とはいえ、わからないでもない

カテゴリ: 句帖

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このあいだから、ツバメがあらたに巣をつくって今年二度目の雛を孵らせたという話を書いている。
きょう、雛が巣から顔を出していたので、珍しいこともあるものだと写真に収めた。
ツバメの子
なんだか小刻みに顔を動かしているので、餌待ちかと思いきや、そうではなく、うたたねをしていたのだった。
ツバメの子アップ
こっくりこっくり。

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金沢に行ってきた。
特にアテがあるわけではなかったのだが、なんとなく行ってみたい場所だった。

高野線 堺東の停車にて山彦のごとき鼾がふたつ

大阪に出るときは、いつも南海電鉄の高野線という電車に乗る。
早朝、僕の乗り込んだ駅では、サラリーマンの中年男性と比較的おとなしいタイプの若者の「ずっと並んでいた」「割り込みだ」という口論があり、午前六時半の寒いホーム(もしかしたら零下ですらあったかもしれない)に、おっさんの声が響いていた。
「キレる中高年」の実像を目の当たりにした瞬間で、話を聞いていればおっさんの怒る理由もわからないでもなかったが、はっきり言って、田舎のベッドタウンの早朝に、順番がどうのこうのという理窟で大声を出さなければいけない生活は、無関係である他人の僕からすれば世知辛く映った。大阪に行くあいだ席にすわって寝れるか寝られないかで、まるで人生そのものの価値が決まってしまうというようだった。

堺東という駅で停車中、完全にアイドリングをストップした車内では、こちらの席と、向かい側の席から呼応するように鼾が聞えた。みな、疲れているのだろう。それはわかるのだが、ただ、朝から他人の鼾を聞きたくはなかった。電車は「自分ち」の延長線上にあるのではないはずだ。

なんば駅 歩きスマホの学生が線路に落ちても吾は嗤はむ

なんば駅から御堂筋線に乗り換える。人が多い。人の流れには速度があって、方向もある。五年経っても僕はこの動きについていけるし、しかもこの速度が心地よくさえあるのだが、ただ、歩きスマホはイヤ。なにか事故が起こったとしても、それこそ自業自得だと、僕は嘲笑を浮かべてしまうのではないか。
それ以外は、やはり都会の地下鉄に乗るのはいろいろとたのしい。 僕の前に立った男の人が履いているスニーカーのロゴマークにはリフレクターがついていて、地下鉄トンネル内に設けられた電灯の光をキラッ、キラッと反射させていてその瞬きが面白く感じられた。
思案する女の持つ手帳カヴァーに刻印された”2011”

また、もの思いにふける女性がいて、その人はなぜか銀字で「2011」と書かれた手帳を持っていた。その年にあったことを思い出すためにつねにそれを持ち歩いているのか、あるいは、「2011年のことをつねに忘れないように」というコンセプトでデザインされた手帳なのか、それはわからなかった。
これらのことは、人の多いところへ足を向けなければ体験し得ない。本当は、高野線の新今宮駅で降りて行った女に足を踏まれたということも歌にしたかったのだが、パッと思いつかなかったので、(熟考したとすればあまりにも「労多くして功少なし」になりそうなので)今回は諦めた。
枝雀落語(たとえば『仔猫』)に、「
馬には乗ってみよ、人には沿うてみよ」といういい言葉がある。今年は、これをモットーに、いや、「意識する」程度でよいから、消極的な積極さをもって人に関わり合いを図っていきたいと思っている。世人・世塵に塗れたところに詩情も生まれる、という気もする。

遅れまじとホームを駆ける吾(あ)を迎ふ精悍な面 ”サンダーバード”

梅田駅はJRの大阪駅で、そこから特急サンダーバードに乗った。時間がけっこうぎりぎりだったので、ホームを走った。この電車、カッコイイ面構えをしていたのだが写真を撮っているヒマはなく、翌日に金沢から帰阪する際に同列車を撮影したのだが、なぜか違う顔。いろいろと種類があるのかな。電車に詳しくないので(しかもそれを調べようともしないので)その理由がわからない。
すでに自宅を出てから二時間ほど経過しているが、ここで特急が動き出したことによって、ようやく「出発」の感あり。
観覧車
これが今回の旅行の第一枚目の写真。大阪駅出発直後の窓から見えた観覧車。たぶん大阪の人は知っているのだろうが、僕は知らない。

芦原(あしはら)を<あばら>と言へると思ひしが流れる文字にて<Awara>だと知る


さあて今回はいっぱい景色を見るぞ、と思っているときに限って急激な睡魔に襲われ、いつのまにか眠ってしまい、次に目が覚めるとこんな光景が。
冬景色

どこだろ、ここ。
ただ、雪がうっすらと残っているところから、確実に北に向かっていることはたしかだった。
水溜まる冬田に嘴(はし)入れる烏
田んぼには前日の雨なのだろうか、ところどころ水が溜まっていて、そこへカラスが幾羽も下りてなにかをついばんでいた。観ていて寒くなる風景だった。

大阪→新大阪→京都→敦賀→武生→鯖江→芦原温泉→加賀温泉→小松→金沢
というのがこの特急電車の停車駅だったはずだが、このなかの「芦原温泉」を、これまでラジオなどで聴いてずっと「肋温泉」というのだと思っていた。ずいぶんとミステリアスな地名があるものだと思い込んでいたのだが、車輌連結部分あたり上部にある電光掲示板に「芦原温泉」の文字が見え、それと車内アナウンスを合わせて、「ああ、『芦原』で『あばら』って言うんだ」とまだ正確な音を把握できていなかったのだが、掲示板の日本語のあとに流れる英語のガイダンスによって、はじめてその正しい発音が「あわら」だということを知り、大いに納得。

……びっくりするくらいライブドアブログが書きづらいので、第一回はここらへんまで。
今回の旅行では、写真も撮影したが、メモ帳に歌のアイデアやモチーフのようなものをいくつか書き留めていたので、車中や歩きまわっている最中に、ときおりぱらぱらとページを捲りその推敲に勤しんでいると、時間がすぎるのがとても早かった。
GR000333
 カメラ以上に、欠かせない「道具」であった。

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仕事は午後十時までだった。
通常ならこれほどの時間になると、事務所から軽トラの置いてある場所までLEDの懐中電灯で道を照らして行くのだが、きのうはそんな必要がなかった。月が山の上にあがり、雲がときおりかかってはいたものの、煌々と畦道を照らしてくれていた。
詳細はわからないのだが、前日がスーパームーンというくらいだから、いま見上げているものだってほぼ満月に近いのだろう。いや、満月そのものと思ったっていいのだ。

前日の大雨で水嵩が増え濁流と化していた川は、だいぶ水位を下げて澄明の度合いを増しており、夕方からは霧が立ちのぼり始めた。霧は山の中腹まであがり、夜になっても消えずに漂っていた。
ふだん明るい時間帯に見上げる山は、一本一本の木と大量の岩と土とが構成しているひとつの大きな存在として受け止めており、輪郭に対する認識は曖昧である。
しかし、陽が完全に落ちると樹々の存在感は薄まり、その代わりに稜線が色濃く浮かべば、「月に叢雲」を際立たせるひとつの立派な装置となる。
不思議なことにそのシルエットは日中に見るものより広く感じられ、眼前の情景は、写真などにはとうてい収めきれない一幅の画となっていた。

どういう理由なのかわからないが、月光に照らしだされた空の一部が青く見えた。真昼の青空とは言わないが、かといって日没後の濃群青とまではいかない青。いつまでもいつまでも眺めていたい光景だったが、明日もまた早いので、しぶしぶ車に乗り込んだ。

自然回帰主義者ではないが、こういう風景をふとしたときに観られるのはありがたいものだと感じている。世の中には、都会からツアーを組んでえっちらおっちら公共機関を乗り継いで「自然」を見に行く人たちも大勢いて、それはそれで悪いことではないし、そこで得られる眺望は、網膜を刺激しているという知覚的な意味において僕のそれとなんら変ることはないと思う。しかし、日常の不意を衝いてあらわれたものを前にした驚きを含めれば、たとえばきのうの青い夜は、他の誰のものでもない、僕だけのものだったのだと思っている。

山霧(き)れり 案内(あない)の要らぬ青い夜

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たまにはこちらにも。

きょうは大阪で天神祭があるらしい。これもまたラジオ経由で知ったこと。いつもの気象予報士さんが西東三鬼の句を紹介していた。

暗く暑く大群衆と花火待つ

大阪の天神祭も、京都の祇園祭も、おそらく一生縁がないと思う。忙しい時期であるし、それに一年でいちばん暑い時期とも言うではないか。そんなときにのこのこと「大都会」に出かける理由が見当たらないのである。ああいうのは、その土地に住んでいる人たちだけがたのしめばいいのだろう(それでも阿波踊りだけは一回観に行きたいと思っている)。

夏祭り 巨きな男の通り道

身体の大きい人がいる。垂直方向というよりは水平方向に広がっている人が。今や一概に不摂生が原因だとは言えないようだが、それでも少食ではなかろうということは一見して判断できるような体型の持ち主のことだ。それを巨軀と呼ぶのであろうが、この「軀」という文字が機種依存文字なのでうまく表示されるかどうかはわからないのが辛いところ。このせいで、中国文学について書くのもいちいちがためらわれたりする。

「からだ」という言葉に対しても、いろいろな漢字がある。体。身体。躰。軀。體。「からだ」のことについて考えていくと、そもそも「からだ」という音の不思議に思い至る。この優しい音が、自分たちの肉体のことを表しているような気がしなくなってくるのだ。
か細いのも、太いのも、小さなのも、大きなのも、すべて人間のからだ。その中でもひときわ目を引く巨体。そういう人物が、祭りの大混雑中に道を歩いていたとしたらどうなるだろうか。
自らの体積の大きさを羞じながら、彼/彼女は通りを行くのだろうか。はたまた、もはやそんなことに拘泥することなどなく平然と歩を進めるのだろうか。
いづれにせよ、彼/彼女が通れば人の海が割れ、溝ができることだろう。浴衣を着た「小さな」人たちはそのたびに顰め面をするのだろう。本当は、こちらもひとり、あちらもひとりなだけなのに。
苛立ちや侮蔑や憤懣や羞恥は、すべて打ち上げ花火の音に打ち消されればいい。高く上空にあがった花火の「どん」という衝撃は、あなたの、僕の、彼の、彼女の胸をすべて等しく衝つ。

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梅雨入りしてからほとんどまともに雨が降っていない……というのは元から予想されており、反対に九州や関東での大雨の報に驚いていた。

畑で会った蛙に調子はどうだと尋ねてみると、やはり雨が足らぬと言う。それまでは田んぼでの合唱大会が連日連夜開催されていたのに、おまえたち人間が「梅雨入り」の宣言をして以来、雨がとんと降らなくなってしまったではないか、とかえってこちらを詰る始末。そいつがゲコゲコやっているうちに、仲間連中も集まって来て批難のゲコゲコを始めたのでたまらなくなって逃げてきた。

梅雨入るも歌ごゑ枯るるかはづかな

家に帰ってきたら、猫たちは専用のマットレスのうえでのどかに昼寝をしていた。そこをパパラッチ。

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と、この記事を書いている最中に薄暗くなってきて、急にざあっと雨が降ってきた。夏時雨である。かの蛙もさぞ嬉し鳴きをしていることだろう。

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けさ、ラジオで「少女風(しょうじょふう)」という言葉を知った。気象予報士の清水とおるさんが言っていたもので、なんでも雨の湿り気を帯びた風のことだという。
帰ってネットで検索しても、なかなか出てこない。どうやら、『風の名前』という本に記載されているようだ。こんな本が出版されているとは。

風の名前

風の名前

一昨日、玄関に糞が落ちていることに気づいた。二年ぶりか、三年ぶり。少なくとも、去年はなかった。
入口の戸のすぐ上にある玄関灯、とでも言えばいいのか、そこにどうやらツバメがやってきている。巣は作っていないのだが、おそらく夜だけ宿りに来ているらしい。
ときょう、仕事をしてきて帰ってくると、ようやく彼らのシルエットを玄関灯の上に見ることができた。すでに雨は降り始めていたので、平生よりは暗く、はっきりとは見られなかった。
むろん、がちゃがちゃと音を立てて驚かせてしまってはかわいそうなので、なるべく忍び足で鍵を開け、戸を引く。
中へ入るとき、そっと上を見遣ると、ふたつの燕尾がピンと伸びているのが見えた。

少女風 日暮れてツバメの尾がふたつ

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ある人たち(そこに僕も含まれる)にとっては「偶然」ということになるのだけど、偶然にも、日曜日に録音した落語のラジオ番組に桂雀三郎が出演していた。マクラで彼は、コミックソングの『ヨーデル食べ放題』が約十二万枚が売れ、自分の落語のCD が二十八枚しか売れていない(この数字はさすがにギャグであろうが)ことに触れ、「ですから、本職は歌手で、落語はアルバイトなんです。ですからきょうは、アルバイトをしにきました」と言っていた。
「いやいや、嘘でっせ。ときどき本気にする人あるんです。『この人、落語はアルバイトやったんか』って。で、一席聴き終えて、『なるほどアルバイトやなあ』って納得して」
偶然、の話。


朝、事務所に行くとガラス窓と網戸の狭いあいだにハチがいた。きのう、窓を開けているあいだに網戸に止まっていて、それを知らずにガラス窓を閉めてしまったのだろう。
網戸部分を開けて外に出してやろうとしたが、外に置いてある箱の上にぽとっと落ちて、震えている。昨夜から今朝までのあいだに生命力をほとんど使い果たしてしまったようで、立っているのもやっとという様子、六本の足が意思とは無関係にてんでばらばら虚空を掻き回していた。
ハチの中にある生命の火はまさに燃え尽きようとしていた。燃え盛ってパッと消えるというのではなく、徐々に徐々に弱まっていき、消えたりまた点ったりしながら、生と死を行ったり来たりし、しかしそれでも確実に死んでいっているのだった。
僕は例によってそれを直視していられなかったので、放っておいて仕事にとりかかった。放っておくしかなかった。

午前九時頃から雨が降りだした。きょうを、薬日(くすりび)といい、きょうの雨を「薬降る」というらしい。ラジオで言っていた。

薬日(くすりび)である陰暦五月五日の正午頃に雨が降ることをいう。その雨を神水として薬を作った。
大辞林第三版)

いい言葉だ。ただ、陰暦の五月五日は来月二日なのだが、きょうを薬降ると言ったっていいだろう。

薬降り ミツバチはやをら死へわたる*1

*1:2014/5/6 追記。当初は「薬降る」としていたが、音が悪いので、「降り」に修正。

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そういえば先月あたまに句会をしていたので、そのメモ。

【雛】空き家(いえ)の硝子戸のむかふ雛の貌(かお)

男兄弟しかいなかったので、雛人形というとどこかの資料館みたいなところでしか観たことがない。そのため、「人形のなんたら」が宣伝しているような華やかな印象は持っておらず、むしろそれとは反対の、陰鬱なイメージが強い。怖いのよ。

【手紙】雪雲や「再差出し」の赤インク

(他にも理由はあろうが)宛先に人がいなかったため戻ってきた手紙をもう一度出す、という意味での「再差出し」という言葉が一番の要になっているのだと思う。それ以上でもそれ以下でもない句。

【菜の花】菜の花の夢 仔猫の鼻提灯

子どもっぽい句を作ってみたが、うまく行かなかった。

【旗】沿道に並(な)み立つ校旗十八本

箱根駅伝の句でしょ、と好意的に解釈してもらったが、作者はあまりそこに拘泥していない。数字が出ているが、いつものとおり、語感のよさだけで決定している。

【風】春風も浮気ぐらいはする朝(あした)

いつもよりも「遊び」を取り入れてみようと思って作ったのだが、「面白くない」と酷評を食らう。

まとめ

「菜の花」の句で思ったが、植物が苦手だということに気づく。というのはつまり、日常的に観察することが少ないということ。あと、もう少し発想の飛躍がほしい。
次回(明後日)のお題は、

  • 土手
  • 人生

「人生」なんてお題は最悪の部類。まあ出題者を貶すことはできないけれど、こういうお題を出すだけでもその感覚を窺い知ることができる。

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せっかくなので、ネット上でエイプリルフールにまつわる俳句を探していたら、意外にも多くの噺家連中が同題で詠んでいた。ただし、その多くは川柳だが。

この坂をのぼらずともよし四月馬鹿

桂米朝。お宅のある尼崎市武庫之荘に坂があるのだろうか。「坂(の上)」と「馬鹿」というキーワードは、ビートルズの"The Fool on the hill" をどこか思わせる。あっちは「丘」だけど。

水無月になって気のつく四月馬鹿

十代目金原亭馬生。ふた月だなんて、ずいぶんと長いあいだ気のつかないものだ。与太郎をイメージしての句か。

幼名をつる女つる女と四月馬鹿

五代目立川談志。「幼名をつる女つる女」というのは、『たらちね』(上方では『延陽伯』)の中での言葉。これを言った清女(きよじょ)は、漢学者の父親に育てられたからバカッ丁寧な言葉しか遣えない、という設定なのだが、談志はそれを疑っているようだ。すべてはわざとで、しゃれで大家さんや八五郎にふざけていたのではないかという解釈は、談志らしいという気がする。

冗談はツラだけにしとけ四月馬鹿

五代目古今亭志ん生志ん生のツラを思い出しながら、声に出してみる。

四月馬鹿塩撒いた後の指を舐め

十代目柳家小三治。威勢のいいおかみさんの肩越しの振り向きざま、を想像してしまう。


おまけに、六代目三遊亭圓生の作といわれる都々逸もひとつ。

ほんに憎らしおまへのゑがほ 「ウソ」はうそだとなぜ言はぬ

これ、実際に圓生が唄っているのを聴きたかったなあ。



……という嘘を考えながら、きょう一日を過ごしていました。

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昨晩は、集会所で行われたムラの総会に出席。自分の生活に関わる部分が議題に上がっていたため。
ちょうど昨夜から今シーズン最強の寒波がやってくるとかで、雪もちらちら。二時間くらいの会議のあと、たかだか五分ほどの道を歩いて帰ったのだが、そこは電灯もないので真っ暗。だが、目を凝らすと、畑やら家の屋根の部分にだけ雪がうっすらと積もっていて、それが明かりがわりになった。

冗談も凍る夜なり雪あかり

季語が重なり、やや冗漫か。

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しゃしほん(※写真は本文とは関係ありません)

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