とはいえ、わからないでもない

カテゴリ: 科学

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今日の「クローズアップ現代」でイグ・ノーベル賞が採り上げられていたイグ・ノーベル賞ってなんだ、という向きにはWiki ってもらうしかないが、簡単にいえばノーベル賞のパロディ。

けれども、そのパロディが本家に対して一矢報いた(?)ような事態が起こったので、ちょっとした「事件」になり、マジメなNHK が特集したくらいである。

つまり、今年度のノーベル物理学賞受賞者のアンドレ・ガイム氏*1が、実は2000年にイグ・ノーベル賞を受賞*2していたのだ。

いや、その書き方はフェアとは言えまい。私はこう書くべきだったかもしれない。「2000年にイグ・ノーベル賞を受賞した物理学者のアンドレ・ガイム氏が、今年はノーベル物理学賞を受賞した」と。



さてさて。難しい話はよすとして、私がイグ・ノーベル賞で気に入っているのは以下のようなところだ。ソースはWikipedia。太字強調は引用者による。




授賞式は毎年10月、ハーバード大学のサンダーズ・シアターでおこなわれており、ノーベル賞受賞者らも出席する。ノーベル賞では、式の初めにスウェーデン王室に敬意を払うのに対して、イグノーベル賞では、スウェーデン風ミートボールに敬意を払う。受賞者の旅費、滞在費は自己負担で、式のスピーチでは聴衆から笑いをとることが要求される。制限時間が近づくとぬいぐるみを抱えた少女が受賞者の裾を引っ張り壇上から下ろそうとするが、この少女を買収することによってスピーチを続けることが許される授賞式の間、観客によって舞台に向かって紙飛行機が投げ続けられるが、2005年を除く例年、2005年のノーベル物理学賞受賞者であるロイ・グラウバー・ハーバード大学物理学教授がその掃除のためのモップ係を務めている




日本人が行う「冗談」はこんなふうにはならないだろう。きっと、もっと上品でもっと穏便で、もっと退屈だろう。

欧米では、冗談であるということをつまらなさの免罪符とはしないのだと思う。ときには、金と時間をかけて豪華なことをやってのけるし、そうでなくても、冗談だからといって中途半端であることは許されない。

その一例が上記のような、実際のノーベル賞受賞者が「掃除夫」に扮したりすることなのだと思う。

クローズアップ現代」ではちらとイグ・ノーベル賞の授賞式が放映されていたが、かなりカオス的状況のようだった。

ちなみに、今年のイグ・ノーベル化学賞は、かのBP 社に贈られている。受賞理由は、「水と油は混ざらないという古くからの観念が成り立たないことを証明したことに対して」。その他の受賞についてはナショナル・ジオグラフィックの記事をどうぞ。




*1:[http://www.asahi.com/science/update/1005/TKY201010050347.html:title=「二次元物質グラフェンに関する革新的な実験」]がノーベルの受賞理由。


*2:「カエルの磁気浮上」がイグ・ノーベル賞の受賞理由。



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宇宙についての新書を読んだついでに、「“時間”はあと50億年で終わる?」というナショナルジオグラフィックによる記事を採り上げてみる。

採り上げてみるといっても、例によってわからないことばかり。




  • (宇宙の)その広大な構造は無数の宇宙から構成されており、各宇宙はさらに無数の孫宇宙を生み出すことができる

  • 起こり得ることは何回でも無限に起こり得る

  • この宇宙の誕生前は何が存在していたかという疑問には、「別の宇宙があった」と答えることができ、なぜこの宇宙には生命が誕生し得たのかという問いには、「あらゆることはあり得るから」と答えられる

???

(有限ではなく)無限の宇宙が無限回繰り返され、そしてあらゆることは起こりうる、だなんて、なにかのSF みたいじゃないか。というか、科学がSF(人間の想像力)に追いついた、とでも言うべきか。



そうそう、ニーチェの「永劫回帰」も似たような概念じゃなかったっけ?




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『宇宙は何でできているのか』を読了。サブタイトルは「素粒子物理学で解く宇宙の謎」。

新書であることにくわえ、内容は入門書だと謳っているので読みやすいだろうとなめてかかったのだが、それでも私のような非理科系にとってはちと難解に思えた。特に「標準模型」の話あたりからもうなんだか具体的イメージが湧かないようになって苦労した。

その中でも、印象に残った記述。




  • 生物はみな超新星爆発の星くずでできている



寿命を迎えた星が爆発し、それによってバラまかれた物質を材料にして、また次の星が生まれる――宇宙ではそんなことが繰り返されてきました。その結果、地球にもさまざまな元素があるわけです。超新星爆発がなければ、私たちの体をつくる炭素も地球には存在しなかったでしょう。つまり、私たちの体は「星くず」でできているのです。

(p.86-87)*1






  • 物質は10億分の2の僅差で反物質との生存競争に勝利



ビッグバンは凄まじいエネルギーでしたから、初期の宇宙には反物質がたくさんあったはずです。それがいまは存在しないのは、宇宙が冷えるにつれて反物質と物質が出会って消滅したからです。*2もちろん、物質も同じだけ消滅しました。

それなのに私たち物質がこうして宇宙に存在するのは、最初の段階で反物質よりいも物質のほうが少しだけ多かったからでしょう。その差を計算すると、なぜか10億分の2だけ物質のほうが多かったことになります
*3

(p.208-209)




ともかく、非常に知的好奇心を刺戟される新書だった。たいへんな良書だと思う。




宇宙は何でできているのか (幻冬舎新書)

宇宙は何でできているのか (幻冬舎新書)



参考

コスモス (1984年) (朝日文庫)

コスモス (1984年) (朝日文庫)



『コスモス』ってもう絶版になっていたんだ。



*1:この記述で思い出すのはカール・セーガンの『コスモス』。たしか、「星くず(人間)が星くず(宇宙)について考えていることの不思議さ」についての記述があったような気がする。


*2:反物質は、物質と出会うとお互いを消滅させてしまう。


*3:下線は引用者による。



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