先生は無表情に「え、なに?」

「だから、あそこの田んぼのところで椅子にすわって、白い服着て……」

「え、なに? よくわかんない。なに?」

「あそこのところで、なんか青っぽい光つくって、幽霊のマネしてましたよね?」

「なに言ってんの。おれ、さっきからここにいたよ。人数かぞえなきゃなんないから」

彼は私がふざけてからかっているのかと思ったらしく、集まってくる生徒たちの人数確認に戻った。

彼の足元を見てみても、サンダル履きで、そのサンダルもきれいだった。間違っても田んぼをばしゃばしゃと走って来たようには見えない。

そうなのだ。その幽霊らしきものが見えたところから集合場所にまで戻るとしたら、一本道を歩く私の視界に絶対に入ったはずだし、そこに着替える時間を考慮すると、彼があそこの場所にいたはずがないのだ。

同級生たちに、「あの左のところにさ、青白い着物姿の女の人、いたよね?」と訊いてみたが、誰ひとり知らないと言う。「見間違いじゃない?」とも言われた。いやいや、なにと見間違うというのか。

途端に、身体中に寒気が走り、腕中に鳥肌がぶわーっと……立たないのである。

どう考えてもマヌケなのである。

青白っぽく見える背の高い着物姿の女の人が遠くに立っている、というのなら、これはもう幽霊譚としてどこに出しても恥ずかしくないストーリーになる。

けれども、「回転椅子にすわっている」のである。すわっているだけでなく、最初はあちら側を向いていて、そこでくるりん、とこちらを向くのである。これじゃまるでコントだ。

この怖くなさ・くだらなさが、かえって「あれはこの世のものではなかったのだろうな」という信憑性を強めてはいるものの、それがこの世のものであろうとあの世のものであろうとたいした違いはないように思えるのは、私だけだろうか。

そうそう、この話にはおまけがあって、その直後に私は先生に呼ばれた。「おまえ、そういえば点呼したっけ?」

「あ、はい。おれと一緒にいた女子はまだこっちに来ていませんが……」

「ええと……」と言って先生は、懐中電灯で画板の上の紙に書かれた手書きの名簿をチェックする。「ええと……あれ? おまえはひとりで肝試しをしたはずだな。数が中途半端で、おまえだけペアが組めなくて、ひとりで墓場に行ったんだった」



……っていうオチだったらまあまあ怖いでしょ? 「おまけ」の部分はフィクション。

「その2」は、書く余裕があったら、また。




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明日あたりから記録的な猛暑になるとかで、京都では最高気温37度なんて予測もあるみたい。最低気温が29度なんていう話も。

このあいだ、10ヶ月ぶりに会った人がいた。その人も自分で商売をやっている人で「忙しいんですか?」と訊いたら、「そうやけど、今年は早起きしていないからね」と言う。

と言っても朝の6時半から仕事にとりかかっていて、昼間は昼寝をしないで、それでだいたい深夜の12時くらいまで働いているんだと。

「休んでいるんですか?」と尋ねると、「いやいやいや」と笑う。私は、「いやいやいや(休んでいるよ、当たり前でしょ)」の意味かと思ったんだけど、彼は「けっこうなあいだ、休んでいないね」と言葉をつづけた。推測だけど3ヶ月は休んでいないと思う。

単純計算すると、16h × 30 = 480h ということで、ひと月480時間の労働って、これ、人間的な生活を送れるのかなあと、思った。

自営業だから社長は当然自分で、働く働かないは自分で決められるんだけど、なかなかそうもいかないんだよね。

脱社畜、とか、ブラック反対、とか日ごろ他人の労働にあーだこーだ言っている人にこそ意見を訊きたいな。まあ「そんな仕事辞めちまえ」って他人に言うことほど簡単なことはないよなあ、と体温が下がらないからって頭に冷えピタを貼ったまま話す彼を見ていて、思った。

気づいたらもう、明日は立秋ですって。「立秋」という言葉の中にある「秋」はわれわれの知っている「秋」とはだいぶ異なる気がする。




「立秋」が耳管あたりで溶けてゆく





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名前について。

その予定は100年くらいないんだけど、ネットで知り合った人と実際に会ったとき、ニックネーム(id)で呼び合うのかな、それとも、本名でいくのかな、ということが気になった。

たぶん私は本名をすぐに名乗るだろう。でも、相手が本名を名乗りたくないっていう場合もあるよなあ。「あ、どうも。id: otome_warrior こと、乙女戦士5号改です」とか言われたらどうしよう。

「え、お、おとめせん……?」「乙女戦士5号改@千駄ヶ谷☆です」「えっと、乙女戦士さん?」「いえ、乙女戦士5号改@千駄ヶ谷 ver.2 (・∀・)☆です」「あのう、すみません、『ver.2』の後ろの顔文字、なんて読めばいいんですか?」「あ……山本です」「……よろしく、山本さん」

なんてなったら気まずいしなあ。



高校の頃、学校の最寄りの駅で定期券を作るときのこと。

今はどうなのか知らないけれどその頃は、定期券を作るときに自筆の署名を載せなければならず、申請用紙の規定の場所に本名を記し、それを駅員に渡すと、どういう仕組みかわからないが、磁気カードの定期券に自署が印字された。

あるとき、ある級友(仮に山田康雄としよう)が、ふざけて「ヤマダヤスオ」とカタカナのサインをして、提出した。

ふざけないで、と駅員に叱られるかと思ったが、案に相違してスルー。そのサインの部分とは別に、姓名・住所・連絡先を書く場所があったので、もしかしたらサイン部分は見ていないんじゃないか、ということになった。

次に、小林清志という友人が、「小林・J・清志」というサインで申請して、それも見事、通った。誇らしげに定期券を見せる小林に、みんな「なんでおまえにミドルネームがあるんだよー」とツッコんだ。

井上真樹夫という男は、「井上マイケル」と記入したが、これも、みんなに「どう見てもマイケルって顔じゃねー」とツッコまれた以外は、なんら問題なくパスした。

いよいよ、あの銀座線○○駅の駅員たちは、学生たちの悪ふざけに気づいていないか、あるいは、あえて無視しているのだろうということになり、ここでちょうど私の番(定期を更新するタイミング)になった。

うーん。悩みに悩んだ末に、私は以下の「名前」を書き、そしてこれも、晴れてミッションクリアとなった。




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3ヶ月のあいだ、私の名前は「るーと・に・ぷらす・よん*1」だった。



*1:そうか。「よひとよにひとみごろ(=5.41421356…)」という読み方もできるんだな。



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