とはいえ、わからないでもない

カテゴリ: ブログそのものについての話

編集
ずっとむかしからつきあいのある人にメールを書くことが難しくなったと感じている。
おととしあたり、これは男の人からの年賀状で、「年とって仕事が落ち着いたら連絡するよ」という文言があって、その人は四十ちょっとくらいの人なんだが、この人が「年とって」となるのを考えると、だいたい二十年くらいは音沙汰無しになるんだなあ、そうであればこちらも相手の都合を考えて連絡しないほうがいいんだろうなあ、なんて思っていたら、今年も年賀状が来て、「あれ?」と思った。こちらとしては、一種の絶縁状みたいに思っていたのに、肩透かしを食らった気分だった。 

また別の人で、これまた十数年の付き合いになる女性からメールが来たのだが、返信になにを書いていいのかさっぱりわからなくて困った。
書くことがない、というわけではない。近況や最近の天気、うちの動物のことなど書けることは書けるのだが、書いていて自分で面白い内容とは思っていない。で、そういう文章は書いていてたのしくない。苦痛に近い。
じゃあ自分のたのしいことを書けばいいようなものだが、それはきっと彼女が受け付けない。あるいは、たのしいと思えない。それよりももっと悪いことに、そこになにかの意味を探したりしようとしてしまう。そうなると、意味づけしようのないことを書くのが次善策ということになり、しぜん当たり障りのない事象に書くことが限られる。 

森雅之のマンガ『追伸 二人の手紙物語』を本棚から引っ張りだして読んでみた。
このマンガは、1988~1989年に連載されたもので、主人公の男女が手紙をやりとりする物語で、以前も書いたことがあったはずだが、やはり今回もじいんと感動してしまった。1ページ1ページをめくるごとに、マンガ内で描かれる「手紙」の文言と優しいイラストとを噛み締め味わっていたものだから、誰に見られているわけでもないのに、「こんな姿、人に見られたくないな」と思いながら読んでいた。
このなかの第三話に「胸の中の手紙」というタイトルが設けられているのだが、このタイトルにまずやられてしまう。つづいて、男性主人公のモノローグがあって、やっぱり「そうそう!」とうなづいてしまう。
小林さん
いつからか僕は――気がつくといつも
こうして君への手紙 考えています。

きれいなものを見た時、うれしい事に会った時、
それからなんでもない時も胸の中でいつも君に手紙 書いてます。

僕は、
僕の見ているもののすべてを君に見せてやりたい。
それは きっと
君もよろこんでくれると思うんだ。
こういう気持ちがかつては僕にもあったし、多くの人にもあったのではないかと思う。
恋愛という言葉で単純にくくるとかえって矮小化してしまう気がするけど、誰かのことを大切に思っているときって、そういう言葉をいつも心のなかでつぶやくというか書いているというか送っているというか贈っているところがある。もしかしたら、実際に書かれることのほうが少なくて、自分の「胸の中の手紙」のほうが分量が多いということもあったのかもしれない。
携帯電話が普及してうんぬんとか、ネットがデフォルトの現代じゃうんぬん、などと言いたいわけじゃない。そもそも、「序」のところには、携帯やメールの登場する以前で、長距離電話の電話料金が高かった、というのが手紙のやりとりの背景にあった、ということが書かれていて、つまりコスプレとかおしゃれとか「丁寧に生きる」とかのニュアンスではなくて、あくまで実用のツールとして手紙が用いられていた、ということがあらためてわかる。だからこそ、四半世紀経ったいまでも、ごく自然なものとして、鼻につかないものとして読むことができるのだろう。
また、今回あらためて気づいたのは、作者の「あとがき」での記述。この物語は、雑誌連載が上述したように'88~'89だったのだが、単行本化されたのはそこからさらに十五年後の2004年だった。そのことに触れて、
(前略)実はこの作品、今となっては、僕にはなかなか読み返すのがつらいものでした。
技術の未熟さはもちろんのこと、その当時の僕自身の青くささ、融通のきかぬ生まじめさと面と向きあうのには、かなりの勇気が必要でした。
にもかかわらず、こうして一冊として出してもらうことにした理由は、編集氏の強い勧めがあったことはもちろんですが、これまでに、そしてたまたまこの時期に、「もう一度あの漫画を読みたい」という人が何人かいたことです。
「描かれた作品」は、作者の手を離れて、常にどこかにあるのだ、ということを改めて思い知らされました。
いまから十二年前という時代に、作者あるいは編集者に「十五年前に雑誌連載されたあのマンガを読みたい」と伝えた読者たちのことを想像する。
誰かが死ねば、(日頃はすっかり忘れていたくせに)その作品などを取り上げてしたり顔でツイートしたりブログに書いたりしてみんなで一斉に消費しようとする時代とはまったく違う、と感じてしまう。

(亡くなったわけじゃないけど)森雅之はものすごくいいマンガを描いている。そのことを読者はきちんとわかっている。けれども、よくある話でものすごく売れている作家というわけではない(と思う)。一読者としてそれはちょっと残念なことなんだけど、また一方で、バカ売れしてどの書店に行っても平積みされている、という状況にはなってほしくない。極端な話、僕だけが知っている森雅之でいい。いや、僕が「この人はわかっているな」と思える人たちだけが知っている森雅之、かな。偉そうだけど。

ほんとうは、こういうことだったらずっと手紙を書いていられる。けれども、こういう内容をもらって喜ぶ人は、少なくとも僕の周りにはいない。いないもんだから、こうやってブログに書いている。そうすれば、読んでもらうということを期待しないですむ。 書き上げて公開して、あとは放り投げてしまうようなもんだ。
それでも、森雅之の話ほどではもちろんないが、「そういや、誰かが森なんとかっていう人のなんとかっていうマンガを褒めてたなあ」と誰かが思い出すことがあればいい。

編集
なんのことだか・誰のことだか(おそらく誰にも)わからないようにすごく曖昧に書くのだが、あるやつに対して「もうガマンならん」とブログに書いている人がいた。
たとえば怒っている人をAさんとして、怒りを向けられているのをZとする。
前に僕が書いていたブログに、このZというのが(おそらく)好意的に少しだけ絡んできたことがあったのだが、ブログではともかくツイッターを見ればろくなやつじゃないってことはすぐにわかったので無視していた。以前書いたことの繰り返しになるんだけど、リアルで会ってもよいと思えるような人間じゃなければまともに応じる意味がないと思っているので。
だから、Aさんの憤慨したであろう理由は、(すべて理解しているとは思えなかったけれど)おそらくまともだと思ったのだが、その記事に「そもそもおれもおかしいと思っていた」みたいなコメントがいくつか見られ、そういう機に乗じる連中もなんだか卑怯だなと思った。Aさんへの援護射撃の意味もあるのだろうけれど、Aさんを盾にして小石を投げるようなマネしないで、堂々とハナから批判しておけよ、と。

それとはちょっと別の話になるのだが、以前そっちの界隈のブログで、そのZと仲良くしている方(Bさんとする)がいて、ちょっと幻滅して距離を置いたことがあった。Bさんは繊細な感覚を持っていないようには思えなかったのでおそらくは、ネットでもリアルでも、接している部分・コミュニケーションしている部分はどうせ限定的であり、そこに問題がなければそれでよしとしようじゃないか、という一種の諦念を持っていたのだと思うが、僕にはその態度がどうにも納得できなかった。はっきり言ってしまうと、Zと同じようにBさんもリアルでは会いたくない人物のように感じられた。
誤解をあらかじめ回避しておくが、なにも僕は平生から「リアルで会いたい」と思っているわけではない。そんなことはまったく思っておらず、「リアルで絶対に会いたくない」ということにこそ重きを置いている。それが重要だ。
友だちの友だちと友だちになれるとは限らない、ということも以前書いたことがあるが、それとは別に、友人は選んだほうがいいだろう。友はときとして鏡となりうる。周りにどういう人物がいるかで、だいたいその人間の質というものはわかってしまうんだよなあ、残念ながら。ま、友だちのいない僕が言う(書く)ことじゃないけれども。

編集
はてなユーザーの多くの人たちは忘れてしまっているであろうサービス、「はてなスペース」を僕はまだ利用しているのだが、ここ数ヶ月はスパム攻撃がものすごく、どこもかしこもスパム投稿でタイムライン(?)が埋め尽くされてしまっている。
公式のスペースも、外国人アカウントによる外国語投稿が数十分に一回の割合であるものだから、ふつうの人があれを見たら、「はてな、もうはてなスペースは捨てるつもりだな」と感じるはずだ。だから余計にユーザーは減るし、はてな側はむしろその状態を歓迎しているのではないか、と邪推すらしてしまう。無駄なリソースを非効率なサービスに割かなくてよくなるのだからして。
実際にあるスペースでは、管理人が無期限でクローズを宣言した。その理由が「スパム投稿を削除するのがたいへんで、はてな側に問い合わせても、『早急に解決することは困難である』との返答があったため」だそうで、それもやむをえまい。

僕がときどき遊んでいるところ(音楽関連)でもスパム投稿がひどかったため、管理人の方がプライベートモードのスペースを新たにつくって、そこに個々人を招待するというやり方を採って、現在は落ち着いている。が、そのようにしても、いつはてながこのサービスを打ち切るのだろうかというおそれは残る。
終わったときは終ったときだよ、と考えることは可能だし、実際そうするほかないのだが、けれども好きな音楽を教え合ったりそれについてしゃべったりするというのをもう三年以上もやっていると、特定のユーザーについては、やはり親近感が湧いてくる。
プライベートがどうなっているのかははっきりとは知らないが、それでもちょこちょこと漏れ伝わってくる部分もあって、そういう個々の生活の上に彼/彼女の音楽の好みなどが加味されれば、よけいにその人たちの輪郭は濃くなっていく。だからこそ、その縁が切れてしまうことは悲しいのだ。

「輪郭」という言葉を用いたが、ふしぎなもので、ネット上で知り合った人で実際の顔を知っている人はいない。
僕が懇意にさせてもらっている人のアイコンはすべて人間ではなく、動物だったりマンガだったり人形だったり植物だったりする。
反対に、自分のキャプチャ画像をアイコンに使っている人がいたら、僕は敬遠しているだろうと思う(わからないけど)。自分の顔をネット上にさらせてしまう度胸がなんとなく怖いし、心配にもなる。心配したくないので、あまりお近づきになりたくない。あと、自分の子どもの頃の写真をアイコンに使っているやつとか最悪。

それはともかく、顔も知らない人たちといわば文章だけでつながっているのだと思うと、やはり不思議なものだ。僕のところではありえない話だが、東京や大阪などの大都市に住んでいるユーザー同士であれば、もしかしたら毎朝同じ電車に乗っている可能性だってあるのだ。あなたが、「なんだよこのおっさん、無理してこんなに混雑している電車のなかで新聞読むなよ」と今朝思った相手と、その夜に「○○さんのオススメの映画観ました。面白かったです!」なんてやりとりをしている可能性もじゅうぶんあるのだ。オフィス街でうつむいたまますれ違った、疲れた様子のリクルートスーツのあの女の子が、実は毎日きらきらした写真をアップしつづけている人気者だった、なんてことも。

ラジオ番組では、ときどき「むかしの雑誌の後ろのほうには、文通募集の欄があったなあ」なんて話が出てくる。出演者のなかにも、「わたしもそれで文通をしていたことがあって、いまだに連絡をとっていますよ」なんて言う人もいたし、そういうリスナーのメッセージが読まれたこともある。互いの結婚式に招待した、なんていう話もあった。
遠くにいる、自分のことを直接的には知らない人にいろいろなことを打ち明けたいという欲求は、おそらく今も昔も変わらないのだろう。それが親密になってくると、そういえばどういう人なんだろうと考えるようになり、(特に相手が異性であれば)会ってみたいと思うようになることも多かろうが……会わないほうがいいという場合のほうが多いという可能性がなきにしもあらずという気もするが気のせいかもしれないような予感の前兆が感じられるような気がする。もにゃもにゃ。人それぞれです。
まあなんにせよ、みながみなアイコンではない実際の顔を持っているわけだ。また、id:dorotekiだとかいうid名ではなく、きちんとした姓名を持っている。そして、それぞれの生活がある。
わかったようでいて、しかしなんにも知らないようでいるが、でもやっぱりちょっとだけ知っている相手。それがこの現在の文通相手。

そういえば、数年前に持っていたツイッターアカウントをフォローしてくれていた女の子がいたのだが、その女の子のアカウントをひさーしぶりにチェックしたら、(いつのまにかできていた)彼氏にプロポーズされた、ということがツイートされていた。
彼女はそれを、「嬉しい」とか「幸せです」という感想はまったくなく、ひたすら淡々とプロポーズの状況を描写ツイートしていて、当時からかなりのものであった彼女の承認欲求(ひさしぶりに遣ったこの表現)はさらに高じているということが強く感じられた。彼女の承認欲求にもとづくツイッター上での自我の強いツイートは、当時パフォーマンスの一種のようにとらえており、「この『病気』もいつかは落ち着くだろう」くらいに考えていたのだが、いまとなればそれは、ネットというツールや環境が与えた彼女の属性(という捉え方も、ネット時代のものであろう)のひとつにしっかりと落ち着いてしまい、まさに病膏肓に入るの感を強くしたのだった。
それにしたって彼女は現実生活を生きてきたわけだし、今後もつづけていくわけであって、ツイッター上ではおそらく夫の知らない「生活」の一部がときには漏れていき、ときには拡げられていくのだろう。そういう行き方(生き方ではなくて)を、現代の「文通」と見ることもあながち無理な話ではない、好むと好まざるとにかかわらず。
僕は、もっと穏当な形のものでいいけれど。

編集
小佐田定雄『枝雀らくごの舞台裏』にこういうことが書いてあった。
ストーリーには直接関係ない会話で、噺の世界をより克明にすることを枝雀さんは「生活する」と称して大切にしていた。
(25p)
これ、非常によく共感できる部分であり、枝雀落語の要の部分だとも思う。
『八五郎坊主』という噺について枝雀自身の言葉を引用する。
(前略)
ある時、私が神戸の松竹座の楽屋にいてましたら文蝶師が遊びに来はって、「小米はん、ひとつ噺教えてあげまひょ」言うて演りはじめはったんがこのネタでした。私は「あァ、あの噺かいな」てな調子で、失礼ながらええかげんに聞かせてもろてたんです。
と、お寺の描写のところで、「左右には鶏頭の花が真っ赤に咲いております。お寺の表にはあんまり人のおりませんもんで」という一節があったんです。「これや!」と思いましたね。この一節がお寺のリアリティを出したんです。

『桂枝雀のらくご案内』(ちくま文庫)208p
小米とは枝雀の前名。
ここで枝雀の言うリアリティとは、小佐田定雄の本で言うところの「生活」と一緒なのだろう。生活感という言葉で限定するのではなく、もっと広義に、人物や世界そのものが呼吸している様子がわかる部分とでも言おうか、そこに枝雀はよろこびやたのしみを見出し、そして聴衆もそこに耳を澄ます。

創作落語というものに対して以前ほど拒否反応を持たなくなった僕であるが、それでも多くの創作ものについてどうにも物足りない部分を感じるのは、おそらく上記の「生活」の部分が非常に少ないせいだと思う。
例に出してはかわいそうなのだが、桂三枝(現六代目文枝)の創作落語はどうも面白くないと思っていたところ、半年ほど前に他の落語家が三枝落語を演じているのを観たとき、くすぐりとくすぐりの連続のせいで、かえって薄っぺらいものになってしまっているのを痛感した。
「M-1」的な漫才に優れている点として、落語では「落語世界の呼吸を感じられること」が挙げられるのだが、創作ものではそれが失われている場合が非常に多い。ギャグの多さやスピード感だけの勝負では、漫才に太刀打ちすることはなかなか難しいだろう。

これは、ブログの文章でも同じことが言えるのではないか、と思った。
「○○ですべきたった10の大切なこと」というような記事を書くような人は、おそらく「すべきであろう10個の大切なこと」しか書かないのだろうと思う。そういうものは、実はその人でなくても書けることである場合が多く、そこにその人の呼吸というものが感じられることはほぼないだろう。
繰り返すが、「生活感」でなくてよいのだ。ただ、その人がどのように呼吸し、どのように生きているかわかる「よすが」のようなものが測れない文章――具体的に書かれていなくてもよいのだ――は、総じて人を退屈にさせる。退屈しない人は、退屈する文章しか読んだことがないのだろう。

また、正論だけを声高に主張している文章も同じだ。
そこで言われていることがいくら正しかろうと、(少なくとも僕は)どうにも心が動かされないし、その人のことを好きにはなれない。
誰も傷つけないよう細心の注意を払い中庸を志した文章とて、書いた当人が思っているほど魅力があるわけではない。 人は極論に惹かれるということではなく(たしかにその点は否めないが)、体験したわけでもない誰でも思いつくような文章は、実際に誰でも思いつくわけであって、当人が思っているほど特に目新しくはないのだ。

枝雀が大切にした「ストーリーには直接関係ない会話」をノイズと考える人もなかにはいるのかもしれない。
ブログでの「他人にとってはさして意味を持たない(ように見える)文章」をノイズと考える人も少なくはないだろう。
けれども、あらすじだけの落語、要点だけを箇条書きしたブログに、はたしてどれだけの面白さがあるか。
そういうものだけを「効率的」につまみ食いしていく人たちは、おそらく面白さには永遠に到達できまい。余剰部分にこそ価値はあるのだ、きっと。

編集
livedoorblog
これだけじゃよくわからないといえばわからないのだけれど、5月からライブドアブログがリニューアルするらしい。このなかで僕が歓迎したいのは、「PC版記事下広告の非表示」。スマホ版の広告は残るみたいだけれど、僕自身はスマホで見ないしねえ。
あと、僕のブログの現状として、いったいどういう「見え」になっているのかがそもそもわかっていないので、スマホ版がどうなろうとそれほど興味がない。
ただ、このプレスリリースで、かえってサービスの低下やサービスの撤退を危惧している人たちもいて、さもありなんとも。
たしかに、はてなブログは、なんだかんだ言って開発にまだ意欲的なのに対し、ライブドアブログではなかなか改善が行われていないという印象を持っている。

僕のいまの要望は、はてな記法モードっぽいのが使えるようにしてほしい。
どこかで文字をコピーしてきても、ライブドアブログの通常のモードで貼り付けると、オリジナルのフォントサイズ、色のままペーストされてしまうので、それを回避するためにいったんメモ帳に貼り付けたり、あるいは「HMTLタグ編集」のモードにして貼り付けたりしているけれど、それが非常に面倒。後者は見づらいしね。
なのでいまは、テキストエディタで下書きをして貼り付け、というのが基本になっている。

あと、ライブドアブログの運営って、いまはLINEなんだね。知らなかった。

編集
すてきな記事にトラックバック。

ラジオについて二、三のことをメモ。
僕の場合、数年前まで「ラジオ」はかなり抽象的な言葉だった。
人によってはラジオと聴けば、オールナイトニッポンであったり、パックインミュージックだったり、大沢悠里だったり、浜村淳だったり、小沢昭一だったり、伊集院光だったり、永六輔だったり、ジェットストリームだったり、赤坂泰彦だったりと、それぞれの記憶をたどり始めるのだろうが、僕にはほとんど思い出せるものがない。ごくたまに流れてくるものを耳にする程度のことはあったが、毎週この時間は、と決めてラジオの前にすわり耳をすますということは、これまでなかった。

実体験をともなっていない僕は、ガロ系のマンガ(?)に出てきた「鉱石ラジオ」という言葉のノスタルジックで幻想的な雰囲気に酔い、村上春樹『風の歌を聴け』に出てくるDJのセリフに心はげまされ、そして谷川俊太郎の『ラジオ』に詩的な匂いを感じ取っていた。
上掲動画について少しだけ書こう。

1998年、「詩のボクシング」 の第二回大会が行われ、これがたしかNHKで放送された。対戦は、ねじめ正一(前回チャンピオン)と谷川俊太郎。審査員には若き頃の町田康がおり、解説には若き頃の高橋源一郎がいる。なお、源ちゃんの隣の小林克也は、ピントはずれのことばっかり言っていて、「なんでこんなやつを起用したんだろ」とリアルタイムで不満を持っていたという記憶がある。
興味のある向きは、YouTubeの関連動画にすべてアップされているから1から7までを見てみればよいが、今回は最終戦の「即興詩」における、谷川チャレンジャーの『ラジオ』だけを挙げておく。
なお、ねじめ正一の即興詩「テレビ」は無残なものになってしまっていたが、そのかわり彼の『定休日ウンコ』はすばらしく、一見の価値あり。高橋源一郎の「この朗読は年季入っていますからねえ。もはや至芸です」の解説とともにたのしめる。
リアルタイムで観ていたときはそう感じてはいなかったのだが、いま観ると、全体的にねじめ正一はすごいなあと感じる。当時21歳だった僕は、ネームバリューに圧倒されたまま谷川俊太郎がすごいと思っていたが、いやいや、ねじめ正一のパフォーマンスとしてのポエトリー・リーディングはすばらしい。

しかし、 すべてはこの即興詩の『ラジオ』が朗読されるまでのこと。
当時、この番組を観ていた僕は、谷川俊太郎のアドリブに文字通り圧倒された。谷川が読み終えても、言葉が出なかった。解説の高橋源一郎もしばらく黙ってしまう。おそらく、会場にいた人たちもそうだったんじゃないだろうか。
そのあと知ったことなのだが、ポエトリー・リーディングにはいくつか技術的なコツがあり、即興詩にもいくつかのコツがあるらしい。何回かのちの大会で、作家の島田雅彦が即興で「聖書」を通貨にみなした詩を朗読したが、解説(源ちゃんだったっけ?)は、「技術的にうまい」という評を下していた。
どんなお題が来ても「通貨」の詩を前もって作っていれば、その「通貨」の部分を変数にして、そのXに、お題(これが「聖書」だったっけか?)を当てはめてしまえばうまくいく、という解説だったような……ここらへん、ちょっと記憶が曖昧。

谷川の『ラジオ』を、文字にしてあらためて読み直してみたら、いろいろと言い足りない点や甘い点がいくつも出てくるのかもしれない。けれども谷川は、即興でこの詩を生み出したのである。そしておそらく、上述したようなテクニックは用いずに、詩人としての経験に身を委ねて朗読したのだろう。
それを目の当たりにしてしまった僕には、「いま・新しい言葉が・生み出されていく瞬間」に立ち会っているという衝撃があった。総毛立った。総毛立つ、は本来恐怖に対する反応を意味するが、谷川俊太郎の詩人としての才能はおそろしかった。

当時の僕は、詩で戦う谷川とねじめを観て、こういうのこそ自分が本当にカッコイイと思う姿だ、と強く思った。
詩的で知的でありながら、上品さ下品さが綯い交ぜになって恥的でも痴的でもあった。当時の僕は、バカで騒がしくて下品であることを誇るような風潮を社会に感じていて、それが非常に疎ましかった。
そういうなかで、詩や知性というものに真正面から取り組んでいることが、僕の目には本当に恰好よく映った。そしてその感想は、いまでも全然変っていない。


だから僕は、ラジオについては少し特別な思い入れをしている。実際にチューナーを回したり、アンテナを伸ばしたりしたことは本当に少ないくせに。
僕がラジオを模してなにかを書いているとき、それはなにか具体的な番組を念頭に置いているわけではない。
奇しくも上の『詩のボクシング』にも出てくる町田康がかつて、「キャバクラという場所に一度も行ったことはないんだけれど、たぶんこういうものなんじゃないかと思って小説に書いている」と言っていたことがあった。取材の労を惜しむただの手抜きということではなく、現実のキャバクラより、僕の書く想像上のキャバクラのほうがきっと面白いでしょ、というニュアンスを言外に感じた。
たぶんそうなんだろうと思う。僕も、同じような理由から、想像上のラジオのマネをしているのだから。

編集
「そらとぶさんりんしゃ」がなくたっていいけれど、日曜日は……。

以前はてなブログで、「わざわざ『読者になる』ボタンを非表示にしているのに、なんで強制表示させるような仕様になったんだよ!」という内容の記事を書いたら、その記事を書いた直後に、あるユーザーに読者登録されことがある。
そのユーザーのプロフィールを調べると、「はてなスタッフ」ということが書かれていて、ものすごく気持ちの悪い思いをした。社員全員がそうだとはもちろん言わないけれど、けれども、プロフィールに会社名を載っけている人間の、その会社のサービスを利用しているユーザーに対する行動としては最低最悪で、そのとき僕は、ここのブログサービスからは早晩撤退しようと思った。

で、はてなブログからこちらにやってきてだいたいひと月が経った。
正直に言って書くストレスはけっこうある。はてな記法に慣れていたせいか、こちらではずいぶんと苦労している。ライブドアでも「はてな記法」が使えるようにしてほしいのだが、たぶん改善されるとは思えない。
きっと、ブログっていうのはもう流行遅れになっているんだと思う。SNSだかなんだか知らないんだけど、多くの人たちはもっとラクな表現手段を選択しようとするだろうから、リソースはきっとそちらに割かれていくことになるだろう。
それはそれでいいのだけれど、こちらのサービスがほったらかしにされるのはつらい。テンプレートなんかを見ていても、ほとんどのものがカビの生えたような古臭いものばかりのように感じられた。これじゃ新規ユーザーの獲得も難しいんじゃないのかな。

で、書くストレスもさることながら、最近ようやく商売のほうがまた忙しくなってきていて、おそらくは十月末くらいにならないと落ち着かない。どの程度をもって「落ち着く」とするのかわからないのだが、まず連休は取れないだろうし(これは現在でもほとんど取れていないけれど)、休みの日でもたいてい二、三時間は仕事にまつわることをやっている。
去年はそれでもブログ記事をわりと書いていたけれどそのぶん本が読めなかったから、今年は読むほうを優先させようと思っている。
僕の場合、商売上、年単位の動きがなんとなく決まってしまっているので、「今度いつ会える?」みたいなことを訊かれても、常套句のように「うーん、冬になってみないと」みたいな返答しかできない。まあ、携帯電話を持たないことを選択した十数年前から、人づきあいはほとんどの場合しないと決めているので、それで「あ、そう(じゃあ、もう連絡しないね)」みたいな反応をされてもちっとも堪えない。どうぞどうぞ、それでなくたって、会いたくなくても会わなくちゃいけない人間は(僕にとっては)大勢いるんだから。
夢は、社会から完全に孤立している引きこもりになることだが、それを達成するには相当の財産がないといけないらしく、「コミュ障」とかいって他人とコミュニケーションできないだとかなんだかという言動をネットで見聞きするたび、羨ましいご身分ですこと、と皮肉のひとつも言いたくなる(ただし、病気の人は除く)。

そういう経緯以前に、今年は隔月(奇数月)でネット断絶をする予定だったので、今月いっぱいはとりあえず休むことにする。

編集
このあいだ、あるブログに行き着いて、そこの書き手プロフィールに「文章がとにかく大好きで、とにかくなんでも読みます。また、書くのも大好きです」と書かれていて、ふうんと思った。
こういう文章、けっこうあちこちで見かけるような気がするけれど、なんかテンプレでもあるのかなあ、と。また、こういうふうに書く人の文章ほど面白いと思ったことはないんだよなあ、と。


プロのサッカー選手が、目をキラキラさせて「サッカーを観戦するのは大好きで、とにかくなんでも観に行きます。また、プレイするのも大好きです」なんてことは言わないように思う。もし言っていたら、たいしたプレイヤーじゃない気がする。

「畑を眺めるのが大好きで、とにかくどんな畑でも見ていられます。また、畑仕事をするのも大好きです」と言う農家がいるとも思えない。それは、プロとしての農家はそんなことは言わないということで、車で一時間ほどの場所で一坪レンタルをして擬似家庭菜園に精を出している人くらいなら、そう言うこともあるかもしれない。


プロであるか否かを言いたいのではなく、おそらく自分の知識とか経験などがどこらへんにあるのかもまだ見分けがついていないんだろうなあ、と感じてしまうのだ。ご丁寧にプロフィール欄に年齢が書かれている場合もあって、それを見るとなおさらその確信が強まる。

「なんでも読みます」という言葉には、そのジャンルの端から端までくらいならある程度の見通しが立っている、というニュアンスが言外に感じられるのだが、はたしてそんなことがあるのだろうか。もしそういう該博な知識の持ち主であれば、かえってそんなことは言わないような気がするんだよな。

だがまあ、ブログやSNSなんかのプロフィールというのはよくできたもので、そこで八割くらいの好悪の判断はつくように思う。そこで感覚の合いそうな人が見つけられるのではなく、感覚の合わなそうな人が見つけられるのだ。
 

編集
その後、試行錯誤を繰り返して、なんとかはてなスターをつけることに成功……したと思う。
削除方法は、昔ながら「しばらくのあいだマウスオーバー」にて 。なんだかスターコメントもできそうな気もする。
引用スターもできるのか。 

編集
もともとはてなダイアリーが好きで、それからはてなブログに移行したという経緯だったが、そのはてなブログも、最初の頃は、ダイアリーユーザーなら当然のごとく文句の出るようなものでしかなかったし、実装されている機能なんてしょぼいにも程があったが、それでもはてなブログなりのよさみたいなものも、あの頃は、まだあったんじゃないか、とあくまでも僕の観測範囲内での話ではあるが、思っている。

それこそ、新着記事のところからばしばしと飛んでいって スターをつけまくったり読者登録しまくったりしていた人もいたけれど、けれどもある側面から見れば、ああいう人たちによって書き手が活気づき、お互いのものを読みたいから書き、また、書きたいから読む、というような「善のサイクル」が生まれたのだとも思う。
なにもこれははてなブログに限ったことではなく、ブログ村なんかのバナーの上に「はげみになるのでポチしてください↓」などと書かれたものを、僕なんかは「はあ」と思ってしまうほうだけれど、実際に励ましたり励まされたりしている部分はおおいにあって、そういう人たちが、「なにかを書く」という文化の底上げ(つまりこれはネットの世界の活況につながっている)を担っているという事実は揺るがしがたい。

上で「善のサイクル」と書いたのは、ほとんど自身を益することのない動機に基づいているからで、優しい気持ちから成り立った縁があったからこそ、少なくとも僕なんかは書きつづけられたのだと思う。
それがいまとなっては、「はい、あなたのところにもスターをつけるのでわたしのところにもきてくださいね」というような押しつけがましい挨拶をそこここのコメント欄で見るようになってしまい、「機能じたいは不便だが、気持ちのいいユーザーが多いブログ」から、「機能は充実してきたが、気持ちの悪いユーザーが多いブログ」に変貌を遂げている気がする。

ここらへんの気持ち悪さを、「週刊はてなブログ」という公式のサイトが体現している。
いま確認してみたら、最新のランキング(←この感覚のダサさ!)が以下のようになっていた。
 
週刊はてなブログ

別にどうでもいいっちゃどうでもいいんだけど、こんなの、はてブランキング(のくだらなさ)となにが違うっていうの?
はてなは、こういうクソみたいなタイトルをつけるクソみたいなブログを求めているとしか思えない。そりゃそうでしょう。はてブと連携したツイッターなんかのSNS経由でPVが増えりゃ広告収入があがるんだから(たぶん)、コンテンツの質なんて二の次、三の次だろう。
ダイアリーは広告が出なかったはずだが、はてなブログは広告表示がデフォルトの時点で、(映画『ソーシャルネットワーク』じゃないけれど)もはやクールじゃないしね。

ま、上記はダイアリーのクールさが好きだった僕の僻みみたいなもので、時代はそんなクールさなんて必要としていないのだろうとも思う。
だいいち、ブログっていう文化も、もはや多くの人(特に若い人たち)にとってはもうダサいものになっているのかもしれない。「長文書くなんて。読むのもめんどいよ」などなど。まあ、それもそれでいいよ。僕も若い人たちの文化をクソダサいと思っているしね。
 
……っていうことを、いままでははてなブログ内から書いていたんだけど、いまはもう晴れて別の場所から。
ライブドアブログがいい、なんて爪の先ほども思っていないけれど、それでもはてなブログはもういい。

このページのトップヘ