とはいえ、わからないでもない

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とあるところで佐藤さとるの『だれも知らない小さな国』が紹介されていたので、読んだ。面白いので一日で読めた。ただ、この「面白い」には、少しだけ複雑な意味を込めたい。

これは、ある男の子が小山でコロボックルたちと出会い、長い長い時間をかけて仲良くなっていく物語。
一般的な意味での「大きな事件」がそれほどあるわけではない。誰かが殺されたり、その復讐を果たしたり、あるいは魔法によって空を飛んだりすることもない。あるのは、小さな世界のなかでの大事件。小さな小さな人たちの住む小さな小さな世界を守ろう、というのがこの物語の主題。

子ども向けの本としてはそれなりにページ数があるのだが、「大きな事件」がないというのに、いったいなにに紙数が費やされているかというと、それは、コロボックルたちのリアリティを成り立たしめるための描写。
たとえば、コロボックルたちの由来や歴史なんかが(あくまでも主人公の推測という形でだが)わりとしっかりと書かれる。僕なんかからすれば、そこはもう、ただ「小人がいる」だけでいいんじゃないの、などと思ってしまうのだが(かといって、読んでいてだるいということはまったくない)、作者はそうしない。
と、この記事を書こうとして、講談社文庫をなんとなく眺めていたら、カバー裏に「日本初・本格的ファンタジーの傑作」とあって、その「本格的ファンタジー」という文字に、「なるほど!」と腑に落ちるものがあった。
僕のように「そういうものだ」となにも考えずに受け容れてしまうような読者ばかりでは、きっとないのだろう。子ども向け・子どもでも読めるような物語であっても、決して子ども騙しにはしないというのが作者の心にあったのかもしれない。 
このように、「事実」の丁寧な積み上げ方が、コロボックルの存在を絵空事にしていない。輪郭が徐々に浮かび上がってくるのである。
また、コロボックルの<ぼく>との距離の縮め方が、「なにもここまでしなくても」っていうくらいに慎重に時間をかける。ただしこれは、コロボックルの側から見れば当然のことで、この時間のかけ方が、コロボックルと対面した際の感動に繋がっている。
そして、<ぼく>はもうひとりの人間とも時間をかけて知り合うことになっていくのだが、そこはまあ伏せておく。ただ、文庫解説の梨木香歩は過去に何回か読んで、解説を書くために読み直して「純度の高いラヴストーリー」だと感じた、と書いているが、僕は初見でそのように感じられた。たぶん、年齢のせいだろうと思う。

「リアリティ」と上に書いたが、ファンタジーものらしく設定にいくらか曖昧になっている部分がある。その最たるものが、時代だ。
はじめ僕は小学三年生で、鳥もち用のモチノキを探しているうちに、のちに「小人たちの国」があることを知ることになる鬼門山に行き着く。それから数年が経って、その山のある場所から引っ越すことになるのだが、そこで唐突に「戦争」の言葉が出てくる。
いつか日本は、戦争のうずにまきこまれていた。
(53p)
つまりこの物語は、戦前から始まっていたのである。
しかし、戦争についてはほとんど触れずにすぐに「戦後」になり、物語は<ぼく>が「小さな町」に戻ってくるところから再開する。
作者は1928年(昭和三年)生まれ。この本は1959年(昭和三十四年)に自費出版されたというので、作者三十一歳のとき。戦争の記憶はあまりにも生々しく、それに触れたくないという思いは強かっただろうと思う。
であるから、「この物語がいつのことか」というのはごくごく最低限の記述で済ませ、戦後の、<ぼく>や作者自身が解放されていった時代に移っていったのだろう。

ともかくも、この物語を読み終えた読者は、この物語を大切に思うに違いない。ちょうど、<ぼく>がコロボックルたちのことを大切に思ったように。
そしてその思いは、作者自身にもあった。出版(あるいは改版)された時代に応じて四つもある「あとがき」のいちばんはじめ、自費出版から晴れて単行本で出版された折りに書かれたものに、こうある。
(前略)ほんとうのことをいうと、わたしがこの物語で書きたかったのは、コロボックルの紹介だけではないのです。人が、それぞれの心の中に持っている、小さな世界のことなのです。人は、だれでも心の中に、その人だけの世界を持っています。その世界は、他人が外からのぞいたくらいでは、もちろんわかりません。それは、その人だけのものだからです。そういう自分だけの世界を、正しく、明るく、しんぼうづよく育てていくことのとうとさを、わたしは書いてみたかったのです。
自分だけの小さな世界は、たいせつにしなければならないと思います。同時に、他人にもそういう世界があるのだということを、よく知って、できるだけ、大切にしてやらなければならないでしょう。
とにかくわたしは、この物語で、コロボックル小国をえがきだしてみせました。それは、わたしの心の中の小さな世界でもあります。
(279p)
この文章は、講談社によって再文庫化された2010年(平成二十二年)の「あとがき その4」で、八十歳の作者(ちなみにいまでもご健在らしい!)に「ややぎこちない文章ながら、思うことを伝えようと、懸命になっている」とやや冷静に評されている。
「その2」から「その4」までは、「その1」ほどに物語のモチーフは語られていない。三十一歳の作者は、その若さゆえに「ここまでぜひ読みとってほしい!」という思いまでも文章化してしまったのだろう。老齢と呼んでもいい年齢になった作者は、そのことを多少羞ずかしく感じながらも、心の中では「こういうのも悪くない」とも思っているのではないか。

作者のこれほどまでの思いが詰まったものを読んで、読者がなにも感じないわけがない。
それと同時に、<ぼく>がコロボックルたちの世界を尊重するような対象を、はたして僕/私は持っているのだろうかと自問することになる。そして、もしも持っているのなら、それは「共有」したり「公開」するものではなく、自分の心の中に大切に秘めておくべきものだということを再認識することになるだろう。


しかし、ほとんど描かれなかった「戦中」だが、ある記述だけがひっかかった。物語はあくまでも<ぼく>のものだが、ここに書かれているのは作者自身の思いだと僕は考える。
毎日が苦しいことばかりだったが、また底ぬけに楽しかったような気もする。家が焼けたことを、まるで得意になって話しあったり、小型の飛行機に追いまわされて、バリバリうたれたりするのが、おもしろくてたまらなかったりした。これは命がけのおにごっこだったが、なかにはおににつかまってしまう、運のわるい友だちも何人かあった。いまになってみれば、ぞっとする話だ。
(53p)
もちろん力点は「ぞっとする」というところにあるし、またこの直後にも、
大きな不幸がつづいたが、ぼくの家は、郊外にあったため、最後まで焼けなかった。だからそんな思い出のかけら(※小人たちの住む山についての思い出)まで、なくさないですんだのだ。
(54p)
と、ある種のんきとも受け取られかねない「楽しかったような気もする」という感想についての理由づけが書かれている。しかし大事なのは、戦争のさなかにも楽しく感じていた部分はあった、というおそらく作者固有の記憶だろう。
この一文を取り上げて僕は、作者が戦争を肯定しようとしていると批判したいのではない。作者にもそのような気持ちは一片もないだろうと思われる。しかし、子ども心に――子どもだからこそ――まったく楽しくないわけではなかった、と書けるこの作者の正直さを、僕は非常に信頼できると感じた。
あの戦争は悲惨だった、われわれはいつもみじめで悲しい思いをしていた、と書くのはごくあたりまえで、どこからも文句は言われまい(そして本当にそう感じていた人たちも相当数いたはずだ)。しかし、批判される蓋然性の高い記憶を持っていて、その自分の記憶をきちんと正確に書けるというのは、正しい/正しくないことをきちんと書き分けられる人間なのだろう。

冒頭で、この物語を「面白い」と書いた。面白いとはいかにも陳腐な表現だ。けれどももっと実感に寄り添えば、「いいなあ」だったりする。ああ、いいなあ。こんなふうに感じていたり思っていたりしたことが僕にもあったんだよなあ。いや、もしかしたら僕にはなかったのかもしれないけれど、こんな優しい気持ちを持っていたことがかつてあったような気もする、と思えることが、いいんだよなあ。
この本を読んでストーリーを追いかけるということは、その一方で、子どもの頃の自分を追いかけるということなのだ。そういう面白さが、この物語にはある。


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皆川博子はすごい、ということは前から聞いていた。どこかの新聞の書評であの佐藤亜紀が手放しで絶讃していたのだ(といっても佐藤亜紀の作品は実はひとつしか読んでいないが、その一作品だけでも、内容の良し悪しはともかく、嫌味なくらいに頭のいい作家という印象がもたらされた)。そこでいつか読まねばなるまいとは思っていたが、代表作が歴史ものであったり、舞台がヨーロッパなどであったりするようで、なかなか手をつけられずにいた。
それが先日、大阪難波のリニューアルした丸善を訪れた際に、ポプラ文庫の新刊で彼女の名前を見つけたので、これもなにかの縁だと思い、手にとってみた。それがこの『少年十字軍』だ。

十字軍という単語は、世界史をほとんど勉強しなかった僕にとっては少し苦手なキーワードであり、なんとなくイメージがつかみにくい。ましてや、少年十字軍とはなにか。
阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男』(ちくま文庫)にその名前が出てきたはずだと思って調べてみると、たしかに以下の記述を見つけた。1212年5月、羊飼いの少年が三万人を率いて巡礼におもむいたのだが、マルセイユから行方不明。一説によればアフリカの沿岸で奴隷として売られたという(149p)。
また、カート・ヴォネガットの代表作のひとつ『スローターハウス5』(ハヤカワ文庫)にも「子供十字軍」の記述が見られる。そもそも、この『スローターハウス5』のはじまりはとても魅惑的だ。作者のヴォネガットが、自身が兵士として体験した第二次世界大戦中のドレスデン爆撃についての小説を書こうとしているところからはじまるのだ。
彼が戦友のバーナード・V・オヘアの家でその小説の構想について話しているとき、オヘアの妻であるメアリが戦争の小説を書こうとするヴォネガットに対して腹を立てていることに気づく。
メアリの怒りをかきたてているのは戦争だったのだ。彼女は自分の子供はいうまでもなく、ほかのだれの子供たちも戦争で死なせたくはなかった。そして戦争を助長する責任の一端は、本や映画にある、と考えたのだ。
(25p)
そうしてヴォネガットは彼女に、その小説のタイトルを「少年十字軍」とすることを約束する。実際にこの小説の正式なタイトルは、『スローターハウス5 または子供十字軍 死との義務的ダンス』という。
それからオヘアと一緒に子供十字軍について書かれた本を読み始める。ここに書かれてあるのは、阿部の『ハーメルン~』よりやや詳しい。やはり1212年のこと、ふたりの修道士が、フランスとドイツの子どもたちを集め、それを奴隷として北アフリカに売り払うことを画策する。
子供たちの大部分は、マルセーユから船で送りだされ、その半数は船の難破にあって溺死した。残りの半数は北アフリカに着き、そこで売られた。
ふとした連絡のいきちがいから、ジェノヴァに参集した子供たちがいた。そこには奴隷船は待っていなかった。ジェノヴァの善良な市民は食物と寝る場所を提供し、彼らから事情をきいた――そして少額の旅費と多くの忠告を与え、故国へ送りかえした。
「ジェノヴァの善良な人びと、万歳!」と、メアリ・オヘアがいった。
(27p)
これで、僕の「少年十字軍」についての手持ちのカードはもうおしまいだ。あとはなんにも残っていない。つまり、ほとんどなにも知らなかった!

皆川博子の『少年十字軍』は、エティエンヌというやはり羊飼いの少年が主人公のひとりである。このエティエンヌもどうやら実在の人物だったらしいが、上に書いた三万人を率いた人物とはまた別人のようだ。
エティエンヌを「主人公のひとり」と書いたが、この物語は紙数のわりには登場人物が多い。主要なところだけでも、ルー、アンヌ、ジャコブ、フルク、ドミニク、ガブリエル、カドック、レイモン、ベルトラン……。それぞれの立場もさまざまで、羊飼い、孤児、農奴、助修士、修道士、従僕、伯爵の息子、騎士となっている。
彼らは、ある日、大天使ガブリエルに啓示を受けたエティエンヌと一緒に、「乳と蜜が流れる」というエルサレムを目指し、聖地を異教徒から奪還しようとする。

……ここまで書いてきて、次になにを書けばいいのか迷っている。この小説は読者の対象年齢が中学生以上になっていて、事実、中学生でも読めるようになっている。特別むずかしい言葉が出てくるわけでもないし、表面上、難解な思想があるわけでもない。しかしこれは、大人こそが読むべき物語だろう。けっして単純ではないのだ。
たとえばここには、聖なる存在への疑いがつねに描かれている。ある登場人物たちは「神はいない」ということを知っている。奇妙な表現かもしれないが、そう「考えている」のではなく、知っているのだ。神がいないのだから、奇蹟も起きないということを知っている。そして彼らは、エティエンヌがみなの思っているような人智を超えた能力を持ってはいないということを知っている。しかし。

現代では、信仰を持っている人でなければ「神はいない」というのはほぼ前提条件になっているので、僕らも奇蹟は起きないということを知っている。神はいない。奇蹟もない。そんなのはあたりまえのことだ。そう断言したのちに、「それでも……」と思う心が僕などにはある。神も奇蹟もないかもしれないが、奇蹟を期待する心まではなくならない。それもまた信仰の一形態なのかもしれない。
世界のすべてを即物的にとらえたのちにやってくる虚しさ、あるいは反撥心が、なにかを期待させる。ほんとうは、そんなことはないのではないか、と。
だから読者は、物語の最後の最後まで、エティエンヌの一行を注視していくことになる。そして、聖なるものの対極にあるものを見極め、その非情さに息を呑む。残酷な世界にあって、無垢なものたちはただ弱く、ただ滅ぼされていくだけの存在なのだろうか。

最後の最後、エティエンヌがアンヌにささやくセリフを読んでいたとき、僕はまさしく雷に打たれたような衝撃を受けた。身体が震えた。人間は、もしかしたらものすごい存在なのかもしれない。みじめで救いようのない状況においても、いや、それだからこそなのかもしれないが、ほんとうに聖なる存在になりうるのかもしれない。
僕の身体が動いたということは、生理的な部分が揺り動かされたということだ。頭で考えてうんぬん、ではなく、もっと直に打ちのめされてしまった。余談ながら、このような体験ができるからこそ、僕は小説を読んでいる。
いづれにせよ、ここには聖なるものと穢れたものがある。信仰と科学とがある。栄光と虚栄があり、慈愛と残酷さ、尊敬と侮蔑、そして神と悪魔がある。それらのすべてに関わるのが人間である。ここには、人間が書かれてあるのだ。それも、「むかしむかしの物語」ではなく、現代に生きる人間にも通用する物語。
それぞれの主人公たちが、いったいなにを探していたのか。それらのすべてを読み終えたばかりの僕が正確にとらえているとは言いがたい。だからおそらく僕は、これから幾度もこの小説を読み返すと思う。再読、再々読に耐えうる小説であるし、その価値はじゅうぶんにある。

ただひとつ、この小説には難点がある。それが、この表紙だ。
少年十字軍
 
本にカバーをかけないと決めている僕は、電車で角川文庫のあの『ドグラ・マグラ』上下巻を読むことすら厭わなかったが、しかしこれはなかなかキツイ。というより、カバーイラストがこの本の価値をものすごく貶めているように感じられる。このようなごく一部の嗜好に対してしか訴えないイラストをなぜ選んだのか。
もちろん中高生が手に取りやすいだろうという出版社の意図が背景にあるのだろうけれど、しかしそれは反対に、読者を若い人たちに限定してしまうことにはならないだろうか。すでに上に書いたことだが、この本は大人にこそ読まれるべきものだと思う。もっと普遍的で、いつの時代の人間でも手に取れるような装画が望ましかった。改版される際にはぜひ大幅な変更を求めたい。

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安全保障関連法案について、ちょうど憲法が話題になっていた(※ただし、例の憲法学者による「違憲」の表明以前)ので、手っ取り早く基本的な学習ができる本を(≒専門書ではない範囲で憲法が学習できる本を)ということで南野森という憲法学者が、AKB48の内山という女の子に憲法を講義するという体裁の本を読んでみた。南野森・内山奈月『憲法主義』。

「憲法学者×アイドル」というこの構図を見れば、ほとんどの人が、「アイドルのような勉強のあまり得意ではない女の子(偏見)でも理解できるような憲法についての入門書」という認識をし、なるほどそれなら僕/わたしも読めるかも、ということで手にすると思う。
僕の場合は、高橋源一郎が薦めていたから購入したのだが、まあ上述したような先入観にほぼ基づいていたことは否めない。 

ところがだ。
この内山さん、得意技が日本国憲法の条文をすべて暗記しているような女の子なのだ。そして、受講当時は19歳で慶應大学への入学が決まっていたような女の子でもある。いわば、かなりの優等生。
であるため、こちらが安易に期待してしまう、「うーん先生、そこのところがよくわかりません」という態度は、この本ではいっさい出てこない。どころか、先生の質問に対して、「それは憲法○○条ですね」みたいな解答を即座にするのである。はじめはAKBサイドの仕込みかと疑ってしまったが、あまりにも「できすぎ」のためにかえって仕込みはないと判定してしまうほど、彼女は非常に優秀だった。
うん、そりゃ優等生でいいと思うよ。
でもさ、それだったら別に、ふつうの大人でもよくない? 憲法をすべて暗記していなくても、安倍と同世代とか、または、戦争体験者である七十代以上などが受講者でもよかったのではないか。

かつて、免疫学者の多田富雄が、漫画家・イラストレーターの南伸坊を相手に免疫学を講義するというのがあり(『免疫学個人授業』)、これは面白かった。
南は免疫についてまったくの素人なのだが、彼の率直な感想、つまり素人なりの理解こそが、読者に免疫についての興味をもたらしていた。

それにひきかえ、(彼女自身に責任はないのだけれど)『憲法主義』の内山さんは、ソツがないぶん、まったく面白くない。これまた知識と体験の話になってしまうが、彼女にあるのは知識でしかなく、悲しいほどに体験がない。このことがもっともよくあらわれているのが、各章の終りにある彼女自身がつくったレポート。
たしかに、大学生のレポートとしては100点をもらえるようなものなのだが、けれどもそれは各章の本文で先生が言ったことのまとめでしかなく、そんなまとめにわざわざ紙数を割くほどの価値はない。そこには、学習能力が高く簡単に理解できてしまうからこその単純さ・つまらなさが露呈してしまっていて、僕は空虚さすら感じてしまった。
彼女らしさを感じられたのは、第2章のレポート中、「『アイドルの恋愛禁止』は憲法違反でも法律違反でもないと思う」につづく11行のみ。ここだけは、まさにアイドルの視点から語っているだけあって、(僕の興味の有無は別として)値打ちがある。

余談だが、クイズ番組や教養バラエティ番組などで頑張る「インテリ芸能人」とか「インテリ芸人」なんかを観ていると(といっても観たことがないのだが)、「この人たち、いったいなにがしたいの?」って思っちゃう(あと、『筋肉番付』的な番組で、真剣な表情でスポーツに挑む芸人・タレントたちも)。もちろん「営業用の顔」だとはわかっているのだが、少なくともあまり笑えないし、視聴者が本当にそれを望んでいるのかなあ?

なお、本書は憲法の入門書として興味深く読むことができたし、ここ数日でのニュース(下記リンク等)を併せて読むことによってより理解を深めることができたように思う。
日本は法治国家である、というときの「法」の根幹が憲法であり、これを恣意的に変更することはできない、というのはほとんどの憲法学者にとっては当たり前のことのようなのだが、この部分を、知性のかけらも持たない政治家連中が簡単に崩そうとしている。そして残念ながら、知性のかけらも持たない大勢の連中が彼らを支持している。

このような話を言ったり書いたりするときに、「すべての日本国民がそれぞれ、憲法について自分の頭できちんと考えたほうがよいだろう」みたいな結論で終らせる場合があるが、あれはもうやめておいたほうがよい。
そういうどっちつかずの、最終的に責任を読み手に任せてしまうようなやり方は、押しつけがましさを控えることによってクールさを表現できるのかもしれないが、そのぶん言葉の持つ力は損なわれている。そんなお上品なやり方をご披露しているあいだにも、この国を急ピッチで変えていこうとしている連中は、厚顔無恥に堂々と下劣なことをやってのけてしまうだろう。
ああいう愚昧な連中の権力を縛るものが憲法であるのだが、その憲法そのもののあり方を変えるべく96条(改正手続きの規定)の改正(悪)を図ったり、あるいは手っ取り早く解釈改憲をおこなおうとする現政権は、それだけでも立憲主義に対する無理解をさらけだしている。いや、「無理解」などという性善説を採るほうが間違っているだろう。彼らは意図的に知らないふりをして王城の城壁を破壊しようとしている。日本人の知性に対して、愚劣ではあるが狡猾な戦いを挑んできているのだ。

ちなみに、本書のタイトルである「憲法主義」はconstitutionalismの訳語で、 通常なら「立憲主義」と訳されるところを、憲法によって支配する、という意味がわかりやすくなるために、あえて「憲法主義」としたのだろうと思う。

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ちょっと前に谷川俊太郎のことを書いて、その流れで宮沢賢治のことを思い出した。
それで、YouTube上で『雨ニモ負ケズ』の東北弁あるいは盛岡弁バージョンなどを聴き、やっぱりいいなあと思っていたのだが、そもそも賢治って何者なんだろう、とかの有名な大詩人のことをちっとも知らないことに気づき、評伝らしきものを手に入れて読んでみた。それがこの『宮沢賢治の青春』 。
賢治には保阪嘉内という親友がいて、その親友との交友・訣別が賢治作品に多大なる影響を与えたということを、賢治の書いた手紙からかなり綿密に説明されていて、おそらくその解釈は間違っていないのだと感じた。

端的に言ってしまうと、盛岡農林高等学校時代に出会った嘉内に対して賢治は、尊敬と同時に恋愛感情を持っていたようだ。
著者はここらへんのことを記述する際に非常に注意深くなっている。
賢治が嘉内に対して抱いた「恋」を通俗的なホモセクシュアルと解されてしまうのは正しくない。それはこれまでも論じてきたつもりであるが、恋の相手を異性に限定しない自由さや、魂が求め、引きつけあうものが「恋」なのであって、賢治の「恋」は嘉内という人間に向けられた、魂の乾きだったことを強調しておかねばならないだろう。
(角川文庫 152p) 
読みながら、僕も作者と同様の感想を持った。
そして、そういえば『銀河鉄道の夜』のジョバンニのカムパネルラに対する気持ちというのも、未熟な同性愛的感情に近かったということを思い出した。同性愛というか、対象が未分化とでも言えばよいのだろうか。ここらへん、異性とまったく縁遠かった時代が長かったので非常によくわかるところ。

この嘉内と思想的訣別をしてしまうことによって賢治は心に大きな穴を抱えることになり、その傷心が、すばらしいが難解と見なされる『春と修羅』や、謎の多い『銀河鉄道の夜』のあちこちにあらわれている、というのが逐一示されていくのだが、こういう部分が本書の賛否の分かれ道になると思った。

ひとつは、著者が「はじめに」で書いているように、「発表されることなど夢にも思わず書き送られた」手紙にこそ真の人間像が隠されており、それによって賢治作品の真の解釈ができるようになる、という好意的な考え方。
なるほど、賢治作品に出てくる「気圏」だとか「電信柱」だとか「修羅」などの有名キーワードはすべて嘉内に関連し、他の人が読んでわからずとも、嘉内なら理解できるものであったということがきちんと説明されている。『銀河鉄道の夜』も、ジョバンニ=賢治、カムパネルラ=嘉内ととらえてしまえば謎はほとんどなくなり、この作品からかなり明快な賢治の心中が察せられる。

しかしもうひとつ、そういう「解釈」は作品を矮小化させるのではないか、という反対意見があろう。僕も読んでいて、「そりゃそうなのかもしれないけど……」と思う部分が少なくなかった。
これは賢治に限らず、多くの文藝作品でもあることのようだが(たとえば永田和宏『近代短歌』でもそのことについて言及されていたように記憶している)、 作品と作者は完全に独立したものではないが、けれども、完全に一致しているものでもないと僕は考えている。いろいろな解釈ができ、そこに唯一の正解はないというのが藝術作品なのではないだろうか。

読んで損をしたとまでは思わなかったが、ここに書かれた「解釈」によって賢治作品が小さく見られてしまうことがもしもあったら、それこそ非常につまらない話だと思う。

なお、本書のなかでは、賢治が花巻に帰ることを著者が「帰花」と表現している箇所があった(231p)。 

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ときどきネットで、廃墟やうらびれた町並などを撮影して「味があっていいねえ」などというのを見る。その人に邪気はもちろんないのだろうけれど、ふむ、と一呼吸を置いてしまう。
つまり、「うちの近所に似たような場所をよいと思ってくれるのね。まあ、ありがとう」という善意と、「おいおい、そこには誰か住んでいたか、あるいはいまだに住んでいる人間がいるんだぜ? それを好奇の目で撮影し、しかもそれを公開して『自分はこんなセンスを持っているんですよ』アピールかい?」という悪意とが、比率は脇に置いておくとして、生じるのである。

別のブログでとある廃屋の写真をアップしたことがある。が、そこの廃屋は、向かいの家の人の親戚の家、といういわば素性を知っている。その人は大阪だかに行ってしまって、だからいまは誰も住んでいない(床から竹が突き破って出てきてしまっているくらいだからもう住めるレベルではないのだけれど)、ということを知っているからこそ近づき、あまつさえ写真撮影できたのだ(<可能>の「できる」であって、<許可>ではない)。
どこの誰が住んでいたかまったくわからない廃屋なんて、近づくことさえできない。失礼、というものをもっと超えた、ある種の「畏れ」みたいなものを感じてしまうのである。スピチュアルな意味ではなく、もっと素朴な感情として。


坪内祐三『まぼろしの大阪』で、坪内と森村泰昌との対談があり、僕にとってはなかなか興味深いことが書いてあった。
1951年大阪市生まれの森村が、1958年東京生まれの坪内に説明する。「大阪の食=たこやき」みたいなものはステレオタイプである、と(173p)。
もともとは他人に自慢するようなものでもなく、「たこやきぐらいしかない」というどちらかというとあまり言いたくないようなものが、東京で「大阪の味」ととらえられたことによって、そのイメージを大阪人自身が「真似した」(191p)、というこの森村の意見は、僕のずっと持っていた大阪に対する疑問(後述)を解決してくれた。なお森村は、同様の例として「吉本新喜劇」を挙げていた。'89~'90に「『吉本新喜劇やめよッカナ?』キャンペーン」を東京でやった際に意外とウケてしまったので、東京で「大阪っぽいもの」として受け容れられた、いわばステレオタイプ化した「大阪」を逆輸入してしまった(193p)、と彼は説明する。
この中の「東京経由の大阪。テレビ映りのいい大阪」という言葉が、僕にとって小気味よく響いた。

上に書いた僕の疑問というのは、桂米朝の追悼記事にもちらと書いたが、現在「大阪らしさ」としてとらえられている姿は、もともとあったものではなく比較的新しいのではないか、というもの。
関西の人が言えばまったく気にならない「めっちゃ」を、東京の人間(特に僕と同世代以上)が言えばものすごく気持ち悪いのと同様、上方落語に見られる大阪と、テレビ等で大袈裟に喧伝される粗雑な大阪との乖離が気持ち悪い。なにかが間違っているという感覚が払拭できないのである。
いまの大阪では、大阪名物を単純に「USJ!」とか言ってしまうのだろうけれど、それは都会人の発想ではなく、イナカモンのそれである。
断っておくが、一地方としてのアイデンティティを密やかに自覚することは――逆説的だが――都会的感覚だと思っている。
周りに吹聴すればするほど、アイデンティティというものは空虚になっていく。そしてそれは、間違ってもゆるキャラなどが体現してくれるものではない。

本書では、この対談以外にも、かつての大阪を感じる手がかりがちょこちょこと得られたのだが、しかしあくまでもエッセイ集のせいかその質はばらばらであって、隔靴掻痒の感が強かった。

上記対談中で、坪内・森村の双方ともが、古い大阪の「路地」や「長屋」がなくなっていくことを憂えているのだが、その態度には少し差があるように感じられた。
森村は、出身地やそこに住んでいた人たち(そしていまはいなくなってしまった人たち)に自身の原点を見出し、それら・その人たちが忘れられないようにする、というのを創作活動のモチベーションとしているのに対し、 坪内は、外部の人間としてのもっと素朴な「ああいうの、いいですよね」という気持ちのように感じられた(もっとも、坪内の文章を読んだのははじめてなので大きな誤解があるのかもしれない) 。
そこでやっと、冒頭の話に戻る。


くたびれた町並みがなくなっていくのを憂うというのは、現にそこに住んでいる人間にしてみれば余計なお世話であることが多い。
なんでもかんでも自然を善として人工物を悪としたり、 あるいは、なんでもかんでも古いものを善として新しいものを悪とする人ほど、都会の非常に人工的な構造物の中で生活していたりするものだ。
数年前、報道ステーションで古舘が抽象的な言い方として、「誰も通らない道路を作ったりするよりも、もっと適切な税金の遣い方が……」うんぬんという発言をしていて、非常に腹が立ったことがある。
そりゃ都会ではもう道路は必要ないってくらいに整備されているけれど、田舎じゃそんなことはないんだよ。
道路が少しだけ拡張されて整備されるだけで、人口の流出が食い止められるということも実際にある。というかその逆の、整備される可能性のなくなった道路に接している地域がものすごい勢いで人口流出していくのを、現在進行形で僕は目の当たりにしている。よそのムラの話だけれども。
「そんなことを言ったって、どうせ数百人、せいぜいが数千人の話じゃないですか。こっちは数万、数十万人の利益の話をしているんだ」と古舘が明言するのなら別にいいのだ。しかしそんなことはない。彼はいつも庶民の味方、少数の味方という顔をしているのだから(別に彼に限ったことではないけれど)。

これも前に書いたことがあると思うが、都会から蛍狩りに来た人たちが、帰り道にタバコを捨てて行ったということもある。
「日本の原風景」とか「美しい日本」などという言葉をすぐ口にする人間ほど、その靴に泥がつくのを嫌うのでは?
坪内祐三はそんな単純な人間ではないと思うが、もっと短絡的に田舎を消費しようとする人たちを、僕は心底毛嫌いする。
この本を読んでいて、そんなことを考えていた。 

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クリスティの中でも、おそらくは相当有名な作品。ちょっと前の記事にちらと書いたが、この『オリエント~』、初見なのにトリックをやっぱり知っていた。
おそらく何年か前に母がぽろっとネタバレをしてしまい、「あれ? もしかしてまだ読んだことなかった? ごめーん!」というやりとりがあったのだと思う。
一所懸命忘れようとして、そのやりとりじたいはすっかり忘れていたのだが、本作を読んでいる最中に「あれ……これってもしかして?」と気づいてしまった。

で、「トリックをほとんど重要視しない派」の僕は、三谷幸喜じゃないけれど、「この作品には無理がある!」という感想しか出てこなかった。重要視しないわけだから、トリックについてはどうでもいいのだけれど、筋立ての記述にかかりっきりのせいか、なんだか魅力的なキャラクターがポワロも含めひとりもいなかったし、魅力的な場面もまったくなかったというところに不服を覚えた。

あと、翻訳がまずい。訳者は蕗沢忠枝。
「親密(したし)げ」「困難(むずか)しい」「判明(わか)った」「連想(おも)われる」「脱線(それ)る」「確信(たし)か」「停止(とま)る」 「理解(わか)る」などの必要があるとはとうてい思えない宛字があるかと思えば、「不審」を「不しん」と表記するような片手落ちもいくつか見られた。
 
今年はミステリーの古典もひととおりさらおうと思っている。その点からクリスティで読まねばと思っているのは『アクロイド殺し』で、どこかで誰かが、「クリスティの『アクロイド殺し』を読んでいない人は羨ましい。あの衝撃を味わえる幸せがまだあるということなのだから」というようなことを書いていたが、なぜかこれもトリックを知っている気がするんだよなあ。

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一年半ほど前、書店でこの本を見つけた。近くの本屋には海外文学(しかも単行本)なんて置いていないから、おそらくは大阪か、あるいは横浜に帰省したときに立ち寄った本屋で見たのだろう。
 
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上掲画像は、編集ソフトで結合させてしまったのだが、左半分が上巻で、右半分が下巻である。これが書店に平積みされていると、まあ驚く。
ついでに書くと、装幀: 石崎健太郎、装画: 藤田新策。このノスタルジックなイラストレーションはすばらしい。藤田新策の公式サイトを訪れ、宮部みゆき『ソロモンの偽証』の装画を担当しているということを知る。
宮部みゆき『ソロモンの偽証』
これは文庫本の全6巻のうち1巻と2巻ぶんのようだが、これだけでも手に取りたくなる(公式サイトでは、文字の入っていない純粋なイラストが見られる)。
ちょっと余談。『ソロモン~』2巻側のイラストでは、クリスマスツリーのある建物が教会なのかもしれないが、その十字架と縦長の窓が「十川」の文字に見えて仕方ない。まったく内容を知らないのだけれど、まさか犯人は十川という苗字の人物じゃないよね。どうでもいいけれど。

キングに戻る。
この小説はタイトルだって衝撃的だ。『11/22/63』は、「イチイチ・ニイニイ・ロクサン」と読む。 ちょっと頭をひねってなにかの日付だということはわかったのだが、「1963.11.22」にいったいなにがあったのかがわからない。オビを見て、「JFK暗殺の日」だということを知る。いまさらJFK?
しかしすぐに興味が湧き、ページをぱらぱらとめくってみる。上下二段組でだいたい五百ページ。それが二巻あるわけだから、相当な大部といえよう。
とりあえず保留だな、とそのときは平積みの場所に本を戻した。


そして先月末ほど。引っ越してきてからはじめて利用した図書館に、この本を見つけた。「再会できた!」という歓びに勢いづき、すぐにこれを借りることにした。

恥ずかしながら、僕はこれまでキングを読んだことがなかった。厳密にいえば『スタンド・バイ・ミー』を小説でも読んでいるが、バリバリの長編小説作家という印象のあるキングからすると、例外の作品にあたるのではないかと(勝手に)思っているので、読んでいないと言ったほうが正確なように思う。

実際に読んでみると、文体の勢いのよさに驚く。ある書評家(けっしてアマゾンレビュアーではない)は、キングの文体を「語りのドライブ感」と評していた。まさにそのとおり。その力強い語りが、リアリティを積み重ねていき、やがて読者を圧倒する。
この長大な小説では、クライマックスシーンがいくつもあるのだが、その情景はすべて、読者のなかで映像として浮かんだのではないかと思う。
暴力的な父親がその一家を惨殺しようとする場面では、生々しい鮮血がこちらに降りかかってくるように思えた。あるいは、1950年代末期の男の子と女の子がダンスをする場面では、その笑い声が実際に聞えてくるように思えた。そのほかいくつも。

あらすじをごくごく簡単に言ってしまうと、主人公が「兎の穴」と呼ぶことになるタイムトンネルを使って、1958年9月9日の午前11時58分に行き、それから「世界を救うため」に、1963年11月22日のケネディ大統領暗殺を止めようと試みる話。
好き勝手に時間旅行できるわけではない。「1958/9/9 11:58」にしか行けず、しかしそこでの行動は、現在(2011年ということになっている)に影響を及ぼす場合がある。たとえば、1958年に大怪我を負った人物を救えば、2011年ではその人物は怪我を負わなかった人生を過ごしてきたということになっている。
しかし、いったん時間旅行者が過去から現在に戻ってきて、そしてふたたび「兎の穴」に入れば、過去はリセットされる。大怪我を負うはずだった人物は、やっぱり大怪我を負う。殺された者は(たとえ主人公に救われたとしても)殺され、JFKは1963年に暗殺される。主人公たちが「兎の穴」に足を踏み入れるたびに、何度も何度も。
なお、過去でどんなに長い時間を過ごしていたとしても、「現在」では2分しか経っていないことになっている。たった120秒。主人公たち旅行者の肉体は、ある意味では正しく時間の影響(簡単にいえば老化)は受けるのだが。

主人公たち、と書いた。主人公に「兎の穴」を教えてくれた人物がいる。その男は、偶然にそれを見つけ、過去と現在を行き来する。
やがて彼は、世界をよりよくすることを思いつく。JFKの暗殺を食い止めれば――つまり彼が大統領の座にすわりつづけたのなら――アメリカはヴェトナム戦争を長引かせることもなかったはずと考え(ここらへんは浅学者の僕としてはまったく正誤の判断がつかない)、より多くの人間が死ぬこともなかっただろう、と。
これまで繰り返してきたように、JFKの暗殺は1963年のことだ。彼は過去の世界で五年過ごしてリー・ハーヴェイ・オズワルド(本書は陰謀論を排除しており、オズワルドひとりの犯行だとしている)を殺そうとたくらむが、避けられない事態が発生し、その大仕事を、それほど親しいわけでもなかった離婚したばかりの主人公ジェイク・エピングに引き継いでくれるよう依頼する。
それからいろいろとあるのだが――ほんとうにいろいろ――、ジェイクは世界を救うことについてはあまり逡巡がない。過去への旅行そのものを疑うことはあっても、だ。
ここに僕は感動した。
日本のまっとうな小説(まっとうでない小説とはなにか、はここでは触れない)の主人公であれば、同じような状況があったとしても、「よしわかった」とはなかなかならないのではないか。自分にはその資格がないと迷い、ほぼ強制されるような形で行動を始める、というのがひとつのスタイルのように思う。反対に言うと、「よっしゃ、それじゃあいっちょやりますか」とすぐにでも腰を上げるような小説は、日本では受け容れられないか、あるいは一段低いところにある小説と見られがちだと思う。
つまりこれは、「世界を救う」というひとつの大きな――とんでもなく大きな――概念に日常的に慣れ親しんでいるかどうかの問題のように思う。アメリカ人がみなそうだとは思わないし、そう判断する根拠もないのだが、ただ、日本人よりは「世界を救える」と考える人間が多いような気がする。その原因が宗教的なものなのか、はたまた政治的なものなのかはわからないが。

ともあれ、ジェイクはいさぎよく過去へ行く。
1958年は美しい。多くの好ましい人物たちが彼を迎えてくれ、多くのうまい食べものや飲み物をたのしむことができる。
しかしあたりまえのことだが、うるわしの50年代末・60年代初頭にも問題はある。実は1958年は、「兎の穴」を抜けてきたばかりのジェイクをその騒音と悪臭とで迎えるのだ。
別の例もある。すでに上巻は図書館に返却してしまったのだが、一部をメモしておいた。
とあるガソリンスタンドには三つのトイレがあった。その案内標識には、それぞれ《殿方用》と《ご婦人用》と、そして《有色人種》とあった。最後のものについて興味を持った主人公は、その標識を頼りに、スタンド裏手の茂みに覆われた斜面に行く。狭い小道の途中では蔦漆の葉を避けなくてはならなかった。その果てに設備はなく、細い小川と、崩れかけたコンクリートの柱をつかってそこに渡された一枚の板があるだけだった。小説はこう記す。
もしぼくが、一九五八年のアメリカはアンディとオピー父子が暮らすテレビドラマ〈メイベリー110番〉そのままののどかな世界だという印象をみなさんに与えているのなら、どうかこの小道のことを思い出してほしい。両側に蔦漆のあるこの小道を。川にわたされた一枚板を。
(上巻344p) 
アメリカのこの問題についてのみ言うのであれば、どうひっくり返っても2011年のほうがよくなっている。


もし『11/22/63』を読まずにこの記事を読む人がいた場合を考え、 これ以上あらすじについては述べないことにする。
JFKの暗殺はどうなったのか。あるいは、それ以上に重要な、1958年から1963年までの五年間、ジェイクはどう暮らしたのかというストーリー。それらは読んだ人たちだけが共有できるとても大切な宝物として、ここに公開しないでおく。
読了したとき、僕は例の喪失感を覚えた。いままで目の前にあった、生々しい人物たちの生が消えてしまったというあの喪失感。
最後の最後は無我夢中でページを繰っていたせいなのかもしれないが、感情が、読了したという事実に追いついていなかった。読み終えたのは夜中の一時だったので、すぐに電気を消し、ふとんに潜り込んだ。目をつむっていると、「大いなる物語」が終わってしまったのだという実感がじわじわと押し寄せてきた。エンディングのシーンが控えめに思い出される。美しい、これまた映画のような情景だった。
あの場面に漂う甘やかさとせつなさが胸のうちに広がり、やがてそれは喉のあたりまで上がってきて、その一部が、まぶたの裏のあたりをあたたかく押した。

このときに思ったのは、誰かが「この本を読んだ」と話すのを聴いたら、とても大きなものを得られた共通の仲間だと嬉しく思う反面、その内容についてはあまり話さないようにするだろうな、ということ。
小説は、どこか一部の文章を引用して満足できるような、そんな単純なものではないと思う。人間の記憶力が完璧ではないことや、思考の基礎となる言語が直観的な全体把握を苦手とすることから、人はつねに小説の一部分しか認識できないのだと思う。ある箇所を認識しているあいだは、別の箇所を同時に認識できないということ。
喩えれば、巨大な石の手前をさすっているあいだは、その巨岩の裏側部分の手触りを、忘れていたり、感じられないのと同様だ。
石の例を挙げるのは、先日、自分の身丈より全然大きな、まさしく巨岩というものを目の当たりにしてきたからなのだが、大きな岩は大きな岩でしかなく、その一部分をどんなにうまく写真に収めても、その大きさを鑑賞者に伝えることはできないと僕は判断し、実際に写真撮影を諦めたという経緯がある。
それは別として僕は、同じ『11/22/63』の読者とは、互いに大きな物語を抱えた仲間の「共鳴」を感じることに満足するだけにしよう。

「共鳴」は、この小説の重要キーワードだ。「過去は共鳴する」というフレーズで何十回と登場する。
作中ではバタフライ効果としても説明される。ある行動がいろいろな経緯ののちに大きな結果を巻き起こす、というあれだ。
この物語のなかでも、直接・間接を問わずいろいろな部分に共鳴が出てくる。殺されてしまうはずの人物が(主人公の努力により)生き残ったときには、強大な「過去」が、帳尻を合わせるように誰かの死を求める。生きるはずだった誰かの死を。
悪いことばかりではない。いいことも共鳴する。少年少女たちのダンスは、この物語の重要な通奏低音。グレン・ミラーの『イン・ザ・ムード』で踊るリンディホップというダンスが、何度も何度も登場する。そしてこの言葉も。
ダンスは人生だ


最後に、この小説がごく最近テレビで取り上げられた、ということを書いておこう。
つい先日に放送終了した『デート~恋とはどんなものかしら~』(非常にいいドラマだった)の最終回の直前回。
ある結婚式場から逃げ出して自宅に籠もる谷口巧(長谷川博己)が読んでいたのが、この『11/22/63』の下巻。藪下依子(杏)にこの本を取り上げられた谷口は、「スティーヴン・キングは一気に読むって決めてるんだ!」と言い返すのだが、もちろんそのセリフの前に、僕は気づいていた。そしてたぶん、この本の読者なら誰しも。あの装幀は見間違いようがない。そして、そのとき僕の手元にちょうどあったのも、この下巻だった。
過去だけではなく、人生そのものが共鳴している。

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皇后美智子さまのうた
安野光雅
朝日新聞出版
2014-06-06


当地に引っ越してきてはじめて図書館でカードを作り、三冊借りた。
  • 安野光雅『皇后美智子さまのうた』
  • 河野裕子『蝉声』
  • スティーブン・キング『11/23/63』(上)
かなり小さな図書館だったので、「詩・短歌・俳句」の書架にはあまりめぼしいものがなかったのだが、その中で偶然にも、最近気になっていた歌人ふたり(美智子さん、河野裕子さん)の歌集があったのでちょっと嬉しかった。


はじめに書いておくと、僕は天皇をはじめとする皇室に対して特別な敬意などいっさい持っておらず、歌人としての美智子さんについてだけ興味があった。
『皇后美智子さま~』は、安野光雅が選んだいくつかの歌を、エッセイ込みで紹介しているもので、厳密にいえば歌集ではないのだが、その歌の背景にある事情をなるべく僕のような皇室事情に疎い人間(逆に詳しい人なんているの?)にでもわかるように説明されているのがまず理解しやすかった。
エッセイ内では、安野自身の平和に対する希求が繰り返し主張されていて、ずっと以前に読んでいた彼のいくつかの洒脱なエッセイの雰囲気とはがらりと異なる印象を得、さすがに年齢(今年で八十九歳)がしゃべらせるものがあると感じた。
また、年齢というか世代のせいか、美智子さんや天皇に対する安野の敬意(という言葉では少し足りないか)が随所に感じられ、この部分については、読み始めはたいへん鬱陶しく感じられた。
しかしその鬱陶しさも読み慣れていけば、憧れている人に対する率直な愛情のようなものに感じられ、悪くないと思えるようにまでなった。
安野に限ったことではないのだが、美智子さんの容姿とかたたずまいとか歌に対して、「気高い」とか「誇らしい」とか「深いお心をお持ちである」というような表現というのはいろいろな場所で散見される(ex. 本書のアマゾンレビューで一番有用性の高いとされているレビュー内容とか)が、こういうのは、僕の有している時代感覚にはまったくそぐわない。
ひとつの価値体系のなかで特別なポジションにある人に対して、無条件の信頼や敬慕する気持ちを持つ人たちがいる、ということはわかっているつもりだ。宗教でいうところの信者であり、スターに対するファンがそれである。その人たちが自分たちの価値観の範囲内でそれをたのしんでいることじたいは、もちろん否定しない。 けれども、その人間たちが自分たちのグループの枠内を超えてその価値観を押しつけようとしてきたら、それに対しては大いに反対する。

長い前置きになったが、実際にこの本に載っていた歌は、非常によかった。皇室の人が歌っているからということではなく、やはりひとりの歌人としてすばらしい歌を詠んでいるということ。
「え、ここまで詠むの?」と思うところがいくつもあった。たとえば、
知らずしてわれも撃ちしや春闌(た)くるバーミアンの野にみ仏在(ま)さず (S46)
これは、タリバンによるバーミヤンの石仏破壊についてなのだが、「知らずしてわれも撃ちしや」は、言い方は悪いかもしれないが、皇室の人が詠める内容ではないと思った。そんなことを書くと、「ファン」の人は「美智子さまはそういう御心のお優しい方なんだよ!」などと怒るのかもしれないが、ちょっとびっくり。
他にも戦争を詠ったものは、この本に記載されているだけでも、いくつもある。
いくさ馬に育つ仔馬の歌ありて幼日(をさなび)は国戦ひてありぬ (S50)
やがて国敗るるを知らず疎開地に桐の筒花ひろひゐし日よ (H4)
いまはとて島果ての崖踏みけりしをみなの足裏(あうら)思へばかなし (H17)
いちばん下はサイパン島での歌。「『かなし』と言ったって、おたくの『家』と関係のないことじゃないんだから!」という遺族の怒りはどこかにあるかもしれない。僕が遺族だったらそう思うだろう。けれども、そういう批判の声もあるかもしれない、ということをおそらく美智子さんは知っているんじゃないかと思う。
慰霊碑は白夜に立てり君が花抗議者の花ともに置かれて (H12)
これは、天皇と一緒にオランダ訪問した際に、慰霊碑に供花した際に、抗議者が白い花を持って行進したのだと言う。それらがやがてまとめられて一緒に供花されたということを詠ったものらしいが、自分たちが批難されているということをきちんと知り、きちんと受け止めているからこそ、「抗議者」と記しているのだろうと思う。直面したものに対してごまかしていないのだ。
戦争についての歌をもうひとつだけ。
初夏の光の中に苗木植うるこの子供らに戦あらすな (H7)
勤皇の人間であれば、こういう歌に感銘を受けて、戦争を絶対に起こさないということに命を賭けてもらいたいものだが、世の中ふしぎなもので、勤皇の人間(のようにふるまっている人間)たちこそが、好戦的なのである。

ブブゼラの音も懐かしかの国に笛なる毎(ごと)にたたかひ果てて (H22)

サッカーワールドカップ南アフリカ大会の歌。これなんかを読むと、「へー、観てたんだあ。で、ブブゼラをけっこう好きになっていたのね」と知ることができ、ちょっと面白い。そりゃまあ、世の中について興味を広く持っていなきゃ歌が詠めるはずもないんだけど、皇室の人たちって、どっちかというと牢獄のなかにいるような多くを制限されている生活を想像してしまうから、サッカー観戦というのが少し新鮮に感じられた。
この歌の隣には、いままさにタイムリーな歌が記載されている。同じ南アフリカでのこと。
窓開けつつ聞きゐるニュース南アなるアパルトヘイト法廃されしとぞ (H3)
曽野のおばはんはまだこのこと知らないんじゃないだろうか。教えてやんなきゃ。


最後に、この本を読んでいていちばん衝撃を受けたことを。
64ページに突然、河野裕子の名前が出てくる。彼女が宮中歌会始の選者をしていた、ということはすでに知っていた。しかし僕が図書館で河野さんの歌集(しかも最終歌集)を一緒に借りたのは、まったくの偶然で、そこに連関があるとはまったく思ってもいなかったのだ。
惜しまれて平成22年に早世した河野さんの辞世(『蝉声』所収)、
手をのべてあなたとあなたにふれたきに息が足りないこの世の息が
が紹介され、次いで故人をしのぶ美智子さんの歌が載っている。
いち人(にん)の大き不在か俳壇に歌壇に河野裕子しのぶ歌

なぜだか知らないが、読書をしていると、こういう偶然のつながりをよく経験する。
そしてこのあとに『蝉声』のほうも読み終えたのだが、そちらにも美智子さんのことを詠った歌が出てくる。ほんとうに不思議なことだ。

初学者の浅見かもしれないが、短歌や俳句というのは、過去からずっと共鳴がつづいている文学なのだと強く感じている。
「本歌取り」などという気の利いた言葉をもっていいかげんなことを言いたいのではない。たとえば春なら、春を詠んだ歌なり句なりが、それを知っている者のなかにある種の感情を催させる。そして、「春」という言葉を見聞きしたり、あるいは実際に春の訪れを身体が知覚したとき、その感情が増幅され、それによって、もしまた歌なり句なりがその者から生まれれば、あらたな響きを他者にもたらす。そうやって増幅された響きが、時間と空間を超え、「いま、ここ」までやってきているのではないだろうか。

たとえば、河野さんの夫、永田和宏『近代秀歌』に記載されていた島木赤彦の辞世、
我が家の犬はいづこにゆきぬらむ今宵も思ひいでて眠れる
も、同書に引用されていた斎藤茂吉『島木赤彦臨終記』の記述も手伝って、よりリアリティのあるものとして鑑賞することができ、まるで自分が赤彦死去の数日前に立ち会っていたかのような錯覚まで得られた。

人間は、多くの場合は孤独で、だから、他人のほんとうのことを知ることなどできない。しかしおこがましいことだとは思いつつも、こういう歌や句や詩、あるいは絵や音楽などであれば、そのほんの一部はつながりを感じることができるのではないか、と僕は思っていて、そして、今回の読書で感じた偶然に、さらにその思いを強くしている。

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安土往還記 (新潮文庫)
辻 邦生
新潮社
1972-04-27

うちの家族(僕以外)のなかでは辻邦生はすごく人気があるのだが、そのほかでは辻邦生の名前はあまり聴いたことがない。僕の知識や見聞がごく浅くごく狭いというもあろうが、率直に言って、いまはそれほど流行っていないのかもしれない。
で、僕はといえば「うーん、好みじゃないかもなあ」と父や弟に言われていたためにこれまでなんとなく敬遠していた。

書店で本書を手にし、第一ページを読んだときに僕は少し身構えた。
私が以下に訳を試みるのは、南仏ロデス市の著名な蔵書家C・ルジエース氏の書庫で発見された古写本の最後に、別紙で裏打されて綴じこまれている、発信者自筆と思われるかなり長文の書簡断片である。原文はイタリア語であるが、私はC・ルジエース氏の仏文の試訳に基づいて日本訳を行なった。
 もちろんこれじたいが偽文であるのだが、この仕掛けの大仰さに、これはいい加減に読み流せないぞといういささかの堅苦しさを感じたことも事実である。
上記文章の後に三ページほどの説明がつづき、それから本篇に入るとすぐに、主人公でありこの書簡の書き手である「私」が、いかにして生まれたジェノヴァから出ることになり、リスボア、ノヴィスパニア、モルッカ諸島、そして日本へと来ることになったのかという来歴が簡単に書かれる。
リスボアはリスボンだとして、ノヴィスパニアってイスパニアじゃないの?と思ってネットで検索しても、あまりヒットしない。もうちょっと検索をかけていくと、図書館でのレファレンスデータベースにずばりそのものの答えがあって、「新スペイン」と当時呼ばれていたメキシコのことらしいということが判明。なお、モルッカ諸島はインドネシアあたりにある。
彼は(手紙を書いた)現在は日本を離れ、インドのゴアにある聖パウロ学院のおいて聖職者たちに日本語を教えており、「暑熱と無為に倦」みながら日本の王国のことを思い出し、その思い出を友人に書いている、というその設定を読み進めていくうちに、読者は自然と十六世紀の世界の扉を開けていることになる。

作中では「私」の正確な姓名は明かされない。職業は、航海術に長けた元兵士の船員ということがぼんやりとわかるだけで、宣教師であるカブラル、オルガンティノ(両者とも実在の人物らしい)を送り届けるために日本にやって来た。
まず、全篇を通じた彼ら宣教師たちの活動が僕には非常に感動的で、この作品内では、彼ら宣教師の行動原理――事を成らしめるために自らを超えていこうとする精神――は、信長(作中ではただ「大殿(シニョーレ)」と書かれるのみ)の他は――作中での表記に倣えば――明智殿、羽柴殿だけが持つものであり、その彼らだけが共有しうる苦しみや孤独が、この小説のテーマのひとつである。
宣教師たちとは一歩異なる視点から日本を眺める「私」もまた、自らとその運命を克服しようとする者であり、だからこそ、のちに登場するヴァリニャーノ巡察使(これも実在の人物らしい)と大殿とが、言葉にはしないものの互いに友情を感じ合い、ヴァリニャーノがローマに帰らなければならないという際に、大殿が非常に美しく印象的な「贈り物」を贈るその気持を忖度することができたのだ。

物語を貫くもうひとつのテーマは、美意識であろう。これは、主にうちの家族から聴いた辻作品の特徴、という情報によって多少読み方にバイアスがかかっているのかもしれないが、安土城の壮大にして華美な姿や、あるいはオルガンティノらの尽力によって京都、そして安土に「南蛮寺」が建立される様子などは、その美しい描写だけで読者を感動に誘う。
前述した克己の精神が作品の表面に、そしてこの美しさに対する憧憬や畏敬の念が作品の底に流れていて、それが、この物語に重厚さをもたらしているのだ。

それではこの小説は、精神論に徹した、きらびやかな描写がつづくだけなのかというと、決してそうではない。
この小説内で信長は、彼を描いた他の多くの作品と同様、非道な行いを見せる。作品全体を振り返ってみても戦闘場面はあまりないのだが、その例外である長島討伐戦は細部まで描写されていて、こちらに血の匂いがしてくるほどの怖ろしさがあったので、一部引用しておく。
(信長にとっての)叛徒たちが籠城によって干上がってしまったために降伏を願い出ても、その使者すら磔にしてしまうという信長の包囲軍は、城砦の前にある河に船の一団を浮かべていた。ついに城門が開かれ、中にいた男女は誰もが必死に脱出を試み、あるいは、降伏を試みた。
彼らは死にもの狂いで船縁に手をかけ、泣きわめき、絶叫し、懇願し、慈悲を乞うた。しかし兵士たちは彼らを槍で突き放し、刀をふるって、船縁にしがみつく彼らの手を切断した。包囲軍の舟という舟には、こうして切りとられた手が、石の手のように蒼ざめて、なお船縁を固く握ったまま、十、二十と残っていた。
(89p)
しかしまた一方で、信長が信じられないような慈悲の心を見せる場面も出てくる。ここも信長の独白という形をとった非常に印象的な場面なので、長いが引用しておく。
「そうなのだ。温厚な荒木(※村重)」よ。お前はおれの無慈悲を責め、おれの無情を責める。だが事をして成らしめることがなかったら、そのような慈悲とは、そのような温情とは、いったい何なのか。もういまから何年も前のことだ。お前も憶えているはずだ。お前たちと近江へ馬を走らせていたことがある。あのとき、街道ぞいに、一人の盲目の足なえがいた。木の根がたに小屋をかけ、雨にうたれ、いかにも哀れな様子であった。そのとき、おれはどんな合戦の帰りであったか忘れた。ただその足なえの哀れさだけが妙に胸にこたえたのだ。おれはそれが忘れられなかった。おれがその足なえに木綿二十反を与えたとき、温厚な荒木老人よ、お前はなんという顔をしたのだ。お前は人に言ったそうだな。殿が合戦においてあれだけの慈悲を与えられれば、古今の名将であろう、と。だが、雨に打たれる盲目の足なえの哀れさに胸をつかれることと、合戦において非情であることとは、まったく同じことなのだ。荒木よ、合戦において、真に慈悲であるとは、ただ無慈悲となることしかないのだ」
(157p-158p)
これは『信長公記』に実際に記録されているものらしく、ネットで「山中の猿」と調べるといくつもその記述が見つかる。
長島討伐での苛烈さと、この「足なえ」に対する憐憫とが、もし本当にひとりの男から出たものだとすると、やはり織田信長という男はとらえがたい人物だ。
しかし、現代とはまったく異なると言ってよい価値観に支配されている時代に、しかもその同時代人とも異なる価値観を持った信長を、現代人が軽々にとらえられるはずがない、とも思う。上記独白のように、両者を「まったく同じこと」ととらえているか、あるいは同じ原理による行為である、と考えるのが少なくともいちばん真実に近づいているのではないだろうか(気まぐれ、というのもある意味、「同じ原理」による行動と見る)。


不謹慎かもしれないが、僕はここらへんを読んでいるときに、大岡昇平の『ながい旅』および先日、ISに殺害されたヨルダン人パイロットのことを思い出していた。
過去に少し触れたことがあるかもしれないが、『ながい旅』は、太平洋戦争終戦後、軍事裁判で死刑判決を受けた岡田中将についての裁判記録である。
逮捕理由は、1945年、名古屋空襲の際に、撃墜し、捕虜とした米軍爆撃機パイロットたちの処刑(しかも日本刀による斬首であった)を指示したこと。たしかこれは、国際法上の「捕虜の虐待」にあたると見做されたように記憶しているが、少し不確か。
この裁判記録では、実際の日本人被災者が証言台に立ち、その空襲の非人道的性(一般市民を狙った爆撃)を訴えていたが、つまり、当時東海地区の司令官だった岡田は、一般民衆の感情的側面からも、このパイロットたちを処刑することはやむを得ないと結論したのではなかったか(もちろん、彼の中では法的根拠はあったはずだが、僕として個人的に印象に残っているのは感情部分)。
これは、同じ日本人として読んでいると、米軍パイロットの処刑は(その方法は別にして)当たり前のように感じてしまう。アメリカ側は、パイロットたちは軍の命令を受けただけで個々人に罪があるわけではない、よって処刑は不法な行為であると主張したが、岡田はそれを聞き容れず、しかしその一方で、自身の部下たちについては、すべて上官である私(=岡田)から出た命令によって行動したわけだから彼らを厳罰に処さないでほしい、と同裁判において強く主張しており、その矛盾点は、実際に法廷で指摘されたか、あるいは筆者の大岡が指摘していた。
ISの行動や、その思想については一片の共感もできないし、彼らを武力殲滅したほうが世のためと思っている僕であるが、しかし、彼らの側に立ってみると、かのパイロットは自分たちの同胞を大量殺戮しようとした人間であり、捕虜として丁重に扱うという選択肢はまず出てこなかっただろうな、という想像をしてしまう。

なにか理解の範疇を超えるような事件が起こったとき、われわれ一般人はその動機を必死に捜し、そしてそれが自分自身から遠いところにあることを確認して少しでも安心しようとするものだが、真実――というものがあるのなら――はあんがい身近に、そして残酷な形で見つかる場合も少なくないように思う。
つまりわれわれも、その権力と武力とを有していれば、怒りに駆られて対抗勢力を皆殺しにすることを思いつき、そしてそれを実行に移すのではないのだろうか。そのポジションにあったことがないからわからないが、しかしその「未経験」は、上の仮説を否定してくれるわけではない。


ちょうどこの本を読んでいるときに、くりぃむしちゅーのテレビ番組で信長の手紙を扱っていた。途中から観たのだが、内容がかなりタイムリーだったので食い入るように観た。
手紙は熊本の細川家に残っているもので、信長から細川藤孝(幽斎)に送られたもの。将軍足利義昭と不仲になっていく様子や、あるいは、本能寺の変のひと月半ほど前でも、明智光秀を相当信用していたらしい、ということを知り、少し驚く。
手紙の解読に当たった先生がその中で興味深い説明をしていた。言葉はまったく不正確で僕の理解も混ぜてしまうけれど、だいたい以下のような内容だった。
後世の人が見れば、歴史の結果を知っているから、その結果に向かってすべてがストレートに進捗していったと思いがちだけれど、実際はそんなことはなくて、昔の人たちもやっぱり「いまこの瞬間」を生きていたんです。
「いまこの瞬間」なんて、その先生は一言も言わなかったと思うけれど、けれどもニュアンスとしてはだいたい上のようなことだった。
また、明智光秀が謀叛を起こした理由を問われて「実はわかっていない」と正直に告げ、光秀には信長に対する積年の恨みがあった、というわりと一般的に信じられている動機については、それは後世の人たちが、自分たちが納得できるように作ったのであって、一次史料にはその動機は見当たらない、と説明していた。
なお、同番組では、謀叛六日後に光秀が藤孝に送った手紙も紹介されていて、やはり光秀も、藤孝が信長没後すぐに髷を落としてしまったことについて動揺している様子が伺えた。藤孝は足利義昭の配下にあったときからのいわば同僚みたいなもので、きっと同調してくれると期待していただろうし、ましてや藤孝の息子の忠興は娘婿である。
しかしそうはいかなかった。藤孝忠興親子が服喪することによって兵を動かさないことを決めたのを知り、それを必死になって説得しようとする光秀は、やはり「未来」を知らない「いまこの瞬間」を生きている人間の姿そのものであった。上述した先生は、手紙のことを「肉声」と表現していた。


教科書の記述のような予定調和論的解釈をしないからこそ、既述した『安土往還記』におけるヴァリニャーノ巡察使と大殿との別れは悲しい。配下の者たちからは畏怖されている信長が、唯一心を開いて話せる宣教師たち。辻邦生の人物描写というのは事物の描写に較べてあんがい淡白なのだが、しかしそれがかえって、読者個人個人のうちにある信長像の輪郭を際立たせる。
ヴァリニャーノに帰国する旨を告げられたときの、「また私たちは会えるだろうか」という信長の言葉を読んだときには胸を衝かれるような思いだった。
一期一会という言葉が通信技術的観点からもリアリティをもって用いられていた時代の物悲しさもあるが、それ以上に、信長の「未来」を知っている僕たちはそこに人間の生のはかなさを見てしまう。

最後まで読み終わり、この中篇(文庫本で二百五十ページ程度)とも呼ぶべきこの小説がなぜこのように重厚なのかと考えた。
ひとつは、相当な史料に依拠して書かれている(らしい)ことによるだろう。適切に選択された裏づけのある事実がフィクションの部分に立体感をもたらしている。「適切に」というのは、単なる事実の列挙になっていないということである。史料を渉猟した人であればあるほど、あれも書こうこれも書こうとなりがちだと思うのだが、あえて記述を抑えているところに作者の伎倆を感じる。
次に、フィクション部分あるいは作者の想像による部分が極めて精緻に構成されていることが挙げられる。この小説が、単なる「史実にフィクションを少し加味したもの」に感じさせないのは、信長の行動原理、あるいは光秀の謀叛の動機、などが、辻邦生の美意識によってきちんと成立しているからである。というより、この行動原理なり動機なりを口頭で説明しようとなるとかなり難しく、そのときあらためて作者の文体と美意識がそれらを丁寧に裏打ちしていることに気づかされる。ただし、作者の感性とマッチせず、納得できないという読者もおそらくはいるだろうとは思う。
そして最後に、主人公である書き手の「私」の立ち位置が絶妙であること。彼は、異邦人から観察される日本人でもなく、また宗教を普及させに来た宣教師でもなく、支配者階級でもなく、兵士でもなく、宗教信仰者でもなく、まさにここに描かれている世界のどこにも所属していない人物として最適の観察者となっている。
彼の非所属性は、他者との関係性だけでなく、地理的空間においても発揮されていて、はじめのほうに書いたとおり、「リスボア、ノヴィスパニア、モルッカ諸島、そして日本へ」と来た彼は、本能寺の変の一年後に、ゴアに発つ。彼はどこにいても異邦人であり、つねに共同体からは一定の距離を置いていて、それゆえに見えてくるものがある。
その冷静な観察者をもってしても心揺さぶられるものが大殿のいる安土にはあった、というのがこの作品の重要な部分であり、本能寺の変以降についてはわづか数ページしか割かれないものの、幻が消えていくのをただ静かに眺める「私」の失意が手で触れられるように感じられる。
読後の喪失感は、織田信長という傑物と言わざるを得ないような人物に接することのできた読書中の充実感の反動であり、この喪失感の大きさこそが、この小説の素晴らしさを物語っているように思う。

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その女アレックス (文春文庫)
ピエール ルメートル
文藝春秋
2014-09-02



面白かった。前の記事に書いたけれど三日で読み終えてしまった。これは僕にしては早いほう。
もともと、どこかの書店で「2014、ミステリ6冠達成!」みたいなポップと一緒にこの小説のタイトルを知り、気にはなっていた。この作家の名前は知らなかったが、海外ミステリが盛り上がっているっていうのはなんだかいいような気がして、いつか手にしてみようとは思っていた。それを、なんばのジュンク堂に行ったときに、帰りの電車用に買ったのである。

繰り返しになるが、面白かった。で、読後すぐに「これはさすがにアマゾンレビューでも絶賛の嵐だろう」と思って覗いてみたのだが……これが案に相違して、あまり芳しくない評判。というより、ユーザーの支持が多い意見をざらっと見た限りでは、酷評の嵐。ふむ、なぜだろうか。

……いや、実は文句を言いたくなるのもわからないではないのだ。小説の裏表紙を読めばわかるのだが、読者は裏切られるということが示唆されるので、多くの読者は「騙される」のを承知で読んでいる。しかし、その騙され方がおそらく議論を呼んでいるのだろう。

僕がざっと見た感じでは、概ね批判は三つの点に分かれていた(あるいはその複合)。
  1. 「こんなのが6冠?」
  2. フェアではない
  3. 残酷&悲惨である
1. は、こういうベストセラーになると必ず出てくる批判だと思うのだが、2. や3. の批判と絡めたものならいざしらず、「6冠という謳い文句に惹かれたのですが面白くありませんでした、大袈裟だと思います」という主旨だけでは、やや幼稚に感じる。
小説の出来と、キャッチコピーとはそれぞれ独立したものと考えなければ、作者は報われない。コピーライターの尻拭いを小説家がしなければいけない理由はない。
あともうちょっと言うと、(僕もそうなんだけれど)こういうベストセラーに群がるなかにはミステリーだったり、あるいは海外小説に読み慣れていない連中も多数いて、そういう経験値不足を多少は省みつつ批判をしたほうがよいと思う。
こう思うのは、フロスト警部シリーズの(現在のところの)最新作『冬のフロスト』が、僕としてはシリーズ中ではいちばんぱっとしない出来(それでも、一般的にいえばじゅうぶん面白い範疇に入る)のように感じたのが、アマゾンレビューにかなり高評価が集まっていたのを見たからである。これはひとえに、シリーズをずっと追いかけている人たちはたいていがファンであり、かつ読み慣れている可能性が高く、ある程度寛容な読書をしていると判断したのである。
いづれにせよ、内容ではなくいわば「外側」の批判ということになるので、かなり無意味なことは間違いない(僕もやりがちだが)。

問題は2. だ。マイナス票を投じた人たちなかでは、この批判がいちばん多いと思った。
で、これを語ろうとすると、自然、ストーリーに触れてしまいそうになるのだが、ネタバレしてはまったく面白くないので、そこは回避する。
まず僕はここらへんにほとんど無知と言ったほうが早いのだが、ミステリーの原則みたいなのがあって、これに準じた公平さを求めているミステリーに詳しい読者は多いように思う。
この小説のどの部分が上記のいづれに抵触するのか、ということを書きたいのではない。そうではなくて、ミステリーが好きな人たちの中には、「ミステリーはこう書かれるべきである」という理想をそれぞれが抱いていて、この小説はその理想の部分からは程遠い手法を用いている、それが気に入らない、というのが2. の批判の主だと思う。
僕自身も、その批判には半分くらいは納得するも、けれども全体を損なうほどではないだろう、というのが読後の感想だった。だから結論として、「(いろいろと思うところはあったけれど)面白かった」となったのだ。
弟とミステリーについて話していると、弟はトリックについてあーだこーだということが多いのだが、僕はトリックはほとんど気にならないタイプ。もちろん、清々しいまでにフェアにこだわる綾辻行人の、たとえば『十角館の殺人』なんかには大感動したが、トリックを全否定するような小説(清涼院流水とか)なんかも、わりとゲラゲラ笑って読めてしまう。これはもう好みの世界だと思う。
ただ、僕は小説はいろいろな読み方があってもいいと思うから、その手法がどうあれ、書かれた内容が面白いか、そうではないかに重きを置くようにしている。

3. も難しい問題。
たしかに、この小説は、残酷であり悲惨である。未読の人なら、これはもう覚悟して読んだほうがいいと思う。 
で、残虐な場面描写などが出てくると、「こんなに悲惨なことを描く必要があったのか」という批判も出てくるのだが、読み手のその優しい気持ちをひとまず横に置いておいて、ひとつ「現実」について考えてみてもいいと思う。
これまたフロストの話になってしまうのだが、あの作品は、フロストの下品なジョークを除けば、そこに山ほど出てくる犯罪はそのほとんどが、悲惨である。子どもが行方不明になって二週間も経ったら、警官たちは「子どもの死体」を探すつもりで捜索をつづける。もしかしたら生きているかもしれない、という淡い期待は持たないようにし、経験に照らして蓋然性の高い状況を想定していく。フィクションなので、それがイギリスの現実とは言わないし、そもそもわからないのだが、それに近い状況だとは思う。
実際――こんなことを言ってしまえば身も蓋もないのだが――、日本であっても、数週間行方しれずになっている子どもについては、まったくの無事で帰ってくることは非常に少ないだろうと思う。それを口に出す人もほとんどいないだろうし、たとえそう思ったとしても「そんな悪い予感を、どうか現実が最上級の状態で裏切ってほしい!」と願っているに違いないが、そういう期待と現実は、えてして別ものなのである。
この小説に書かれている目を覆いたくなる陰惨なできごとは、おそらくかつてどこかで起こったり、いま現に起こりつづけていることのコピーという気がする。そんなことが、この世界で起こっているはずがない、とそっぽを向くか、あるいはそこに目を向けてみるか。
今月はじめのできごと(事件と呼んでいいのか、あるいはほかの呼び方があるのかわからない)で、多くの日本人が、ひとりの人間が理不尽に殺されていくという場面に直接的あるいは間接的に直視させられたわけだが、それによってそのなかの一部の人たちは、現在、世界中で起こっている悲惨なこと・不幸なことと、いまここにいる自分とが地続きになっている感覚を得たと思う(それを認めたくないという自己防御反応のひとつが「自己責任」という批判なのだと僕は思っている)。
そういうものにあえて触れよ、とまでは思わないが、「こんな残酷なことを」と無闇に思考の埒外に抛り出すのも、批判としては弱いと思う。


まあ、前述したように最終的には好みだと思っているので、好きになるかそうでないかは人それぞれ。ただ、アマゾンにある酷評のオンパレードほどには、できの悪い小説ではない、と僕は思った。

主人公はカミーユ・ヴェルーヴェン警部。身長は145cm(!)で、頭は抜群に切れるが、皮肉屋で短気で意地が悪い。この同僚に、ルイという超がつく大金持ちと、アルマンという超のつく吝嗇家がいて、これがヴェルーヴェン班として一緒にチームを組む。
実はこの小説、カミーユ・ヴェルーヴェンシリーズの第二作ということで、おそらく第一作で起こったであろう事件やその爪痕がちらほらと出てくる。それならば先にそちらのほうを読まずばなるまいというところだが、なんと未訳。本作がイギリス(作者はフランス人)で話題になったことから、この二作目から日本語訳がなされたようだ。

僕はこのヴェルーヴェンという人物がいたく気に入った。それほどヴォリュームのある小説ではない(といっても四百五十ページほど)ので、人物描写が細かいとまでは言えないが、それでもなんとなく僕にとっての好ましさというものを彼は持っているので、もしこの前作や続作が訳されるのであればぜひ読んでみたいと思っている。
読んでいない人なら誰もが気になる「アレックス」については……これは読んだほうがいいだろう。この本は彼女の物語であり、そしてまた正義の物語でもある。ただしその正義が、誰にとってのものなのか、というところまで含めて。 

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