とはいえ、わからないでもない

カテゴリ: 食べ物&飲み物

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13日の話。

また遅い目覚め。前日の酒はなぜか残っていない。二日酔いをしたことがないというわけじゃないけど、ワインで二日酔いをしたことがない。たぶん、体質が合っているということなんだろう。



さて。

以前おつき合いをしていた女性と14時に横浜の元町で待ち合わせをした。

まずは中華街で少しだけ並んで中華まん(豚まん)を食べる。私はこの手のまんじゅうものが少し苦手で、その理由は無性に腹にたまるから、なのだが、小ぶりのものをチョイスできたので、それにした。彼女は豪気にもフカヒレまんなぞを食した。なんでも朝からなにも口に入れていなかったという。

中華街は人が大勢出ていて、なにか祭りがあるのかなと思うほどだったが別段なにもなく、ああこれが大都市なのだなとも思った。それにしても以前(といっても5年以上は前になってしまうが)訪れたときには、中華街もこれほどの人出はなかったように記憶しているが、10月も半ば近くになっても行き交う人たちで少し道が滞ってしまうほどの隆盛ぶりは、近年の日中の関係性を考慮すると、驚く。民間あるいは商売レベルにおいては、関係は熱いままなのかもしれない。



山下公園をぶらぶらと歩きながら彼女の仕事の大変さを聞く。年々その苦労の度合いは増しているようで、傍から聴いていると、(仕事自体が)どんどんと深い溝にはまっていっているように思うのだが、それは口にはしない。それを口にして別れたという経緯が、私たちにはあるのだ。

いろいろな施設に入り、秋服や雑貨を見て回った。そのおかげでなるほど今季の女性服の流行りの傾向みたいなものが少し見て取れた。私の好きなスタイルではなかった。

いつの頃からか、女性のファッションが好みとまったくかけ離れるようになってしまっていて、若い女の子たちでしかもおしゃれな子たちの服装を見るのがつまらなくなってしまっている。

さんざん時間をつぶしたあと、夕方6:30から予約をしてあったリストランテに入った。

ここは数年来、懇意にしている店で、家族以外とでは、彼女としか利用したことがない。私が引っ越してからはしばらく足が遠ざかっていたので、今回は3年ぶりの訪店ということになるが、ギャルソン(イタリア風にいえばカメリエーレか)は私たちのことを憶えていてくれて、シェフも食後にはわざわざテーブルのところに来て、雑談に花を咲かせた。

期待していた料理は、少し彼女の口には合わなかったらしく、そのことが彼女にしてはずいぶんショックだったようで、店を出たあとも、何度も何度も「うーん」と首をひねっていた。彼女は言うべきかどうかを迷っていたようだが、ギャルソンにも、それからシェフにも味がおかしかったということを伝えた。私は、2回、3回のつきあいではないので、そういうことを店に伝えてもいいと思ったので、それを黙って聞いていた。

彼女がクレームを述べるのはきっと次回以降を期待するからであるのだろうが、私の場合なら、なにもいわない代わりに二度とそこを利用しないというマイナスのアクションをとってしまうだろう。私の性格は、どうも陰にこもっていているようだ、なんてことを考えていた。

料理のことは、たとえ一品でも彼女が不満を持ったので、これ以上は書かない。

ワインは、われわれにとって最高のものをチョイスしてもらったような気がする。

グラスのスプマンテを飲んだあと、白ワインを頼む。




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写真は'09のものだが、私たちが飲んだのは'10のもの。ソアヴェとソアヴェ・クラシコの違いを聞くこともでき、その黄金色と決して華やかではないがしっかりと作られた余韻深い味を楽しむことができた。

前菜を済ませ、パスタに使ったポルチーニ茸に合わせてバルベーラ・ダルバを。ただし、2001というバルベーラ・ダルバにしてはなかなか古いヴィンテージ。




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ソムリエさんによると、バルベーラ・ダルバで10年持つっていうのもなかなかないと思うんです、ということだった。種類を飲んだことのない私も、単なるイメージとしてかのワインについては同等の感想を持っていた。

けれども、驚き。香りからしてまだまだパワーがあって、味わいも、それ相応の枯れ具合も感じられるものの、まだまだ強いコクが残っていて感動。これはグラスで2杯ほど飲んだ。

それから、チーズを頼み、一緒におすすめの赤ワインのグラスを飲んだ。これは画像が見つからなかったので、掲載できないが、シチリアのエトナ(火山があるところ)のワインで、これは打って変わって果実味豊かな明るい感じのワイン。彼女としてはこのワインが一番気に入ったらしく、少し曇っていた顔も明るくなった。彼女が顔を曇らせていた理由は、濃い目の味加減についての不満だけではなく、仕事の溜まりに溜まったストレスと疲労によるものでもあったが、なにはともあれ、今回の会食の一番の目的は彼女がリラックスして心を休ませるということにあったので、私には彼女が笑ってくれるだけで嬉しかった。

チーズの途中で、既述したようにシェフがやってきた。その直前に、「ひさしぶりなので」ということでヴィンサントをサービスしてもらった。




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なんにせよ、古いつきあいのあるレストランというのはいいものだし、また、そういう場所を一緒に過ごしてきた友人が、いまだに一緒につきあってくれるというのは幸せなことである。

ただ、「あなたはわたしのことがきっとまだ好きなのね」ということをたとえ冗談で言われても少し戸惑ってしまうのはたしかで、「いや、そんなことはないよ」とも言わないけれども、「そうだねえ」とも言えないなにかがたしかに私の心の中にあるのであって、やはり10年近くも心が離れてしまえば、そこになにかがつながっていると考える方が難しくて、私はいつもその加減に苦労しているようにも思う。

この人のことを広義の愛情を介してつきあうことができればいいけれど、もしかしたら心中のなけなしの感情を拾い集めてなんらかのでき合わせの形にはめこみ、それでもって彼女と接することによって結局は自らをも騙しているのではないかという思いがいつも完全に振り払えないことは、そろそろ真剣に考え始めなければならないのかもしれない。



彼女と別れ、最寄り駅につき、今回は起きていた弟に電話をし、車で迎えに来てもらう。

「お兄ちゃん(私)が作ったCD だよ」と説明してくれてかけてくれた中には、高田梢枝の『秘密基地』が入っていた。






秘密基地 / 高田梢枝




歌詞の中にはこういうフレーズがある。




いつからか僕はきらめく明日を信じてたこそさえ忘れて

自分を守るためにたくさんの大切なものを傷つけてた




実体験とはまったく別に、こういうフレーズを信じ込んでいた時代があった。自分がわけもなく傷ついていたように考えていた時代があった。

今はちょっと違う。

わけはきちんとあって、それは想像もしなかったような、もっと現実的で、もっと陰湿な人間関係によるものだった。

でも、そういうなんやかやを忘れてしまうくらい、この歌はとても懐かしくとても切なかったので、私は特段泣くこともしなかったが、この歌に合わせて軽く鼻歌を歌った。もしひとりで運転をしていたのなら、大きな声で一緒に歌ったかもしれない。

まだ嗄れてしまったままの私の声は、けっこういい声なのだ。



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12日の話。

朝目覚める度に君の抜け殻が横にいる、わけではなく、朝目覚める度にちょっとした罪悪感に陥る、おれはこんなところでゆっくり起きていていいのか、と。ええい、こんな遅寝遅起きはこの数日だけのこと。あとは勤勉な毎日に戻りますので。

昼間はずっと父と話していた。父とふたりっきりで話すのなんて何年ぶりだろう。実は父とは長いあいだ諍いの期間があって口を利くこともなかったのだ。それが、何時間も話している。私は、まるで子どもみたいに(いつまで経っても父の子どもなのだけれど)父に、「ねえ、これ知ってる?」と話しかけていた。父も、最近こんな本を読んだよ、と言って筑摩書房から出ている内田百閒(もしかしたら百閒の字がきちんと表示されないかもしれない)の文庫版の全集を渡してくれた。




内田百けん (ちくま日本文学 1)

内田百けん (ちくま日本文学 1)




「この中で、驚いた文章があったんだ」と父は言った。父が小説を読んでその感想を言うことなんて久しぶりだったので、珍しく思いながらそれを聞いた。

「たいしたことのない、ちょっとした文章なんだ。『雲が汚く流れていた』っていう。雲が汚く流れるっていうこの感覚は、百閒のものだなあって思った。雲を汚いって、普通なら言わないよな。それを、なにも衒わずに書いているんだ。すごいな、百閒は」

私はそれを聞いて、スピッツ草野マサムネなら、もしかしたらそういう詩を作るかもしれないけれど、それはあくまでも意図的なものであって、たしかに言うとおり、百閒は気負いもなく「雲が汚く流れた」って書いたんだろうねえ、と言った。

それにつづいて私は、百閒といえば、と狐が出てくる幻想的な掌編を説明し、それを読んだかと訊いたが、父は「いや、知らないな。ここには載っていなかったんじゃないかな」と言った。

つけっぱなしにしているテレビではメジャーリーグポストシーズンの試合が放映されていて、ニューヨーク・ヤンキースと、ボルティモア・オリオールズの試合がやっていた。ヤンキースにはイチローがいた。父はメジャーリーグが大好きなのだ。膠着状態のつづく画面を見ながら、私は現在の自分の仕事の状況を話した。ひとことで言えば、「まあラクじゃないよ」

そうか、大変なのかと父は言う。大変だけどやりがいがあったりしないのか。やりがいは特にないけど、かといって死ぬほどやりたくないってわけでもないよ、なんにせよ自分で決めているわけだし。まあ外から見てれば心配ごとばっかりだろうな、とは思うよ。その通りだけどね、ただ商売っていうのは走り始めはそんなもんなんじゃないかな、泥水すくって飲むような、そういう苦労も当然あるんじゃないかな。そんなことを新聞やテレビなんかでいろいろと聞くな、創業時代の苦労ってやつを。うん、ただ大成功するっていう仕事じゃないからね。そうだな。

そんな話をしているうちに、父はヤンキースオリオールズの試合を観るのをやめ、西部劇にチャンネルを変えた。有名な俳優・女優が出ているらしいのだが、説明されてもさっぱりわからない。ただでさえ外国人の顔は覚えられないというのに、みんなどこかぎすぎすしたような表情をしていて好もしく思えなかった。

父との話をつづけているうちに、「THE END」のでっかい文字が画面に浮かび上がった。画面の中ではどうにかこうにかハッピーエンドまでこぎつけたらしい。映画の世界では数多あるフラグがすべて立って、これ以上なにもすることがないとなったときに、「THE END」や「Fin」のサインが出る。でも、人生じゃそういうわけにもいかないもんな。たとえ幸福度数100% であろうとも(たとえばこの数日間の私の「食欲満たされ度数」は150% だ)、終劇のサインは出ない。

ノーベル文学賞莫言に決まっていて、なぜかマスコミが大騒ぎしている村上春樹は落選(?)だったのだが、これについて父は、「村上春樹の小説は、デビューした頃あたりしか読んでいないけど、それでも周りがぎゃあぎゃあと騒いでいて、本人にとっちゃいい迷惑なんじゃないかな」と言った。私もそれには同感で、春樹の最近の小説は読んでいない(読む気が起こらない)が、少なくとも彼は権威とは距離を置いて生きてきたわけだから、ノーベル賞授与がもしあったらそれはそれでうれしく感じることは間違いないにせよ、「ほしくてほしくてしょうがない!」などとは思ってもいないだろう。春樹風に言えば、「好むと好まざるとにかかわらず、ノーベル文学賞は誰かに与えられるもので、それが僕か、あるいは別の人であってもかまわない」というところだろう。

ハルキハルキとノーベル賞のときだけ騒ぐ連中のおそらく大半は彼の小説には馴染みがなく、また、残りのうち春樹の小説に親しみ深い人たち、つまり読んでいる人たちも、「自分の愛読している小説が、ノーベル賞を受賞した!」という権威づけがほしいだけであって、本来、小説の価値は賞の有無と無関係なのだ。

ちょっと寝不足だったのでうたた寝をしたり、また起きてレイモンド・カーヴァー村上春樹訳)を読んだり、としているうちに、友人たちと会う刻限が近づく。こざっぱりとした服装(なり)に着替えてまたもや大都会に足を運ぶ。

昔の職場の同僚たち3人と、計4人で19時からごはんを始める。ワインを3本持ち込みしていて、エチケットを残さなかったから、備忘録として書いておくと、




  1. グレイス キュヴェ三澤 甲州 鳥居平畑('10か'09)

  2. Paradise Ridge Nagasawa Vineyard Chardonnay('09)

  3. Emilio Lustau almacenista Amontillado del Pueto 1/10

1. は甲州ワインを飲みたかったのでよそで購入。




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香りは軽やかな白ワインっぽいのだが、余韻が独特。かすかな甘みがあって、ただのデイリーワインではないという印象。甲州は初めて飲んだぶどう品種だったので「こういうものなんですか?」と一緒に食事をしている仲間(ソムリエ)に尋ねると、「これが甲州っていうスタンダードはなくて、いろいろあるみたいだよ」と教えてくれた。

2. はそのソムリエの人がよそで購入してきたもの。




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これは、口にした瞬間、「うわっ」となった。同席していた友人が「3年しか経っていないとは思えない」と言っていたがそのとおりで、2000年代前半あるいは90年代後半のシャルドネと言われても、「ああそうだろうな」と思ってしまう。枯れているわけではないのだが、古酒のような雰囲気を身にまとっていて貫禄充分。下品だが値段を訊いて、そのお値打ち感にも驚く。アメリカのものでそれだけ出せばこんなグラン・ヴァンを飲むことができるのか。ちょっとエチケットはダサいんだけど。

なお、このナガサワヴィニャードについては面白いエピソードがあって、それを承知で、ソムリエの方がチョイスしてくれた。

このカリフォルニアのぶどう園の元のオーナーが日本人で長澤鼎という人。1900年(今から100年以上前!)にワイナリー経営を始めている。別名、カリフォルニアのワイン王。詳細は以下の記事などをご参照あそばせ。



で、この2本を飲む間に、前菜3皿(戻り鰹のスモーク、ホタテとポロ葱のサラダ、牛肉グリエサラダ)を平らげていた私たちは、クローズ・エルミタージュを注文した。




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これは、南仏のワインでよくあるパターンなのだが、香りが絵の具っぽい! 「ね、絵の具っぽいでしょ?」と同意を求めると、友人のひとりが「新品の絵の具だ」と納得はしてくれた。まあ、あまりいい表現ではありませんけど。

つづいて出てくるメインたち。トリップのトマト煮込み、牛レバーのソテー、鴨ロースト。これ、4人だからといって4皿頼まなくて本当によかった。われわれは結構食べられる方だけど、それでもなかなかにお腹が膨れる。味はもちろんおいしい。

メインをこなし、チーズを注文。ブリ・ド・モー、シェーブル(名前は忘れた)、ロックフォール、モンドール。モンドール、おいしすぎ。このときチーズを説明してくださった女性の店員さんがすごくキュートで、彼女の手の指の小ささがかわいくて、それが気になって気になってせっかくのチーズの話に集中できなかった。雰囲気はキュートなんだけど、ちゃんとそれぞれのチーズの説明をしてくださって、ギャルソンの技術としても感服。わたくしは、こういう説明がすごく苦手でどうしても適当にすませてしまうタイプでございましたので、なおさら。

ここで持ち込みワインの3. を投入。シェリーのアモンティリャードだけれども、ちょっとただのアモンティリャードじゃない。




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カタログ的説明はできないのだが、まあ「おいちい食後酒」と自分の中では記憶している。このシェリーにまつわる個人的なエピソードをひとつ持っているのだが、ここでは省略する。

ここいらで、新たなメンバー(やはり元の職場の同僚)がわざわざ仕事帰りに寄ってきてくれて、挨拶をし、一緒にチーズを楽しむ。

私たちはシェリーを飲み、ついでに隣のテーブルにいた面白いカップルにも1杯づつあげて、1本を空にした。デザートを頼んだのは、私とソムリエの人だけだった。私はガトーショコラを註文し、そのヘヴィさにふうふうと言いながら腹に入れた。アイスクリームと生クリームをつけたのだが、そのどちらかで充分だったかもしれない。いや、そもそもデザートが必要だったのか、という問題もあるのだが、私は、ある程度ちゃんとしたところに行ったときは(甘いものが特に好きだというわけでもないのに)だいたいデザートまでを頼むということに決めているので、それは仕方のないことなのだ。

シェリーが空き、ゲヴュルツトラミネールのマールを1杯頼んだ。これもまた、ひとつのポーズだ。私はマールはそれほど好きではない。どちらかといえばリンゴで作ったカルヴァドスの方が好ましいが、そもそもアルコールが好きではないという大前提を考慮すると、ガス入りのミネラルウォーターを註文したほうがよっぽどスマートな選択だ。

けれども、ひとつの古臭いポーズとして、私は度数の高い食後酒を飲む。この時点で頭はかなりふらふらとしている。飲み食いのあいだもおしゃべりは止まらないから、だんだんと自分の声が嗄れていくのがわかる。聞いたことのないようなその嗄れた自分の声を聴きながら、自分が普段からこういう声だったらもっとよかったな、なんて思っている。

12時近くになって、そろそろお開きしようということになり、店を出た。また来年になるんだね、という挨拶を誰かがしてくれて、物事のスパンが日から月、年へと変わっている自分の人生じたいに少し驚く。

帰りの私鉄では、座席にすわって小ぶりのマックを拡げてかたかたタイプしている女性が視界に入ってきた。イヤフォンをつけて少しにこにこしながらバックライトに照らされたキーボードを、それこそピアノを弾くようにタイプするその姿は、なんだか美しいほどだった。かたかたかた。休みもせずに、かたかたかた。仕事をしている風ではなかった。たぶん、チャットのようなことをしているのだと思った。なにをやっているのだろうか。私はそれを後ろから覗いて見たかったが、彼女が座席にすわっている以上、それは無理だった。かたかたかた、の音は意外に響いたが、誰もそれに注意を向ける人はいなかった。車内は決してがらがらではなかったが、電車の中でPC を叩く人は、東京では珍しいことではないということだろう。ふだんの私だったら、なんだかうるさいなあと思ってしまうところだったが、そのときは、その女性を抱きしめて祝福してあげたいほどだった。あなたがにこにこして誰かに面白いことや楽しいことを伝えていることは、世界をプラスに働かせているんだよ、と私は酔った頭の中でつぶやいた。もちろん声には出さないし、抱きしめたりしない。そこまで酔っ払っちゃいない。

とある駅で、女性がふたり乗ってきて、連続で空いている席がないためにふたりともが立っていた。そのとき、すでに座席にすわっていたある女性(マックの人ではない)が、そのふたりのために席をひとつ移動して、ふたり分の空席を作った。どうぞ、ここにすわってください、と。女性ふたりは恐縮し頭を下げながら空いた席に腰を下ろし、それからもう一度隣の心優しい女性に頭を下げ、自分たちの話題に戻り、静穏なおしゃべりを楽しんでいた。

席を譲った女性はひとりで、なにかの音楽を聴いているようだったが、そもそも物静かな人のように見えた。私はその女性のことも抱きしめて祝福してあげたい気分になった。あなたはいいことをしましたね、私は見ていましたよ、と。でも、もちろん行動には移さない。そんなことをやったら、ブタ箱行きだ。いや、僕は思っていることを、彼女を祝福してあげたかったんです、と私がいくら自分の正当性を主張しても、はいはいわかったからそういうのはあとでゆっくりと聞いてあげるからねえと警官に私の両脇を抱えられるハメになってしまう。だから、やらない。気持ちだけ。

半分眠りながら、最寄り駅に着く。駅の公衆電話から家に電話をすると、迎えに来てくれるはずの弟はもう酒を飲んで寝ているということだったので、タクシーに乗る。うちの場所を告げると、「わからないです。ここら全然知らないので」と言って(申し訳なさのあまり)私を降ろそうとする運転手。私が説明しますので、と彼を納得させ、なんとか家まで。しかし、今日びそんなに商売熱心でなくて大丈夫かいなと思った。

家に着き、眠たがる身体に鞭を打ち、なんとかネットにつなげると、ツイッターで「夜は守ります」とおっしゃる豪気な方がTL にいらっしゃって、じゃあお願いします、ということで、これまた祝福をひとつつぶやき、そのまま就寝。これで東京・横浜滞在の折り返しということになる。



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昨日(11日)のあらまし。

朝、8時半に文字通り飛び起きると、その勢いのせいで腰を痛める。もともと、仕事で痛めていたところを、昨10日の夜行バス内9時間半における窮屈な姿勢のために、それがさらに強まっていたという経緯がある。

よく、地震が起きた際の速報で、「けが人はひとり。○○さん(85)が、地震が起こったということに驚いて起き上がり、腰を痛めました」というニュースが出るが、それとおんなじ。意外に、ばかになりまへん。

支度をして10時に渋谷のとある百貨店に行き、その中の花屋で花束を註文しておき、それから駅の待ち合わせ場所(例の犬の銅像のところです)で女性を待った。11年来の友人。それから彼女と一緒に、やはり11年来の友人を訪ねた。友人と言っていいのか、実際には私の先輩。先輩というものは、不思議なもので、いつまで経っても先輩。その関係性を、私は特段厭うてはおらず、反対に好んですらいる。

3人でだらだらと2時間話し、12時になった。男性の方と別れ、ふたりで昼を食べることになる。

花屋さんで頼んでおいた花束を受け取り、その女性に渡した。花束を贈るなんていうきざったらしいことが、私は案外好きなので、死ぬまでに一度はやっておこうと思っており、ついにその思いを果たせた。まあ、なかなか面白いものですよ。やってみる価値はあり。

昼食はビストロで済ませた。知り合いの方が働いているところ。

前菜とメインとデザートを頼む。前菜はフォアグラをつかった鹿肉のテリーヌ。ついているソースがおいしくて、たぶん果物。イチジクかな。メインは、牛レバーのソテー。エシャロットのソース。これもおいしかったけど、同席した女性には量が多かったみたいで、彼女の皿の半分も私がたいらげた。私は、いったん食べだし、飲みだすと、かなりゲーインバショックー(鯨飲馬食)になってしまう。グラスで、シャンパンを1杯に、赤ワインを2杯。食後にデザートを食べ、コーヒーを飲み、その間、ずっとおしゃべりをつづける。しゃべる内容よりも、しゃべっているということ自体に重きを置くようなおしゃべり。そのかわり、腹の中に溜まったこれらがいったいどうなるか、を考えると少し憂鬱。

気づくと夕方5時になっていたので(昼食で5時間!)、慌てて店を出て、さきほどの先輩と会い、3人でお茶を飲む。女性はジャスミンティーだったが、男はビールを1杯づつ。ここでもだらだらとしゃべる。しゃべることを目的としてしゃべる。その内容の行き着く先などなにもないけれども、しゃべる。

1時間半ほどして、私が腰を上げる。家に帰らなくてはいけない。ここは奢らせてほしい、とその先輩に私は言ったのだが、なんとその前に女性の方が支払いを済ませていた。私はいつも誰かに借りをつくってばかりいる。

東急東横線に乗って帰ってくるあいだ、この数日間で自分が身につける脂肪の総量を考えてみる。ごく穏当に考えて、ほうっておけばぶうちゃんだ。まずいな。

とやこうしていると、実家の最寄りの駅につく。最寄りといっても、歩いて20分ほどで、弟に車で迎えに来てもらう。家に着くと、次男・三男、三男の彼女とがいて、みんなでごはんを食べた。

ごはんの終わったあと、ひさしぶりにその4人で麻雀をしようということになり、深夜2時まで卓を囲んだ。それから2時間ほど次男と話をし、やっと就寝。

寝る前に、弟からロングブレスダイエットの効能の素晴らしさを聞いた。なんでも腹の出ようがなくなる、とのこと。ほんまかいなー。やってみよ!



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今朝、6時半に新宿に着き、それから渋谷へ。

どこの店もまだ開いていなかったので、そのままなんとなく渋谷を歩く。あれ、ここを上って行くとどうなるんだっけと思いそのまま行くと、代々木公園。犬を散歩している人たちの中をだらだらと。日は少し曇って歩くにはいい感じ。

そうやって1時間ほどを潰して、8時にとあるカフェへ入る。AKB のあっちゃんに似て、しかももうちょっとかわいい感じの店員がいる店でビールとサンドイッチを腹に収めて、レイモンド・カーヴァーの小説を読む。

すでにアルコールが効いてしまい、眠い。うつらうつらとしたまま、短篇をふたつ消化する。カーヴァー最晩年のもので、小説の中にもどこか暗い影が差している。

1時間ほど経ってから、知り合いのいるカフェのところへ行き、そこでホットワインを飲んだ。砂糖を溶かしてシナモンスティックでかき混ぜた。レモンスライスがついていたけど、オレンジスライスとクローブがついていた時期もあったように感じられた。記憶違いかもしれない。

そこで1年ぶりに会う人たちとご挨拶し、そうこうしているうちに昼になったので、東京駅へ行った。丸の内にぜひとも行きたい店があった。

悪い店ではなかった。けれども、ひとりで2,500円を出して済ますには少し高いランチだった。その中にはグラスの白ワインも含まれる。サービスにもうちょっと愛情があればな、と思った。私だったら違うサービスをしただろうな、と思った。そういうふうに考えてしまうところが私のまずいところだが、けれども、ひとり客って、そういうことを考えているものだとも思う。ひとりで食事をすることの意味を、そしてそのひとり客がいろいろなところに視線を漂わせている意味を、もう少し考えてみると、違ったサービスのありようが見えてくるのではないか、と思った。

そこから山手線と京浜東北線を乗り継ぎ、実家に帰ってきた。

猫はもう1匹もいなかった。桂枝雀の追悼番組を観ながら、父と落語の話をしていた。時間がゆっくりと経ち、母が仕事から帰って来て、鍋をつついた。500ml 缶のビールを母と開け、それからフランス産(?)というビールを飲みながら、いまこれを書いている。

新宿に着いたときは、高層ビルや多くの人たちに心を奪われ、その刺戟量の多さにいささかたじろぎもしたものの、1時間でそれにもすぐに慣れた。都会にいれば、自然が恋しくなり、田舎にいれば、喧騒が恋しくなる。いつも、「ここにはないもの」に憧れている。

知り合いのいるカフェでゆっくりしているとき、メモ帖に、こんなことを書き連ねてみた。




ぼくはあなたの事を考えています。

遠く離れれば離れるほど、あなたの事ばかりを考えてしまうのです。




書いてから驚いたのだが、私にはこの文章の「あなた」に相当する人物がいないのだ。それは普段から抱いている言いようのない不満の別名なのかもしれない。



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完全に私的メモ。

仕事上、新聞を使う機会が多いのだが、なにぶん新聞を取っていないので知り合いからもらっているのだが、古い新聞を読むのは結構たのしい。

たとえば、今日読んでいたのは、2012年2月4日の日経のプラス1。日にち上、バレンタインの特集をやっていた。

その中で、「心はずむ専門店チョコ」と題していわゆるショコラティエのランキングが掲載されていたので、後年のために記録しておく。なお、原語にもとづいてアクサン記号やウムラウトを用いているので、ブラウザによっては正しく表示されず、「〓(ゲタ)」が表示されるかもしれません。






  1. ジャン=ポール・エヴァンJean-Paul Hévin

  2. ピエール・エルメ・パリ(PIERRE HERMÉ PARIS

  3. ラ・メゾン・デュ・ショコラ(LA MAISON DU CHOCOLAT

  4. オリジンーヌ・カカオ(ORIGINES CACAO

  5. ファブリス・ジロットFabrice Gillotte

  6. フレデリック・カッセル(Frédéric Cassel

  7. パレ ド オール(PALET D'OR

  8. ジョエルデュラン(Joël Durand

  9. フランソワ・プラリュ(François Pralus

  10. ピエール・マルコリーニ*1PIERRE MARCOLINI



これらの名前が、1年後、2年後、そして5年後、10年後に残っているかどうか。

あ、そうそう。わたくし、チョコレートがほとんど食べられません。



*1:ピエール・マルコリーニも同点で9位ということらしい。



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22:00にやっと帰宅。

仕事を優先すると畑の仕事がついつい疎かになってしまい、口にLED ライトをくわえて晩飯用のレタスを収穫してきた。

真っ暗な中を、LED の光は驚くほど明るくしてくれるのだが、いかんせん私の持っているのは、映画でトム・クルーズがくわえてそうなペンライトではなく、どちらかといえば細めの懐中電灯みたいなもので、口が疲れる疲れる。あががががが。顎が攣るかと思いました。

しかしこれで誰かに見つかったら、レタス泥棒に間違えられるのかと思うとえらく癪にさわる話なのだが、レタスは安いのでそういう心配はない。

今日はピーマンも収穫した。それにしても、ピーマンの香りってのは、実にいい香りだ。ぶどうの一品種であるカベルネ・フランはよくピーマンの香りと評されることが多いが、そのときにはピーマンの香りってどんなもんだろう程度にしか思っていなかった。しかし、いざ採りたてのピーマンを鼻に近づけると、うひひひひひ、と思わず声が漏れるくらいに好みの香り。まあ、この香りが実感できる今となっては、反対にカベルネ・フランのワインをすぐに飲める状況じゃないっていう、世の中、実にうまくできてるもんですな。

レタスもトマトもルッコラも、そしてピーマンも自家製で、その他は、にんにくが隣の村の人が作ったもので、きゅうり、なす、そして(自分のところで作っているから要らないっていうのに)トマトは近隣の人にもらった。こうやってあらためて書くと、「すげえ」って感じだが、慣れてしまえば「こんなもんでしょ」となる。冷蔵庫の中が野菜でパンパンになっていて、うまい消費の仕方がないもんかね、と思案にあぐねるほど。

どころか、こんなに「自然派」みたいな生活をしていながらもときどきは、マックに行ってあの匂い立つフライドポテトを飽きるまで口に放り込んでいたいと思うもんだから、人間ってのは贅沢なもんです。



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知っている人は知っていて、知らない人はあまり知らないこと。私もこのあいだまで後者に属していた。

家庭菜園でトマトを作っているということを人に話したら、「完熟で食べられるね」と言われて、完熟以外のなにがあるんだろうかと思っていたのだが、農家は、完熟、つまり真っ赤な状態で収穫するということはあまりないそうで、もし完熟で収穫して市場や農協に出荷すると、それから全国に流通して小売店に並ぶ、という一定の時間を経ているうちに、過熟というのだろうか、かえって品質が悪くなってしまうようで、そうならないよう、ちょっと色づいたくらいの時点で収穫するらしい。「らしい」というのはいかにも頼りない話だが、実際に目にしたわけではないのでそう言うしかない。

でもお店に並んでいるトマトって赤いよ、と思うかもしれないが、いったん赤くなり始めると、もいでも、つまり収穫されても、時間が経てば真っ赤になるみたい。その時間差を逆算してまだ青さが残る状態で収穫するのだそうで、だから、完熟トマトは珍しいよということのようだ。

それならまったく完熟で出荷することはないのかというと、そういうこともなく、たとえば産地直売所というか、そういうところでは地元で前日収穫された野菜が出荷されているので、外観・中身ともに熟したトマトが味わえるとういことだ。

中身、と書いたが、早めに収穫されたトマトが、完熟していないかどうか、は実はわからない。まともに考えれば、真っ赤になるまで木に生(な)っている方が、養分を得ているように思うが。

まあとにかく、家庭菜園ならではの味を愉しめると思っておととい初めて食べてみたら……




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テーレッテレー




いや、上の画像、わけわかんないという方は別にいいです。わかる人だけがわかってくれれば。

いちおう、動画も貼っておきます。







しかしこのCF、同世代はまず知っているのに驚く。ほとんど洗脳されていたんだなあ。



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連続で不機嫌な記事にするのも嫌なものだが、ツイートにしようかと思ったら文字数が足りなくて足りなくて。みんなどういう使い方をしているんだろ?

「レバ刺し最後の夜」のニュースがやっていた。私自身、レバ刺しは好きだったけど、ああいうふうにお祭り騒ぎ*1をして「惜しむ」って感じに馬鹿らしさを感じる。

ちょっと前*2狂牛病の影響で大手チェーンが牛丼販売を停止したときがあったけど、あのときも一斉に牛丼屋に駆け込んでなんだかんだやっていたけど、あの駆け込んだ人たちは、ふだんから食べているのかっていう疑問があった。今回のもそう。

本当にそんなに好きだったら、それこそ声を上げて法改正を訴えていけばいいのに。しょせんはポーズだと思うんだ。

生食の文化がひとつなくなるってのは結構でかい事件だと思う。少し前のクローズアップ現代では、この問題を真面目に取り上げていてとても興味深かった。



ユッケの中毒事件によって、生レバーの「危険性」がフォーカスされ、食肉業界からの方針見直しの意見も聞き入れられず、「ゼロリスク」の大義名分のもと、生レバーは禁止となった。上記番組に出演していたジャーナリストの方の意見*3はそのまま首肯できる。




VTRにもありましたけれども、そもそも食のゼロリスクなんてありえないわけですよね。日頃、僕らが口にしているお刺身ですとか生がきもそうですけれども、ボツリヌス菌とかノロウイルスとかに感染する確率っていうのは否定できないわけですよね。逆に言うとそれを全否定してしまう。それは、すなわち食文化の多様性といったものを失わさせてしまう結果になりかねないと思っているんですね。




日本日本とふだんから口にする人たちは、国歌とか国旗だけを重要視するのではなくて、これらの文化にこそ、日本のアイデンティティーを感じるべきだと思う。

フランスでも、90年代にチーズを原因とする食中毒が起こったことがあり、原料の生乳を殺菌すべきだという声が起こったという。それでも「やはり」というべきか、殺菌すべきではないという声も起こり、現在では伝統的製法(つまり非殺菌)を保護する政策がとられているという。

以下はフランスの「チーズを守る会」代表の言葉。




食品のリスクをゼロにすることは不可能です。禁止すればリスクを排除できますが失うものが多すぎます。リスクと、うまく向き合いながら食文化の多様性を維持していく方法はあるのです




最後に、市場でのインタビューに答えたフランス人女性の言葉を引用しておく。




もしチーズが消えたらフランス人も消えるわ




日本では、レバ刺しが消えても日本人は消えないらしい。ただお祭り騒ぎをして、「ふう」と溜息をついたあと、次のお祭りに移っていくだけだ。



*1:「これから何軒もハシゴをして、レバ刺しを食べまくります!」と言う人もいた。


*2:調べたら、8年も前だった。ソースはWikipedia


*3:なお、クロ現の内容は、テキストですべて見られるようになっている



編集

弟からレストラン関係の話みたいだよ、ということで教えてもらったニュース(?)。



まあ、読むのが面倒だと思うので(私も斜め読みしたので、正しい理解かどうかはわかりません)、てっとり早くかいつまむと、本物の高級料理人が本物の高級料理を低価格で提供していて、回転率2.0を超えればトントンというビジネスモデルだよ、すごいねー、みたいな話だと思ってもらえればいいと思います。回転率2.0というのは、店をオープンしてから閉店するまでにお客さんが1回総入れ替えするということです。客席の回転率は、




総入店客数/客席数




という計算式で求めるようです。



で、この記事を(斜め読みとはいえ)読んで思ったのは、こういう「ビジネス」が推し進めていく先には不毛の土地しかないということ。

まず、技術者(この場合は料理人になるのでしょうが)の多くがその職を(半ば強制的に、あるいは自発的に)失うでしょう。なぜなら上のやり方では、既に評価を得ているシェフたちはいいのでしょうが、見習い連中の賃金はほとんどが頭打ちなのは目に見えていて、そこそこの給与を得るには相当のサバイバルレースでしのぎを削らなくてはいけません。提供価格がほぼ決め打ちで、客数や回転率で勝負をするということは、つまり最大収入に限界が(しかも低いところで)定まっているようなもので、そこから様々なコストを逆算していくとなると、一番しわ寄せを食いやすいのは人件費だからです。働く側がそれを見越すと、早いうちから転職を考える連中が続出し、おそらく後継者は育ちません。




追記

実は、上記記述は「俺の~」モデルに限らない話で、ほとんどのレストラン・飲食店でも、最大収入は見えています。つまり、「営業努力による売上の恒常的な増加」はなかなかあり得ないということです。ですから、斯界では転職者が多く、また離職者も多いです。



また、消費者(お客)のレベルも頭打ちとなります。そして、こちらの方が問題はより深刻です。

「『客のレベル』だなんてひどいことを言う」と思う人もあるかもしれませんが、もしあなたが5,000円のディナーを誰かと食べに行くとなったとき、その隣の席で赤ん坊がぎゃーぎゃーと泣き、そこでおむつを取り替え始めたらどう思うでしょうか。

私の場合は、牛丼屋で同じようなことをされても許せないことはありませんが、レストランなら許せません。お客にしかるべき場所でのしかるべきふるまいを期待するとき、金額や雰囲気をもって、お客をある程度の篩(ふるい)にかけているのです。

貨幣価値しか見ていない人、つまり「金は払っているんだからこっちは客だ」という人は、上記モデルのレストラン(?)に出かけたらよいでしょう。でもたぶんその人は、牛丼屋へ行ってもファミレスに行っても、それから知り合いのうちに行ってでさえも、「安い」とか「ただ」という感想以外は出てこないでしょう。その人が最大の価値を置くのは、「得したかどうか」だからです。味がどうこうとか雰囲気がどうこうとか、あまり関係ありません。

こういう人たちは、最低価格のところを基準にしてすべてを測るので、他はすべて「ぼったくりだ」という結論をすぐに導きます。

いや、そういう価値観もアリなのです、まったくの話。ただ、彼らがその声を大きくし、違った価値観を持った人間まで仲間に呼び入れてしまうことを私は恐れます。違った価値観を持った人たちというのは、たとえば、クリスマスなり恋人の誕生日なりに、張り込んでレストランに夕食を食べに行くような人たちのことです。

レストラン文化は、お客によって支えられてきました。これは間違いのないことです。そしてその文化は、担い手である今のお客の後継ぎを必要としています。

少しだけ背伸びをして、少しだけ贅沢をして、少しだけ恰好をつけようとしている将来の文化の担い手をいま大事に育てなければいけないというのに、目の前にニンジンをぶらさげていったいどこへ連れて行こうというのでしょうか。

まあ、興味本位で一度くらいは訪れてみたいと思うのは、誰しも同じ心情だとは思いますが(当然、私も行ってみたいです)、それでも「立って食べるフレンチ」ってのも……、あ、そうか。立ち呑み屋って考えればいいのか。

でもやっぱり、立ち呑みもいいけど、レストランで夕食を5時間くらいかけて食べるっていうのも、一度経験すれば病みつきになると思います。「5時間だって? なんてバカらしい!」そう思う方も大勢いらっしゃるでしょう。ですが、おいしい料理とおいしいお酒、すべてが行き届いた満足の行くサービスと、それに気心の知れた相手(異性同性問わず)との心ゆくまでのおしゃべり。人生の最高の時間の使い方のひとつだと思いますが、それらは、貨幣価値だけを基準にしては絶対に得られないものです(もちろん、多少のお金は必要ですが)。

どうか、冒頭の「ビジネスモデル」がずっと「特殊な一例」のままでありますように。これ以上デフレを加速させていったいどうしようというのでしょうか。商品価値だけでなく、文化の価値までも、行き着くところまで下落していきます。

私は、贅沢を味わえるレストラン文化が、せめて私の生きているあいだだけでも存続するよう強く希望します。




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